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1991年2月25日

日本型「ネットワーク社会」

公文俊平    

すでに述べたように、日本社会の伝統的な部分の基層をなす社会システムは、「間人」と呼ぶことが適切な関与体をその成員として、彼等に全面的な帰属と生活の場を提供する、高度に自律・自立的な組織であって、その内部には集権的な意思決定機構や階層的な役割構造が発達した。伝統的には、そのようなシステムは、「イエ」という名前で呼ばれてきた。前章で説明した「日本的経営」は、その近代社会版に他ならない。  

しかし、日本社会には、その他に、伝統的には「ムラ」や「党」、あるいは「一揆」などと呼ばれてきた社会システムも、広く見られた。この後者のタイプのシステムは、原則としてイエ型の組織体 (日本社会の基層主体)をその成員として構成されており、その意味では、それらは、日本社会の表層システムだということができる。イエ型の組織体とは異なって、このタイプのシステムは、しばしば、「組織」と呼ぶに足るだけの集権的な意思決定機構や階層的な役割構造、あるいは自らが自由に使用しうる手段を欠いていた。われわれは以下、このタイプの社会システムのことを「ネットワーク型の社会システム」と総称することにしたい。  

近代化の進展と共に、このネットワーク型の社会システムは、日本社会の様々な部面に広く普及し、今日では、個々のイエ型の組織体だけでなく、個々の間人もまた、同時に複数個のその種のシステムに加入していることが多い。個々の企業を成員とする業界団体や、個々の間人を成員とする同窓会あるいは県人会などは、その典型的な例である。  

1)社会システムとしての「ネットワーク」  

「ネットワーク」ということばは、近年、コミュニケーションやコンピューターの分野で、極めて広く用いられるようになっている。社会科学の分野でも、とりわけ社会学や人類学では、「ネットワーク」ということばは、過去四半世紀の間にすっかり普及し定着してしまった。今日では、それ自身を「国際ネットワーク」と自称する社会的なネットワークの研究者の学会(INSNA=The International Network for Social Network Analysis)も作られ、Social Networks という季刊誌も発行されているほどである。

しかし、それでは、「社会システムとしてのネットワーク」とはどのような特徴をもつ社会システムなのか、あるいはどのようなネットワークなのかと考えてみると、意外なことに、充分満足できる答はまだ必ずしも与えられていない。我々は、日本社会の分析や説明に「ネットワーク」という概念を応用することが有用だと考えている。だが、このような事情の中で、その有用性を読者に納得していただくためには、我々自身が「ネットワーク」や「社会システム」をどう理解しているかについて、ある程度述べておかざるをえないだろう。

数学的な厳密さを犠牲にしていえば、ネットワークという概念のもっとも抽象的・普遍的な定義は、次のようなものであろう。すなわち、任意のもの (たとえば「点」) の集まりと、個々のもの相互の間の関係 (たとえば「点」と「点」とをつなぐ「線」)があったとして、それらの関係 (線) に対して−−および場合によっては個々のもの (点) に対しても−−なんらかの変項が対応させられているもの、それがもっとも一般的な意味でのネットワークである。たとえば、いくつかの都市が、都市間ハイウエーで結びつけられていて、都市に居住する人口や都市間の交通量といった変項が考えられていれば、その全体は、一個のネットワークだということができる。

とはいえ、上のようなネットワークの定義はごくゆるやかなものなので、きわめて広い範囲の経験的対象に対して、直接適用できる。そうだとすれば、狭い意味での物理的対象に限らず、ほとんどあらゆる社会的対象も、すべてこの意味でのネットワークだとみなすことができる。しかし、ネットワークという概念を、社会システムのある特定の種類のものだけに対して適用し、それによって、その種の社会システムの特性を他の種の社会システム (たとえば市場や組織) と比較したいといった目的にとっては、上の一般的な定義だけでは足りないことは明らかである。

