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1993年10月00日

「情報化の新パラダイムについて」

公文俊平

米国新政権の全国情報インフラ(NII) 構築政策

米国新政権の政策の中で、優先順位のもっとも高い三つのものといえば、  

  1. 医療保険制度の改革、  
  2. 行政改革、  
  3. NAFTAの推進、
だといってよいだろう。

医療保険制度改革は、ヒラリー・クリントンが全力をあげて取り組んできたもので、このほどようやく成案がえられた。そこで、1993年 9月22日、クリントン大統領は、上下両院総会で改革案を提示すると共に、テレビを通じて、改革の必要性を国民に訴えかけた。この改革案には「クリントン政権の浮沈がかかっているといっても言い過ぎではない。これから数カ月、アメリカは保険制度改革をめぐる論議で大揺れに揺れそうだ」 (『ニューズウィーク』日本版、10.6) 。行政改革は、ゴア副大統領がクリントンの全面支持の約束をとりつけて、保険制度の改革案よりも一足先に、本格的な提案を発表した。ゴア提案の新さは、行政の情報化を行政改革の中核におこうとしている点にある。この二つの政策に比べると、 "北米自由貿易地域 (NAFTA)" 構想を推進しようとするクリントン政権の腰は、今一つ定まっていないように見える。

他方、上の三つよりも優先順位は一見やや下がるように思われるとはいえ、ゴア副大統領が音頭をとってきた全国情報化推進政策も、新政権の政策の中では、非常に重視されているものの一つである。情報化の推進は、他の政策の効果的な遂行にとっての前提、あるいは遂行のための有力な手段として位置づけられているといってもよいだろう。ゴア副大統領とブラウン商務長官は、 9月15日に、 "全国情報インフラ(NII=National Information Infrastructure)" の構築に関する行動予定を発表し、併せてそれを担当する政府部内のタスクフォース、および産学官の声を結集する諮問委員会の設置を発表した。

新政権の認識するところでは、近年の "情報革命" の結果として、今や情報は、一国の最も決定的な経済資源となった。そこで、この情報を取り扱うための全国的なインフラであるNII を構築すれば、人々の生活や勤労あるいは相互交流の様式が一変してしまうに違いない。なぜならば、情報こそは力 (empowerment)であり、雇用(employment)のもとともなるものだからである。したがって、政府としては、情報の力を一部のエリートだけのものにしたり、国民が "情報富民 (information haves)" と "情報貧民 (information have-nots)" の二つの階級に分解するのを許してしまうことは、何としても阻止しなければならない。すなわち、すべての国民が必要かつ有用な情報に接することができるようにすること、とりわけ、保健、教育、図書館、中央・地方政府関連の情報を、容易に、また平等に入手できるよう保障することは、政府にとっての義務でなければならない。これが、情報化時代における“ユニバーサル・サービス”の新しい意味なのである。  

米国情報インフラ諮問委員会の委員25人の人選は商務省が行い、この12月からの発足が予定されている。またタスクフォース自体は、

  1. テレコム政策委員会 (その下に、ユニバーサル・サービス・ワーキング・グループを置く)  
  2. 情報政策委員会 (その下に、知的財産権、プライバシー、政府情報を扱う三つのワーキング・グループを置く) 、および、
  3. アプリケーション委員会 (その下に、政府情報技術サービス・ワーキング・グループを置く)
の三つの委員会から構成される。ブラウン商務長官によれば、このタスクフォースにとっての最大の課題は、1934年通信法の改正になるだろうという。なにしろ現行のこの通信法は、電話会社が一社しかなく、放送はまだその揺籃期にあった時代の法律なので、いかにも時代遅れになっていることは明らかなものの、さまざまな利害の錯綜のために、なかなかその改正ができずに来ていたのである。

9月15日に発表された政府の行動予定に含まれている具体的な項目としては、

  1. 法制度や税制の改革:通信法改正、税制
  2. "ユニバーサル・サービス”概念の再構築
  3. 技術革新や新アプリケーション創出の促進のための触媒となる
  4. HPCCの拡大、NII のパイロット・プロジェクトや応用プロジェクトの推進
  5. シームレスで、インターアクティブで、ユーザー・ドリブンなオペレーション の促進:標準や規制の再検討
  6. 情報セキュリティとネットワークの信頼性の確保
  7. 無線周波数管理の改善
  8. 知的財産権の保護
  9. 中央政府と地方政府および外国との関係の調整
  10. 政府情報へのアクセスの提供、政府調達の改善 (政府のハイテク化のために) などがある。こうした行動予定をみれば、米国政府は、自らが "情報ハイウェー" の建設に乗り出すことはしないが、民間部門によるそうした "情報ハイウェー" (や "情報一般道路" ) の建設・運用を促進するための、適切な環境を整備すると共に、政府自身も情報ハイテクで武装した高性能組織体への転換をめざしているということができるだろう。

米国の産業界も政府のこうした動きを受けて、同じ 9月15日、NII のテストベッドの構築をめざすコンソーシアム(NIIT)の発足を発表した。このコンソーシアムには、どんな組織でも参加できるという。政府も早速、その支援を約束した。このコンソーシアムは、当面、分散コンピューティングと高度通信の既存技術を統合して、多面的な情報へのアクセスと利用を可能にしようとしており、AT&T, DEC, Sprint, Sun Microsystems, OSU, UC Berkeley 等の参加が、すでに決まっている。コンソーシアムが予定している最初のデモは、9 箇所のサイトのコンピューターをATM, FDDI, Frame Relay等の高速回線でつないで、過去20年にわたる多様な環境データをリアルタイムに比較して協働作業を可能にする“地球データ・システム”である。それに成功すれば、次第に、このような情報を、企業や学校にも渡せるようにするという。また、その次の試みとしては、保健産業用のアプリケーション、その他、教育、公的記録へのアクセス、製造業や金融への応用なども考えている。米国は、今や、文字通り官民をあげて、NII の建設に向かって驀進し始めたのである。

