<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>profile</title>
      <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 01 Dec 2009 17:17:30 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>デジタルネットワークと文化人類学</title>
         <description><![CDATA[<strong>■研究のきっかけ</strong> 
<strong>
―――文化人類学が専攻分野ですが、もともとどういった経緯から今のような関心をもたれるようになったのでしょうか </strong>

高校時代にクロード・レヴィ・ストロースの『野生の思考』を読み、80年代のニューアカデミズムの影響を受け文化人類学の研究をしたいと思いはじめました。今から思えば、学生時代は知覚・推論・理解・コミュニケーションといった、ヒトがモノを知るという認知の側面と社会・文化との関係に関心を持っていたのではないかと思います。しかし、20代前半は自分でもよくわかっていなくて、アメリカに留学し、認知人類学者チャールズ・フレイクのもとで学ぶことで認知人類学を学びたいということに気がつきました。 
<strong>
―――認知人類学という言葉は聞きなれないのですが、留学のときには実際にどのようなことを研究なさっていたのですか </strong>

 アメリカでは、西洋医学における臨床場面で医師と患者の間でのコミュニケーションについて研究していました。患者と医者両方とも回復というゴールを目指していることは同じです。しかし、背景にある知識構造が違います。そのことから、医師と患者が何を病気と認識し、何を回復と認識するのかが違ってきますし、行動や発話も違ってくるわけです。

 実際には、赤ちゃんの母親と小児科医の認識と行動の選択肢の違いについてアメリカ・イギリス・日本の三カ国で比較して研究しました。 

<strong> ―――医療の現場での認知の問題を研究なさっていたわけですが、まったく研究分野の違うGLOCOMで研究なさるようになったきっかけは何だったのでしょうか。 </strong>

1994年ごろたまたま公文俊平先生や村上泰亮先生と縁がありまして、GLOCOMに出入りするようになりました。もともと私が関心を持っていたことは先にも述べましたとおり認知とコミュニケーションについてのことでした。GLOCOMに関わる中で、それにデジタルネットワークが介在することでどう変わるのかに関心を持つようになりました。ただ当時は、数百しかウェブサーバがない時代でGLOCOMのAdam Peakさんが、世界各地にあるサーバのすべてを把握しているような時代でした。そしてGLOCOMの助手としてこの分野の研究を始めました。 
<p><img src="http://www.glocom.ac.jp/profile/img/tadamasa_kimura2.jpg" style="float:left;margin:10px" /><strong>―――サーバーが数えられるような時代は今と環境が違ったと思うのですが、その当時はどのような研究をなさっていたのですか。 </strong>

 ちょうどそのころクリントン政権は活発に情報通信政策を行っており、アメリカの通信法改正の流れをウォッチしていました。人々の行動から政治まで扱える人類学の幅広さ、多元性をいい方向に生かし、デジタルエコノミーやデジタルデモクラシーなどいろいろな角度から研究することができました。これまで、私は人類学という雑多なことをやってきた訳ですが、公文先生が言うような産業社会の後に来る情報社会という大きな歴史的展望に影響を受けました。

また、社会科学の理論と方法という観点から面白いと思うのは、90年代からのネットワークの革新と社会的普及は、研究「対象」が動態的で、生成して変化する研究対象を言葉にしていくこと、自分なりに何が問題なのかということをたてていく必要があることです。GLOCOMの研究活動に関わることは、そうした生成的でダイナミックな社会・文化・技術の関係を考えることで、それはとても刺激的でした。 
</p>

<strong>■デジタルデバイドとカルチュラルモデル</strong>

<strong>―――情報社会を人類学という切り口で研究するのはあまり一般的ではないように思われるのですが、人類学からデジタルデバイドを研究するというのはどういうことなのでしょうか </strong>

 人類学の基本的な関心のひとつに、やはり構造的な劣位の問題があげられます。デバイドや格差というものに私が関心を持っていったのは、この人類学の問題意識の影響だと思います。とはいえ実際には、人類学者に経済的支援を与える側には帝国的野心を持っているという側面はあります。であったとしても人類学者には社会的正義という意識があることも多いのです。

 私は、いわゆる「未開社会」に強い関心があるというよりもむしろ、自分自身の社会、自分たち自身を反省的に考えたい、現代社会を分析するツールとして人類学を活用したいという思いがありました。そういう意味でGLOCOMの情報社会研究は自分に合っていました。また、「人類」の学だとするならば新しいサイバースペースという社会活動空間も議論の中に含み込む必要があると考えています。

 　とはいえ、人類学に議論の積み重ねがないのは事実です。人類学の研究者は、デバイドというものを単純なべき乗法則としてではなく、地縁・血縁などが複数に絡み合った社会の組織編制のロジックとして捉えています。それを研究するためには、ミクロなケーススタディを重ねていかなければなりません。デジタルデバイドは大切な問題だと人類学者は認識していますが、まだそこまで研究はなされていないのです。それが故に人類学的なミクロな議論だけでなく政治経済学的なマクロな議論に依拠する必要があります。 

<strong>―――情報社会を規定するものって何なのでしょうか。人類学の視点から考えてどう思われますか </strong>

　私は、人々の価値観や行動を規定する力、すなわち文化だと思います。もちろん、直接的には法制度かもしれませんが、それをつくる人間の側に目を向ける必要があると思います。私は「カルチュラルモデル」と呼んでいるのですが、その社会である程度共有されている人の思考や推論、行動をモティベートする文化的認知モデルがあります。人々が何かに出くわした時に、このモデルを使って解釈して、法制度というものを作っているのではないでしょうか。

実際にAdamさんと一緒に研究した北欧圏でもそこでの「カルチュラルモデル」が見られたように感じます。90年代後半にIT化が進んだのはアメリカと北欧なのですが、背景にある富とリスクの社会的分配に関するモデルというものが大きく違います。

北欧圏の場合、富とリスクの社会的分配は、「市民」として共有するというユニバーサリズムが基底にあります。そして、ITという技術も、人々をエンパワーする道具、強力な富を生み出す機会（逆に疎外されると大きなリスクとなる）と認識され、アクセスとリテラシーが市民に共有されるべきものと捉えられています。その結果、90年代半ばから、初等教育から授業の中に取り入れられるとともに、社会全体に普及させるための政策が立案、実施されていました。また、教育で面白いと感じたのは、こどもたちよりも、教える側の教育こそ問題だと認識している点でした。こどもは機会を与えれば親しみ、身につけていくけれど、教員は、十分にケアしないと使えるようにならないということをしっかりわかっていました。だから教える側の教育に多大な予算をかけていました。

 他方、アングロサクソン的な社会では、自助努力を重視し、伸びる人には制約を少なくして伸ばすことを尊びます。そして、社会的富、リスクの分配に関しては、困窮者のみに政府が手を差し伸べる残余的アプローチをとります。そのため、ITベンチャー企業が10年足らずで数兆円規模の大企業に成長しますが、3割4割といった人口は、「ネットワークからこぼれ落ちる」ことになります。それぞれの文化の違い、それに基づく解釈モデルの違いが政策に大きく反映されています。その点で資本主義の多様性論のようなものに関心を持ちました。政治経済学の人は制度の方に重点を置いていますが、私は文化の力の方に重点を置いています。もちろん、この解釈が唯一正しい解釈だとは思いませんし、いろいろな立場からいろいろな研究がなされることが大切であると思います。そして、人類学という分野の独自の視点があってさまざまな議論が生み出せていけたらと思います。 
 <p><img src="http://www.glocom.ac.jp/profile/img/tadamasa_kimura3.jpg" style="float:right;margin:10px"/><strong>■研究手法について</strong> 

<strong>―――木村先生の研究対象というのはどの程度のタイムスパンなのでしょうか</strong> 

　世の中には、長い年月変わらないものと時々刻々と移りゆくものがあります。例えば、深い海を想像してみましょう。深いところは、一万年近く変わらないかもしれません。他方表面では激しく波が立っています。その間に千年近く変わらない層や百年近く変わらない層などなど様々な層があります。研究者は自分がどの辺りを研究したいのか意識する必要があります。私の場合は、10年から四半世紀のスパンで変化していくところを捉えようとしています。研究者はコンサルタントやアナリストやジャーナリストではないので1週間とか月の単位で考えることはしません。しかし、私の研究は、たとえば、宇宙の本質を解き明かそうとする理論物理学や、ヒトの本質を思索する哲学研究のような長い年月変わらない層を対象にしたものでもないのです </p>

<strong>―――先生が現在取り組まれている「バーチャルエスノグラフィー」という研究プログラムもそうしたタイムスパンに位置づけられるものでしょうか </strong>

  そうですね。「エスノグラフィー」というのは、年月をかけてじっくりその社会にアプローチする現地調査、および、そうした現地調査にもとづいたモノグラフ（研究報告）のことです。かつて人類学者は自文化から遠く離れたフィールドに何年間か住み込み、その直接的経験をもとにモノグラフを書いていました。ところが、そうした研究スタイルは、現在難しくなっています。グローバル化、ヒト、モノ、マネー、情報の流通が進展するなか、かつてのような閉鎖的なコミュニティは消滅し、社会文化変容も激しく、考慮にいれるべき変数は複雑、多様になっています。エスノグラフィーは、一定の地理的空間（「フィールド」）に集積する人々の集団（「コミュニティ」）を前提としてきました。そして、その集団成員（メンバー）たちに共有される行動規範・様式、価値体系を研究対象としてきたのですが、現在フィールド、コミュニティ、メンバーといった概念が有効性を喪失しつつあります。数年かけて調査を行い、数年かけて包括的な研究報告を行うという形では、不完全な化石標本をつくるようなものなのです。また、大学を取り巻く環境は、長期にわたるフィールド調査実施を困難にしています。

  他方、人類学だけでなく、さまざまな学術分野、さらには産業界からも、エスノグラフィーへの関心、期待が高まっています。社会学はもとより、教育学、経営学、心理学、看護学などでエスノグラフィー、また、広く一般に質的調査に関心を持つ研究者が増え、概説書、専門書も次々と出版される状況です。産業界でも、例えばXeroxのパロアルト研究所は1980年代からエスノメソドロジストを雇っていました。Intelは、2000年代に入り、人類学者を中心とする社会科学研究者を100名以上リクルートすることを計画し、2007年夏の時点では、40名以上の社会科学者がIntelで調査研究活動に従事しています。その大半は人類学者だといいます。 

  「バーチャルエスノグラフィー」というリサーチプロジェクトは、こうした状況を踏まえ、サイバースペース、バーチャル空間研究に端的に現れるいくつかの特性に向き合おうとします。それはつまり、グローバルな移動性、多所性。地理的場所と境界によるフィールドではなく、フローと接続性にもとづく人々の集積としてのフィールド。時間的連続性ではなく、調査対象、調査者双方にとって断続的活動、全体性を断念した断片性。こうした特性は、従来のエスノグラフィーが成立基盤としたコミュニティ、地域とは大きく異なるものです。そして、調査対象、対象と調査者との関係が絶えず流動的であることを認識しながら、10年から四半世紀程度の時間軸で、こうしたテクノロジーと社会文化との関係性を考究しようとするものです。

  また、「バーチャル」の言葉には「実質的な」という意味があり、バーチャルエスノグラフィープロジェクトは、「バーチャル空間の」という意味に、「実質的な」という意味も掛け合わされています。古典的な研究をしている人類学者からは「薄口」だと批判されるかもしれません。しかし、伝統的な人類学のやり方は「理想」であって現実には困難となってきており、人類学は、「バーチャル」なエスノグラフィーに積極的に取り組む必要があると感じています。 
<strong>―――「バーチャルエスノグラフィー」に関連して、先生は人類学的質的調査法と量的調査法の融合に取り組まれています。「バーチャルエスノグラフィー」とそうした融合調査法とはどのような関係にあるのでしょう </strong>

