92年度著作へ

1992年5月12日

「学習のバランス」

教育への提言 「福武書店」

公文俊平

子は親の背中を見て育つという。いや、親がなくても子は育つという。親にしてそうなら、いわんや教師においておや、だろう。  

実際、子供たちの学習のほとんどは、無意識のうちに行われているのだろう。子供たちは家庭や学校や社会から、多くのことを学んでいることは疑いないが、何をどのように学んだかをいえといわれると、困惑してしまうだろう。多くの教師もまた、何をどのように教えればよいかとあらためて尋ねられると、実は自信をもっては答えられないのではないだろうか。われわれは、学校教育を制度化してきたわりには、学校という場での意識的・自覚的な教育の仕方については、依然としてごく不十分な知識しか持ちあわせていないのではないだろうか。  

しかし、だからといって、ただ好き勝手にさせておけば、子供たちは自然に学ぶべきものを学んでいくともいってはいられないようである。少なくとも、私は自分自身の学習過程をふりかえってみると、いろいろな問題があったと思わざるをえない。  

私は、三歳の時に字をおぼえた。疫痢で入院して、病みあがりの時期に退屈そうにしていたので、祖母が試みに字をおしえたらすぐにおぼえてしまったそうだ。そして、小学校にあがるころにはたいていの本は読めるようになっていた。親たちは大喜びで、私が本が欲しいといえば、無理をしてでも買いあたえてくれた。  

しかし、これが良かったのかどうか、この年になって私は首をかしげてしまうことがある。良く理解できもしない本を読んで、消化不良を起こしたのではないか。また、本ばかりむさぼり読んだ分、他のことをしなかった、学ばなかった。それが、いろいろな点で、私の成長過程を歪めてしまったようにおもわれるからである。  

たとえば、私は字が極端に下手である。私の兄弟姉妹はかなり上手な方なので、遺伝的に欠陥があるとは考えにくい。むしろ、早くから字を書きだしたこと、いろんなことを速く書きたくて、なぐりがきをするようになったこと、それを字をきちんと書く練習をする前にしてしまったのが、いけなかったのではないか。しかも私は、くずし字に決まった形があることを知らなかった。皆勝手にくずして書いていると思いこんでいたのである。また、算数の本は、当時の国民学校の一二年生のころまでには、かなりいろいろ読んでいた。ところが、筆算での掛け算や割り算の仕方は、学校で教わるまで知らなかった。国語や算数の学習にそんな欠落があったのに加えて、音楽や絵の世界となると、私にはほとんど無縁であった。歌はそれでも何とか歌えたが、いまだにリズム音痴である。絵となるとまったくどうしようもなかったので、絵の授業や宿題は、地獄であった。  

栄養にバランスが必要なように、学習にもバランスが必要なのではないか。子供たちが、何かを学ぶのはいいとしても、親や教師としては、子供たちが何を学んでいないかということに気を配って、バランスを取ってやることが大切なのではないか。そのバランスには、時期の問題も入っている。多分、ものごとを学ぶには、それにふさわしい時期というものがある。早すぎても、遅すぎてもよくないのだろう。しかし、それではいつがふさわしい時期かとなると、それが良くわからない。個人的な差も大きそうなことを考慮にいれれば、なおのこと難しい。教える者としては、そうした点についての自分の判断が誤っている可能性があることを常に自覚した上で、子供たちの学習が適度なバランスを保って行われるように気をくばってやることが、一番大切なのではないだろうか。