1991年3月24日
公文俊平
外国での生活体験が機縁となって、自分が生まれ育った社会について真剣に研究してみたいと思ってから、もう20年以上になるが、研究の方はなかなか進まない。 当初から気になったのは、1)流行語や風俗のような、短期間で移り変わっていくものと、2)法律・制度や慣行のような、かなり長期間にわたって存在し続けるもの、3)さらに、一般的な物の見方・考え方や、基本的な単語・語法のような、変化するとしても恐らく数百年数千年といった単位でしかしないものとを仕分けして、それらの間の関係を調べていく必要がありはしないかということだった。そこから、上の3)にあたるものを「文化」と呼び、2)にあたるものを「文明」と呼んで、概念上区別することが有用ではないかと思うようにもなった。
1970年代の後半に、Richard Dawkins の The Selfish Gene の中で meme という概念にめぐり会った時、これだっ、と思うものがあった。生物の場合の「遺伝子型」と「表現型」にあたる区別が、社会システムについても考えられるのではないかという示唆は、K. E. Bouldingにもあったが、Dawkins はそれをより端的に述べていたのである。生物の身体が遺伝子の「生存機械」として機能しているように、社会システムは、自己複製力を持つ観念としての meme(文化子) の「生存機械」として機能しているという考えは、いささか不愉快でなくもないが、強烈な魅力に満ちた考えであることは確かだ。
そうだとすれば、生物の「表現型」にあたる社会システムの「文明型」とは区別が可能な、その「文化子型」も、生物の「遺伝子型」と同様な意味で、同定したり解読したりすることが、可能なはずである。そして、同定され解読された文化子型のデータベースのことは、「文化ベース」とでも呼ぶことができるだろう。
人間の遺伝子の解読には十億ドル単位の金をかける価値があるとされ、現にそのための巨大なプロジェクトが進行しているという。そうだとすれば、さまざまな社会がもっている異なる文化の解読や比較を可能にする文化ベースの作成は、それ以上の熱意と努力をもって取り組むに値する事業ではないだろうか。
もちろん、そのような作業は、困難に満ちている。そもそも、「文化子」の単位とは何であろうか。個別の観念なのか、それとも、それよりもさらに要素的な性格の強い個々の単語あるいは概念なのか。それはどこに存在し、どのようにすれば「客観的に」観測することができるのだろうか。遺伝子の「プール」と同様な意味での文化子の「プール」とは、どんなものだろうか。ある共通の言語・意味空間の中に散らばっている観念群、といったイメージでそれを想像してみることが可能なのだろうか。また、その中に存在している文化子群の「複合体」 (各種の理論や思想?)は、どんな形をとり、どのようにして自己複製を行っていくのだろうか。
それにしても、それぞれの社会がもつ特徴的な「文化子」群について語ることは、充分意味があるように思えてならない。日本の場合でいえば、社会を構成している個体についての「間人・間柄主義」的な理解、言葉と実体との関わりに見られる「言霊」信仰、主体と外界との関係をめぐる「対応」や「調和」重視の姿勢、明確な事前の目標をもたない「成り行きまかせ」とか「その日暮らし」などと言われる生活態度、情報の通有を主な誘因として集団を形成したり集団に参加したりしようとする態度、集団内部での意思決定にはなるべく多数が参加して全員一致で行うのを正統とみなす傾向、そうしたものはいずれも、私なら、日本社会を特徴づけている文化子の例としてあげてみたいものである。
かりに日本なら日本の社会についての「文化ベース」がある程度包括的に発見・作成された暁には、「文化子型」と「文明型」との間の相互関係の理論化も、試みやすくなってくるだろう。生物の表現型の具体的な形は、遺伝子型と環境状態の相互作用の結果として決定されるように、社会の文明型の具体的な形の決定や変化を説明しようと思えば、文化子型だけではなく、環境状態の及ぼす影響も考慮に入れなくてはならないだろう。社会の場合は、さらにそれに加えて、遺伝子型からの影響も考慮に入れる必要があるかも知れない。同時に、文化や環境の影響から相対的に自由な「主体的な意思」の発動の影響も、考えるべきかも知れない。
生物の場合には、表現型から遺伝子型への直接の作用 (いわゆる「獲得形質の遺伝」) は、存在しないとするのが通説である。しかし、社会の場合には、「文明が文化を変える」といいたくなるような文明の働きが存在しないとは断定できないかも知れない。いずれにせよ、そうした理論的な関心に応えるためにも、「文化ベース」の作成を真剣に考慮すべきではないだろうか。