1991年2月16日
公文俊平
1)新しい大転換
冷戦後の世界の最大のイシューが、近代文明と、非ないし反近代文明との間の対抗関係にあることは、湾岸戦争の開始と共に、疑問の余地のないものになってきた。それは、「新南北問題」とでもよぶことが適切なひとつの地球問題である。ここで「新たな南」とは近代以前の旧文明の原理に立ち戻ることによって近代文明への挑戦を試みようとしている、政治・イデオロギー勢力のことである。この対抗関係の帰趨は、人類の未来に決定的なインパクトを及ぼすであろう。
しかし、それと同時に、「新東西問題」とでもよぶことが適切なもうひとつの地球問題がある。ここでこれまでの社会主義陣営に代わる「西側」の新たな対抗者として登場してきたかに見える「新たな東」とは、アジアの新興産業諸国、すなわち、日本、「四匹の龍」およびASEAN 諸国、とりわけそのリーダーとしての日本である。これらの諸国が、ヨーロッパや北米ほどの緊密な結びつきはもたないにしても、一個の巨大な活力にあふれた経済圏を作る方向にあることはほぼ確実である。これらの諸国はまた、これまたヨーロッパや北米ほど強くはないにしても、「儒教文化圏」あるいは「漢字文化圏」という言葉で一括することが不可能ではない程度の、文化的同質性を通有している。あるいはまた、チャーマーズ・ジョンソンが指摘したように、これらの諸国の間の同質性を、これらの諸国が採用してきた「発展国家」としての政策・制度の共通性に求めることも可能であろう。これらの諸国が、欧米流の個人主義、民主主義、および自由市場への信念をどれほど深く通有しているかどうかは、議論の余地がある。しかし、これらの諸国は、少なくとも、特化と組織化による未来に向かっての自力での不断の進歩の可能性を信じているという意味では、近代文明 (あるいは、私のいう「前期産業・情報文明」) のもっとも基本的な価値観を通有しているといってよいだろう。つまり、ヨーロッパ、アメリカ、および東アジアは、それぞれ近代文明の異なる発展肢を形成している。
1980年代の、とくに後半になってから、社会主義陣営が動揺し没落する一方で、東・南アジア地域の経済的台頭が顕著になるにつれて、アメリカでは、修正主義者に代表される「日本異質論」が普及し、議会での「日本叩き」が流行しはじめた。さらに最近では、世論調査で見るかぎり、ソ連を敵視しなくなる程度に反比例して、日本を脅威とみなす風潮も強くなってきている。万一、1990年代のアメリカが、新たな南と新たな東の両方と真向から対立することにでもなれば、世界は深刻な混乱におちいるだろう。
私の考えでは、近代文明のそれぞれの発展肢は、いずれも世界の未来に対して貢献しうる、普遍化が可能なさまざまな特色をもっている。いいかえれば、近代文明の各発展肢は、互いに他と競争--それもより大きな協力の枠組みのなかで建設的に競争--するだけでなく、他から学ぶ--それも自分の基本的な同一性を残しながら他者を部分的に模倣する--ことができる。このような建設的な相互模倣を通じて、われわれは「新南北問題」の展開が世界の破局をもたらすことのないように、協力しなければならないのである。そして同時に、地球の環境と調和した長期的な共生力とグローバルな普遍妥当性をもつ、より高度な(1) 地球文明--超近代文明あるいは後期産業・情報文明--の構築をめざさなければならない。冷戦後の新国際秩序の歴史的意義は、そうした「大転換」の促進のための秩序となるところに求められるべきであろう。
2)「情報化」の三つの意味
1970年代の後半以来、世界は一つの新しい時代、情報化時代に入りつつあるのではないか、という予感をますます多くの人々が抱き始めている。そのキーワードが「情報化」なのだが、この言葉は、産業技術の新たな革新の波をさすというごく狭い意味で使われていることが多い。もちろん、産業技術の広汎な革新が現在生じつつあることは事実である。しかし、それと同時に、産業化を超えて進むような社会進化の波や、近代文明を超えて進むような文明交代の波もまた生じつつある。つまり、今日進行中の社会変化には、少なくとも三つの互いに区別しうるタイプのものがある。そこで、私は、「情報化」という言葉を、これらすべての変化を含む広い意味で使うことを提案したい。