  「バーチャルエスノグラフィー」というプロジェクトは、もともと科学技術社会論（STS）の分野で提起されたものです。バーチャル空間は、デジタルネットワークであり、定量的データの取得、分析に適しています。さらに、ネットワーク媒介活動のほとんどが定量的データとして捕捉可能であり、しかも、それをサンプリングではなく、巨大なデータ全体を分析対象とする解析技術と資源を私たちは手にしました。以前は、少数のサンプルから母集団を推測する手法として統計手法は発展してきた部分が大きいと思いますが、現在は、巨大な全数データを取得し、その構造を解析する手法が飛躍的に拡大してきています。

 <p> <img src="http://www.glocom.ac.jp/profile/img/tadamasa_kimura4.jpg" style="float:left;margin:10px" /> しかし、だからこそ、情報ネットワーク研究、コミュニケーション研究においても、定性的アプローチ、質的研究の重要性、エスノグラフィーの可能性は広く認識され、高まっていると思います。たとえ莫大なログデータであったとしても、定量的分析は、例えば、「リンク」を、「リンク数」といった個数でのみ扱い、それぞれが持つ、個別的文脈を捨象せざるをえません。あるいは、ネットワークを介した行動をログとして捕捉することはできても、行動する際の人々の思考、心理、感情などはネットワークに流れ出ることはありません。

  STSの一部の研究者たちは、こうした点に着目し、サイバー空間を介した社会的活動を質的に研究しようと試みており、それを「バーチャルエスノグラフィー」と呼んだのです。しかし、エスノグラフィーという方法に長年携わってきた文化人類学の立場から見ると、STSや先に触れた他分野、産業界からの「エスノグラフィー」に対する期待は、満たされていない欲求のように思えます。つまり、多くがスナップショットデータで、限定された変数しか対象にしない定量的調査への不満に対して、新たなソリュージョンを与えてくれる万能薬、魔法の薬のようにエスノグラフィーを捉えている面があります。

  ですが、エスノグラフィーが万能薬であるはずはないのです。むしろ、2000年代、顕著になってきたのは、定性的調査、定量的調査をいかに組み合わせるかが、社会科学、人間科学を発展させるカギではないかという認識だと思います。実際、バーチャル空間のように、絶えず変化していく調査対象を、その都度概念化し、ある程度具体的にデータ化し、その構造や意味を定式化するためには、定量的アプローチも利用しながら、エスノグラフィックな肌理の細かい探究を行っていく必要があります。バーチャル空間ほど、定量と定性を融合するのにふさわしい研究対象はないわけです。 </p>

<strong>―――質的調査と量的調査を融合するに当たって、先生はどのような理論的な位置にたっていらっしゃるのですか </strong>

　現在私は、後期実証主義という立場に立って考えています。1960年代から、実証主義、経験主義、行動主義への攻撃が激しくなり、1980年代以降、ポストモダニズム、社会構成主義、フェミニズム、解釈主義、批判理論、ディスコース分析、カルチュラルスタディーズ、ANT (actor network theory)など、実証主義を批判する様々な知的潮流が勢いを増してきました。2000年代に入り、こうした知的潮流を「ポスト実証主義（post-positivism）」として包括的に捉え、批判的に検討する議論が提起されています。

確かに、単純な実証主義はナイーブであり、もはや維持しがたい信念だと思います。しかし、研究者というものは経験の積み重ねのうえに立っているわけであって、ポスト実証主義のラディカルな批判は、経験的考究という学術的営為の基盤それ自身を堀り崩してしまうことになるのではないかと危惧しています。「後期実証主義（postpositivism）」（ハイフンがない点に留意してください）は、そうした危惧から、ポスト実証主義の批判も考慮しつつ、実証的な経験の積み重ねに基づいて研究していこうという立場です。

量的調査と質的調査の融合というのは以前になかったわけではありません。むしろ、アクションリサーチのような変革主義的、アドボカシー的研究や実践的研究では、有用と思われる方法を、定性、定量問わず、組み合わせて利用してきたといってよいと思います。それに対して、定性・定量融合法を、後期実証主義という科学的知識に関する理論的立場にもとづかせる議論が2000年代に展開されてきました。定性・定量融合法としてのバーチャルエスノグラフィーは、こうした科学知識に対する後期実証主義的立場に基づくと考えています。

<strong> ■GLOCOMについて </strong>

<strong>―――木村先生にとってGLOCOMはどんな場所でしたか</strong> 

　GLOCOMは自主財源で国際大学や文部科学省から運営資金、研究資金をもらわないことで研究の自立性や独自性を保っています。その為に、逆に言えば自分たちが知識を持って稼いでいかなければいけません。当時は、訳もわからずやっていたこともあり、締め切りに追われてGLOCOMに寝袋を持ち込んで寝泊りしたこともありました。企業の方との接点ができ今でも交流させてもらっています。大変なところもありましたが、得るものも大きかったです。

当時手作りだった『智場』の編集を担当し二ヶ月に一回ぐらい自分で書くことになりました。その時GLOCOMに出入りしていたジャーナリストの方に文章の書き方を指摘されることもあり、人類学の冗長になりやすい細かい記述とは違った簡潔な書き方を訓練することができました。

　研究者は自分の学術的関心があり、また所属している学術的なコミュニティにのっかっています。ただ、GLOCOMで活動したことにより、学術的コミュニティだけではなく、社会的ニーズと知的関心をどう接合させるかという点で企業や官公庁と協力することをポジティブに考えるようになりました。GLOCOMは企業や官公庁からの受託研究など一種のコンサルティングファームのような側面も持ち合わせていますが、同じようなことが今の大学に必要だと思います。研究者は、ビジネスや行政機関といった外の方々とコラボレーションしていく必要があります。しかし、理系でも30年前は企業と組むことには抵抗がありました。それが変わったのは、80年代後半にサッチャー・レーガン両政権の新自由主義に基づく規制緩和の流れが学術の世界にも入ってきたことがきっかけだと思うのですが、GLOCOMはその流れに単に迎合するだけでなく、自分たちが面白いと思うことをやるという側面があり非常にありがたかったです。 

<strong>―――本日はどうもありがとうございました。</strong>


（インタビュアー：井上明人＋小山剛）]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2009/12/post_22.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2009/12/post_22.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">木村忠正</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Dec 2009 17:17:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>木村忠正　他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/2006/10/plurality_of_information_socie.html">＊情報社会の複数性（plurality of information societies)</a>

<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2001/07/pacs.html">＊PACSとしての情報ネットワークを構想すること</a>

<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2001/03/post_326.html">＊『デジタルデバイドとは何かコンセンサスコミュニティをめざして』</a>

<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2000/09/post_365.html">＊『オンライン教育の政治経済学』</a>

<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2000/10/2_5.html">＊『オンライン教育の政治経済学』（2）</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2009/11/post_23.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2009/11/post_23.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">木村忠正</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 13:54:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>情報通信産業の制度設計と経済学</title>
         <description><![CDATA[<strong>■均衡概念への批判</strong>
<strong>―――まず、田中先生のこれまでの研究と問題意識についてお聞かせいただけますか。</strong>

　これまでの問題意識と研究生活において、私はもう亡くなられた村上泰亮先生の影響を強く受けています。村上先生ご自身は非常に関心の幅広い方で、理論、政策、政治学、社会学と様々な関心を持っておられました。それもあって、私自身も興味が広くなりすぎてしまったようです。
　村上先生の仕事の大きな関心の一つとして、新古典派経済学の均衡概念への批判があります。均衡概念とは、社会は市場競争を通じて安定的な均衡状態に近づく、そしてそれが社会にとっても望ましい、という考え方です。そしてこの均衡論への批判と懐疑も経済学創世期からの伝統があります。この懐疑論はさらに二つに大別できて、ケインズに代表されるようなマクロの視点からの懐疑、そして村上先生や私が抱いているのはミクロレベルから見た均衡への懐疑です。個人や企業といったミクロの主体についても、競争を通じて自然に均衡に至るとは必ずしも期待できないのではないか、という素朴な疑問ですね。
　村上先生がご活躍された時代はちょうど1980～90年代にあたり、日本経済が絶頂期を迎え、同時に日本経済の特殊性について世界中から注目が集まっていた頃です。代表的なのは日米経済摩擦に関する議論です。日本は経済的に異質であるのではないか？それをどのような枠で捉えれば良いか？という疑問が実務的にも学問的にも広く見られました。均衡概念の批判と日米異質論への対処が晩年の村上先生の経済学についての二大関心事だったと思います。

<strong>―――均衡概念への批判というのはより具体的には。どういったものだったのでしょうか。</strong>

　より具体的には、均衡にいたるプロセスへの懐疑です。経済システムは放任しておけば自動的に最適な均衡に達するわけではなく、村上先生の言葉を使えばそこに「費用逓減」の経済が働いている。長期的に見て費用が逓減していく状況下では、戦略的視野や長期的視野を持った企業、あるいは政府の一時的な保護を含む産業政策がある国の企業のほうが競争において有利で、一方的に勝ちつづけることがある。それがひいては日米貿易摩擦を引き起こすことにも繋がるのではないか。
　そのような問題意識から、先生は日本経済のシステムについてプラスとマイナスの両面から研究に取り組んでおられました。私もその考え方の系譜にいますが、私の場合はもう少し具体的で限定的な対象を分析してきました。最初に取り組んだのは技術革新と技術伝播です。技術が拡散していく過程では、技術を開発する企業に対してそれを利用する企業の方の技術キャッチアップのスピードが早く、先行者を脅かすことがありうる。今の中国などBRICSがまさにそうですね。そのようなテーマについて均衡論では無い方法で、具体的にな進化論的モデルでしばらく研究しました。
　ただ、その最中に、日本経済が強くなくなってきたのですね。日本異質論や貿易摩擦が中心的なトピックの時代には考えられなかったことですが、バブル崩壊以降日本は長い不況に入りました。これも大きなトピックで、バブル崩壊と長期の不況をどう理解するか、というのはいろいろな解釈がありえます。ただ、ちょうど技術革新と伝播に取り組んでいた私には、日本での問題は金融産業と情報通信産業が弱いことにあるように見えました。そしてちょうどその頃、GLOCOMは情報通信、インターネット関係の研究を始めました。村上先生と公文先生はどちらも情報通信とそれが社会にもたらす影響に早くから注目なさっていたので、村上先生を通じて私も縁ができました。それがGLOCOMとの関わりということになります。

<strong>■技術革新、情報通信産業、コンテンツ産業</strong>

<strong>―――田中先生の今までの仕事を見てみると、いまお話いただいたような技術移転や均衡への批判といった理論的な仕事と、時宜の政策提言や問題解決といった具体的な仕事の両面で活動しておられますね。</strong>

　そうですが、最近は前者の理論的な仕事はほとんど止めていて、で後者の実証的・政策提言的な領域の仕事が多いです。反均衡という考え方は今でも抱いていますが、なかなか難しいし、正直言って私の能力を超える部分が大きい。ただ、関わり続けている情報通信産業やネットワーク産業は移り変わりやイノベーションが激しく、均衡という概念では説明できないことが多量にあります。ですので、この分野での具体的な活動が反均衡型の経済学の一種のテストケースだと自分では考えています。

<strong>―――その中で、情報通信産業についてはどのように理論と関連付けてお考えになられているのでしょうか。</strong>

　情報通信産業に限らず、技術革新は多様さゆえに色々な捉え方があります。まず、均衡としてそれを捉える考え方、そうでない考え方がある。前者を要約すれば、不確実状況下において期待収益を最大化するためにR&Dに取り組み、成果に繋がるという考え方です。投資、開発、収益の連関が当然に機能した結果だという考え方で、線形なモデルと言えます。しかし、情報通信産業では特定企業の一人勝ちが起きたり、特定地域が継続して技術革新の中心地だったりして、線形モデルだけでは説明しにくい。そこで別のアプローチが無いかと考えると、無いわけではない。たとえば進化的なアプローチがありますし、技術革新を類型化して歴史的パターンを抽出するアプローチもある。たとえば、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」でいう破壊的イノベーションと持続的イノベーションのように、技術革新の中でもタイプを分類することで分析の射程が広がります。私自身は、情報通信産業でも突破的な革新と改良的な革新が交互に起こる大きなサイクルがあるとい説を考えています。