NII とは何か

米国の政界で、情報化の重要性をいちはやく認識し、その推進に尽力してきたのは、アルバート・ゴア・ジュニアー元上院議員 (現副大統領) である。ゴアはもともと、やはり政治家として1950年代に米国のハイウェーの建設にリーダーシップを発揮した父親にならって、1980年代に "データ・スーパーハイウェー" の建設の必要を倦まずに説き続けてきた。その結果が、1991年に法律として制定されるにいたった "高性能コンピューティング法(HPCA)" であり、それにもとづいて推進されることになったHPCCプログラム(高性能コンピューティング・コミュニケーション計画)であった。

だが、それに対しては、もっぱらエリート研究・教育機関のためのものだとか、スーパー・コンピューターの活用計画にすぎず、近年の“ダウンサイジング”の潮流を見落としているといった指摘も出ていた。あるいは、 "スーパー・ハイウェー" という名称は、たった一つのネットワークしかなく、政府がそれの建設にあたるように聞こえるので不適切だという批判もあった。

ゴア自身は、そうした問題点はよく自覚していたようで、HPCAに続く第二段の情報化計画として、“情報インフラ・技術法(IITA)”を提出していた。1992年に最初に提出されたこの法案は、この年には成立しなかったが、クリントン新政権の発足に伴って、新政権のもとでの最重要法案の一つとしての地位を与えられ、上院でのS4の一部、下院でのHR1757として再提出された。この法案の名称はそのさい、S4の場合は「情報技術アプリケーションズ研究プログラム法」と、HR1757の場合は、「高性能コンピューティング・高速ネットワーキング・アプリケーションズ法」とされていたが、その後「全国情報インフラ法(NIIA)」に変更された。

他方、全米のコンピューター産業主要13社からなる団体 "コンピューター・システムズ・政策プロジェクト(CPSS)" (1989 年に結成) は、新政権の登場にぶっつけるようにして、1993年 1月12日に、「全国情報インフラ(NII) の展望:CSPPのビジョンと行動提言」という文書を発表して、NII の建設を国家的優先事項とするよう訴えかけ、まずビジョンで合意した上で、官民協力してその実現をめざそうと呼びかけた。この提言によれば、米国はいまや、競争的な世界経済という環境の中で国民生活の向上と自国の繁栄をはかる必要があり、そのためには、教育・訓練、生業・製造・サービス供給、家族や友人との交流等すべての分野で国民の生活の仕方を一変させる必要がある。そのための基盤となる "全国情報インフラ" は、

  1. 通信ネットワーク
  2. コンピューター
  3. 情報
  4. 人間
の四つの要素が結合したもので、これによって、米国人は、地理的境界の限界を超えて共に働き、協働し、情報へのアクセスと情報の創出を行うことが可能になるというのである。この提言が新政権の情報化政策の具体化に大きな影響を及ぼしたことは、二つの文書 (上記提言と政府の行動日程) を読み比べただけでも明らかである。  

1993年の前半には、それ以外にもさまざまな団体から、情報化の必要、とりわけ情報インフラの建設の戦略的重要性を訴える提言が、いくつも出された。こうして、 "全国情報インフラ(NII) " というコンセプト自体は、それこそあっという間に、広く米国の人口に膾炙してしまった。こうして、現在のアメリカには、総論としてのNII の建設には今や誰も反対できないが、その内実については、理解不十分あるいは同床異夢という状況が生まれている。たとえば、下院のテレコム小委員長のマーキーは、「議員の全員がNII は良いものだという点で合意したのは良い報せだが、その中身はとなると誰も良く理解していないのは悪い報せだ」といっている。そういう状況の中で、電話会社やケーブルテレビ会社、セルラー電話会社やコンピューター会社等は、あるいは協力して、あるいは競争して、NII という錦旗を自陣営のものにしよう、そして自分の定義によるNII 建設の先頭に立とう、とし始めたのである。  

人は、新しい概念や事物を理解しようとするさいには、どうしても過去の経験をもとにして考えがちである。それに既成の利害がからんでいるとすれば、尚更である。そして20世紀のテレコム産業の経験は、19世紀末から20世紀の前半にかけて登場した映画やラジオといったニューメディアは、当初の予想に反して、娯楽産業として、またマスメディアとなることで大成功したことを教えている。そのため、これから21世紀にかけての情報化の基盤となるNII も、娯楽を中心とした大衆 (マス) への発信のための情報通信基盤となると考える傾向が、とりわけ既存の業界には強いように思われる。しかし、ゴアの情報インフラ構想や、それに立脚した政府の行動計画が想定している情報化の方向は、明らかにそれとは一味違っている。そこには、21世紀の "情報化の新パラダイム" とでもいうべきものが、反映されているのである。