以下、それらの変化のおのおのについて、ごく簡単に説明してみよう。
第一に、近代産業社会は、その「19世紀システム=軽工業の時代」と「20世紀システム=重化学工業の時代」に続く第三の発展段階としての「21世紀システム=情報産業の時代」に入りつつある。これが情報化の第一の意味である。
1770年代の後半から始まった19世紀システムでは、鉄という物質の大量生産が可能になった。鉄を素材として、消費財の生産や輸送のための機械が製造され、それが蒸気機関によって駆動された。自由な競争を原理とする個々の小資本家たちが工場で雇用労働者と機械を使って生産した消費財は、市場で商品として販売された。つまりその「所有権」が取引された。
1870年代の後半から始まった20世紀システムでは、石油および電気エネルギーの大量使用が可能となった。静かで小型の内燃機関や電動機は、乗用車や家庭電気製品に搭載され、消費生活の面での機械 (耐久消費財) の使用が可能になった。また、化学工業は、人為的に合成された化合物を素材とする多種多様な新製品を生み出した。これらの新産業は、巨額の資本を投下した大規模な組織によって運営された。大企業相互の競争は、寡占的競争の形を取った。高価で耐用年限も長いわりには技術革新によって陳腐化しやすい機械類は、商品として販売されるよりはリースやレンタルされる傾向が拡大していった。つまり、「所有権」よりは「使用権」の取引の比重が増した。
1970 年代の後半から始まった産業化の21世紀システムの牽引者となったのは、物質でもエネルギーでもなく、日々新たに発見され創造される情報や知識であった。情報や知識は、生産要素として重要な役割を果たすことが認識されただけでなく、生産物=商品として取引の対象とされることも多くなった。しかし、21世紀の市場での取引の主たる対象となるのは、財の所有権や使用権そのものよりも、むしろ財--とりわけ機械--を使用して生産される「サービス」--とりわけ情報処理サービス--であろう。また、新しい情報や知識の創造や通有や利用の促進にとっては、20世紀の大企業が発達させてきた階層的な官僚組織はあまり有効とはいえない。むしろ、多数の比較的小規模なチームが、柔軟かつ緩やかに結びつきをもって互いに協働しているネットワーク型のシステムの方が、より有効であろう。
第二に、近代文明それ自体が、「軍事化」と「産業化」に続く、近代化の第三の発展局面に入りつつある。これが情報化の第二の意味である。
近代化の第一局面=軍事化の出発点は、前近代文明を具現していた世界帝国の衰退に伴う、その周辺部分での自立した領邦権力=封建領主の出現に求められる。そこから次第に、「軍事・航海革命」という技術革新を経て、「主権」の観念を神聖視する近代主権国家が形成されてきた。ヨーロッパを中心に成立した近代主権国家は、次第に、国際社会 (=主権国家を主たる構成要素とするグローバルな社会システム) で「威のゲーム」を行うようになった。つまり、具体的な脅迫・強制力としての軍事力や外交力を利用して領土や植民地を獲得し、それを「国威」 (=抽象・一般的な脅迫・強制力) に転換して発揚しようとしてきた。しかし、今日ではこうした競争行為、とりわけ侵略戦争の社会的正統性は、決定的に失われてしまった。
「産業革命」という技術革新を契機に起こった産業化の過程は、近代化の第二局面だとみなすことができる。(2) 産業化の中核となった近代産業企業は、「所有権」の観念を神聖視し、世界市場 (=産業企業を主たる構成要素とするグローバルな社会システム) で「富のゲーム」を行うようになった。つまり、具体的な取引・搾取力としての工業力や商業力を利用して商品を生産・販売してそれを「利潤」に、さらには「富」 (=抽象・一般的な取引・搾取力) に転換し誇示しようとしてきた。この主の競争行為の社会的正統性は、今日でも依然として失われてはいないが、それがもたらす社会的な不平等や環境破壊作用には、疑問や批判の声が上がっている。