　現実の情報通信産業に目を向けると、技術革新の起こりかたには他産業にも見られるものと、情報通信産業独自のものがあります。面白いのは情報通信産業独自の要因で、これは情報財の性質に由来します。情報財ではオリジナルからの複製費用がほぼゼロなので、情報財は費用逓減の起こる度合いが圧倒的に大きい。そのため一人勝ちが起きやすい。また別の側面として、この産業では標準化競争というのが非常に強いという特徴もあります。この競争に現在はアメリカ企業が勝利をおさめています。これはかつて日本の自動車、鉄鋼、銀行が世界を制覇するのではないか、と言われた時代が逆転したかのようです。情報通信産業では、シリコンバレー起源のベンチャー企業が世界を制覇している。これはなぜか、いつまで続くのか、というのも面白い問題です。
　それから、複製可能という点では、コンテンツ産業も同様です。デジタル化されたコンテンツはすべて複製が容易です。私的複製による被害を防いで創作の誘引を保つために著作権ですが、この著作権が論争の種になっていて、この著作権も私の大きな研究テーマの一つです。この産業は日本では現在、収益性が弱い。しかし、見込みは大いにある。私個人の趣味としても、映画・演劇・アニメーションと関心があったものですから、趣味と学問的関心が一致していました。経済学の想定する産業は、製造業つまりインプットがありアウトプットがあり、定量的に記述できるようなモノを生産し、消費する産業ですが、情報通信産業もコンテンツ産業もこの範疇に止まらない。そこが面白いところです。

<strong>■ブロードバンド市場、ネットワーク経済</strong>

<strong>―――大学でネットワーク産業の経済学といった講義や、ブロードバンド普及の政策提言に携わっていらっしゃるのも、同様の関心と文脈なのでしょうか。</strong>

　はい。まずブロードバンドのほうですが、産業として考えると、かつての水道、鉄道、自動車のようにブロードバンドはベーシックインフラとして今後非常に重用であると考えられます。とするとこの分野の進歩をいかに促すか、つまりブロードバンド市場の競争をいかに促すか、という競争政策が重要であるわけです。ブロードバンド普及の政策に関しては日本は比較的上手くいったと言ってよいと思います。日本はもはや世界一のブロードバンド普及国です。ADSLのアンバンドル政策が機能し、ソフトバンクなど新規事業者の参入が起きたためですね。このあたりについては、2000～2003年のブロードバンド普及期の話を『ブロードバンド市場の経済分析』(2008年，慶應義塾大学出版会)という本にまとめました。
　もう一つのネットワーク経済についてですが、これは情報通信産業におけるウィナー・テイクス・オール(winner-takes-all)現象は一体どういう構造ゆえなのか、という問題意識があります。具体的にはMicrosoftの独占問題です。情報通信産業においてはモジュール化というのが進行していまして、製品をモジュールに区切ってあるモジュールを独占的に供給する形態が広く見られる。ルーター、CPU、OS、ワープロ、データベースとそれぞれ独占が起こっています。もちろん、この独占は消費者にとってメリットもありますが、デメリットもある。たとえばOSやワープロ表計算ソフトの分野は現状は独占に近く、出来の悪いものであっても他の選択肢が乏しい。ユーザ側にはＯＳやオフィスをバージョンアップにしないと言う消極的な抵抗策しかありません。単純にこの点で独占の弊害は大きいと考えています。この現象をどう捉え、どう対策すべきか。
　ただ、独占禁止法のような政策で対処することは、世界的にあまり上手くいっていません。 ネットワーク外部性の存在が新規参入を阻害しているということは明らかで、それをロジックや実証で詰めて示すことはできますが、独占禁止法でそれを是正することは難しい。されなぜかというと、独占禁止法という法は「独占」そのものを違法とするものではなく、個別企業の違法な「行為」に対する法律であるからです。当該法では、カルテルを形成する、価格統制を行う、といった具体的な違法行為を禁止していますが、競争に勝ち抜いて結果的に独占的になった場合については、それを規制することはできません。その場合の独占は企業が努力した成果のいわばご褒美であり、他社も同じように努力すれば挑戦できると考えられているからです。しかしネットワーク外部性による独占では、何ら違法なことはしていなくとも、あるいは努力をしていなくても、ネットワーク外部性のために独占が生じ、他社の挑戦ができなくなってしまいます。独占禁止法は、違法行為無しにそのような状態が生じてしまうことをそもそも想定していないのです。

<strong>―――競争政策センターで田中先生が参加された共同研究の報告書には、技術情報を非公開にするとそれだけでも隣接市場に対する独占の弊害が現れるので、それを持って行動への介入がなされてもよいのではないか、という提言があったように記憶しています。この観点をとれば独占禁止法でもある程度まで対応可能、という見方もできるということになりませんか？</strong>

　ここは難しいところです。細かい話になりますが、OSのAPIの公開を仮にマイクロソフト社に強制したとしても、逆にWindowsむけのソフトウェアが増えるだけで、独占の抑止にはつながりません。マイクロソフト社は喜んで公開に応じるでしょう。公開しているかどうかが問題なのではなくMicrosoftが自社OSのAPIの仕様をバージョンアップでいつでも変更することができるということが、互換ＯＳの開発を困難にし、OS間の競争を難しくしています。完全互換OSを実現するためには、APIの仕様の決定権をMicrosoftから取り上げるくらいしかありませんが、現実には独占禁止法でそんなことをするのは無理でしょう。つまり隣接市場の競争を促進することはできても、OS自体の独占は崩せないのです。Microsoftの独占力の源泉はOSのAPIであり、ワード・エクセルなどのオフィスソフトのファイルフォーマットで、いわばモジュール間のインターフェース部分です。この部分を彼らが握っているうちは真に互換性あるOSあるいはワープロ製品による競争は生まれないでしょう。
　いまのところ、独占禁止法ではこの問題に対処することは無理です。どうしてもやるなら新たな立法をする必要があります。例えば電力産業においては、規模の問題から自然に独占が発生してしまう問題に対して、独占禁止法とは別枠に業界法を策定して対応しています。ですから、情報通信産業においても同様に共通規格法、あるいはインターフェース法などのようなものが考えられるかもしれません。インターフェースの開発・普及にもコストがかかりますから開発者には一定の収益を許すべきですが、十分な収益を得たあとは、インターフェースは公共のものとして特定企業の支配から解き放つという法律です。ちょうど技術における特許権が一定期間の収益を保障するが、その後は公共の財産として誰でも利用できるようになるのと同じことです。ただ、このような法律を作り運用するのも現実には非常に困難でしょう。
　ただ、Microsoftの独占はまったく別な要因から崩れる兆しがあります。それは冒頭に述べた技術革新のサイクルに起因します。ネットワーク外部性による独占の源はＯＳのＡＰＩ、オフィス製品のファイルフォーマットなど、モジュール間のインターフェース部分です。モジュール型製品である限りは一旦標準となったインターフェースを使わざるを得ませんから独占は崩れにくい。ということは、モジュール化そのものが終わればいい。モジュールをユーザが組み合わせるのではなく、モジュールに分かれていない統合化された製品が広まればよい。典型的なのは携帯電話です。携帯電話は端末からその上でのＯＳ、各種アプリ、そして通信ネットワークまで垂直統合されたモデルで巣。そして携帯電話産業においては、特定のレイヤーを支配するような巨大なプレイヤーは現れていません。ですから携帯電話に似たような構造に、コンピュータ産業が変われば結果としてマイクロソフト社の独占は崩れてくるでしょう。その可能性は十分あると思います。
　近年携帯電話の性能向上は著しく、日記や小説を書き、スケジュールを管理するだけでなく、最近の学生さんにはPCは不要だという人もいます。彼らは携帯電話で事足りているので、Microsoft製の製品を使っていない。このように現在のモジュール型のパソコンの市場自体縮小してくると話が変わってくるかもしれません。

<strong>――― Microsoftをめぐる論争では、通信で言う所のオープンアクセスに近い議論がありますね。田中先生はAPI開放などのオープンアクセス的な措置のメリットは認めつつ、その逆の、オープンアクセスを排した統合型のビジネスを通じてその独占が崩れる、というシナリオに注目していらっしゃる、ということでしょうか？</strong>

　そうなるのではないかと思います。統合型のプレイヤー同士が戦っても、特定のレイヤーを独占的に支配するような巨大なプレイヤーは現れないと考えています。ちょうど日本の自動車産業で製販が統合されているのにも関わらず競争が継続しているように。
　現在、総務省はモバイル市場に関しては水平分割を推進していく方針を発表していますが、どういうレイヤーにわけるべきかについては市場に委ね、放任しておけばよいのではないかと思います。統合したほうが有利か、それともモジュールのレベルで争うべきか、これはマーケットに任せておけばよい。日本の携帯電話は3社しかありませんが、ソフトバンクの孫氏は暗黙のカルテルの類にはおよそ無縁な方ですし、e-mobileなどの参入もある。長期的にはうまく収斂するのではないかと思っています。

<strong>―――日本の携帯電話産業の特殊性については賛否両論ありますね。世界のデータ通信のベースシェアの41%を日本のキャリアが占めるという報告もあるほどです。</strong>

　確かに消費者は携帯電話にそれだけの価値を認め、利用しています。たとえば、携帯機種の多様性が少なすぎるという寡占による弊害も、これからは是正されていくのではないでしょうか。

<strong>■著作権とコンテンツ

―――著作権の分野でも研究活動をなさっていますが、そのきっかけは？</strong>

　コンテンツに、つまり映画、演劇、コミックなどに個人的な趣味として関心があり、早くからこれは世界中で売れるのではないかと思っていました。それがコンテンツ産業の分析を始めるきっかけですね。
　日本のコンテンツ産業の現状には大まかに2点問題があると考えられます。まず一つ目は、一部の産業における収益配分ですね。TVや映画が代表的ですが、収益の大部分が流通、配給、広告といった分野に流れ、コンテンツの制作者にあまりお金が入らない。しばしば話題になるアニメ制作の残酷物語はどうも客観的事実のようです。この裏には流通部門の競争の不在があり、それがコンテンツの質を下げかねない。この問題については、競争政策センターでの共同研究の報告書で触れました。
　そしてもう一つが著作権の問題です。著作権は、精神としては著作者の利益と利用者の利便性を高めて文化の発展に資するとお題目にはありますが、どうもこれは現状ではうまくいっていない。むしろ著作権の縛りが制約になっている面が強い。

<strong>―――著作権の制約、とおっしゃいましたが、この縛りを弱める方法というのはあるのでしょうか。</strong>

　一番簡単なのはフェアユースの範疇を広くし、認めることです。もう一つは違反に対する取り締まりを現状維持かあるいはより弱め、販売目的でのコピーなど悪質なもののみ取り締まる、という方針を採用することです。私的コピーのなかのかなりの部分は産業の裾野を広めるという性質を持っています。しかし、著作権を厳格に守ることが知的財産の振興である、あるいは原著作者の許可を得ず使用することはモラルとして許されない、という考え方が産業界あるいは著作権者側に広く存在するようです。この相反する考え方は実証的に研究できることなので、これを一つづつ解きほぐしていくことが大事だと思っています。
　例えば今、CDの売上が非常に伸び悩んでいます。この対策として個人ユーザーに限りウェブを通じた音楽のストリーミング配信を自由にさせることは大いに宣伝になるのではないでしょうか。最近はカフェやコンビニで新しい曲が流れる機会が減っているように思いますが、これも著作使用料の取り立てが厳しくなったことと関係があるでしょう。これではみんな音楽を聞かなくなってしまいます。
　コンテンツというのはある程度自由に流通させ、裾野を広げて始めて多くの人の目に触れてこそ広まる面があります。そこから熱心なファンが形成されれば、そこで何らかの収益をあげるビジネスモデルを考えることができる。ライフスタイルが昔に比べて変化し、例えば自宅でコーヒーを飲みながらボーっと音楽を聞く、という聞き方は減っているのではないかと思うのです。おそらく家でネットに時間を取られていると思われるので、それを逆に利用し、ネットをやっていると自然に、無料で（ここが大切です）音楽に触れる機会を増やすようする。そこから需要が育ってくるのではないでしょうか。昔はＦＭエアチェックや音楽喫茶で無料で音楽を聞いていた人が、やがてレコードを買うようになりましたが、これと同じことです。
　しかし、こういう話をすると「絶対にダメ！」という人たちがかなりいるのです。なぜならタダで私の資産を侵害している、と感じるからのようです。現状の著作権法はそれだけの権利を著作権者に認めていますから、著作権者がそういえばそうなってしまいます。しかし、それは著作権者自身の利益になっているかどうかよくわからない。最終的にはたくさんの人に聞いてもらい、そしてペイすればよいのですから、そのために最適な新たな仕組みはどうすれば作れるのか？という発想が重要だと思っています。そしてこれは法律論争の問題ではなく、実証的にけりがつけられる問題です。。このように、著作権問題は重大でもありますがともかく面白いテーマですので、今後も研究を深めていきたいと考えています。

