1991年12月6日
公文俊平
宮沢新政権が発足して一ヶ月、「本格政権」と呼ばれるわりには、PKO 法案の処理に代表されるような、国会運営の不手際が目立っている。不況の到来が懸念されている景気対策も、公定歩合の引下げがワンテンポ遅れてしまい、初手でつまづいた感がある。どうやら、本格政権であれば、それに比例して政権の足を引っ張る力も強くなるのが、日本の現状の病理かもしれない。
それだけに、新総理には、政権の課題をごく少数の重要事項に限定して、集中的な努力を傾注していただきたい。
施政方針演説も、各省の行政の現状から出発して、それぞれの施策について総花的に記述し、ところどころに僅かな新味を出そうとする従来の「インクレメンタリズム型」ともいうべきスタイルを、ここで思い切って捨てることを考えてみてはどうだろうか。いわば「ゼロベース型」への転換である。そして、総理自らの哲学というか時代認識と、そこから出てくる中心的な政策課題の提示、それを実現していくための基本戦略にしぼって説明するのである。各省の施策にお墨付きを与えるだけのために施政方針演説を行うのは、国民をますます白けさせるだけではないだろうか。
国際関係では、冷戦体制の崩壊以後の国際社会の帰趨を総理自身がどのように見ているかについて、明快な説明がほしい。そして、日本がそれにどう対処していくのか、そのさいに他の国々 (とくにアメリカとアジアの諸国) とはどのような協働体制をとっていこうとしているのかについて、総理自身の言葉による構想の提示が、ぜひともほしいところである。PKO 法案についても、総理は内心は反対だが、自民党として公約してきたことだから仕方がないと思っている、といった印象を国民に与えているのは、由々しい問題だと思う。 (その意味では、コメの問題、あるいは日本の農業の国際的位置づけの問題も、そうした大きな枠組みの中で、対処方針を明示していただくことが望ましい。ウルグアイ・ラウンドでかりにコメの「関税化」に合意するとしたところで、それが実際上の効果を発揮するのは10年も15年も先のことになるはずである。今日明日にも国際化の大波が日本の農業を飲み込んでしまうといったたぐいの話ではないだろう。その結果として、国内世論が沸騰することこそ、民主政治のあるべき姿ではあるまいか。国内が、与党も野党もあげて、「コメは一粒たりとも輸入させない」という方針でまとまっていることが、異常きわまることなのだから。)
国内問題の中心は、社会改革 (政治改革を含む、行政や経済社会の構造改革) にあると思われる。総理は、日本社会の構造のどこに問題があると見ているのか (それともいないのか) 、どこをどう改革していきたいと考えているのかといった点こそ、国民が「本格的なリーダー」から聞きたがっていることではないだろうか。内容の不明確な「政治改革」を、一年以内をめどとして実現に取り組むといってみたところで、国民にアピールするものは皆無であろう。いわゆる証券不祥事にしても、正すべきは、大蔵省の規制・指導体制なのか、証券業界のお行儀なのか、それとも業界だけでなくほとんど国民全部にかかわる相互もたれあい的な体質なのか。総理は、そういった点についての所信を明らかにして、国会で堂々と論戦をしていただきたいものである。あるいは、行政当局に対する強力なリーダーシップを発揮してもらいたいものである。施政方針演説は、そのための綱領として位置づけられてしかるべきものではないだろうか。