このような観点からすれば、「情報革命」という技術革新を契機として起こりつつある情報化の過程は、新しいタイプの社会集団による新しいタイプの競争ゲームの普及の過程だとみなすことが可能になる。つまり、「情報権」とでも呼ぶことが適切な新しい権利観念を神聖視する多数のチーム型の「智業(intelprise)」(3) がグローバルなネットワーク (=智業を主たる構成要素とするグローバルな社会システム) を舞台として競う「智のゲーム」が、今日台頭しつつある。智業は、具体的な説得・誘導力としての情報・知識力や通信力を利用して価値ある情報や知識を創出し普及させて、それを自らの「智」 (=抽象・一般的な説得・誘導力) に転換して享受しようとする競争行為にたずさわる。この意味での「智のゲーム」は、これから本格的に普及し始めるだろう。そして当面は、「富のゲーム」と相互協力・補完的な形をとって発展していくと思われる。それは産業化の当初、国家と企業が相互協力・補完的に発展していったのと同様である。
要するに、今後の近代化の過程は、これまでの国家主義的な「威」や資本主義的な「富」の追求という局面から、「智」、つまり知的な影響力の入手をめぐって競争する局面に移っていく。いいかえれば、人々が競い合う社会活動の中核的な形式が、「威のゲーム」から「富のゲーム」、そして「智のゲーム」へと移行していくのである。
しかし、「情報化」には、さらに第三の異なる意味を考えることができる。すなわち、上述したような近代社会での社会進化の流れは、最終的には、近代文明そのものを超える文明(ハイパー・シビリゼーション)を生み出すところまで進む、と考えられる。なぜならば、自らの特化と自律・自立、および外部環境の支配に高い価値をおき、未来に向かう無限の進歩・発展を指向してきた近代文明は、とりわけその主要な構成要素としての国家と企業は、今日ではその成長の限界に達し、ひいては人類と地球の破局をもたらす危険すらもつようになっているからである。またそのことを反省して、文明のデザイン原則そのものの転換が生じる可能性 (あるいは必要性) があるからである。そこに生まれる「超近代文明 (後期産業・情報文明) 」は、包括化と協調、および外部環境との調和・適応に高い価値をおき、進歩や発展よりは存続と安定を指向する文明になるだろう。(4) (5)
3)日本の伝統的社会システム:三層の社会構造
以上の議論は、近代文明一般に妥当する議論である。それでは、近代文明の一つの発展肢としての東アジア発展肢はどのような特徴をもっているだろうか。ここでは、主として日本のケースを念頭におきながら、その点について考えてみよう。
日本列島の上では、10世紀から11世紀にかけて、西欧の封建社会の形成にいろいろな点でよく似た社会進化が見られるようになった。西欧と日本で同時並行的に生じたこの社会進化は、上述した近代文明の形成という意味での近代化過程の始まりだったといってよいだろう。
しかし、日本の近代化には、西欧のそれとはやや異なった特色があった。日本の近代社会は、西欧の「個人」が担う個人主義文化とは異なる、「間人 contextuals」が担う「間柄主義 contextualism」とでも呼ぶことが適切な文化に立脚していた。(6) 社会進化過程自体は、広義の日本近代社会にとっての核主体となった社会集団、すなわち「イエ型」の集団、の進化を通じて起こった。それらは、高度の自律・自立性や独自の個性をもっていたという点では、西欧の「個人」に似ていた。また、自らが占有支配する領土をもち、その内部には機能的な役割構造を発達させ、永遠の存続と発展という包括的な目標を追求したという点では、西欧の主権・国民国家に似ていた。(7) さらに、イエ型の集団は、その自律・自立性をなるべくそこなわずに相互の協調・協働関係を発展させるための多種多様な「ネットワーク」型の上位の社会システムを形成した。現代の日本社会に見られるネットワーク型のシステムとしては、各種の業界団体や経済団体、主要政党、政府、審議会などがあげられる。日本社会そのものも、マスメディアをその神経器官とする巨大なネットワークだということができる。
