1993年1月17日
公文俊平
後述するように、21世紀の初頭の主導産業は、マルチメディア産業にせよグループウエア産業にせよ、突破型の性格の産業であって、爆発的な大衆最終需要に支えられて発展するものではない。それが提供する製品やサービスへの主たる需要先は、最終消費者というよりは事業者、アマチュアというよりはプロフェッショナルになるだろう。突破型の主導産業の姿を生き生きと心に思い浮かべてみたいと思えば、19世紀末から20世紀初期にかけての主導産業となった重化学工業を想起してみるとよい。
その意味では、次のコンドラティエフ長波の上昇と共に大きく発展する産業への大衆的な需要の発生を期待したり、逆にそれが見込めないからといって落胆したりするのは、およそ見当違いというべきである。同様に、最近一部でいわれているような、コンピューターの "日用品(コモディティー) " 化だとか "情報家電" 化といった表現も、明らかに不適切である。
それにもかかわらず、情報通信産業の大衆化がまったく起こらないと決めつけるのもまた早計であろう。なるほど、インターネット型のグローバルなコンピューター・ネットワークの利用や、マルチメディア型のソフトウエアの制作は一般大衆の手にあまるにせよ、そのことは、高速大容量のデータ通信回線やその上のデータ通信サービスへの大衆的な需要がどこにも発生しないことを意味するものではない。たとえば、その一つの可能性として、ファックスの機能が高度化しつつそのサービスがさらに大衆化していくという方向が考えられる。そのような主張を、もっとも明快に行っているグループの代表として、ここではカナダの VISION 2000を取り上げ、その論旨を紹介してみよう。
VISION 2000 は、カナダの主要な情報通信企業、研究機関、大学、政府機関のほとんどすべてが結集して、1989年に結成された官民共同事業体(partnership) であって、その目指すところは、 "個人" 用通信・情報技術の研究開発における技術革新の加速と協働の促進にある。また、それと同時に、カナダ産の新製品やサービスを世界に広めることもめざしている。
このグループが、ファックスに注目したのは、次の理由による。彼等は、テレビ会議や電子メール、あるいは携帯電話やビデオテキストなどのようなさまざまな個人用通信の新技術を広く研究している間に、個人用通信機器としてのファックスが急速な普及を見せたことに驚嘆したという。ほんの数年の間に、ファックスは、個人用通信機器として電話に次ぐ地位を占めてしまったのである。いまでは、家庭でも、自動車の中でも、オフィスでも、人々は考えられるありとあらゆる目的のためにファックスを利用するようになっている。こうして、現在では、ファックスによる通信量は、金額ベースでみて、他のコンピューター通信の10倍に達しており、ファックス製品の市場規模は現在150 億j、1997年には250 億jになるとみつもられている。
現在のところ、アメリカには、パソコンのFAX ボードまで含めると、すでに1200万台ものファックスが設置されているが、これが、今世紀末までには一億台 (家庭普及率40〜50%, 1991 年の5 % という数字と比較せよ) になると予想されている。 (その2/3 は、パソコンに装着されるだろう。) 全世界では、二億台を越えるだろう。しかも、この予測は控え目にすぎる可能性さえある。現に、この予測の中の、パソコン装着のファックス・カードの1995年の予測値は、すでに1992年の第三四半期の実績値が越えてしまっているのである。
ファックスは、どうしてこれほど急速に普及したのか? その最大の魅力は、使い方が電話なみにやさしく、特別なセンターや中継点などを必要とせず、アルファベットばかりかそれ以外のどんな文字でも絵でも、その場で直接相手に送れ、しかも通信費が安いという点にある。だから、個人が気軽に利用できる。アメリカでは、市内電話を利用するかぎり、ファックスの通信費もまた無料である。長距離電話で利用しても、近い将来に電話や電子メール郵便よりもずっと安くなりそうだ。 (ファックスの一分あたりの通信費は、1995年には、1.5 〜3 セント (2 〜5 円?)にまで下がると予想されている。) しかも、ファックスには、相手からの通信に、適宜書き加えたり消したりして、即時に返送できるという利点もある。さらに、データベースの検索に使うこともできれば、対話型のサービスをファックスに組み込むこともできる。コンピューターとの交信もできる。
また、最近では、ファックスの技術と規格にも新しい発展(T.30 規格) がみられ、それによって、ファックスには未来のマルチメディア通信機器としての機能が付加されうることになった。つまり、これからのファックスは、単に解像度や速度が上がるだけでなく、音声や動画から、コンピューターのファイル (バイナリー・ファイルやEDI など) にいたるまで、送受信ができるようになるのである。恐らく、未来のファックスは、プロフェッショナル用の電子メールに並ぶ、大衆用の通信機器として位置づけられることになるだろう。そして、とくに21世紀初頭のマルチメディアの時代には、大衆向けマルチメディア機器として発展していくことは確実である。そうなった暁には、万人向けの個人用情報通信機器としてのファックスの王座は、さらに揺るぎないものとなるだろう。
そればかりではない。ファックスには、プロフェッショナルな利用も含めた、情報通信ネットワークの中での中心的な機器となる可能性もある。すなわち、
などの方向が考えられる。いずれも今世紀末までに実現しそうである。
こうした高度の能力をもったファックスは、家庭でのショッピングやバンキングにとっての強力な手段になるだろう。家庭内教育や医療目的にも広く利用されそうだ。