とはいえ、アメリカの現状は、1980年代後半の情報通信産業の深刻な不況と反省から漸く立ち直ろうとしているところでもあり、従来の傾向の延長拡大をめざす勢力と、新しいパラダイムに立脚した新しい情報インフラの建設をめざす勢力とが、互いに絡み合い競合しあいつつ、激しく沸き立ち始めたところである。

ここでは、以下、 "情報化の新パラダイム" の内容について検討してみたいのだが、その前に、1980年代の後半にアメリカを襲った情報通信産業の深刻な不況を目撃した一観察者の痛切な反省の例を見ておこう。

トム・フォレスターの反省

オーストラリアのグリフィス大学のトム・フォレスターは、情報社会のウォッチャーとして自他共に許す人物で、彼の著書『ハイテク社会』(1987)は、情報化の進展のありさまを肯定的に紹介した書物として有名である。だが、彼が1991年の11月にスイスで開かれた情報社会に関する国際会議の冒頭で行った基調講演のトーンは、一転して苦汁に満ちたものになっている。以下、その要旨を紹介してみよう。

すなわち、マイクロチップスの登場と共にはじまった "マイクロエレクトロニクス革命" の帰趨をめぐって、1960年代から1970年代にかけて、アルヴィン・トフラーを先頭にさまざまなバラ色の未来予測の花が咲き、 "未来ショック" "第三の波" "メガトレンズ" "脱産業社会" "余暇社会" などのキーワドの周辺に、 "無人化工場" "ペーパーレス・オフィス" "キャッシュレス社会" "エレクトロニック・コテージ" "テレデモクラシー" "人工知能" などの新しいコンセプトが絢爛とちりばめられていった。同時に、それらを具体化するはずの無数のホットな新製品やサービスが次から次へとめまぐるしく登場した。

だが、それから20数年の月日がたった今になって反省してみると、当時の有識者たちが期待し意図した情報革命の帰結は、結局何ひとつ実現していなかったことに気づかざるをえない。そればかりか、当時は意図も期待もされていなかった深刻な問題が、次から次へと生じてきたのである。

すなわち、オフィスや工場では、急速に到来するはずだった "余暇社会" はいっこうに到来せず、危惧された大量失業もほとんど発生しなかった。コンピューターの導入も、予想されたほど急速でも円滑でもなかった。むしろ、資金、技術、経営上の問題のため、コンピューターの導入が逆に雇用の増大をもたらすケースさえあった。他方、職場での労働はむしろ強化され、さらに、副業や家庭での労働も増えてしまった。また、工場の無人化も実現しなかった。その理由は、ロボットが人間よりも高くつきすぎたからだった。さらに、一番ひどい予測の失敗例ともいうべきものが、オフィスのペーパーレス化であった。オフィスでの紙の使用はむしろ大きく伸びたのだが、その最大の理由は、FAX とコピー機械の普及にある。他方、電子メールや音声メールはそれほど伸びていないし、いわゆるオフィス自動化機械の市場も予想外に伸び悩んでいる。結局、近年の情報化のもっとも深刻な帰結は、情報技術の生産性向上効果がほとんどなかったという事実である。これは、製造業を対象とする多数の実証研究の一致した結論だが、非製造業、すなわち、銀行、商業、教育、保健などの分野では、概していえば生産性はむしろ低下したと考えられている。

では、家庭の変化はどうだったか。何よりもまず、 "第三の波" は、人々を職場から、今や "エレクトロニック・コテジ" となった家庭に返す、というトフラーの有名な予測は、完全に外れたという他ない。その理由としては、家庭での空間的制約や家庭でやれる仕事の種類の少なさ、あるいは在宅勤務者の管理をどうするかといった問題があげられている。しかし、より深刻なのは、人間関係や個人の心理的な問題、つまり、家庭内での摩擦や近所の騒音のわずらわしさ、孤独の淋しさ、仕事と余暇の区分ができないことからおこるワーカホリズム、ストレスと燃え尽き、といった問題群であろう。結局、在宅勤務は鳴物入りで実験が始まったにもかかわらず、長続きしなかった。在宅勤務が増えれば、交通難が解消されるとか、大気汚染が緩和されるといった効果は、せいぜい副次的な効果か、希望的観測にすぎない。だが、人は、そのような副次的効果にひかれて動くものではないのである。

人々の家庭生活自体も、結局のところ大して変わらなかった。いわゆるホーム・オートメーションには、消費者は燃えなかった。また、情報化の進展によって、人々は、家庭にいながらにしてショッピングやバンキング、あるいは各種の情報サービスの利用などが可能になるという期待ももたれたが、これらも大して普及しなかった。なにしろ、後から考えてみると、ビデオテックスは使いにくいし、遅いし、融通がきかない上に、何より高価である。ニュース、天気予報、株価、飛行機の出発時間などといったたぐいの情報の魅力は、大したものではない。要するに、利用者としては、この種の情報サービスには大して有用性が見出せなかったのである。何よりも現金の出し入れができないのが決定的に不便であった。そのため、銀行にしてみれば、せっかくホーム・バンキングのための資本投下を行っても、それに見合うだけの利用がない結果に終わってしまった。同様に、ホーム・ショッピングの実験もみじめな失敗に終わったが、ここでも、さまざまな技術的な理由もさることながら、より深刻な問題として、ショッピングの心理的・社会的満足がえられないことを、あらためて反省せざるをえないように思われる。