ただし、ここで我々のいう「社会システム」とは、複数の「主体 actors 」が、  

結びつくことで形成されている一個の全体をさす。この意味での社会システムには、 という二つの基本型が考えられる。

社会システムの要素としての主体、とりわけ近代文明社会の担い手としての主体が通有している文化の中核にあるのは、「手段的能動主義」の信念である。つまり、適当な「手段」を適当な仕方で「使用」すれば、世界 (の一部としての「客体」) にその「作用」が及ぶようにすることができるために、世界の状態−−自分自身もその一部に含まれるが−−は、少なくともある程度までは自分の思うままに変更できる、という信念である。主体は、このような信念に立脚して、世界を認識・評価し、世界との関係での自分の行為の目標を (詳細に、あるいは漠然と) 設定し、その実現に資すると思われる手段とその使用法を選択し、実行する。つまり、主体は、その意味で、「目標追求行動」ないし「主観的に合理的な行動」、あるいは単に「行為 acts 」、の主体なのである。

さて、ここで、主体が他主体の行為の制御を主たる目標として行う行為のことを、とくに「政治行為」と呼んでみよう。この意味での政治行為には、

前者はさらに、次の三つの形式に分けてみることができる。すなわち、 がそれである。他方、後者もまた、 の三つの方式に分けてみることができる。そして、「脅迫」は「強制」と、「取引」は「盗み」と、「説得」は「誘導」と、互いに親近性をもつものとすれば、政治行為の基本型は、 の三つとなる。そうすると、それに応じて、社会システムや主体の分類についても、上の三つの政治行為のどれに特化しているか、という基準が考えられることになる。  

さらに、上述したような、複合主体型か社会型かという区別の次元をも併せて考慮にいれるならば、社会システムには合計して六つのタイプのもの区別できることになる。以下、われわれが「ネットワーク」と総称したい社会システムとは、上の分類でいう「説得・誘導型」の行為が、システムの内外での政治行為の基本型となっているものである。個々の主体が「ネットワーク」型の社会システムに参加するのは、なによりも説得や誘導の手段となる有用な情報や知識の通有を求めてであろう。また、脅迫・強制や取引・搾取型の政治行為よりも、説得・誘導型の政治行為に、より大きな正統性を見出しているためであろう。

「ネットワーク」型の社会システムはさらに、複合主体=組織でもあるものと、社会型システムにとどまっているものとに、区分できる。以下では、前者を「ネットワーク組織」と、後者を「社会型ネットワーク」と、それぞれ呼び分けることにしよう。

ここで、次のような歴史的仮説を立ててみよう。すなわち、15〜16世紀から始まって今日にいたっている「近代化」の過程では、その時々に支配的な役割を占める社会システム (複合主体と社会型システムのペア) は、次の表に示すような順序で継起し重複しつつ、ついには交代している、という仮説がそれである。

          近代社会における支配的社会システムの交代

 +−−−−−−−+−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−+ 
  |近代化の三局面|主な政治行為のタイプ| 複合主体=組織  |社会型システム |
 +−−−−−−−+−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−+ 
  |  1)軍事化  | 脅迫・強制特化型 |  主権国家 (軍国) |国際社会    |
 | 2)産業化  | 取引・搾取特化型 |  産業企業    |世界市場    |
 | 3)情報化  | 説得・誘導特化型 |  智業 intelprise |地球ネットワーク| 
  +−−−−−−−+−−−−−−−−−−+−−−−−−−−−+−−−−−−−−+

(ただし、上の表の第三行目は、歴史的な事実ではなくて、近代社会の今後の進化についての我々の予測を示しているものにすぎない。また、いうまでもないが、上の表でいう「智業」は「ネットワーク組織」の、「地球ネットワーク」は「社会型ネットワーク」の、それぞれ一種である。)

2)日本社会の中のネットワーク

日本列島の上では、とりわけ中世以来、上述した「イエ型」の組織の進化を補完する形で、さまざまなネットワーク型の社会システムの形成が広汎に見られた。高度の自律・自律性を志向し、永遠の存続・発展をめざすイエ型の組織は、自らを要素とする上位の社会システム、とりわけ複合主体の形成にさいしては、自らの主体性をできる限り保持しようとした。あるいは、自らの自律・自立性をなるべくそこなわずに相互の協調・協働関係を発展させようと努めた。そこに多種多様な「ネットワーク」型の上位の社会システムが形成されたのである。いいかえれば、これらの上位の社会システムは、集権的な「組織」として形成されることは珍しかったのである。それらのシステムは、かりに「組織」として編成された場合でも、組織としての意思決定は全員の談合と一致によることを原則としたり、組織の政府機構(つまり、集権的な意思決定とその実施機構)の構造的な分化や組織独自の手段の保有については、それを最小限度に止めたり、組織内の役割の階層化もほとんど行わないか、行う場合でもたとえば輪番制のような平等化の工夫をする、といった特徴をもっていた。