したがって、近代の日本社会は、個体〜核主体〜上位システムという、三層の構造をもっている。そして、その構造のどこに注目するかに応じて、「間柄主義社会」、「イエ社会」、あるいは「ネットワーク社会」として特徴づけることができる。この近代日本社会は、西欧の近代文明が達成したような主権国家化や市場=産業化の面では、西欧に一歩立ち遅れた。しかし明治以降、西欧型近代文明の制度や技術をすばやく学びとって移植したばかりか、さまざまな改良や独創を加えて、近代文明の「日本型発展肢」とでもいうべきものの構築に成功したのである。
4)日本型発展肢の特徴
ここでは、この日本型発展肢のあらゆる特徴を、他の諸発展肢と比較しながら詳細に論ずることはできない。以下の議論にとくに関係が深いと思われるいくつかの特徴だけに説明を限定しよう。
まず、日本的な意識は、対象を「他者」、「外にあるもの」として把握し表現するのでなく、対象を自らの内部に取り込んだ上で、自らの心情をそれに重ね合わせて主観的に表現する傾向が強い。したがって、日本的な「客観性」の特徴は、他者や他者と直接の関わりを結んでいる自我を共に超越した一段高い次元から世界を冷静に突き放して観察することによって達成されるものではない。それはむしろ、世界の中で互いに関わりあっている個々の意識 (や場合によっては対象さえも) に直接感情移入して、相手の立場をわが立場とする形でそれらを自らの意識の中に取込むことによって始めて到達されるタイプのものであるように思われる。(8)
そういうわけで、日本人のコミュニケーションや集団的意思決定は、事実に関する情報やその分析よりは、集団が通有する強い情念、対象をめぐる好悪の念や喜怒哀楽の感情、によって支配されがちである。また、近年の日米経済紛争にさいして典型的に見られるように、日米間に何かのイシュー、たとえば日本の農産物市場の閉鎖性をめぐるイシューが発生すると、日本側はまず、「当方の特殊事情を誠意をもって説明して、先方の理解を求め」ようと努力する。これは、上の日本的な意識からいえば、先方が当方に対して感情移入することを期待した行動である。そして、「先方の理解」とは、先方が当方の立場に立ち、当方の「特殊な」行動や状態を「是認」することに他ならないのである。(9)
日本人の場合、対象との相互関係も、自分が設定している目標が実現されるように、その対象の状態を合目的的に制御することをめざすというよりは、むしろ対象のあり方に合わせて自分自身をそれに対応させる、あるいはとくに明確な目標はもたないままで、対象とあれこれと遊んでみるという形のものが多い。少なくとも、対象とのそのような関わりの結びかたは、文化的に容認されている。(10)
もちろん、そうはいっても、どのような異質な対象や他者にでも、日本人が無条件に感情移入できるわけではない。むしろ逆である。少なくとも、平凡な日本人にとっては、感情移入しやすい他者とは、自分がそれを知悉している存在、「気心の知れた」存在に限られる。あるいはすでに多少とも親近感をもち、好ましいと思っている対象に限られる。その意味では、日本人が「外国」や「外人」を「理解」する−−つまり、共感(empathy) をもって是認し受容する−−ことは容易ではない。同様に、これまで接したことのない斬新で創造的なアイデアを「理解」することも−−そういうアイデアを生み出すこと自体は可能だったとしても−−容易ではない。したがって、当然のことながら、その種の創造性に対する社会的な評価も、観念的にはともかく現実的には、高くない。日本人が突破型の創造性に欠けているという評価は、ほとんどステレオタイプになっているが、真に欠如しているのは、創造性そのものではなしに、創造されたものを「理解」する社会的な能力であろう。現に、日本においても、いわゆる「改善 [カイゼン] 」型の創造性は、はるかに「理解」されやすいし、したがって評価もされやすい。さらに、「基礎研究」の重要性に対する社会的合意が定着すれば、基礎研究に対して多額の資金を投入しようとする傾向(流行?)も顕著になってくるだろう。
