1993年1月31日
公文俊平
アメリカでは十二年ぶりに民主党の政権が発足して、アル・ゴア副大統領の持論だった "データ・ハイウェー" の建設計画がにわかに脚光を浴びている。
ゴア氏の父上は、やはり政治家として半世紀前に自動車の州際ハイウェーの建設計画のリーダーとなった。今、その息子が、21世紀の情報社会のための全国的な情報インフラの建設に意欲を燃やしているのである。
情報インフラの建設をめぐっては、政府がどこまで直接関与すべきかとか、その主たる利用目的を何だと考えるか、国内の利用を中心とするかそれとも国際的にも開かれたものとする方向を重視するか、などといった論点をめぐって論議が沸騰している。新政権としては、後三ヶ月から六ヶ月の間に、具体的な計画案を提示することをめざして作業を進めているようだ。 細目はともかく、全国的な情報インフラの早期建設の必要性については、大方の合意が成立している。また、いわゆる "データハイウェー" が研究・教育部門の利用を中心とすべきことについても、大きな異論はないようだ。また、ゴア氏が昨年提出して廃案になった「情報インフラ・技術法案」は、今年の議会に民主党が提出する五本の最重要法案のうちの一つ(S4)に含められて再提出されることになったが、その狙いは、米国の主要な研究機関や大学で開発された先端的技術や知識、あるいは米国の議会図書館に収められている豊富な文献資料に対して、広く全米の学校や企業、あるいは病院や図書館、さらには一般市民がアクセスできるようにするところにおかれている。それによって、米国人の知識や技能の水準を引上げ、国際競争力の維持、改善に役立てようというわけだ。
ひるがえって我が国の現状を見ると、データハイウェーの建設は、一頓挫した形になっている。NTTが打ち出して米国に大きな刺激を与えた、2015年までにディジタル通信のネットワークを完成し、光ファイバーを全国のオフィスや家庭にまで引こうという未来ビジョンも、この不況の中でその色が褪せつつあるようだ。なにしろ、それに対する十分な需要が、到底見込めないというのである。さりとて、全国を結ぶ研究教育ネットワークのような構想も、この国ではそれほど真剣に推進されているようには見えない。先端技術知識を広く国民が利用できるようにしようとすることへの誘因はもちろん、研究者相互の情報交流に関しても、 "データハイウェー" のようなものを必要とするほどのさしせまったニーズはないようだ。近年爆発的な成長を見せている、グローバルなコンピューターの "ネットワークのネットワーク" ともいうべきインターネットの普及も、米国や欧州に比べると日本の立ち遅れが目立つ。
日本の場合、より真剣なデータ通信ネットワークの建設が検討されているのは、行政部門においてであるようだ。各省庁の内部や省庁相互間、中央政府と地方自治体、地方自治体相互間を電子的に結び付ける必要は、近年次第に強く自覚され始めている。データや文書のフォーマットの共通化をはかると共に、職場に普及してきたパソコンやWSをローカルなネットワーク(LAN)によって相互接続し、さらにそれらのネットワークのネットワークを構築することによって、行政部門の内部だけでなく、国民に対しても開かれた、統一的な行政情報システムを構築しようというビジョンがそれである。
日本では、他の先進諸国にくらべて、行政が国民生活において果たしている役割が極めて大きい。その意味では、日本の未来の情報インフラの構築を行政情報システムを中心としてまず行うことは、十分意味のある選択ではあるまいか。そうだとすれば、なるべく早急に、行政情報システムの全国ネットワークの構築に踏み切ってはどうだろうか。
ただし、それには小さくない障害が一つある。それは、行政情報ネットワークの共通通信プロトコルとして、閣議決定によって、ISOの定めるOSI規格を採用することになっているという点である。なぜそれが障害かというと、現在のところ、OSI規格に準拠したのでは、実用に耐えるネットワークは作れそうにないないからである。それに対し、アメリカを中心に急成長している " インターネット" は、TCP/IPと呼ばれるプロトコルを採用することによって、実用化に成功している。実用化のメドの立っていない技術にコミットして、折角の情報インフラの建設の時期を逸してしまうのは残念なことである。とりあえず、TCP/IPプロトコルによるネットワークの構築を真剣に考慮してみてはどうだろう。TCP/IPをベースとしているインターネットが、次第にマルチプロトコル化しつつあるのも、現時点でのTCP/IPの採用の危険を小さくしてくれる要因だろう。
もう一つの――排他的というよりは相互に補完的に機能しうる――可能性としては、すでにNTTが提供しているISDN回線の一部を、データ通信専用として、全国行政情報ネットワークの末端部分に利用することが考えられる。現在の行政情報のほとんどは文書情報であって、画像や動画の送信はまだまだかなり先の課題だとすれば、当面はデータ通信としては比較的低速のISDNを利用しても、実用面ではさほどの障害はないのではないだろうか。そうすれば、その需要が伸び悩んでいるISDNの本格的な立ち上がりを助ける効果もあわせて期待できるというものである。
関係者各位の検討をお願いしたいと思う。