<strong>■GLOCOMについて

―――最後に、GLOCOMは田中先生にとってどのような場所でしょうか。</strong>

　今は慶應の仕事のほうがメインですので、半分GLOCOMの外側に身を置いている立場からになりますが、90年代初頭には日本においてはまだだれも情報通信やネットワーク研究を始めていなかったころ、GLOCOMのみがそうした研究に取り組んでいました。同分野の最先端研究機関であり、経済学、政治学、法学、社会学など様々なバックグラウンドをもった研究者が集っていたことから、魅力的な研究と風土が生まれていたと思います。
　ただ、その後はどの研究機関もインターネットやＩＴをやるようになりました。ですから明確な方針をたてることが必要なのではないかと思います。非常に面白い人間を集めるとか、面白いテーマに特化する、といったことです。例えば、著作権とか光ファイバーとか、特定の集中したテーマに対してお金と人を集中させる。そういう鮮烈な仕事ができる場であればいいなあ、と思います。大学は資金配分などの問題でダイナミックな動きがとりづらいし、かといって民間のシンクタンクはクライアントありきですから、自主的に面白いテーマに特化することはやりづらい。GLOCOMの良さは、アカデミックでありながら、比較的ダイナミックな資金と人の再配置ができることではないでしょうか。研究テーマの絞込みに力を入れて、物議を醸すくらいの独創的な問題にGLOCOM全体として取り組むですとか、さらに面白いバックグラウンドを持った研究者を広く受け入れていくですとか、この強みをより活かしていくことが求められているように思います。

<strong>―――本日はどうもありがとうございました。</strong>

聞き手：井上明人┼渡辺智暁
2008年4月17日　慶應義塾大学三田キャンパスにて

<p align="right"><a href="http://www.glocom.ac.jp/ised/publicity/search.cgi?q=%93c%92%86%92C%97Y">田中辰雄のPublicityへ</a></p>
]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_5.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_5.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">田中辰雄</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Apr 2008 18:45:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>情報通信とジャーナリズム</title>
         <description><![CDATA[<strong>■「新聞記者がキーボードを打っている」だけで驚きだった</strong>

<strong>―――中島先生はIT分野の研究より先に、まず日経のジャーナリストとして、インターネット草創期から活動されてきた方のお一人なのではないかと思います。先生がどのような関心からIT分野の議論を観察してきたのか、その中で中島先生がどういった役割を果たして来たか、お伺いできればと考えています。</strong>
　では、まず中島先生が日経のジャーナリストだった時期のお話から聞かせていただけますでしょうか。

　専門の研究者には私より年輩の方はたくさんいますが、私のような新聞記者、しかも専門の記者ではなく、一般的な経済記者という立場でコンピューター、通信についてここまで報道に携わって来たのは、私がたぶん初めてではないかと思います。
　まず、わたしは大学の倫理学科の大学院、修士を出て、その後に日本経済新聞社に入りました。日経新聞を中心にした経済記者を25年近く経験し、その間の19年ほどをIT分野の記者として過ごしました。コンピューター産業や通信分野の経営トップの方、あるいは技術や研究の最前線の方々に話を聞き、さらにコンピューターと通信という非常に激しい分野がどういう競争状況にあるか、またそれが一般産業の競争条件を変えて、既存産業の盛衰を引き起こすか、企業の競争力や経営手法をどう変えてゆくかなどを多角的に報告してきました。日本経済新聞や日経産業新聞の紙面、あるいは日経BP社（旧日経マグロウヒル社）の『日経ビジネス』とか、『日経コンピュータ』などの雑誌に記事を載せるということを中心にしてきました。
　この分野は、技術的な問題や経済的な問題、それから社会心理的な問題も含めて非常に多方面の知識が必要になってきますので、こういう複雑な知識について取材したりコメントを述べるのが得意な人はそれほど多くありません。私より下の年代になるとパソコンを自分でいじるというのが普通になってきたので、文科系の人でも比較的技術に詳しくなってきていますが、私たちの年代だと、まず自分でパソコンをたたくという人が少なかった。私の年代はちょうど団塊の世代、しかもそのトップで、60歳を越えています。私の同年代でよくメールが返ってくる人たちも、今でこそ自分でたたくようになりましたが、10年ほど前は、「実は部下にやらせている。見る方も秘書にプリントアウトさせている」という人が多かったのです。

<strong>―――そのような環境だと、パソコンを使っていた、というだけでも確かにかなり少数派ですね。</strong>

　私の場合はパソコンが出たばかりの若いうちから、パソコン通信と言われていたものを触っていました。1980年代の半ばに始めたと思います。PC-8000に、ワープロソフトを入れて使っていました。そのうちに音響カプラというものが出てきて、毎秒300ビットというとてつもない遅さでパソコン通信をしていた。それでもパソコン通信はその当時は画期的で、それまで私たちが持っていた常識を覆す機械でした。その後は専用ワープロでもパソコン通信ができるようになったので、専用ワープロを使うようになりました。
　ある日、地方の講演の依頼がパソコン通信で来たので、講演の要旨をA4で3枚くらい、文字だけの箇条書きを送りました。会場に着くと、プリントアウトされてコピーした要旨がすでに皆さんの手元に配られている。私はその場所に行くのは初めてだし、その会場に行って初めてメールのやりとりをした相手に会うというのに、講演の依頼、承諾、資料の送付が全て済んでいるのです。私の講演の内容も、これからの情報社会はこうなるという話だったので、このようにやったということ自体が大変な革命の到来を予告するように感じられました。それ以前の講演依頼や交渉、さらに資料の作成などは郵便や電話でたいへんな作業で、その後、年間100回以上の講演を引き受けてきましたが、パソコン通信やインターネットがなければ不可能なことでした。

<strong>―――確かにそれは、新しいリアリティが拓けた瞬間ですね。</strong>

　新聞社ではパソコンで記事を書くトップランナー5人くらいのうち一人が私でした。パソコンで記事を書いた方が当然スピードは速かった。書き直し、修正がすぐできるからです。ただしメールではなく、プリントアウトしてファックスで送らなければいけません（笑）。新聞社で原稿を受けるデスクの側が、そんなものは使わない、ファックスしかないと言っていたからです。その当時、「パソコンでのんびり記事を書いている暇があったらもっと手書きでたくさんの記事を書け」という、とんでもない誤解を受けたことがあります。「私はパソコンで書いているから他の人の2倍は記事を書いている」と反論しましたが、相手は信じられずにきょとんとしていました。

<strong>―――キーボードのタイピング速度に対する理解が全く違う（笑）</strong>

　そうなんです。いまでも、タイピングの速度があるボーダーを超えることができない人は未だに手書きのほうがはやい。ある一定の速度を超えてしまえば楽なのですけれどね。
　象徴的なエピソードがあります。ある日小さなノート型のワープロを持ってある講演に行きました。ちょうどグローコム2代目所長の公文俊平先生もパネル討論のパネリストの一人で、一緒になった。休憩時間中、控え室にいるとき私がワープロで新聞記事の原稿を打ち、送信したのを見た公文先生がパネル討論の冒頭でこう言ったのです。「私は驚くべきことを目撃しました。それは、新聞記者がキーボードを打っている、という場面です。社会の人がみんなパソコンやキーボードで記事を書くとしても、新聞記者だけは手書きだと思っていた。今日から考え方を改めます」。それくらい、新聞記事をキーボードで打つことが想像しにくい時代でした。その頃に経験したさまざまな事が、情報通信をベースにした新しい時代がくることを確信するきっかけとなりました。今やパソコンで記事を書かない人はいません。

<strong>――――ジャーナリストとして、新聞以外にテレビのお仕事もされていらっしゃいますね。</strong>

　はい。テレビの場合は、テレビ東京の『ガイアの夜明け』に、最初から一緒に係わってきました。テレビ番組と連動した日経新聞の連載の企画をしています。最近、連載が100回を越えました。インターネットにも番組の概要や参考記事、参考データを載せています。こういう企画はメディアミックスと呼びますが、新聞やインターネットの中身は編集出身の私が全て作り上げています。最近ではクロスメディアなどとも呼びますが、その最先端の実験を進めています。。
　NHKや民放テレビでもIT関連のニュース解説や討論番組の司会もしていますがITベンチャーの流れや住民基本台帳ネットワーク、個人情報保護法などについての番組に出演しています。また最近ではマイクロソフトがヤフーを買収するという提案をしたことについて解説をしました。全体としては、情報関係の社会問題が生じたときに専門家としてコメントを述べるということが多いですね。

<strong>■「社会の諸関係を根本から作り直してしまうことを、革命と言うんだ。」</strong>

　当時、日経新聞で書いた記事の中で私が自慢に思っているのは、1990年代前半のBPR（Business Process Re-engineering）という経営手法が流行った時のことです。BPRは企業の業務フローを情報ネットワークベースにすることで効率化・簡素化が可能になり、会社の企業力も上げると言われて話題になりました。その記事を書いた後、次に私は「ビジネスプロセスだけではなく、企業と企業、企業と消費者、企業と従業員、企業と行政、いろいろな主体との間でもネットワークが発達して、社会の関係が大きく変わるだろう」と書きました。まだインターネットが出る前だったのでパソコン通信をベースに考えていましたが、当時すでに航空会社と消費者が直接パソコン通信で繋がりチケットを買うというサービスがアメリカで普及していました。
　そこから「旅行代理店が不要になる、旅行代理店に限らず中間が排除されていく」と予測していた。企業間、企業と個人、企業と行政の間での取引のあり方が大きく変わることも含めた社会全体の仕組みの再構築、つまり、これは私の造語ですが、ソーシャルプロセスのリエンジニアリング、SPR（Social Process Reengineering）というものが引き続き起こるだろう、社会の諸関係がネットワークをベースにもう一度作り直されるんだという主張をしました。
　この時、私の親友が日経新聞の私の記事を読んで「SPR（ソーシャル・プロセス・リエンジニアリング）と書かれているが、これを日本語にするとどうなるのか」と電話で聞いてきました。日本語にするには複雑だなと言っていると、彼は「こういうのを一言で表す言葉がある。マルクスは『革命』と呼んでいる」と言った。「社会の諸関係を根本から作り直してしまうことを、革命と言うんだ。つまり中島さんは『情報通信は革命を起こす』と言っているんだ」と指摘しました。彼は今Google Japanの社長をしている村上憲郎です。当時はDEC Japanの取締役をしていた。その彼が、そういう冗談をわざわざ言ってきました。今起きているのは情報通信をベースにして諸関係を作り直すこと、つまり「革命」が起きているのだ、というのが新聞社にいた頃からの実感です。まさに「革命」が進行している。

