1992年12月11日
公文俊平
1)QC活動の現状: "QC" から "改善" へ
現場を見学して受けた印象の第一は、QC活動に対する熱意がそれほど感じられないことであった。そのことは、職場での作業グループの連帯意識の強化という面でも、作業の質の改善につながる提案という面でも、共に感じられた。現場の監督者の説明でも、一応やることはやっているがという程度のことであった。後の説明でも、QCもしくはTQC という言葉のかわりに "改善" という言葉が多用されていたことが、印象深かった。小柳部長によれば、職場での時間外の自発的な活動としてのQCは、外来の新技術の導入期に、いわばそれを咀嚼して自分たちのものとしていく過程での集団的な工夫として意味をもっていたという。それに対して、今日の自動車産業での自前の技術進歩の過程は、最初から、現場の工員と技術者、設計担当者、部品供給者等が緊密・綿密に打合せ、歩調を揃えて新技術の開発や導入を行うという、全社的なもの、あるいは系列企業集団をあげてのものになってしまった。また、新しい試みや提案は、そのような全体としての工程の変更過程に事前に組み込まれるという形で、初めて意味のある実現が可能になるように変わってきた。その意味では、今日の自動車産業の技術はもはや、現場でのちょっとした工夫や改良によって大きな効果を上げるという性格のものではなくなっているといえよう。また、現場での改善提案を実行に移そうとすれば、組み立ての工程やそこで使用される機械等の抜本的な改変を必要とすることも少なくなく、現実の問題としてそんなことは容易にはできないという話でもあった。結局、最先端の技術の自力での開発と導入にとっては、QCのような活動は、会社全体としての開発・導入過程に "内部化" されていかざるをえないのであろう。 "改善" という新しいバズワードが "QC" にかわって多用されるようになったのは、そのような変化に対応していたのである。
2)自動化・ロボット化への反省
現場を見学していて鮮烈な印象を受けた第二点は、あちこちで、かつて働いていたロボットその他の自動化機械が、今日ではもはや使用されなくなって撤去されている、あるいはそのままに放置されているという光景であった。それはまさに "櫛の歯を引くように" という表現がぴったりであった。他方、それとは対照的に、組み立てラインのいたるところにパソコンあるいは小型のコンピューターが置かれていて、作業員たちがそれを個別に使いながら作業を進めている光景も、印象深かった。案内者の説明によれば、今や、過度の自動化、ロボット化に対する反省が起こっているという。すなわち、自動化機械の多くは高価なわりには、柔軟性を欠いている。次々に導入される新技術に即した作業をさせようとしても、とても対応しきれないものが多いというのである。それに対して、人間の方は、適切な訓練を行えば、また、パソコン等によって作業への適切な支援体制を組むことができれば、はるかに柔軟な対応ができ、また安上がりでもあるという。そういわれてあらためて見直すと、かつて "モモエ" その他の愛称でよばれたロボットたちの動きが、今ではいかにも無骨なもの、ひたすら騒々しいだけのものに見えてきたのは面白かった。また、車体の溶接組み立て工程で、64台のロボットが上下左右にはりついている箇所では、故障の少ないメンテナンスという点では、それがもう限度であって、それ以上ロボットは増やせないという説明があったのも興味深かった。こうして、少なくとも日産の自動車組み立てラインに関するかぎり、完全自動化・無人化は、いまや夢物語となり、むしろ、一種の人間中心というか、人間の判断力や作業力を機械で支援し増幅することを眼目とする機械化−−とりわけコンピューター化−−がこれからの機械化の進むべき方向だとされるようになっていた。