日本人は−−多分この点ではアメリカ人と同様に−−社会的な存在、とりわけ集団を、ランクづけることを好む。スポーツマンやチームは過去の実績にもとづいて、ランクされる。大学は入学試験の難易度に応じて、ランクされる。国家は一人あたりGNP や人口・領土によってランクされる。ランク付けの基準や、ランクの位置については曖昧さを残すにしても、企業や官庁、産業や地域なども、やはりランクされている。そして個々の日本人は、とりわけ個々の集団は−−多分この点ではアメリカ人以上に−−共通のランク付け基準が適用される「界」の内部で、少しでも自分のランクを上げようとして、あるいは少なくとも自分のランクが下がらないように、全力を尽くす。同時に、自分のランクを急速に上げていく「成り上がり者」に対しては強い嫉妬の念を抱く。そのような「成り上がり者」が、なんらかの意味で同じ界の中の他のメンバーに比べて異質性が強い場合には、陰に陽に、排斥の力が働く。同様な排斥力は、新参者の「界」への参入の許容にさいしても働く。日本社会を構成しているこのような「界」がその「閉鎖性」を批判される理由の一つがここにある。
「界」の閉鎖性は、別の面にもある。すなわち、ランキングの基準や、ランク上昇のための競争のルールを定める過程で、個々の「界」は、そのすべての成員によって通有される共通の下位文化、つまり視点や文脈、あるいは枠組みのシステムをつくり出そうとする。そうした下位文化は、他の「界」のそれとはさまざまな点で異なる「特殊」な、あるいは「独自」なものになりがちである。このような過程が、「界の中の界」とでもいうべき新しい「界」あるいは「下位の界」を生み出すことも少なくない。ともあれ、こうしてつくり出される下位文化は、当然のことながら、外部の個人や集団にとっては、その「理解」が容易ではなくなりがちである。それは、集団内部での「相互理解」あるいは「共通の理解」を生み出すための有力かつ普遍的な工夫ではあろうが、その社会的なコストは、決して小さいものではない。これが、外部の目から見た場合の、この種の集団がもつ閉鎖性のもう一つの側面である。
5)社会システムとしてのネットワーク
これまで、私は「ネットワーク」という術語を定義なしで用いてきた。しかし、この術語は、さまざまな意味で用いられることが多い。とりわけ、「ネットワーク」という術語を、社会システムのある特定のタイプのものを指すために用いる場合のその定義は、一定していない。したがって、ここでは最小限の術語の定義の試みが必要になるだろう。
もっとも抽象的・普遍的なネットワークの定義は、次のようなものであろう。すなわち、任意のもの (たとえば「点」) の集まりと、個々のものの間の関係--たとえば「点」と「点」とをつなぐ「線」--があったとして、それらの関係 (線) に対して、および場合によっては個々のもの (点) に対しても、なんらかの変項が対応させられているもの、それがもっとも一般的な意味でのネットワークである。たとえば、いくつかの都市が、都市間ハイウエーで結びつけられていて、都市に居住する人口や都市間の交通量といった変項が定義されていれば、その全体は、一個のネットワークだということができる。
これでわかるように、上のようなネットワークの定義はごくゆるやかなものなので、きわめて広い範囲の経験的対象に対して、直接適用できる。そうだとすれば、狭い意味での物理的対象に限らず、ほとんどあらゆる社会システムも、すべてこの意味での「ネットワーク」だとみなすことができる。しかし、「ネットワーク」という概念を、社会システムのある特定の種類のものだけに対して適用し、それによって、その種の社会システムの特性を他の種の社会システム (たとえば市場や組織) と比較しようといった目的にとっては、上のような一般的な定義だけでは足りないことは明らかである。
ただし、ここでいう「社会システム」とは、複数の主体が、
また、ここでいう「主体」とは、近代文明の最も基本的な構成要素としての、「近代人」とでも呼ぶことのできる新しいタイプの文化をもつた、個体あるいは集団としての人間の、抽象モデルである。