<strong>―――なるほど。</strong>

　私の興味は、情報通信をベースにして、さまざまな社会の関係が変わっていくことにあります。企業と企業の関係も変わるし、企業と個人の関係も変わる。個人の中には消費者も従業員もいる。行政と企業、行政と個人、住人、市民とその行政、政府との関係など、あらゆるものが変わっていく。しかし一瞬にして変わるわけではなく、20年30年経つとがらりと変わるのです。その点がいわゆる革命と違って、時間のかかる変化ということになると思います。情報通信の新しい環境が出来上がったときに、人間の価値観がどう変わるのか、社会の関係が変わっていくありさまを目撃し、報告することが私の最大の関心です。GLOCOMはこの変化の観察をするにあたって、非常に良い場所になっていると思います。

<strong>■ジャーナリズムの世界から、大学へ

―――日本経済新聞の記者時代の後、慶應やGLOCOMで教授職を務められますね。その経緯はどういったものだったのでしょうか。</strong>

　新聞社に行った後半の頃からは、GLOCOMが非常に幅広い学者、ジャーナリストを集めて情報通信政策研究会を立ち上げました。電電公社がNTTになり、またいろいろな新しい通信会社が出てきたところで、どのような産業構造にするのか。そういうことが議論になった時に、私も当時の公文俊平所長に呼ばれて、研究会のメンバーとして議論に参加しました。
　そのほか、対外的にはテレビ局、ニュース解説等々の出演をすることになります。また、地方自治体や政府の各種の委員会の委員として政策立案の議論にも参加しました。自分の活動の舞台が日経新聞だけではなくなってきたため、10年ほど前に日経新聞を退職し、慶應義塾大学のSFCの教授に5年間の契約で就任します。公文先生からGLOCOMに来ないかと誘われましたが、残念ながら慶應の方が先に決まったので、期間が終わったらGLOCOMに参ります、ということになりました。今から5年ほど前に、約束通りGLOCOMの教授に就任しました。
　ジャーナリズムの分野では、いつも情報通信に関する連載記事や特集記事が組まれていました。私も日経新聞時代は非常に多くの特集記事の責任者をしたり、日経新聞社編という形で出版物もたくさん出したりしてきました。個人としても筑摩書房から『マルチメディア・ビジネス』とか、『イントラネット』等、日経新聞以外からも単行本の執筆、出版を続けてきました。その実績が評価されて、慶應大学の教授、あるいは国際大学GLOCOMの教授として招かれたということだったと思います。

<strong>■情報通信の新しい環境をつくるために

―――近年の中島先生の活動は、大学やジャーナリズムという枠にとどまらず、日本のIT業界全体に資するような活動を幅広くされていらっしゃいますね。いくつか代表的な活動について教えていただけますでしょうか。</strong>

　一つは、ASP・SaaS普及促進協議会というものがあります。日本の中小企業の情報化、特に経営の情報化が進まないということで、この分野が取り残されるのではないかとずいぶん心配されている。それに対して、ソフトウェアを共同物化して、必要な時だけネットワークを経由して安価に使えるサービスが登場しつつあります。なかなか良い、ということで、思い切って力ずくで促進、普及させようという協議会が総務省の管轄で出来ました。今その副会長をしており、実質的なリーダーをしています。
また、経済産業省のIPA（情報処理推進機構）というところで、未踏ソフトウェア創造事業の審議委員もしています。そこで若い情報技術のエンジニア―――何か新しいものを開発するという意味のエンジニア―――の方々の研究を見させていただいています。そこで、それを育てる多くのプロジェクトマネージャの方々の指導方法はどうあることが適切か、あるいは指導法をこうしてはどうか、というアドバイスをしています。日本の若いエンジニアたちに多くの可能性が眠っているということを見させていただいています。
　GLOCOMと共同してやっていることでは、社会経済生産性本部というところで、情報化推進国民会議という組織があります。先ほどお話した住民基本台帳ネットワーク、住基カードを普及させようということで、啓蒙活動や政府に対しての提言をしてきています。これも特別委員会の委員長をしています。
また「J-KIDS大賞」という、小学校のホームページを評価するものがあります。評価方法はGLOCOMの豊福晋平准教授が十数年前に構築し、それをリファインしてきたものです。その評価方法を使い、全国各地の小学校のホームページを評価し、ランキングして表彰するという制度で、その審査委員を長くやっています。このプロジェクト自体は慶應義塾大学SFCの村井純教授が企画委員長、審査委員長を兼ねて進めています。小学校の段階からホームページに親しんでもらい、日本のITリテラシーを刺激して底上げをして行くというもので、これはGLOCOMがSFCと協力して立ち上げた優れた業績の一つだと思います。

<strong>■人々のハブとしてのGLOCOM

―――GLOCOMでは情報社会での革命を見られるというお話がありましたね。</strong>

　そうですね。十数年前に初めて公文先生から声を掛けられてGLOCOMに初めて研究会のメンバーに参加した当時の良さは、今ではさらに深まっていると思います。それは何かというと、GLOCOMが情報社会研究の国内外の学者、研究者、行政マン、ジャーナリスト、現場で実践している活動家たちの中心地として機能していることです。場所も六本木という東京の中心にあり、全国から集まりやすい。現在は当時よりネットワークが発展し、離れたところでも活発に情報交換が行われます。しかし時々実際に出会って、顔を見ながら議論をすることで違う価値が生まれます。その点でGLOCOMではたくさんの研究会活動が定期的に行われている。これがGLOCOMの持っている価値であり、社会に対して貢献できる機能であろうと思います。今後も情報通信のジャンルではいろいろな場所でいろいろな方がその得意分野で活躍されておられると思います。GLOCOMがそういう人たちを束ね、総合的に情報通信、情報社会、情報技術の発展について議論しあえる場所として、これからも日本社会、あるいは国際社会にさまざまな事を発信できるのではないかと期待しています。

2008年4月7日　GLOCOMにて
聞き手：井上明人]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_6.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_6.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中島洋</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 Apr 2008 20:11:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本のソフトウェア産業</title>
         <description><![CDATA[■経済産業省から、IT分野の研究者へ

<strong>―――前川さんは、90年代にはIT分野の最前線を知らせる前川レポートを発行し多くのキーマンに参照され、経済産業省などでIT関連施策に関わってこられました。日本のIT分野のプレイヤーとして重要な役割を様々な場面で担ってこられた方かと思います。</strong>

　今日は、前川さんがどういった形でIT分野にいままで関わってこられたのか、経産省時代のことからうかがわせていただければと思います。

　そうですね。もともとは経済産業省の行政職だったわけですが、研究の道に入ったきっかけというのは、1994年頃のことになります。同年5月に経済産業省からJETRO(日本貿易振興機構)に出向し、米国の産業用電子機器分野（主な製品はコンピュータ）の担当として、ニューヨークの駐在員になりました。当時の日米間の貿易摩擦などの背景から、アメリカから日本への輸出を増やす、あるいは日米間の技術協力を促進することを目的としたさまざまな活動をしていたのです。
　また同時に、JEIDA(日本電子工業振興協会)のニューヨーク駐在員も兼任しており、コンピュータ産業に特化した調査も行っていました。当時のアメリカのIT産業はIBMの大規模なリストラやインターネットの爆発的普及など、大きな変革を迎えていた時代でした。
インターネットとの出会ったのはニューヨークに赴任する前でした。ニューヨーク駐在員の前職は、経済産業省の情報政策企画室長でした。その時の仕事の一つが、IT分野の研究開発プロジェクトの海外担当でした。第五世代コンピュータの後の研究開発プロジェクトとしてリアルワールドコンピューティング(RWC)と呼ばれるものがあったんですが、その海外担当だったのです。このプロジェクトに関心を持っている海外の研究所、大学、企業に広くプロジェクトへ参加してもらうための窓口業務を担当していました。そのために92年頃からインターネットを利用して仕事をする機会があったのです。92年ですから、まだブラウザソフトがなかった時代です。そんなわけで、ニューヨークに赴任する前からネットに関してある程度の下地はありました。
　駐在員時代の94年はインターネットの商業利用が始まって爆発的に普及し始めていた頃で、Amazon.comのサービス開始は翌年の7月でしたが、すでにネット上には、ショッピングサイトが乱立し、ISPが次々とサービスを開始し、大手の通信企業もネットに取り組み始めた頃です。ですから、それはそれは面白い。そこでネットの動向をまとめたレポートをJEIDA機関誌に書きはじめました。そしてせっかくだから関係者にも送ってしまえ、として始めたのが前川レポートの始まりです。今のようにアメリカの情報が気軽に入ってくる時代ではなかったから、多くの人に読んでもらうことができました。
　これが私とインターネットとの最初の関わり、そして今の研究と関心のきっかけです。

　さて、ニューヨーク駐在が終わって日本に帰ってきて就いたのが、IPAのセキュリティセンターの所長（技術センターの所長を兼任）でした。主な仕事は、IT分野、特にソフトウェアと情報セキュリティ分野の研究助成です。IPAに2年ちょっと勤務し、そのあと、早稲田大学に出向になりました。99年～2003年の時期ですね。このころから本格的に自分で研究活動をするようになりました。大学院での講義もやりました。情報経済論とサイバージャーナリズム論という授業を担当しました。前者は情報経済論という題目ですが、実際にはネットビジネスの現状と問題点について教えていました。
　それで早稲田大学への出向期間が終わってさてどうしようかと言うときに、富士通総研の方から誘われ、そちらの経済研究所に移籍することになりました。GLOCOMとの関わりもそのころですね。公文先生が前川レポートを評価してくださっていたことがきっかけで誘われて、GLOCOMのフェローになります。

■ネット上の価格はどのように決まるのか

<strong>―――早稲田大学出向の頃はどのようなことを研究していらっしゃったのでしょうか。</strong>

　当時の私の関心事は、「ネット上での価格はどのように決まるのか」ですね。一般的だったのは、ネットによって情報の非対称性が解消されて、買い手と売り手のバランスが買い手側に有利になるだろう、と考える人が多かったのです。ネットでは初期から価格比較サイトも登場していましたし、いずれネット上では価格は低い方に収斂して価格分散がなくなるだろう、と予想されていました。しかし実際には価格分散は残っている。これはなぜか？この価格分散はなぜ残っているのか？というところに興味関心があったのです。

<strong>―――興味深いですね。その価格分散はなぜ起こるのでしょう？</strong>

　仮説はいろいろありますが、当時アメリカで書籍の価格サイトの比較を行った事例が最も参考になります。2000年当時、オンライン書籍販売サイト他社と比較するとAmazonの価格の安さは6位と決して高くないのですが、総合評価だと1位なのです。サイトにおける情報の豊富さ、デリバリーの早さ、信頼性、使い勝手、様々な評価項目を総合するとAmazonが1位になる。つまり「ネットで本を売る」というビジネスは、単に本を売るだけではなく、本に関する情報を集めて提供する、本をデリバリーする、書評を書く場を提供するといった付随するサービスを含んでいる。したがってオンライン書籍ビジネスとは、それらを総合した一つのエクスペリエンスを売っているサービス業、とみなすことができるのですね。価格ではAmazonの本が若干高くとも、エクスペリエンスの豊かさから消費者はAmazonを選んでいるらしい。もう一つの理由は、情報経済学で言うところのロックイン効果です。パスワードやアカウントを作成したり、クレジットカード番号を登録したり、配達先を登録したりするのは案外手間ですので、それらから別サイトへ移行するのは面倒だと考える消費者はすくなくありません。また、現在はポイントもある。それらはサイト移行（スイッチング）に対する経済的な障壁や心理的な障壁になります。いわゆる、スイッチング・コストと呼ばれるものが発生するのです。これらを総合して価格分散が起こっていると分析しています。
　なお、同様の傾向はオークションにも存在するようです。当時、私の研究室の学生がeBayでも同じものが売られているのに落札価格が違うという事例を調べたところ、面白いことがわかりました。プロモーション効果(宣伝文句、写真を掲載する、フォントを修飾する)と落札価格に正の相関関係があったのです。写真一枚あたり何セント、フォントを修飾すると何セント、という形で数字が出てきて面白かったですね。