それでは、より広い社会的な領域で期待された変化は、どうなったのだろうか。ここでも変化は遅々としている。学校に来るといわれた "教室革命" は、どこにも来ていない。なにしろ、コンピューター用の教育ソフトにはろくなものがなく、 "コンピューター・リテラシー" も言葉だけで内容がないことが分かってきたのである。

パソコン通信のようなシステムが普及すれば、ボタン投票や電子町民大会などが可能になり、 "電子民主主義" の時代が到来するという予測もあった。事実、そのような運動を率先して展開する人々や、そうした方向をめざして市民の啓蒙活動を行う試みもなくはなかった。しかし、そうした試みも、全体としての人々の政治参加意欲の減退傾向を逆転させるものにはなりえなかった。人々は今日、メディアからの情報が多すぎて、かえって政治に無関心になっているのである。それを如実に示しているのが、選挙での投票率の趨勢的低下である。

他方では、情報革命は、まったく予想外の新しい社会問題を引き起こした。それらは、新たな社会的脆弱性とでもいうべき問題であって、次のようないくつかの事情に由来していると考えられる。

その第一は、コンピューターの誤動作傾向に由来するものである。コンピューターは、在来の電気、テレビ、自動車などの技術とは違って、しばしば、信頼性や安全性や予測可能性に欠け、その管理はほとんど不能である。アナログ装置や機械的装置の場合は、部分的故障が多く、すべてがダウンしてしまうことは少ない。ところが、ディジタル電子装置であるコンピューター・システムは、全面的で破局的な事故を起こしがちである。つまり、ダウンするとなれば完全にダウンしてしまうのだ。しかも、コンピューターのハードやソフトの誤動作は、この産業の専門家がいうよりはずっと頻繁に起こるのだから、過信は禁物である。

その第二は、人間の誤用に由来するものである。世間でコンピューターに帰せられている誤動作の多くは、実は、機械ではなくて人間の間違いによるものである。さらに、単純な誤用というよりは、意図的な悪用、乱用、破壊行為も少なくない。ソフトの違法コピー、ハッキング、ビールスの散布、コンピューターを利用した詐欺、プライバシー侵害等、その例は枚挙にいとまがない。

その第三は、コンピューター・システムが複雑になりすぎた結果として生じているシステムの管理不能性である。これは、そのシステムを作った人にさえ、どうにもならない場合が多い。そもそもシステムの導入の過程で、当初の予算計画に大幅な狂いが発生することもしばしばある。また、ようやくシステムが完成したところで、ありうべき事故のすべてを事前に予想することは不可能である。それなのに、今日では、コンピューター・システムは、航空管制から救命システム、原発運営から巨額の資金移動やミサイル制御等、ありとあらゆる重大な用途に用いられている。だが、これらのシステムは、火事、洪水、地震、停電等にも弱いばかりか、ハッカーの侵入や内部のサボタージュといった人的な攻撃にも弱い。

その第四は、コンピューターを利用した情報処理・通信システムの利用が引き起こした新しい心理的な病弊である。それらは、組織の生産性や健全な人間関係の展開にとっての妨げとなる危険がある。たとえば、有用な情報とそうでない情報との区別がつかなくなる "情報過多" 現象はその一つである。現在の情報技術は、大量の情報の収集、貯蔵、移動は可能にするものの、その解釈はいっこうにしてくれない。今日必要なのは、それらを知的に処理する技術、つまり、information technologyではなく intelligence technologyなのである。だが、情報解釈の技術の立ち遅れのために、組織でも、入ってくる情報が多すぎて、分析や決定ができないという状態が起こっている。個人の場合でも、一方的に流れ込んでくる大量の情報があるために、30歳以下の世代には、知識と関心の低下が顕著に見られるにいたっている。つまり、積極的な情報入手努力 (読書等) が放棄されつつあるのだ。

いま一つの深刻な問題は、 "ハイパーコネクテッドネスの病理" とでも呼ぶべき人間関係の歪みである。たとえば、携帯電話やFAX を手離せなくなったコミュニカホリックの管理者が出現しているし、コンピューター上でシミュレーションばかりやっているるスプレッドシート・ジャンキーもいる。そうかと思うと、たいした用もないのに大量の電子メールのやりとりをする電子メール中毒もでてきている。しかし、それで仕事がより良くでき、より賢明な決定ができているかは、疑問という他ない。実際、他人との接触がふえすぎると、仕事の上の関係はかえって壊れてしまいかねない。部下は、むしろほっておかれたいのである。

フォレスターは、1970年代から80年代にかけての情報化がもたらしたさまざまな問題を以上のように列挙したあとで、結局のところ、人間の必要や能力を軽視しすぎていたのが、最大の誤りだったと反省する。それが一方で予測の失敗をもたらすと同時に、他方で、人間的要因にかかわる予想外の問題の頻発をまねいたのである。そうだとすれば、今必要なことは、 "われわれの視界に人間を取りもどす" ことでなければならない。いいかえれば、技術 (とりわけ情報通信技術) と人間のかかわりの見なおしが必要なのである。今なすべきことは、人生の目的の再反省であって、われわれは、自分が何がしたいか、何がほしいかをあらためて熟慮した上で、それに役だつ方向へ技術を向けていかなければならないのである。

フォレスターの以上のような反省の言葉のなかには、聴くべき多くのものがふくまれていることは確かである。しかし、アメリカの情報通信産業は、初期の−−つまり時期尚早にすぎた−−情報化の反省点の多くをフォレスターと共有しつつも、まさにそうした反省の上にたって、また同時に、コンピューターのダウンサイジングやネットワーク化のような新たな技術的可能性をテコとして、次の突破と飛躍にむけての準備を着々とととのえつつあるように思われる。  

