1991年2月2日
公文俊平
昨年の5月に行われたある米ソ合同会議の席上で、ソ連側の出席者の一人が、次のような発言をした。「確かに冷戦は終わった。しかし、それがソ連の敗北に終わったという見方は正しくない。ソ連も米国も、共に敗れたのだ。しかし、われわれは未来への希望を失う必要はない。第二次大戦の敗戦国が、いまどうなっているかを考えてみよ。」
この発言は、確かにあるポイントをついているが、十分正確だとはいえない。より正確にいえば、米ソの対峙を中軸として進んできた20世紀後半の世界の近代化・産業化過程は、四種類の挫折者を生み出した。後発国の急速な産業化にとっての有力な方式とみなされていた「社会主義」の挫折は、その一つにすぎない。より深刻な挫折を経験させられたのは、産業化をめざす「離陸」の不可能性を自覚せざるをえなくなった南の諸国である。しかも、東西冷戦の終焉によって、これらの諸国は東西両陣営のいずれかから、政治的・経済的な支援を受ける可能性を、決定的に奪われてしまった。これらの諸国は、近代的な国家や産業を建設したいという願望を最終的に捨て、その存続のためには、前近代ないし非近代文明の原理にたちもどらざるをえなくなったのである。こうして、近代化による解決の可能性を想定していた1960年代の「南北問題」は、1990年代には、近代文明と非近代文明の間の対立・相剋をその特徴とする「新南北問題」に転換しようとしている。
しかし、そのことは、欧米、とりわけ米国が、冷戦の最終的な勝利者として残ったことを意味するものではない。20世紀後半における近代化・産業化の最先進国としての地位をほしいままにしていた米国もまた、その正面の敵との対決においてはともかく、側面の諸同盟国との競争において後れをとってしまった。なかでも、日本を先導者とするNIESやASEANの、いわゆる Capitalist Development System (Chalmers Johnson) を採用したアジアの諸国は、1970年代から80年代にかけて、産業化に関するかぎり、欧米先進国を瞠目させるほどの見事な成功ぶりを示したのである。
もっとも、これらのアジア諸国は、全面的な西欧化という意味での近代化には、必ずしも成功していない。とりわけ、米国が代表する「民主主義、開放市場、自由社会」の政治、経済、社会理念の移植は、不十分にしか行われていない。1980年代に見られた、「日本異質論」や「儒教文化論」などの台頭は、このような「異常」事態を説明するためのものであった。すなわち、世界のこの地域には、欧米を凌駕しかねない存続・発展力をもつ、あるいは少なくとも欧米に匹敵する国際競争力をもつが、全体としては欧米のそれとは異質の、近代産業文明のいま一つの発展肢が出現しているようだという認識が、広くもたれるにいたったのである。こうして、近代文明の−−それも基本的にはその欧米型発展肢の−−内部での「資本主義対社会主義」の体制間対立として理解されていた「東西問題」は、1990年代においては、近代文明の「欧米型発展肢」対「アジア型発展肢」の競合としての「新東西問題」に、その様相を変えていこうとしている。
こうして、冷戦後の新しい国際秩序は、一方における新南北問題と、他方における新東西問題という二つの軸の交錯するところに生まれてくるものと思われる。私の予想では、新しい東西関係は、対立よりは競合、競合よりは協力と相互学習(co-emulation) をその特徴とする可能性が強い。とりわけ、新しい南北関係に対立、対決の様相が深まれば深まるだけ、東西関係における対立の要素は減少するだろう。他方、新しい南北関係は、現在の湾岸戦争に見られるように、協力よりは対立の側面を強くしていきそうである。あるいは、正面からの対決を回避した、棲み分けないし「封じ込め」の性格を強くしていきそうである。少なくとも、北からの支援によって南の「近代化」が円滑に進行するという保証は、いまやどこにも見られない。 (先進地域からの経済的、政治的支援が意味をもつのは、新たに北の一部に組み込まれようとしている地域−−アジアでいえばASEAN や中国沿岸地域、ヨーロッパでいえば東欧やソ連の一部、アメリカ大陸でいえば中米諸国−−に限られるのではないだろうか。) もちろん、北による南の軍事的制圧や経済的管理にも、成功の保証はない。北の諸国は、南の地域に発生する諸問題へのオーバーコミットメントを避けつつ、南の混乱 (紛争、難民、環境破壊等) が北に波及するのを避けるための最小限度の経済的支援や軍事的介入を行うにとどめようとするのではないだろうか。
このような秩序が、グローバルな政治的、経済的安定を実現してくれると期待する根拠はない。それはたかだか、北のエゴイスティックな観点からすれば lesser evilでしかないものになりそうだ。しかし、北の諸国にそれ以上のコミットメントの準備も意欲も、そして恐らくは能力もないかぎり、それ以上のことは望みえないのではなかろうか。
そもそも、近代文明それ自身、この惑星のすべてを全面的に管理する能力はもっていない。近代文明のアジア型の発展肢といえども、地球の環境・資源問題に象徴される、近代文明一般の「成長の限界」を乗り越えるポテンシャルをもっているかどうかは明らかではない。むしろ、これらの地域をも含めて、近代文明の全体が、深刻な挫折の可能性に直面しているというのが、人類が直面している事態の本質であろう。いいかえれば、今日の近代文明は、現存する前ないし非近代文明との対決において、自明の優越性を主張しうる立場にはない。それどころか、前ないし非近代文明の原理 (有史宗教の原理) の中には、とりわけその死生観の中には、近代文明の自己超克にさいして学ぶべき、あるいは少なくとも参照すべき、重要な要素が含まれているかもしれないのである。
その意味では、世界は、できるかぎり速やかに、外界の征服・支配による無限の成長・発展を指向する近代文明とは異なる、外界との調和・共生による安定・存続を指向する近代を超えた文明の樹立に努めなければならない。冷戦後の新国際秩序の歴史的意義は、そのした「大転換」のための過渡的な秩序となるところに求められるべきであろう。