■SaaS、IPA未踏プロジェクト

<strong>――― 現在の研究、関心について教えていただけますか。</strong>

　先に述べたとおり、私の研究分野はもともとインターネットへの関心からスタートしています。より具体的には、その商業利用、インターネット上のジャーナリズム、電子政府、電子自治体です。サイバー大学の講義では、これらの内容を教えています。
　そして、もう一つ非常に興味を持っているのがソフトウェア産業です。インターネットに関わるうちにソフトウェアの社会的な重要性、重大性に気づきました。つまり、社会に、文明に、個人にとって非常に重要なものなのに日本は産業としてこの分野が弱い、どうすればよいか、という素朴な興味があるのです。とくに今現在関心を持っているのは、SaaS(Software as a Service)です。インターネットとソフトウェアの境界領域に位置するものだとみなせるところが面白く、興味深い。

<strong>――― IPAの未踏プロジェクトの立ち上げにも関わられたとお聞きしました。</strong>

　99年の夏ごろ、経済産業省内でソフトウェア分野で新しい研究開発プロジェクトをやろうという話が盛り上がっていました。それまでもIPAは提案公募型の研究開発助成を行っていました。これはある程度分野を決めた上で研究テーマを公募し、有識者で審議してテーマを選定し、助成する形式なのですが、研究助成をこのような形式で行うのは、公募から研究開発のスタートまで時間がかかるという点や、独創性のある成果という観点では疑問です。委員会で審議すると、どうしても時間がかかり、かつ皆が納得いくものを選ぼうとすると無難な選択になりやすいのですね。
　ソフトウェアの場合、ハードウェア関連の研究開発とは異なり、成果におけるアイデアを出すことの比重が非常に高い。官庁のロードマップありきの研究助成方針とはどうしてもなじまないのですね。ですから、モバイルOSですとかミドルウェアとか特定の分野を決めてそこに予算をつけるという従来型の助成よりも、有能なソフトウェア技術者を中心に据えたプロジェクトにしよう、という風に提案しました。
　ソフトウェア開発の実際ですが、人数が多くなればなるほどコミュニケーションに必要な時間が増加し、オーバーヘッドが大きくなってきますので、少人数の方が効率は圧倒的に良い。ただし、できるものも小さくなるわけですが。例えばゲームソフトですと、インターフェースが単純で、グラフィックなどに比重が置かれない最初期のゲーム産業では少人数で、インパクトの強いものが生まれました。テトリスが良い例ですね。あの単純さと、それをプレイした人数や延べ時間などのインパクトを比較するとすごいものがあります。

■日本のソフトウェア産業

<strong>―――ソフトウェア産業も創世期とは異なり、現在では大規模開発が主流となっていますね。さきほど仰られた、日本のソフトウェア産業が弱いこととの関連は？</strong>

　あまり知られていませんが、実は北米標準産業分類と、日本標準産業分類ではソフトウェア業の区分が大きく異なるのです。日本では大分類「G 情報通信業」の下に、中分類の「39 情報サービス業」があり、その下に小分類として「391 ソフトウェア業」があります。そして、そのさらに下の細分類として、「3911受託開発ソフトウェア業」、「3912組込みソフトウェア業」、「3913パッケージソフトウェア業」、「3914ゲームソフトウェア業」の４つが並んでいます。
　しかしアメリカではソフトウェア産業についての位置づけも分類も大分異なっています。アメリカの場合、日本でいうパッケージソフトウェア業は「5112  software publisher」であり、新聞や雑誌の出版業と同じ情報産業（51  information）」に分類されています。
一方、受託ソフトウェア業は、「541511  	Custom Computer Programming Servic」として、「54  Professional, Scientific, and Technical Services」、つまり専門的、科学的、技術的サービスを提供する産業に分類されているのでｓ。
　日本の場合、「何を作っているか」で産業を分類しています。これも一つの考え方ですが、アメリカでは「そのビジネスモデルの特徴は何か」というものが根底にあります。根本的な考え方の違いが見て取れますね。例えば個人がその技術や専門的スキルを発揮しているのがprofessional serviceなのですが、software publisherはそうではない。原本を作り、それをコピーして頒布するビジネスである。したがって産業としてまったく異なる、という考え方なのですね。一理も二理もあると思いませんか。アメリカの代表的なsoftware publisherの粗利率を計算してみると、ＭicrosoftやＡdobeなどは80%から90%もあります。一方アメリカの代表的なSIerのEDSは15%ほど。富士通やNECなどの粗利率は25%～30%くらい。これらを同一産業として一括りにするには無理があります。産業分類の時点で産業政策を誤っているのかもしれません。
　そして、パッケージソフトウェアのビジネスモデルを発展させたのがSaaSです。ソフトウェアには保守コストが付き物ですが、SaaSの場合、保守運用に関しても規模の経済が働きます。Netsuiteにしても、SalesForce.comにしても、現時点の税引後の純利益率はあまりよくなく、赤字か、せいぜい数%です。しかし決算書をよく見ると、粗利率は70%前後もあるのです。粗利率が高いのに純利益が少ない、あるいは赤字になっている理由は、売上高の半分以上をセールス＆マーケティングに使っているためです。早く顧客の絶対数を増やし、シェアを確保することを重視した戦略をとっている証です。パッケージソフトウェアのように、「一人勝ち」になりやすいビジネスですから、ごく当然の戦略と言えます。日本ではそのような点が理解されていないような気がします。

<strong>―――日本のソフトウェア開発関連企業の場合はどうでしょう。</strong>

　日本のIT企業の場合、大企業であればあるほど将来性のあるSaaSという一分野に巨額の投資をすることが難しくなるようです。アメリカのベンチャー企業などは真逆の傾向です。もしかすると、額に汗して働くことが尊く、顧客が増えれば増えるほど（利益額ではなく）利益率が向上するようなビジネスに嫌悪を感じる経営者が多いのかもしれません。
　アメリカのベンチャーを礼賛するわけではありませんが、当たれば大儲けという明るい未来、夢があるのは素直にすばらしい。SIの世界は、敗者は非常に苦しいが、勝者も苦しい。すぐれたプログラマは正当に評価されていませんし、そもそも企業が彼らプログラマの質と成果を正当に評価する方法も分かっていません。表面的な理由と本質的な理由の両方で定量化が困難なのが現状です。かといって優秀なプログラマを集めて短期間でアジャイルすれば良いかというと、そうでないのが悩ましい。買い手側も評価の困難さは変わらないので、開発期間が短ければ短いほど顧客から買い叩かれてしまう。それなら初めから優秀なプログラマにそうでないプログラマを付随させて人月を稼ぐほうがよい。構造的にそうなってしまっています。どうしたら良いのでしょうかね。

■人々を繋ぐハブとして

<strong>―――前川さんにとって、GLOCOMに居てやりやすいことというのはどういった点でしょうか？</strong>

　本当にいろんな人がいて、会える、というところが私にとってGLOCOMの最大の魅力ですね。このような良さをどう維持、持続していくか、重要だとおもいます。セミナーやカンファレンス、交流会などで、面白い人たちの輪が広がるといいと思います。コミュニケーションって面白くて、どうしても伝達に曖昧さが伴うので、意思が100％伝達できない代わりに、誤解から新しいアイデアが生まれるという面があります。。曖昧だからこそ、新しいものが生み出される。いろいろな分野の人が集まって相互に意見を交換するということを大切にしていきたいと思います。

<strong>―――本日はどうもありがとうございました。</strong>

<p align="right"><a href="http://www.glocom.ac.jp/ised/publicity/search.cgi?q=%91O%90%EC%93O">前川徹のPublicityへ</a></p>
]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_1.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">前川徹</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 03 Apr 2008 18:43:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>地域SNS、e-democracy：情報技術が変える政策過程</title>
         <description><![CDATA[<h4>情報社会学と政策過程論（研究概要と研究の方法論）</h4>

<strong>――はじめに、庄司さんの研究の全体像をお聞かせいただけますでしょうか。</strong>

　主要な研究分野は「情報社会学」です。
　個別のキーワードとして挙げると、政策過程論、e-democracy、電子政府・電子自治体、地域情報化、ネット・コミュニティになります。これらのキーワードは全て密接に関連していて、私の関心を異なる側面から表しています。
　現代社会（とりわけ日本社会）が、どのように政策を決定し、社会を運営しているのか。法律に限らない様々なルールが作られていく政策形成過程に関心があり、特に地域社会のような小さな社会がどうなっているのか。これは、大学時代からずっと関心を持ち続けているテーマです。
大学では、地域社会がどのようにルールをつくり社会を運営していくのかを扱っていましたが、GLOCOMに参画してから、情報通信技術が地域社会の人々のコミュニケーションに重要な役割を担っていると感じ、現在はe-democracyにも関心を持って取組んでいます。

<strong>――なるほど。政策形成過程における一つのアクターとして地域に注目し、さらには地域と政策形成過程をつなぐものとしての情報技術に注目しているというわけですね。こうした研究の方法論は、どのようなものになっているのでしょうか。</strong>

　大学では法思想のゼミに所属していましたが、学部と大学院は総合政策部というところの出身だったので、経済学・政治学・社会学を横断的に学んできました。そのため、研究をするにあたって、特定のディシプリンに根ざした方法論をもっていなかったのですね。
しかし、GLOCOMで情報社会研究を続けている中で、ネットワーク科学やソーシャル・キャピタルという方法論に出会いました。
　ネットワーク科学は長い歴史を持っている学問分野で、とりわけ90年代後半に大きく発展しました。もともとは、自然科学の分野が震源地になっており、要素と要素のつながりとしてのネットワークがどのように成長していくかについて注目していく方法論です。ネットワーク科学の当初の研究対象は、数学や物理学のディシプリンにありましたが、そこから生まれてくる知見は他の分野にも応用可能なんです。最近では、地域SNSなどの研究を通してこれらの知見を具体的な研究対象に応用し、さらには政治学や政策過程論にも取入れていこうとしています。
　たとえばネットワーク科学の成果によれば、インターネット上のウェブサイトは平等につながっているのではない。少数の大きなサイトに集中しているとのことです。都市においても、ある限られた都市に圧倒的に多数の人がおり、「典型的な自治体」の規模というのがないと言われています。このような人でもモノでもないネットワークという見方を導入すると、様々な現象がつながりをつくるという点で共通していると考えることができます。その考え方は政治的なコミュニケーションにも持ち込めると考えています。
一方で、ソーシャル・キャピタルは、そもそもが政治学の分野の議論です。イタリアで地方分権が行われたとき、地方分権が機能した地域と機能しなかった地域がありました。地方分権が機能した地域では、結社やサークルや市民団体などの中間組織が活発に活動していたということです。こうした形で分権化された地域社会をうまく動かす要素のことが、ソーシャル・キャピタルと言われています。具体的には、人々の信頼関係やネットワーク、互酬性（お互いに助け合う規範）などです。
　ソーシャル・キャピタルと似た考え方として、情報社会研究の中ではプラットフォームという経営学由来の概念があります。プラットフォーム研究でも、信頼や、人やモノをつなぐ存在としてのコネクターの存在の重要性を指摘しており、ソーシャル・キャピタルと非常に近いと言えるでしょう。ソーシャル・キャピタルの研究では多様な取組みがされていますが、私はこのプラットフォーム研究にソーシャル・キャピタルをつなげていきたいと考えています。

<h4>地域SNSとe-Democracy（現在取組んでいる研究テーマ）</h4>

<strong>――ネットワーク科学やソーシャル・キャピタルが具体的に適応されている研究対象が、庄司さんが現在、活動の中心として取組まれている「地域SNS」ですね。</strong>

　地域SNSを研究すると、地域社会における人と人のつながり方をSNSの中で観察することができます。たとえば、地域のキーパーソンを中心に人が集まっていたり、新しい人が入ってくることで、既存のグループに別のグループがくっついたりします。地域SNS内でのコミュニケーションを観察していると、信頼が高まったと言える場面もあったりします。ツールとしての地域SNSは最近になって出てきたものですが、考え方としてはより深く研究してみる価値のあるテーマですね。