上の意味での主体がもつ文化の中核にあるのは、「手段的能動主義」の信念である。つまり、適当な「手段」を適当な仕方で「使用」すれば、世界 (の一部としての「客体」) にその「作用」が及ぶようにすることができるために、世界の状態−−自分自身もその一部に含まれる−−は、少なくともある程度までは自分の思うままに変更できる、という信念である。主体は、このような信念に立脚して、世界を認識・評価し、世界との関係での自分の行為の目標を (詳細に、あるいは漠然と) 設定し、その実現に資すると思われる手段とその使用法を選択し、実行する。つまり、主体は、その意味で「目標追求行動」ないし「主観的に合理的な行動」、あるいは単に「行為」、の主体なのである。なお、とりわけ、主体が他主体の行為の制御を主たる目標として行う行為のことは、とくに「政治行為」と呼ぶことができよう。
この意味での政治行為には、1)交渉を伴う要求の形を取って、相手の主体が自らの判断・決定によってそれに対応することを期待するものと、2)相手に対してとくに要求するようなことはしないが、結果的に相手がこちらの思いどおりの動きをすると期待できるようななんらかの作用を相手に加えるものとの、二種類が考えられる。前者はさらに、ボールディングやガルブレースも指摘しているように、(11)次の三つの形式に分けてみることができる。すなわち、
しかも、上述したような、複合主体型か社会型かという区別の次元をも併せて考慮にいれるならば、先に見たような近代社会の三つの進化局面に登場する主要な社会システムとしては、次の六つのタイプがえられる。
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I I 複合主体=組織 I 社会型システム I 社会ゲーム I
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脅迫・強制特化型 I 主権国家 I 国際社会 I 威のゲーム I
I取引・盗み特化型 I 産業企業 I 世界市場 I 富のゲーム I
I説得・誘導特化型 I 智業 I 地球ネットワーク I 智のゲーム I
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また、以上の分類図式を念頭においた上で、より一般論としていえば、もっぱら情報あるいは知識の通有を目的として個別主体がそれに参加しており、その中での相互制御行為は主として説得・誘導を通じて行われる形の社会システムのことは、「ネットワーク」と総称することができよう。そして、この「ネットワーク」は、それが複合主体=組織でもある場合には「ネットワーク組織」と、そうではない場合には「社会型ネットワーク」と、それぞれ呼び分けることももちろん可能である。その意味では、上の表でいう「智業」は「ネットワーク組織」の、「地球ネットワーク」は「社会型ネットワーク」の、それぞれ一種である。
6)共生と協働の技術
すでに述べたように、一九七〇年代の半ばごろから、近代産業社会には三度目の術革新と社会変化の波が到来している。そのきっかけは、半導体集積回路の劇的な小型・高密度化と、製造コストの低減にあった。その結果、パソコンに代表される個人用の情報処理・通信機器が広汎に普及するようになり、オフィスの様相はもちろん、企業組織や個人生活の在り方まで一変するにいたった。
一九八〇年代の終わりから一九九〇年代にかけて、いったんパーソナル化した情報処理・通信機器のローカルな、あるいはグローバルな相互接続、つまりネットワーク化が始まった。それをきっかけにして、コンピューターが支援する協働活動(Computer-supported Collaborative Work) という観念と、それを促進するための各種のハードウエアやソフトウエア--グループウエアと総称されている--が生み出され始めた。また、そうしたネットワークで授受される情報には、文字だけでなく、音声や画像も加わり、それらが多次元的に結合・統合された、ハイパーメディアを通じてのコミュニケーションと協働の世界が構築されつつある。こうして、コンピューターは、人々の抱く感情やイメージの通有や、グループとしての協働関係の実現を支援してくれる有力な手段として、見直されるようになった。