ジョージ・ギルダーの新ビジョン  

情報通信産業の突破と飛躍のためのビジョンをもっとも生き生きとした形で示すことによって、その知的影響力を急速に増大させているのは、『未来の覇者』や『テレビの〇〇』の著者として知られるアメリカのエコノミスト、ジョージ・ギルダーである。  

ギルダーのビジョンによれば、1970年代のアメリカで発明されたトランジスターの集積回路の技術は、その後20年にわたる経済成長を支えた。そして、次の20年の成長を支えるのが、1990年代に普及するネットワーキングの技術である。

前者は、「トランジスター (スイッチ) は集積すればするほど、より早く、冷たく、安く、良くなる」という、カーバー・ミードの "マイクロコズムの法則" を具体化する技術であった。これによって、スイッチが高価でワイヤーが安価だった時代の "マクロコズムの法則" にもとづいて作られたメーンフレーム・コンピューターのアーキテクチャーが否定されることになった。この傾向は今後もさらに持続して、21世紀の初めには、一個のチップの上に何10億のトランジスターをのせた、それ一つで今日のスーパー・コンピューターの16台分に匹敵するマイクロ・コンピューターが、一台あたり100 ドルで入手可能になるだろう。ということは、トランジスターあるいはスイッチは、事実上タダになる時代が到来することを意味する。だからこそ、より大きな電力でより早いスイッチを作る−−それは大量の熱の蓄積を伴う−−マクロコズム的戦略よりも、遅いけれども低電力のスイッチを非常に小さく作って高密度で並べるというマイクロコズム的戦略が、優位に立つことになるのである。  

後者は、「n 台のコンピューターを接続すると、その価値はn2倍にまでなりうる」という、 "ロバート・メトカーフェのテレコズムの法則" −−これはマイクロコズムの法則の拡張版だといえるが−−を具体化する、コンピューター・ネットワークの技術である。この技術の普及は、スイッチが高価であった時代の中央集中的で階層的な "公衆電話交換網" のアーキテクチャー、あるいは端末ではなしにネットワーク自体に高度のインテリジェンスを持たせようとする "インテリジェント・ネットワーク" 型のアーキテクチャーが、否定されることを意味する。

"テレコズムの法則" はまた、無線通信の世界に適用すれば、「通信システムは、周波数が高くなり、波長が短くなり、帯域が拡がり、アンテナが小さくなり、セルが小さくなればなるほど、安くて良いものになる」という法則だとも解釈できる。そうだとすれば、これまでの "狭帯域高出力" 型の戦略に代わって、 "広帯域低出力" 型の戦略が優位に立つことになるだろう。これは、周波数あるいは帯域が稀少かつ高価であった時代の、地上波放送や衛星放送の、あるいは今日のセルラー電話のアーキテクチャーが否定されることを意味する。  

いわゆる "全光通信" が可能になれば、一本の光ファイバーの中の一個の通過帯 (パスバンド) を使うだけで、一秒あたり25,000ギガビットの信号を流すことが可能になる。これはテラヘルツのオーダーの周波数帯に匹敵し、これだけで、現在の無線通信のすべての帯域の1000倍に匹敵する巨大な帯域が確保できることになるのである。つまり、21世紀の初めには、帯域も事実上タダになってしまう。  

さらに、無線・移動体通信の領域では、ミリ波のレベルでの広帯域低出力の通信システム−−マイクロセルやピコセルと呼ばれる狭い領域のセルを無数に設定して相互連結するシステム−−への移行によって、空でもギガヘルツのオーダーの周波数帯が利用可能になる。つまり、21世紀の初めには、周波数も事実上タダになってしまうのである。  

こうして、未来の情報通信システムは、高度のインテリジェンスをもったコンピューター端末のローカルなネットワーク (イーサーネット) が、さらに広域的に連結された形のもの (インターネット) になるだろう。そこでは、あらゆる情報は−−おそらくある指定された範囲の受信者だけが解読できるような形に暗号化された上で−−情報の海に投げ込まれることになるだろう。そして、インテリジェントな端末は、海岸に打ち寄せてくるあらゆる情報をスキャンして、その中から、自分にとって意味のあるものだけを拾いだすことになるだろう。それは、ある意味では、想像を絶するほどにムダが多く非効率な情報通信システムなのだが、スイッチも帯域も周波数もタダ同然の世界では、そのようなムダは問題にならない。それよりも、それによってシステムの "分権性" あるいは "民主性" が万人のものとなることに、はるかに高い価値がおかれるのである。

つまり、そこでは、あらゆる人々が、そうした個人用情報処理支援装置−−ギルダーのいう "テレピューター" −−を使って、情報の創造、伝達、入手を、自由にまた主体的に行うことができるようになる。そこに生まれるのは、今日のテレビに代表されるような、マス・メディアが提供する画一的で低俗な情報を、人々が受動的に入手して楽しんでいた20世紀の情報生活とは、質的に異なる情報生活のスタイルなのである。  