<strong>――そもそも、地域SNSとはどのようなものか、簡単に説明していただけますか。</strong>

　SNSとは、会員制サイトなどを用いて、人と人をつなぐネットサービスです。Mixiなどが非常に有名ですね。SNSには全国的や全世界的にサービスをしているものがありますが、地域SNSは、それを地域社会で活用しようという取組みです。
　地域SNSが全国的／国際的な規模のものと決定的に違う点は、地域社会におけるリアルな人間関係を大きく反映しているところです。地域SNSでは、ネットから多様なオフ会が生まれるだけでなく、現実社会を変革していこうとするときにネットがそのサポートをしたり、あるいは、現実社会では1週間に1度くらいしか会えない人が、地域SNSを介すことで常に“つながった”状態となることで、数多くのイベントや自発的な街づくりが促進されたりしています。

<strong>――なぜ注目されてきたのでしょうか。政策として、地域活性化が重視されたことなどと何か関連があるのでしょうか。</strong>

　その通りです。地域社会の衰退は、これまでも長く続いてきた流れではありますが、日本の人口減少や、中国などへの企業の海外移転など、地域社会の疲弊はどんどん加速しています。
この流れを止めるために、地域社会の活性化は国の切実な課題になっています。地域を活性化させるためには、まず人と人をつなぐことによって中間組織を活性化させる必要があり、そのためのツールとして地域SNSが注目を集めているのでしょう。

<strong>――なるほど。地域情報化やネット・コミュニティといった点で地域SNSは確かに重要ですね。その他に、庄司さんの関心となっている、電子自治体やe-Democracyと地域SNSの関わりについては、どうなっているのでしょうか。</strong>

　地域SNSで議論されているテーマは多様ですが、「地域社会をどのようにより良くしてくか」という切り口で見てみると、e-Democracyの議論になります。そのための具体的な取組みとしては、「電子自治体」があります。
　電子自治体の研究では、自治体がどのように情報技術を構築し、サービスを提供していくかについて検討しています。GLOCOMでいえば、「IT調達協議会」というプロジェクトで、具体的には地方自治体がどのようにITシステムを調達しているかについて調査しています。大小様々な規模の自治体を見ることで、多様な電子自治体への取組み方を学んできました。
　一方、e-Democracyの研究は、多くの主体による地域社会の運営という「ガバナンス」と呼ばれる姿勢で取組んでいるため、電子自治体より扱う領域が広くなります。行政だけでなく、商工会議所や青年会議所なども地域の運営に深く関わることになり、電子自治体の運営についても、行政と民間の連携という点で関連してきます。

<h4>情報通信政策の政策形成過程（GLOCOMとの関わり）</h4>

<strong>――GLOCOMと庄司さんの研究の関わりという点について聞かせてください。庄司さんにとってGLOCOMで活動していることの意味というのはどういったところにあるのでしょうか。</strong>

　GLOCOMの研究員の中では、私が政治や政策形成過程に一番関心をもっているのはないかと思います。政策過程論では、どのようなテーマの政策も研究対象になり得ますが、GLOCOMでは特に、情報通信分野の政策や、情報社会の制度設計に積極的に関わっています。この分野は、様々な利害関係者が新しく参加してきて激しく対立しており、非常に興味深いテーマです。変化のスピードも早く、たとえば国際的な標準化の流れに合わせるかどうかなど、意思決定が難しい場面もあります。
　また、もう私がずっと取り組んできているということという事で言えば、地域情報化の議論も重要です。GLOCOMでは地域情報化についての研究を昔から行っており、現在では私がその流れを汲んだ活動をしています。GLOCOMが各地域で情報化の支援をしてきたおかげで、各地の面白い取組みに参加できています。
　もう一つは地域から離れて、国レベルでの政策形成において、行政や政治といった既存の利害関係者以外の人たちが、どのように入り込んでいるかについて研究しています。情報化の恩恵によって様々な人が意見を発信できるようになりましたが、彼らをどのように政策形成過程に取入れていくかに興味があり、実際に「政策空間」という誰でも考え方を発表できる雑誌の編集や、政策過程研究のNPOの運営を行っています。大変入れ込んでいるテーマのひとつですね。

<strong>――GLOCOMが各地の情報化を支援してきたということですが、どのような事例がありますか。</strong>

　GLOCOMがきっかけとなって生まれたものとして、「CANフォーラム」があります。日本全国の各地域では、地域内ブロードバンドインフラの敷設、地域内データベースの構築、地域メディアの活動など、様々な取り組みが行われてきました。CANフォーラムは、そのような活動をしている人々を横につなぐための団体です。GLOCOMで地域情報化に携わった研究員が、この組織の運営を代々引き継いできました。
　実は、現在私が取組んでいる地域SNS研究会も、CANフォーラムと同じモデルです。地域SNS研究会は、日本全国の各地域にいる地域SNSの活動をしている人々を横につなぐ役割を果たしています。
また、政策の中身も日々大きく動いているため、私は日本政府や海外の動向をリアルタイムでフォローしています。これは自分の研究にとってはもちろん参考になりますし、情報通信分野の政策を考えていく上でも非常に役立ちます。

<strong>――なるほど。では今もっとも注目している情報通信政策のテーマはどのようなものでしょうか？</strong>

　今もっとも注目しているのは、やはり著作権ですね。情報社会における著作権は、産業社会における財産権に匹敵するほど重要な概念であるといえます。著作権の分野では、「情報や知識をどれだけ流通させるのか」「創作者への価値をどれだけ認めるのか」「著作権の保護機関を延長すべきか」「共有や派生を認めるべきか」「ダウンロードを違法化すべきか」など、多くの重要な議論が行われています。政治的にはソフトパワーなどの議論と絡み合っていて、さらにはユーザーの声をどのように政策形成過程に入れていくかについても考えなくてはならず、一番面白いですね。
　また、繰り返しになりますが、地域SNSというテーマに取組んだことによって、私の中のバラバラだったキーワードが一気につながり、今は研究がものすごく面白いですね。
]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/03/post.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/03/post.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">庄司昌彦</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 17 Mar 2008 16:12:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「意図せざる結果」を描くために</title>
         <description><![CDATA[<h4>■近代化・情報化・グローバル化</h4>

<strong>――鈴木さんは非常に幅広い分野の研究をされており、取組まれている研究の全体像は簡単にはやや捉え難いところがありますね。鈴木さんの研究テーマについて全体的に俯瞰すると、どのように言うことができますか</strong>

　私の研究には三つの柱があります。
　一つ目が「近代化」という柱です。近代化とは社会を動かす原理が近代的なものになるということですが、近代化というと、日本では明治維新によっていきなり近代になったという「点」のようなイメージを持たれがちです。一方で、英語で近代化を指すmodernizationという言葉には「現代化」という訳し方もあり、過去から脈々と続いてきた「線」的な流れのことを指します。
　この近代化という概念は、現代の日本社会の分析において有効な道具である上に、西洋由来の概念であることから、西洋と日本社会の関係について考える上でも極めて重要です。私は、この近代化理論、特に社会学者のアンソニー・ギデンズの近代化理論を参照しながら、理論社会学の面から現代の日本社会を分析しています。
　二つ目が「情報化」という柱です。情報化は、近代化における最も重要な現象です。それは、単にインターネットが普及するということではありません。インターネットなどが普及した結果、社会における様々な前提が変容するということです。
　たとえば、車社会とは、単に人々が車に乗るようになっているということではありません。車が走るようになった結果、横断歩道や信号が整備され、交通ルールや交通網が整備されます。交通ルールができたことで、交通ルールを教育するための教育システムや価値ができます。また交通網の整備によって物流システムが整備されると、日本全国で同時刻に同じ週刊誌や同じおにぎりを買うことができるようになります。すなわち車社会とは、車が使われることを前提にして、人々が生活を組替えた社会のことを指します。
　情報化社会やウェブ社会もそれと同じです。人々がパソコンやインターネットを使用している社会のことではなく、人々がパソコンやインターネットを使用して検索をしたり、仕事をしたり、買い物をしたりできることを前提に、様々な仕組みが動く社会のことです。このようにして考えると、今起こっている情報化という現象は、単にパソコンやインターネットが普及したという狭い範囲のことではなく、社会の大きな仕組みや価値観の変容として捉えられます。情報化によって、社会がどこからどこへ変わっていくのか。これが私の二番目の柱です。この二番目の柱の中には、現在インターネットで起こっている現象や若者のサブカルチャー、あるいは雇用の変化などがサブ領域として入ってきます。
　そして、三つ目の柱が、「グローバル化」です。グローバル化も、近代化という大きな変動の中の一つの要因です。グローバル化の定義は様々ですが、私がここでいうグローバル化は、世界レベルでの流通やコミュニケーションが加速することを指します。こういう側面でのグローバル化がもっとも進展したのは、1870年頃から1914年頃であると言われています。19世紀末から20世紀初頭にかけて、通信手段や運送手段がどんどんグローバル化していき、そこで様々なひずみが生じてきました。ここ10年くらいで言われているグローバル化社会という現象は、その当時のものに匹敵するような変化が起こっていると言っていいでしょう。実際、19世紀末から20世紀初頭にかけて生じていたような問題や批判に、そのまま当てはまるような現象が近年数多く起こっており、理論史的・学史的研究の中に含み込んで考えることができます。
　他方で、以前には起きていなかったことも、現代では起きています。それまで物流やコミュニケーションがグローバル化していくというときには、ある程度のタイムラグや運送量の限界がありました。しかし、それが情報化されることによって、リアルタイムで精度の高いコミュニケーションが可能になる。あるいは情報そのものをやり取りすることで、瞬時にお金と財が取引されるということが世界レベルで生じるようになっています。それは、かつてのグローバル化のときには起こっていなかったことです。
　グローバル化の研究には理論研究に加えて、サブ領域が二つあります。一つは世界レベルでの景気変動です。もう一つは、情報化による雇用の変動を受けた人々―特に30代半ばから下の世代―がどのような生活を送っているのか、さらにその人々がインターネット等を用いてどのようにコミュニケーションしているのかということを扱っています。

<h4>■意図せざる結果、価値自由</h4>

<strong>――鈴木さんは理論的な研究ではギデンズの近代化理論を、『カーニヴァル化する社会』では若者論や雇用の研究を、『ウェブ社会の思想』では情報化、『＜反転＞するグローバリゼーション』でネグリ・ハートなどのグローバル化理論などを扱っています。個別の研究としては理解していましたが、たしかにまとめると、その三つの柱が相互に関係した議論になっていますね。次に研究の方法論についておうかがいしたいと思います。社会学の分野の人にとっては、鈴木さんの対象はなじみやすいものだなという印象があります。</strong>