とりわけ、第二次世界大戦の後の日本では、それまでの日本社会の基層主体であった「イエ」の原理の社会的正統性は、国家のレベルと家族のレベルでいっきょに否定され、その代わりに、欧米的な民主主義国家の理念や個人主義的な個人の理念の、意図的で全面的な導入が試みられた。いわゆる「家族国家観」や「家族制度」は、後進的で軍国主義的なイデオロギーや制度だとして拒否され、廃止されたのである。他方、「ネットワーク」の原理 (あるいは日本の伝統的なことばでいえば「一揆・ムラ」の原理)は、民主主義の日本的解釈とむすびついて、理念としてはともかく事実としてはますます普及していった。 ここで「日本的に解釈された民主主義の原理」とは、「ネットワーク組織」における意思決定の原理にかかわるものであって、ごく簡単にいえば、次の三つの個別原理からなりたっている。すなわち、

 今日の日本社会にみられる組織のほとんどは、政党 (ないしその構成要素としての個々の派閥) であれ、さまざまなレベルの業界団体や企業間の垂直もしくは水平の「系列」であれ、同窓会ないし同郷人会であれ、審議会であれ、大学 (ないしその構成要素としての個々の学部や学科) であれ、すべて「ネットワーク組織」としての特徴を顕著にしめしている。その意味では、戦後の日本では、「イエ社会」から「ネットワーク社会」への転換が急速に進行したということができよう。イエ型組織としての特徴は、わずかに大企業 (日本的経営) や中央官庁の一部にのこされているにすぎないが、そこにも「ネットワーク」の原理がしだいに浸透し、経済発展の達成とともに、企業や官庁の性格もまた変質しつつある。

もちろん、ここで定義した意味で「ネットワーク」と呼ぶにふさわしい社会システムは、日本以外の近代社会にも広く見られる。日本の特徴は、「ネットワーク」型の社会システム (つまり、「ネットワーク組織」や「社会型ネットワーク」) が、社会的な正統性を認められて、極めて広い範囲に普及しているばかりか、その少なからぬ部分が公式あるいは半公式に制度化されている点にある。

その中でも、なんらかの意味で「同種」の集団や人々をメンバーとする「社会型のネットワーク」−−それらは、「財界」「芸能界」「政界」「教育界」などと呼ばれるので、「界 circle 」と総称することができるが−−は、全体としての日本社会をいくつもの部分社会に「タテ割り」する役割を果たしている。「界」は、その意味では日本社会の「タテ糸」を構成している。それらが恒常的なシステムとして制度化されて、さらに「ネットワーク組織」として機能しはじめたものが、各種の「業界団体」である。  

他方、「異種」の集団や人々を、いわばヨコに繋ぐ役割を果たしているネットワークも、多種多様存在する。「産業界」の中で、異なる業種に属する企業を結び付けている「水平系列」や、親会社とその子会社あるいは下請けとを、あるいはメーカーとディーラーを結び付けている「垂直系列」は、その典型的な例である。さらに、産業 (生産者) の境界の外に存在している各種の「界」に属する集団や人々を産業界に結び付けているネットワークもある。そのなかでも、法律や省令によって制度化されている全国レベルのネットワークとして重要なのは、各省庁がその運営事務局をつとめる各種の「審議会」や「私的諮問委員会」や「研究会」 (およびその多種多様な「分科会」や「小委員会」など) である。これらのネットワークの成員は、政府の部局である関係省庁のOB、関係業界団体ないしは会社、あるいは労組や消費者団体などの関係者またはその代表者、および学識経験者(ジャーナリストや学者など)から構成されている。