ギルダーによれば、アメリカの情報通信産業、とりわけコンピューター産業は、80年代後半の不況から立ち直る過程で、このような技術革新とそれにもとづく産業的な突破の可能性を自らのものとし、今や全力をあげて新しい情報通信システムの建設に向かって驀進している。アメリカは再び技術的なリーダーシップを、未来ビジョンの面でのリーダーシップと共に、取り戻したのである。それに引換え、日本やヨーロッパはこの新しい流れから大きく取り残されてしまった。また、アメリカの政府は、こうした流れが必然であることに遅まきながら気づき、新しい時代の暁を告知する声を、鶏よろしくあげているにすぎないのであって、変化の真の担い手は、個人や企業なのである。  

情報化の新パラダイム  

つぎに、われわれの解釈による情報化の新しいパラダイムについてのべてみよう。それは、二つある。その一つは、産業化の歴史の中での現代の位置づけにかかわるものであって、その一例としては、公文俊平と村上泰亮による産業社会の百年周期の発展段階論 (19世紀システム→20世紀システム→21世紀システム) がある。いま一つは、新しいコミュニケーション・メディアの性格に関するものであって、その一例としては公文のグループ・メディア論がある。  

まず、産業社会の発展段階論の大枠を紹介してみよう。それは、次の五つの仮説的命題から構成されている。

  1. 産業社会の発展は、19世紀システム(1775 〜1875) 、20世紀システム(1875 〜1975) 、21世紀システム(1975 〜) の三つの段階にわけてみることができる、
  2. それぞれの百年期には、約50年の周期をもつ二度のコンドラティエフ長波がふくまれる、
  3. それぞれの百年期は、約25年にわたって続く、コンドラティエフ長波の下降期からはじまる、
  4. 長波の下降期には、次の上昇期に発展する新産業のための基本的な技術の開発と並んで、新産業が提供する新しい商品のための市場の拡大深化に資するような、産業にとっての "ネットワーク" 型のインフラストラクチャーの技術革新がおこる。19世紀システムでは運河網 (第一下降期) と鉄道・電信網 (第二下降期) が、20世紀システムでは送電網や電話網 (第一下降期) と自動車道路・空路網や放送網 (第二下降期) が、それにあたる。21世紀システムの長波の第一下降期−−つまり現在−−には、ギルダーのビジョンにあったようなコンピューター・ネットワークが、世界中に張りめぐらされるだろう、
  5. 長波の上昇期には、新しいインフラによって拡大が可能になった市場の需要をみたす、新しい産業が発展する。19世紀システムでは綿工業や製鉄業 (第一上昇期) と製鋼業や鉄道業 (第二上昇期) が、20世紀システムでは重化学工業 (第一上昇期) と自動車や家電などの耐久消費財製造業 (第二上昇期) が、それにあたる。21世紀システムの第一上昇期には、マルチメディア型の情報産業が発展しそうである。
 

19世紀システムと20世紀システムの下での産業の発展は、物質とエネルギーの処理をめぐって進んだ。他方、20世紀の終わりにあたる現在では、産業化がはじまって以来恐らく三度目といってよい大きな技術革新の波が到来しつつある。産業社会は、まだまだ終わったわけではないのである。この "第三次産業革命" の中心は、いうまでもなく、 "情報技術 (IT=Information Technology)"の革新、とりわけ情報処理の "機械化" にある。今日では情報あるいは知識は、資本や労働あるいはエネルギーにならぶ、いやそれ以上に重要な生産要素として広くみとめられるようになっている( "産業の情報化" )。

機械化と並んで産業化の第二の側面をなしている "サービス化=他の主体による行為の代行" は、生産・所有の代行からさらに使用の代行に及ぼうとしている。機械の使用の代行は、ハイヤー・タクシー業や外食産業、あるいは教育産業などの形では20世紀にも見られたが、21世紀にはその規模や範囲はさらに拡大し、なかんずく情報処理のあらゆる側面にまでわたるようになっていくだろう( "情報の産業化" )。こうして、21世紀システムの主導産業が各種の情報サービス産業となることは、まず確実だろう。

しかしそのためには、その前提として、世界中のコンピューターを互いに連結する情報通信のネットワークが構築されなければならない。より具体的にいえば、 "グローバル情報インフラストラクチャー(GII)"として機能する高速大容量のデジタル通信路とその端末とが、光ファイバーや無線通信システムおよび高度にインテリジェントな情報処理端末の形で建設される必要がある。またそれにならんで、その上で提供される各種の基本的な情報サービス−−電子メール、ファイル転送、リモート・ログイン等−−も用意される必要がある。

現在、つまり1980年代から1990年代にかけての時代は、上述のような産業化の21世紀システムへの移行がはじまってまだ間もない時代であって、21世紀システムの前半の突破段階をおおうコンドラティエフの波は、依然としてその下降期にあると思われる。その意味では、世界経済が長期不況過程からなかなか抜け出せないでいるのは、やむをえないことではないだろうか。

次に、新しいコミュニケーション・メディアとしての "グループ・メディア" 論を紹介しておこう。

これまでは、コミュニケーションといえば、パーソナルなものかマス(大衆)を対象とするものかのいずれかだと考えられていた。すなわち、コミュニケーションは、その機能によって、パーソナル・コミュニケーションとマス・コミュニケーションとに大別されていた。同様に、コミュニケーションのそれぞれの機能を実現する手段となるいわゆる "コミュニケーション・メディア" についても、どのコミュニケーション機能にとってのメディアとなっているかに着目して、これを "マス・メディア" (新聞・雑誌・ラジオ・テレビなど)と "パーソナル・メディア" (手紙や電話・電報など)に分類する二分法が、ひろく採用されてきた。  

