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1993年5月24日
「東京宣言」
ハイパーネットワーク社会研究所創立記念シンポジウム
公文俊平
この情報革命の最初の産物でもあり、同時にそれ以後の発展にとっての不可欠の基盤ともなるのが、20世紀の産業社会でいえば電力網やハイウェーにあたる、 "新社会資本" あるいは "グローバル情報インフラ(GII)" である。すなわち、 "テレピューター" や "パーソナル・ディジタル・アシスタント(PDA)" のような高性能のコンピューター群が、光と電波を通じて、あるいはローカルに、あるいはグローバルに結びついた、コンピューターの "ネットワークのネットワーク" がそれである。われわれは、 "電子と光の国" の入口に立っているのである。
産業化の進展という観点からすれば、GIIは、21世紀の産業社会を主導する突破型の "新メガ産業" 、すなわち "マルチメディア産業" にとってのインフラストラクチャーとなる。21世紀のマルチメディア産業では、20世紀のマスメディア産業(出版・新聞・放送業)と、パーソナルメディア産業(郵便・電話業)が、新しいタイプのコミュニケーション・メディアであるグループメディア産業(コンピューター産業)を媒介として、ひとつに融合するのである。
マルチメディアの技術によって、文字も音声も画像も、ディジタルな情報として統合的に処理することが可能になる。そればかりではない、マルチメディアがグループメディアとして実現されるということは、誰もが、何時でも、何処でも、誰とでも、通信し協働することが可能になることを意味している。つまり、われわれは、これまでの通信や協働のネットワークを質的に超える "ハイパーネットワーク" によって結びついた社会を作りあげることになるだろう。このハイパーネットワーク社会においては、われわれは、高度な情報を、必要に応じてどこからでも入手できるようになる。しかも、自分で、それらの情報を加工し、新たな情報を創造し表現し伝達することもできるようになるのである。その結果、われわれの生活世界の様相は、業務であれ娯楽であれ、日々の暮らしであれ、自己の向上と実現のための試みであれ、まさに一変してしまうだろう。
マルチメディア産業が、21世紀の産業社会にとっての突破型の産業であるとすれば、その先には、20世紀の自動車や家電にあたる21世紀の成熟産業が、その出番を待っていることだろう。自動車や電話がすでに19世紀の終わりには発明されていたように、21世紀の成熟産業にとっての基礎技術も、今日すでにその姿を現しつつある。 "バーチャル・リアリティ" とか "アーティフィシャル・ライフ" などの技術がそれである。これらの技術が日常的に利用されるようになった暁には、われわれの生活世界の様相はさらに劇的に変化していくことだろう。ハイパーネットワーク社会のフロンティアーは、無限に拡がる多次元宇宙のフロンティアーでもある。
しかし、こうした変化が歴史の大きな流れではあるにしても、それが自然に実現する保証はない。望ましい変化だけが起こる保証もない。的確な見通しの上にたったわれわれ自身の努力の積み重ねこそが、未来を切り開いてくれるのである。そのような観点に立って、われわれは、次の三点を当面の努力目標として提言したい。
- 日本ディジタル・ネットワーク列島構想
21世紀の主導産業を離陸させるためには、その供給と需要両面での基盤となる新社会資本としての情報インフラの建設が必要不可欠である。アメリカのHPCC(高性能コンピューター・コミュニケーション)プログラムがそうであるように、情報インフラの建設は、一方においては高性能で低価格のコンピューターのハードウエアとソフトウエアの開発を意味する。他方においては、高速大容量のディジタル通信のネットワークの建設を意味する。後者はさらに、地下にはりめぐらされる光ファイバー網と、空をおおう無線通信網−−中波から超超短波にわたる周波数帯をカバーした−−とにわかれるが、そのいずれも、ディジタル広帯域の通信が可能にならなければならない。また、マルチメディアやグループメディアの可能性を生かすためには、幹線網の建設と同時に、一人一人のユーザーを幹線につなぐ広帯域通信チャネルの建設が推進されることが絶対の条件である。それはまた、情報の地域格差や個人格差の拡大や固定化への対抗措置としても必要である。ハイパーネットワーク社会の最も重要な構成メンバーは、個人や小集団であることを忘れてはならない。
情報インフラの建設を、中央政府が画一的に推進することには、大きな疑念がある。他方、民間の競争に委ねて、一極ないし大都市集中型のインフラ建設が先行することもまた、決して望ましくはない。恐らく理想的な方向は、県レベルの地方自治体、ないしそのいくつかの連合体が、民間の協力を得て、独自の地域情報インフラ建設計画を競争的に進めるというものではないだろうか。その場合、地域間の相互接続性が保証されていなければならないことはいうまでもない。また、中央政府の関与は、技術や資金面での支援ないし再分配という点では、望ましいと思われる。つまり、日本ディジタル・ネットワーク列島構想は、中央政府の支援と民間の協力をえながら、地方自治体が分権的・競争的に推進していくことが望ましい。
- グローバルな情報交流と協働
情報インフラの建設やハイパーネットワーク社会の構築は、いうまでもなく前人未到の試みであって、その前途には数々の困難が横たわっている。技術や資金面の問題もさることながら、個人の自由やプライバシー、セキュリティにかかわる法・制度・道徳面での問題も深刻である。それらの困難の中には、地域ないし国に独自のものもあるだろうが、同時に世界に共通なもの、協働して乗り越えて行くことが必要なもの、も少なくないだろう。そうだとすれば、グローバルな情報の交流や協働のための試みが真剣に行われなければならない。物理的なシステムとしての情報インフラにしても、社会的なシステムとしてのハイパーネットワークにしても、本来、相互接続性をもち、世界に対して開かれていてしかるべきものである。また、民間のあるいは政府間の競争システムに委ねられる前の、 "前競争的(precompetitive)"な情報や知識の開発や通有をめぐっても、グローバルな情報交流と協働の努力やその制度化の試みが、なされてしかるべきであろう。
- 行政の改革と情報化
日本では、1980年代の初めから、中央・地方の全体にわたる行政改革の試みが推進されてきた。それらの試みは、政府財政の再建や一部の国有事業の民営化という面では相当の成果をあげた。しかし、近年の情報革命の進展に合わせて行政自体の組織や業務を改革したり、行政がもっている情報の公開や交流を推進したりしていくという面では、立ち遅れが目立っている。民間の経営組織でも、情報化に即応した組織の改革の必要があらためて痛切に自覚されるようになってきているが、行政組織の改革の必要は、たとえば、LAN の普及といった個々の職場の業務の改革の面でも、省庁間の情報的連携の面でも、さらに大きいといわなければならない。