　社会学は、社会科学の中で最後に生まれた学問で、基本的に超領域的です。超領域的で何でもやる学問である一方で、何をやっても同じ関心、同じ理論的な枠組み、同じアプローチで分析し、解決策を出すという性格も持っています。社会学者はときに「何でも屋」に見られることが多いですが、その中で重要になるのは一貫性です。
　私が一貫して取組んでいるアプローチの一つは、「意図せざる結果」を描くことです。「意図せざる結果」とは、人々が個々の領域で良いと思ってやっていることが、全体として良い結果を導くとは限らない、ということを描き出すということです。これは社会学者が分析をするときに最も注意しなくてはならない点だと思います。言い換えれば、ある人が良いと思ってやっていることを、できる限り中立的に見るということです。良いと思ってやっていることについて、なぜ良いと思っているのかを問いかけたり、良いと思ってやっているのにそうならないのはなぜかということを調べ、あるいは警鐘を鳴らしたりしています。
　私のアプローチの二つ目は実証的アプローチです。社会学は超領域的であると同時に実証を重んじるため、頭で様々なことをパッチワークして組立てるだけにとどまりません。
実証は、昨今では誤解されがちな概念なので、少し説明をします。たとえば、アンケート調査を行って55%の人が良いと言ったから「これは良いことなんだ」と言うことは、実証とはまったく意味が違います。社会が共有している規範や価値観が見えにくくなってくると、どうしてもアンケート調査をして多数決をとるというやり方が目立つようになってきますし、その方が正しそうな気がしてきます。しかし、そもそも調査をするということ自体、非常に価値の入り込むものなのですね。なぜかというと、それは言語で表現するものだからです。ある言語で表現をして、数字という別の言語でそれを表現しなおしています。実証的なアプローチでは、計画をする段階、解釈をする段階で様々な価値が入り込んでしまいます。
　にも関わらず、実証ということをなぜやらなくてはならないのか。それは先ほど述べた、意図せざる結果が導かれたり、本人の意図とは関係なく、社会のメカニズムがこのように動いているということを明らかにするための手法として、実証的なアプローチが重要だからです。逆を言えば、実証はその程度の重要性しかもっていません。社会学者にとって重要なのは、実証なり理論的アプローチなりを一貫させる意思そのものです。
　社会学者は何でも屋でかつ全てを俯瞰して議論しているように見られることが多く、最終解決を出しているように勘違いされがちですが、そんなことはありません。社会学者の数だけ答えがあり、最終解決を出しているつもりもありません。あくまで、あるアプローチからできる限り広く、できる限り中立的かつ客観的に見た結果こうなる、ということを言っているに過ぎません。こういう点がそもそも理解されていないことに、社会学の不幸はあると思いますが、いずれにしてもこのようなオーソドックスなアプローチに基づいて研究をしています。

<strong>――中立的という言葉が出てきましたが、この言葉は扱いの難しい言葉ですね。</strong>

　その通りです。私のいう中立的とは、マックス・ウェーバーの「価値自由（Wertfreiheit）」に相当します。人は価値を持たずにコミットすることは出来ません。出来ないがゆえに、その価値に対して距離を置く、ということがここでいう中立です。したがって、みんなの価値の中間点を取るということではありません。自分の考えていることも一つの価値であると見定めた上で、そこからどれだけ距離をとって誠実になれるかということです。つまり、中立的というポジションを決めるということではなく、中立であろうとする姿勢が大事であるということです。
　統計的なデータを出すことによって中立的で政治性がないという装いをする人もいますが、これはデータを詐称するよりも遥かに危険なことです。データを扱う人間の誠実さがなにより求められます。相手に対して「これが当たり前だ」という価値観が通用するか分からないという時代には、相手を説得するためのツールは数字になってしまうので、これは仕方ない部分もあります。ですがそれゆえに、目先の数字に踊らされないということが、「社会学ごとき」に踊らされないのと同じくらい重要になるのだと思います。

<h4>■世代的影響と9.11の衝撃</h4>

<strong>――現在の研究テーマを扱うようになった問題意識、またはきっかけについてお聞かせいただけますか。</strong>

　問題意識をもった理由の一つは、私が情報化やグローバル化による社会や雇用の変化の影響を、ど真ん中で受けた世代だからです。私はもともと情報化やグローバル化の専門家ではありませんが、世代的な理由から、自分の体験してきたことを通して情報化やグローバル化という現象をそのまま説明できることができました。私の今までの研究は、自分が体験してきたことや自分の周囲で起こっている変化について明らかにするということから基本的に出発していますし、今後もそうなっていくと思います。周囲の出来事を説明する大きな枠組みとして、近代化・情報化・グローバル化が適していたことです。
　現在の研究テーマを扱うに至ったきっかけと問われると困りますが、あらゆることがきっかけだったと思います。大学を卒業して就職しなかったこと、大学院のときにITベンチャーで働いたこと、ウェブで連載を始めたこともそうです。
　ただ、9.11以降に考えを変えた部分があるということは、述べられると思います。私は2002年に『暴走するインターネット』という本を出したので、インターネット分野の研究者だと認識されることが多いですが、もともと大学院の修士時代には『＜反転＞するグローバリゼーション』で扱ったような政治理論の研究をしていた人間です。90年代までは、リベラルな国家の政策をいかにしてマネージするかについて研究していました。
　しかし、2001年の9.11と前後して、私が研究していた政治理論や正義や法というものが吹き飛んでしまうような出来事が、国内外でいくつか起こりました。それはマクロな現象だと9.11のアメリカにおける同時多発テロ事件や、それに先行する日本の、オウム事件と少年犯罪報道に始まる一連の治安維持強化の流れで、ミクロな現象では2002年のワールドカップにおける若者のカーニヴァル化などです。「べき論」としての正義や法が、一発の暴力や盛り上がりで吹き飛ばされてしまう事件を目の当たりにして、それでもあえて正義を語ることにどのような意味があるのかについて、非常に悩みました。理屈を言っても仕方ないけれど、理屈を言わなくてもいいのかというと、そういうことでもない。現実と理論を語ることの関係をどのように示していくか、今後も誠実に突き詰めていきたいと思っています。
　社会学者の基本的なアプローチとして、理解社会学という方法があります。客観的に見て非合理的に見える行動でも、行動をする個人にとっては非常に合理的である場合があり、彼らがそれを合理的だと思う理由を明らかにするというアプローチです。結果的にべき論を吹き飛ばしてしまう彼らの行動を、外部から「非合理である」と言うだけでは何の解決にもなりませんし、処方箋も出てきません。私は、理屈や正義や法が吹き飛んでしまうような出来事を、できる限り彼らの話を聞き、彼らなりの立場で理解して記述したい。そしてそれを、できる限り一般性を持った理論にしたいと考えています。こうした関心は、9.11以降になってから出てきたものです。

<h4>■超領域的アプローチの必要性</h4>

<strong>――問題関心としては自分の周囲で起こっていることからスタートして、方法論としては「意図せざる結果」を描くために、現場の人にインタビューをされているというわけですね。具体的には、どのような対象にフォーカスしていますか。</strong>

　私が現在GLOCOMで取組んでいる研究は、情報化とグローバル化に伴って生じた雇用変動について、東アジアを中心に調査しています。調査の中で選んでいる対象は、近視眼的な言い方になりますが「世界中のスーツを着ない人々」です。今「スーツ」というと、「ギーク」の対極にいる、組織の原理で動く旧来型のビジネスパーソンという意味合いで使います。そのスーツを着ない人々が、どのようなライフコースをたどり、どのような価値観で現在を生き、どのような体験をしているのか。それついて、各国で主にインタビューによって調査しています。国内における調査でも、同じような人々を対象にしています。大学生なども含めた現在の多くの20代前半の若者は、これから自分が「スーツ」になっていくということについて、具体的なイメージが持てないというのが実情です。彼らの心情や価値観について、また彼らは何を気に食わないと思っているのか、何を楽しいと思っているのかについて調査しています。そういう意味では、今の私が取組んでいる研究は「反スーツ社会学」なのかもしれません。普段からスーツも着ませんし（笑）。
　私が調査で扱っている対象は限定的であるため、私の述べることが若者全てに共通していることだとは思って欲しくはありません。若者の中には、反スーツのような中間層かつ正社員コースではないというタイプの、ある程度恵まれた人々以外にも、深刻な貧困状況にある人や、差別的待遇を受けている人もいます。こういう人たちの問題は、私はあまり扱ってきませんでしたし、私の方法論は彼らを研究するのに必ずしも適しているものばかりではありません。それは自分の体験や選んでいる理論枠組みやアプローチが、まさに反スーツ的なものを中心にできあがってきたからでしょう。

<strong>――最後に、鈴木さんにとってGLOCOMとはどういう組織でしょうか。</strong>

　GLOCOMは、産業社会から情報社会への大きな転換によって社会のあらゆる原理が情報社会に合わせたものに変わっていくということを基本的な視座にしています。それは、前所長の公文俊平氏が長年主張してきたことですし、初代所長の村上泰亮氏も産業社会というものを大きな文明史の中に位置づけるというアプローチをとられていました。
　近年の学者の世界においては、こうしたスケールの大きなアプローチは、あまり盛んに取組まれなくなっています。それは学問の側と学者の側の両方に問題があるのではないでしょうか。
学問の側の問題としては、スケールの大きなアプローチをしようとするための基礎的な教養を身につける場が失われており、また時代の状況が統一的な理論による把握を困難にしているということがあるでしょう。それゆえ、全体的な状況について語ろうとすると、「あれもこれも繋がっている」という、専門家以外にとっては散漫な記述にならざるを得なくなります。
　学者側の問題としては、個別の領域に留まらない超領域的なアプローチで、現代社会の変化を捉える意志と能力がある人が減少しています。学者が個々の領域で研究すべきことが増えているということもあるとは思いますが、それよりも、学者としての就職が困難になった状況で、既にある領域の研究に寄与しなければ先がないという現実の方が大きいかもしれません。
　総合的で超領域的なアプローチは、学者が個人としてやることは難しいかもしれませんが、そのようなアプローチができる体制やプロジェクトはあるべきだと思います。専門研究機関として、このようなアプローチの研究ができるところは、日本ではGLOCOMしかないのではないでしょうか。


聞き手：井上明人・伊藤智久

（収録：2007年11月21日）

<p align="right"><a href="http://www.glocom.ac.jp/ised/publicity/search.cgi?q=%97%E9%96%D8%8C%AA%89%EE">鈴木謙介のPublicityへ</a></p>
]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/11/post_2.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/11/post_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鈴木謙介</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 21 Nov 2007 16:26:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>田中辰雄　他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/IECP/2007/12/post_150.html">＊日本ソフトウェア産業の人材・競争力・未来－モジュール化と統合化の視点から－</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/2007/11/post_97.html">＊IECP研究会「日本ソフトウェア産業の人材・競争力・未来－モジュール化と統合化の視点から－」</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_12.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_12.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">田中辰雄</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 25 Jul 2007 15:23:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中島洋 他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2007/06/28.html">＊社会と企業の対立の系譜―仲介機能を果たす情報技術―</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2006/03/14.html">＊情報技術が促す社会道徳観の変化の考察</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2005/08/it_6.html">＊『勝者のIT戦略　ユビキタス時代のウェブメソッド革命』</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2003/05/post_36.html">＊無線タグで実現する社会と制度設計</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2003/02/post_52.html">＊産業社会の変遷とブレークスルー──フィールドとツールの交代を軸にして──</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_8.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_8.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">中島洋</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 24 Jul 2007 14:48:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>庄司昌彦　他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2008/04/32.html">＊政策形成・選挙と、情報技術を使いこなす人々</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2008/04/33.html">＊政策形成・選挙と、情報技術を使いこなす人々（２）</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2006/11/20.html">＊地域情報化とソーシャル・キャピタル</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2006/05/16_esns.html">＊eデモクラシーの展開から考える地域SNS</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2005/08/sms_1.html">＊フィリピンの携帯メール(SMS)ユーザーたち</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_17.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_17.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">庄司昌彦</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 22 Jul 2007 16:05:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>鈴木謙介　他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2007/01/23.html">＊ケータイが侵食するインターネット～異なる文化の邂逅によって生じるトラブルへの対処を～</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2006/01/post_452.html">＊個人生活の危機と社会的安全</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2005/08/8_2.html">＊なぜプライバシーが問題となるのか～領域的プライバシー論を越えて</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2005/07/post_434.html">＊情報社会の「倫理」と保守主義中心的価値を巡って</a>


<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2005/07/post_438.html">＊情報化によって支えられる人間性　『カーニヴァル化する社会』の向こうへ</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_21.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_21.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">鈴木謙介</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Jul 2007 17:10:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>前川徹　他の記事</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.glocom.ac.jp/profile/2008/04/post_1.html">＊日本のソフトウェア産業</a>
<br />
<br />
<a href="http://www.glocom.ac.jp/column/2007/07/29.html">＊インターネット上の人権侵害問題
<br />
<br />
<a href="http://www.glocom.ac.jp/2009/03/post_120.html">＊クラウド・コンピューティングと情報処理のパラダイムシフト</a>]]></description>
         <link>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_9.html</link>
         <guid>http://www.glocom.ac.jp/profile/2007/07/post_9.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">前川徹</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Jul 2007 15:16:03 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