ちなみに言えば、この種の方向転換、大袈裟にいえば一種のパラダイム転換ともいうべき現象は、なにも自動車の組み立てに限ったことではない。近年のいわゆる "グループウエア" への関心にもそれが現れている。グループウエアは、人間のグループが存在し続けることを前提として、グループの仕事を支援するためのソフトウエアやハードウエアの体系なのである。同様なことは、機械翻訳に関してもいえそうだ。つまり、完全に機械化された翻訳は、少なくとも予測可能な未来においては、到底ものの役に立つような良質の訳文を作りだせない。それよりも、練達した翻訳者の翻訳作業をより効率的に、ないしはより楽な、より楽しいものにする方向での "機械支援翻訳プログラム" を開発する方が、より現実的でもあり、意味もあることだと思われる。さらにいえば、企業、とりわけ日本の企業が基本的に "従業員=社員" 中心の組織であるかぎり、作業の無人化は自己否定でしかないだろう。
注記:日産座間工場を見学した時点では、このような傾向が、日産だけのことか、自動車産業に共通のことか、あるいはさらに製造業一般にわたって見られるものか、また、一時的なものか、それともまさに "パラダイム転換" ともいうべき構造的なものか、はっきりしなかった。だが、その後たまたま『日本経済新聞』のコラム「新・工場革命、上」(92 年12月24日) をみると、同じような変化が製造業全般にわたって生じていることがレポートされていた。曰く、「日本の製造業の強さを支えてきた工場が変わろうとしている。長い間、神話のように語りつがれてきた自動化やロボット化、コンピューターを組み込んだ生産システムの導入だけでは柔軟な生産調整、時短の推進や女性・中高年労働力の活用などの長期的課題に対応できないことがわかってきたからだ。」「特定の条件のもとでは自動生産は非常に効率がいい。だが、工程のちょっとした手直しでもシステム全体をいじらなくてはならず、膨大な時間と労力がかかってしまう」等々。
3)クライエントの要求を把握するための新しい調査・分析方法
今回の工場訪問で興味深かったことの第三点は、ひとびとの "ホンネ" を引き出すために日産がマーケッティングの手法を応用して開発した新しい調査・分析方法の話であった。時間が限られていたために、これについてはごく簡単な説明しか受けられなかったが、注目に値する方法であることは確かなように思われた。
マーケッティングでは、直接の質問による人々のニーズや要求の把握は、しばしば不正確な、いや、およそ見当違いの、結果しか生まないことがよく知られている。 「私はかくかくしかじかのものが欲しい」という消費者の声をきいて、その通りのものを作ったとしても、それが売れる保証はまったくないのである。同じことは、工場のレイアウトや工程の設計についてもいえる。日産ではこれまで、新しい工場の建設や、既存のものの手直しにさいして、現場の意見を克明に聴取して要求を反映させたつもりになっていても、実際にできたものに対しては悪評嘖々だったという経験をしばしばしていた。そこで、市場調査の場合と類似した方法、つまり、ある程度現場の実情について予備知識をもった調査マンが、テープレコーダーをもって現場に入り、自分の姿を消して現場の生の声をまず収集し、その結果をさまざまな角度から分析してみるという方法を開発したのだそうだ。やってみると、この方法は極めて有効であることが分かり、いろいろな所から引合いがよせられたり、収集されたデータを見せてほしいなどという要望が来ているという。
私は、この話をきいて、とっさに、IBM が先年開発して実用に供しているグループウエア、TeamFocus を思い出した。これは、たとえば開発者がクライエントの要求を聞き取って正しく理解した上で、その結果を新設計や新製品開発に反映させるための方法の一つで、それを実際に応用したボーイング社では、クライエントの要求を確認してから実際の作業に入るまでの期間がこれまでの1/10に短縮されたという。この方式の中心になっているのは、関係者が一室に集まって、ある共通のテーマについての自分の考えを、どんなに私的な感想にすぎないと思っても、ともかく文字にして皆がいっせいにコンピューターの画面に書き込むというブレーンストーミングの手法である。これだと、一定の時間内に、これまでの十倍も二十倍もの声−−それもひょいと心に浮かんだ個人的な感想や思いつきのようなものまで−−を聞き出すことができ、その上で、そうして得られたデータをいろいろと分析していくのだという。
上の二つの方式には、使用される手段やアプローチの方法の違いはあっても、狙いとしては同一のものがあると思われる。日産の方式もうまく定型化して商品化されれば、日本産の有力なグループウエアの一つになるのかもしれない。