この種の「ネットワーク」の使命は、内外の情勢の分析・予測や官民の将来のあるべき目標状態(それらは「ビジョン」とよばれることが多い)について合意し、それを通有することである。また、それにともなって必要となる新たな法的措置や政策、あるいは民間の各種団体の行為などについての示唆や要請を、これまた各成員の合意にもとづいて、行うことである。そのさいに必要とされる基本的な情報の提供や、舞台裏での「根回し」とよばれる関係者相互間の折衝の仲介、あるいは合意のための叩き台となる原案の作成等は事務局が行うが、公式の会議の席での各委員の発言や、外部の関係者からの「ヒアリング」と称する情報の入手も、重要な意味をもつ。とりわけ、そうした事前の作業を前提として行われる公式の総会での委員の発言 (ないし沈黙) は、合意の形成あるいは失敗についての、しばしば象徴的なシグナルとしての意味をもつ。

しかし、審議会の決定自体は、それだけでは法的な拘束力をもつものではない。また決定の結果が常に法律や政策となって具体化するわけでもない。審議の内容や結果をどう受取り、個別的にどう対処するかは、原則としてはあくまでも各成員の自由にゆだねられている。それでも、各成員は、多くの場合、審議会での決定に則した行為をいわば自発的に選択実行するのだが、これこそが「ネットワーク社会」の最も顕著な特徴といえよう。

今日の日本社会に見られる「ネットワーク型の社会システム」の最上位のものは、「社会としての日本」とでも呼ぶことが適切な、日本列島の全域をおおい、事実上すべての「日本人」をその成員とし、マスメディアをその神経器官とする「社会型のネットワーク」であろう。これに対し、もう一つの最上位の社会システムである「国家としての日本」は欧米型の主権国家というよりは、一種の「ネットワーク組織」だとみなすのが適切であろう。なぜならば「国家としての日本」は、一見したところ欧米の主権国家と類似した法律や制度をもち、その限りでは欧米のそれと同様な集権的な国家として構築されているものの、ヴァン・ウォルフレンその他の人々が指摘するように、真に集権化された政府、つまりその最終的意思決定・執行機関を欠いている、あるいは制度上は存在することになっていても、事実としてはしばしば機能不全に陥ることが多いからである。

第二次世界大戦の後の占領期間中に、日本は国家としての自律力を奪われ、占領軍の、とりわけアメリカという国家の、下位主体の地位に甘んじることを余儀なくされた。今日の日本は、形の上では独立した主権国家としての地位を回復したものの、一つには占領の後遺症が平和条約締結後にも残ってしまったために、また、いま一つには、国際紛争に際しての軍事力の行使を禁ずる憲法を米国に押しつけられたまま、その改正がなされないでいるために、依然としてアメリカに半ば従属している「半国家」の状態にとどまっている。少なくとも、そのような見方は、少なからぬ日本人によって受け入れられている。しかし、そのような後遺症や憲法が、治療も改正もされないで依然として残っていることのより根本的な理由は、日本社会全体の着実な「ネットワーク化」の進展過程そのものに求めるべきかもしれない。

また、「国家としての日本」の意思決定過程と、「社会としての日本」のそれとは、互いに浸透しあっている。あるいは、国家的意思決定過程の少なからぬ部分を、マスメディアが説得・誘導する社会的意思決定過程が代行ないし補完している。このような国家と社会の相互浸透は、何も日本だけではなく、今日の近代国家一般に見られる現象であるとはいえ、恐らく日本ではその程度がもっとも強いといってよいだろう。その意味で、日本のマスメディアを「第一権力」とみなす日本の一部の論者の立場は、政府とマスメディアの権力の「行使」の仕方の区別を明確に認識した上でのことであれば、決して不当とはいえない。