そればかりではない。これまで、情報処理機械としてのコンピューターは、外界の豊かな「現実」を認識・制御・変革するための、強力だが限られた範囲の能力しかない手段だとみなされてきた。しかし、今日では、それは、人間の脳が生み出すありとあらゆるイメージを具体化(virtualize)するための「イメージの万能具体化機械」となりつつある。おそらくそれほど遠くない将来に、コンピューターが具体化してくれる人間のイメージの産物は、人間の脳にとっては、これまでの「現実」よりもはるかに現実的な存在として認識されるようになるだろう。そして、この「新しい現実」は、既存の現実をその一部として包括するような巨大な世界に成長していくだろう。これが「ハイパー (超)リアリティ」の世界である。
以上の二つの側面をまとめるならば、産業化の第三段階としての情報化がもたらした技術革新によって、今日のコンピューターおよびその周辺機器は、イメージの「万能具体化・伝達・通有機械」して、人々のグループとしての協働や自己実現を支援する装置となりつつあるということができよう。いいかえれば、この意味での情報化技術の中核は、ハイパーメディアとハイパーリアリティの技術なのである。
他方、より大きな文脈の中で見た情報化は、それに加えて、説得と誘導の力を獲得するための「智のゲーム」の普及と、グローバルな統合と協働による環境と共生的な存続を指向する「後期産業・情報文明」への移行の過程でもある。そうした視点をも加えていえば、ハイパーメディアとハイパーリアリティの技術は、これまでの近代文明、とりわけ近代産業文明の技術の中核をなしてきた自然と人間の「制御と支配の技術」に代わる、あるいは少なくともそれを補完する、「共生と協働の技術」としての特色を顕著にもつようになっていくだろう。
7)東西相互の切磋琢磨
近代文明の東アジア型発展肢は、その文明の伝統自体のなかで、ネットワーク型の社会構造を積極的に育んできた。その意味では、この発展肢は すでにして「ネットワーク文明」である。このネットワーク文明の基盤をなしている文化的な特質のいくつかは、現在進行中の情報化とは高い親和性をもっている。したがって、それは、これまでの追いつき型の産業化過程で示したのと同等ないしそれ以上の社会進化能力を、これからの情報化過程で示すと期待してよいだろう。
だからといって、この発展肢、とりわけ日本の既存の文明や文化が、あらゆる意味で情報化に完全に適合しているとまではいえない。たとえば、日本の「ネットワーク社会」の短所として、その相対的な閉鎖性や情動の優位性、あるいはみずからの集団内部の異質的な要素を排斥しがちな傾向などについては、すでに多くの人が指摘している。日本の文明や文化はまた、情報社会の新しいパラダイムの柱の一つとしての集団・協働志向性、あるいはハイパーメディア志向性に対しては高い適合性を示しそうだが、いま一つの柱であるイメージの具体化志向性、あるいはハイパーリアリティ志向性に対しては、かなり深い文化の次元での反発が起きそうである。他方、欧米の文明・文化は、後者に対しては高い適合性を示しそうだが、前者に対しては、文化のレベルでの反発が強そうである。つまり、近代文明のどちらの発展肢も、「共生と協働の技術」を開発していくうえで、独自の貢献をなすことが期待できる。他方、どちらもそれぞれいっそうの自己組織=進化を必要とし、互いに他から学ぶべきものを残している。
また、先に述べたように、近代文明のこれら二つの発展肢がもっている創造性の性格や、集団とその成員との間の関係のあり方は、互いに異なっているだけでなく、相互補完的でもある。
このように考えるならば、二一世紀は、西欧と日本という近代文明の二つの発展肢が、互いに協働しつつ切磋琢磨する時代になる可能性を、充分にもっている。我々はこの可能性を現実化するように努力すべきだろう。前期産業情報文明としての近代文明は、それによってのみ、前近代文明からの挑戦に対応して、後期産業情報文明に自らを転換していくことができると思われるからである。