近代産業社会は、とりわけ、それが生みだした電気通信 (テレコム) 産業は、パーソナル・コミュニケーションとマス・コミュニケーションのそれぞれに対して、強力な特化型のメディアを提供してくれた。パーソナル・メディアとしての電話と、マス・メディアとしての放送 (ラジオ、テレビ) がそれであった。しかし、いうまでもないことだが、マス・メディア、とりわけ電気通信系のそれを発信者として利用できるのは、例外的な少数者に限られていた。近年では、技術的には、比較的安い費用で放送局を開設することが可能になったといわれるが、電波の使用に関しては制度的にきびしい規制が課せられているので、誰でも自由に放送するわけにはいかない。したがって、一般大衆(マス)にとっては、ごく最近まで、発信者として利用できるメディアは、事実上パーソナル・メディアに限られていたといえよう。そして、パーソナル・メディアに特化した電話を、マス・メディア (ないし後述するグループ・メディア) として利用することは、事実上不可能であった。

ところで人間は、本来集団生活を営んでいる。その意味では、集団、すなわち "グループ" (の諸成員) を対象とするコミュニケーションへのニーズは、ほとんど人類の歴史と共に古かったと思われる。グループの範囲が小さくて固定的である間は、そのためのメディアとしては、広場で大声で話すとか、掲示文を紙に書いて張り出すといった、比較的単純なもので足りただろう。しかし、近代文明のように、人々の交流の範囲や規模が大きくなり、グループへの所属あるいは関与もますます多様になってくるようになると、その種のコミュニケーションへのニーズはさらに大きくなり、それを満たすためのメディアも、より高度で効率的なものが要求されるにいたったはずである。しかし、残念なことに、近代産業技術は、これまでのところ、そうしたニーズを満たしてくれるような便利なメディアは、生みだしてこなかった。そういうわけで、機械化の進んだ近代産業社会に生きているとはいいながら、その中のほとんどのひとびとにとっては、これまでは、不特定多数どころか、100人とか1000人といった比較的限られた数の相手に対してさえ、情報を発信するのは容易なわざではなかった。年賀状や転居通知の印刷のように、あるいは、サークルのニュース・レターやビラ配りのように、印刷所に印刷を依頼したり、自分でガリ版を切ったりして、印刷された文書を郵送するか個別に配付してまわるかするのが、せきのやまだった。コピー機械の登場は、個人による情報発信の地平を大きくひろげるものではあったけれども、まだまだその費用は高く、使える範囲も限られていた。普通の人が、自分の意見や作品を不特定多数の人々に広く知らせることは、まず不可能であった。論文や著書を出版するわけにもいかず、新聞や雑誌に投書してみたところで採用される確率はごく低く、ラジオやテレビにスター、タレントとして出演することなど、夢というほかなかった。

ようやくごく近年になって、コンピューターのパーソナル化とネットワーク化が進展するに伴って、グループを対象とするコミュニケーション、つまり "グループ・コミュニケーション" のための便利なメディア−−コンピューター・ネットワーク−−が、生まれてきた。それによって、誰でも、特定の(あるいは場合によっては不特定の)多数者とはいえないまでも "中数" 者に対して、いっせいに同一のメールをおくったり、自分の意見や作品を発表したりすることができるようになった。

そうなってくると、 "グループ・コミュニケーション" に、これまでの "パーソナル・コミュニケーション" と "マス・コミュニケーション" にならぶ、コミュニケーションの第三の主要な機能としての地位を与えても、別におかしくはなかろう。また、そのためのメディアとなるコンピューター・ネットワークのことは、 "グループ・メディア" とよぶのが適切だろう。なお、ここで、 "グループ" ということばを冠する理由は、この新しいコミュニケーションの主体とも対象ともなるのは、事前にある程度特定された(たとえば、会費をはらい、IDをもらってあるネットのメンバーとなるような形で)中程度の規模のひとびとの集団だからである。とはいえ、ここでいう "グループ" の範囲自体は、その時々に変化してもさしつかえない。たとえば、ある個人あるいはグループが、それぞれ違った人々−−一部に重複があることは、もちろん差支えないが−−をそのメンバーとしてふくむ、複数の "メーリング・リスト" をもっていて、どれかのリストを対象として、ある特定のメッセージを同報発信するといったケースがそれである。また、より極端な場合には、発信者は、自分のメッセージの内容を、不特定多数のあらゆる相手に公開することができる。すなわち、放送のような形でそれを発信することもできれば、それをファイルにして自分のコンピューターの中のある特定の場所においておいて、誰でもそれを取りにきてもよいようにしておくこともできる。逆の極端の場合には、受信の資格がある人をある特定の個人に限定することもできる。すなわち、その人に直接送りつけることもできれば、通信自体は暗号化した上で万人に発信しておいて、特定の鍵を持っている人だけがその内容を解読できるようにすることも、やがては、できるようになるだろう。(ちなみに、この後者の方式が実用化すれば、誰が何時誰に対して何を発信したかを特定することは、事実上不可能になり、コミュニケーションのプライバシーはほぼ完璧に保たれることになるだろう。)