次に、それぞれの「ネットワーク」の中での、その成員相互間の順序づけの特徴について述べておこう。日本人は−−多分この点ではアメリカ人と同様に−−社会的な存在、とりわけ組織や個々人の評価に関する情報を交換し通有することに大きな情熱を燃やす。そしてそれらの組織や個々人を、互いにランクづけることを好む。スポーツマンやチームは過去の実績にもとづいて、ランクされる。大学は入学試験の難易度に応じて、ランクされる。国家は一人あたりGNP や人口・領土によってランクされる。ランク付けの基準や、ランクの位置については曖昧さを残すにしても、企業や官庁、産業や地域なども、やはりランクされている。そして個々の日本人は、とりわけ個々の集団は−−多分この点ではアメリカ人以上に−−共通のランク付け基準が適用される「界」の内部で、少しでも自分のランクを上げようとして、あるいは少なくとも自分のランクが下がらないように、全力を尽くす。同時に、自分のランクを急速に上げていく「成り上がり者」に対しては強い嫉妬の念を抱く。そのような「成り上がり者」が、なんらかの意味で同じ界の中の他のメンバーに比べて異質性が強い場合には、陰に陽に、排斥の力が働く。同様な排斥力は、新参者の「界」への参入の許容にさいしても働く。日本社会を構成しているこのような「界」がその「活力」、つまりそのほとんどの成員に見られる強烈な向上・競争意欲を、賞賛されたり畏怖されたりすると同時に、その「閉鎖性」を批判される理由の一つがここにある。

「界」の閉鎖性は、別の面にもある。すなわち、ランキングの基準や、ランク上昇のための競争のルールを定める過程で、個々の「界」は、そのすべての成員によって通有される共通の下位文化、つまり視点や文脈、あるいは枠組みのシステムをつくり出そうとする。そうした下位文化は、他の「界」のそれとはさまざまな点で異なる「特殊」な、あるいは「独自」なものになりがちである。このような過程が、「界の中の界」とでもいうべき新しい「界」あるいは「下位の界」を生み出すことも少なくない。ともあれ、こうしてつくり出される新たな「界」がもつ「下位文化」は、当然のことながら、外部の個人や集団にとっては、その「理解」が容易ではなくなりがちである。それは、集団内部での「相互理解」あるいは「共通の理解」を生み出すための有力かつ普遍的な工夫ではあろうが、その社会的なコストは、決して小さいものではない。これが、外部の目から見た場合の、この種の集団がもつ閉鎖性のもう一つの側面である。  

3)「ネットワーク社会」の未来  

今日の日本に典型的な形で成立していると見られる「ネットワーク社会」は、その対外的な「閉鎖性」の面に問題を残している。また、集団内での同質性を強調しすぎるところからくる歪み−−たとえば内部の異質な少数者に対する差別や「いじめ」など−−の存在も否定できない。それにもかかわらず、たとえば、集団内部の安全や平和、あるいは互いに競い合って向上していこうとする努力などの面では、他の社会にとっての模範になりうる点も少なくない。  

しかも、先に見たような近代社会の進化にかんする仮説が妥当しているならば、未来の近代文明社会は、日本ばかりでなくあらゆる地域において、「ネットワーク」化の傾向を示し始めることが予想される。さらに、近代社会においては、主権国家をプレヤーとする国際社会での国家主義的な「威のゲームthe prestige game 」や、産業企業をプレヤーとする世界市場での資本主義的な「富のゲーム the wealth game」などの社会的な競争ゲームが普及したように、これからは、「ネットワーク組織」型の智業をプレヤーとする地球ネットワークでの「智のゲーム the wisdom game」が、普及し始める可能性が強い。20世紀には、国家による「威のゲーム」、つまり領土や植民地の獲得競争を通じて、国威を増進・発揚させようとするゲーム、の社会的正統性は否定された。しかし、「富のゲーム」の正統性に対しては、それがもつ環境破壊や資源枯渇化などの副作用への批判は強まっているものの、まだゲーム自体が完全に否定されるにはいたっていない。つまり、経済的な繁栄や発展を追求する競争行為は、依然として持続するだろう。21世紀は、その意味では、既存の「富のゲーム」と新興の「智のゲーム」とが、相互補完・促進的にプレーされる時代になると想像される。今日進行中の「情報化」と総称される技術革新は、「富のゲーム」の深化だけではなく「智のゲーム」の普及の契機をも与える意味で、大きな社会的重要性をもっているのである。「情報化」はまた、人々一人一人が、あるいは個々の小さな社会集団が、高度な情報処理やグローバルな通信にたずさわることを可能にしてくれるという意味で、これまでの「ネットワーク」の閉鎖性を打破する力をももっている。つまり、「情報化」は、日本という「ネットワーク社会」をより開かれた方向に改革することによって、日本が世界の「ネットワーク化」に貢献する道を開こうとしている。