1991年2月23日
公文俊平
人の常ということだろうが、私も、50歳になるあたりから、自分の死を現実的な問題として考えざるをえなくなった。どう楽観的になってみても、百歳まで生きられる人は稀である。とすれば、私の人生も疑いなく後半生に入っているのだ。そう思うと、やっと大学院を終わって就職したころの、自分の若さへの自信や未来への熱い思いが、逆にはなはだ非現実的なものだったように思えてくる。なにしろ、その時から50歳になるまでは、ほんの一瞬、たった20年のことに過ぎなかったからである。
もっとも、過ぎてみれば一瞬でも、変化がなかったわけではない。なによりも、若いころから、そのうちに読むだろうと思って買い込んだ本が、この20年の間に、研究室にも自宅にも溢れてきて、どうすることもできなくなってしまった。ついに最初の大整理を決意したのが50歳になった年だった。蔵書(と呼べるほどのものではないが)の半分を処分することにした。その時に、頭から冷水を浴びせられたような気にさせられた事実が二つあった。
第一は、自分の蔵書のほとんどを私はまったく読んでいなかったという事実である。もともと私は、いつ大学を辞めてもいいように、自分が本当に必要とすると思われる本は私費で購入し、そうでないものを公費で購入するという原則を立てて来ていただけに、この事実はショックだった。
第二は、処分を決心して古本屋に来てもらったところ、合計何千冊かの書籍の売値が10数万円にしかならなかったという事実である。私には、戦後、戦死した父の蔵書を少しずつ持ち出しては古本屋に売って、自分の欲しい本や実験道具に換えていた時期が何年かあった。本の少なかったその当時は、ずいぶんいい値で売れたものだ。その時の記憶がしみついて、貯金はなくとも本にしてさえおけば大丈夫だという信念のようなものができあがっていたのである。本を引き取りに来た古本屋の店員が、むしろ迷惑げな顔で、とにかく引き取ってやるだけでも有り難く思いなさいといわんばかりだったのは、なんともショックだった。この時、私の時代後れの信念は、一挙に崩壊せざるをえなかった。
こうして、私は、近代産業社会では、本の多くは、とりわけ専門書のほとんどは、単なる消耗品にすぎないという冷厳な事実を学んだ。だから逆に、近年見られ始めた出版物の電子化が進む傾向も、当然のこととして受け入れることができるようになった。大学の図書館が、毎年洪水のように出版される消耗品としての本を、無限の耐用期間をもつ宝物のごとくに、買い込み、整理し、しまいこんで、その蔵書数の多さを誇ったり、少なさを恥じたりしているのは、まったく無意味なことである。
さて、50代も後半にさしかかると、もの忘れがひどくなる。体もいろんなところにガタが来ている。気持ちだけは若いつもりでいても、若い人達の感覚からは、どうもかなりずれて来ていると思わざるをえない。しかし、それと同時に、社会や技術の変化にはますます激しいものがあるので、眺めているだけで退屈しない。それどころか、いろんなアイデアがふつふつと沸き上がってくる。最近は、ワープロの機能も上がったし、アイデア・プロセッサーとか個人用データプロセッサーのような、「思考の道具」もどんどん整備されてきているので、そういった道具を使いこなして、体力の衰えをカバーしたいと思う。それに、商用データベースも多種多様なものが利用可能になってきたので、研究室にいながらにして、いろんなデータを入手し加工することが、とても容易になった。その意味では、毎日が楽しくてならない。
そういえば、この10年間に、書斎や研究室の様相は一変してしまった。一言でいえば、機械だらけになったのである。次の10年間には、はたしてどんな変化が起こるか、これまた楽しみでならない。多分、本や資料のたぐいがさらに少なくなるだけでなく、機械設備も高度化すると同時に簡素化され、その分、通信回線で外の世界と−−ローカルにもグローバルにも−−より緊密に繋がっていることだろう。
そうやって新しい展開や変化を追うのも楽しいが、同時に自分の身辺の整理も逐次進めていきたいと思う。たとえば、10代の後半から20代の前半にかけて書いた日記や感想文のたぐいが、ノートに数十冊分ある。30代から40代の前半にかけて書いた、原稿やメモのたぐいは、ノート換算で数百冊にのぼるだろう。これらは、すべて「前ワープロ時代」の産物なので、私にしか(時には私にさえ)読めない、悪筆で書かれている。(過去10年の分は、ほぼ完全にワープロ化されているので、整理も楽だ。全部合わせても、2HDのフロッピー100枚足らずに収まっている。)私の目下の問題は、この電子化されていない文書類をどう処分するかということだ。どうせ後に残す価値もない文書ばかりなので、どうなってもいいようなものだが、さりとて、あまり情ない形で置き去りにして、家族や友人の眼を汚すのも申し訳ない。
そんなことを考えて、今年の正月に一念発起して、ぼちぼちとこれらの文書類の整理をてがけることにした。さしあたり、少年時代の日記や感想文をディスクに転記するところから始めている。やってみると、われながら当時の未熟ぶりや客気に赤面したくなるようなところもあるが、まんざら楽しくなくもない。たとえば、高校一年生の時に映画「きけわだつみの声」を二度見ていて、その感想文が残っていたが、つい先日、衛星放送でこの映画が再放映されたので、40年ぶりに三度目を見る機会に恵まれた。当時の感想と比べてみると、興趣の尽きぬものを覚えた。
こんな作業を、仕事のひまを見て続けていくとすれば、一通り終わるまでにも何十年かはかかりそうである。そのうちに、簡便な音声入力の方式でも開発されると、大分楽にはなるだろうが、当面はキーボードをせっせと叩くしかない。なにせ、他人には読めない代物なので、人まかせにはできないのだから。