91年度著作へ

1991年12月1日

「昔の日記」

日本医療企画「ヘルスTODAY」

公文俊平                            

青年期、私は比較的丹念に日記をつけていた。日記といっても、自分の心の葛藤と悩みを吐き出したものだ。しかもそれが無類の悪筆で書かれている。だから、読み返すのも面はゆく、しかし捨てる気にもなれず、長年そのままになっていた。  

だが、だんだん年をとってくると、身辺の整理がしたくなる。そこで、昨年来、ひまをみては少しずつ、ワープロに転記しはじめた。今のペースでいくと十年がかりの作業である。  

なにしろ四十年ほども前の日記なので、忘れていることも多いが、時には、当時の記憶が生き生きと蘇って、自分の青春をもう一度生きなおしている思いをすることもあり、いまではこの転記作業は私のひそかな楽しみになっている。  

それはいいのだが、問題は、転記したものの記録媒体である。いまは、ハードディスクとフロッピーを併用しているが、何年かすると、媒体もまた違ってくるだろう。  

だとすれば私の「日記」は、まるで固有の形のない「情報」だけの存在になってしまったのではないか。大学ノートだった時のそれには、かけがえのないものとしての確かな実在性があった。同時に、焼けたり、破れたりすればそれでなくなってしまう、はかないものでもあった。今は、写しも簡単にとれるようになったが、かえって、もとの日記にはあった何かとても大切な要素が、失われてしまったようで、いささかさびしい思いもする。