そうだとすれば、ここでいう "グループ" の両方の極端には、 "マス" と "パーソン" がいるというイメージをもつことができる。そして、 "グループ" にすべての人がふくまれる場合には、グループ・コミュニケーションは事実上マス・コミュニケーションになり、他方 "グループ" にある特定の一人しかふくまれない場合には、グループ・コミュニケーションは事実上パーソナル・コミュニケーションになってしまうだろう。そして、十分柔軟な "グループ・メディア" であれば、それは同時に、 "マス・メディア" としても "パーソナル・メディア" としても十分利用に耐えるような、一種の "万能メディア" として機能することになるだろう。いいかえれば、強力でしかも安価なグループ・メディアの発達によって、既存のパーソナル・メディアやマス・メディアが、代替・吸収されていってしまう可能性が考えられるようになったのである。それが、今日一部で言われている "電話やテレビの終わり" ということの、また "通信と放送の融合" ということの、実質的な意味なのではないだろうか。そうした展開は、既存のメディアの発展の延長線上に生ずることではない。ここで述べたような意味でのコミュニケーション・メディアの "パラダイム・チェンジ" の結果として、新しいタイプのメディア (グループ・メディア) が生まれ、それが他のタイプのメディア (電話や放送) を呑みこんでしまう形で生ずるのである。

ただし、いうまでもないが、そのことは、パーソナル・コミュニケーションやマス・コミュニケーションのニーズそのものがなくなることを意味するものでは全くない。それらのニーズを満たすために、特化したメディアを利用する必要がなくなるということにすぎない。また、そのことは、経営体としての既存の電話会社や放送会社が死滅する運命にあることを意味するものでもない。既存の "メディア" が駆逐されることは、ただちに既存の経営体が駆逐されることを意味しない。既存の経営体にとっては、自分自身を進化させ再生させていく道は、常に開かれているからである。

近年急速に普及し始めたグループ・メディアの顕著な特徴は、それが "自立分散" 型のメディアだというところにある。すなわち、このメディアは、それぞれが高度の自立的な情報処理能力("インテリジェンス")をもつ各人あるいは各グループが、自分たちの情報や情報処理資源を互いにもちよってつなぎあわせてネットワークをつくることで生まれるメディアであって、一個の "センター" による集中的な管理・統制は、不要あるいはそもそも不可能である。したがって、グループ・メディアは、 "インテリジェンス" は "端末" に宿り、情報はシステム全体に分散している、というアーキテクチャーをとることが最もふさわしい。

もちろん、実際問題としては、巨大なネットワークの構築・運営にさいしては、なんらかの "階層構造" を導入することは、ほとんど不可避だろう。多少とも大きなシステムにあっては、その各部分の間の完全な平等は、望むべくもないのである。しかし、グループ・メディアに見られる、高度の自立性をもったその個々の部分が、互いに自分の資源をもちよることによってシステムを作りあげているばかりか、自由にシステムから出入りできるという特徴の重要性は、いくら強調してもよいだろう。新たな参加者は、自分の資源をネットワークに提供することによって、ネットワーク全体の資源の豊富化に貢献しているのであり、コミュニケーション・メディアとしてのネットワークの本来の利点は、全体としての参加者が多くなればなるほど、個々の参加者にとってのネットワークの便益が増大する点にある。加入者の増大によって通信幹線が混雑するという問題には、費用負担の適正配分という問題を含めて、別途対処していけばよいのである。光ファイバー技術の発達が、グループ・メディアにとっての事実上無制限の通信容量の増大を、比較的安価な費用で実現する可能性をもたらしてくれていることを思えば、加入者の増大を心配する議論は、本末転倒だといわなければならない。

インターネット

上に述べたようなグループ・メディアの、もっとも典型的なものは、世界経済が長期不況に低迷する中で、一九八八年以来、年々倍増する勢いで "爆発的" に成長している "インターネット" である。 "インターネット" とは、最も広義には、コンピューターの "ネットワークのネットワーク" つまり、局所的に相互に連結されたコンピューター群(LAN) が、さらに広域的にも連結されたもの(WAN) をさす。  

このインターネットは、一九六九年、アメリカの国防総省が、全国にちらばる大型コンピューターを高速の通信回線で結んで(ARPANET) 、稀少な計算機資源の有効利用をはかろうとした時に誕生した。しかし、実際に使われ始めてみると、計算機資源の利用もさることながら、当初は副次的なサービスとみなされていた研究者相互間のコミュニケーションのためのメディアとしての有用性が極めて高いことが、ただちに明らかになった。やがて、インターネットは、全米のコンピューター科学研究者のためのネットワーク(CSNET) として発展し、さらに全米科学財団の支援をえて、多様な専門分野にわたる研究・教育機関に拡大(NSFNET)していった。当初は、その使用は研究目的に限定されていたが、次第にその制限が緩和され、さらに企業や一般市民に商業的にインターネット・サービスを提供する企業も出現して、これらの商業ネットとの相互接続、あるいは商業ネット間の相互接続も行われるようになった。とりわけ、昨年の夏以来、インターネットは、研究・教育機関以外の広汎な企業や団体、あるいは個人も利用するメディアとして、拡大・進化しつつある。現在みられるような爆発的成長が今後も続くとすれば、このインターネットは、もう十年か十五年もすれば、地球上を覆いつくしてしまうだろう。ある予測によれば、来世紀の初めですでに、インターネットを利用している人の数は十億人前後に、インターネットにつながっているコンピューターの数は−−一人が何台もの端末を使うようになると考えられるので−−数十億台に、なっているだろうという。

インターネットの運営の世話役的な役割を果たしているのは、昨年設立された国際団体としての "インターネット協会" である。いわゆる "ザ・インターネット" すなわち狭義のインターネットは、広義のインターネットの中で、この協会の指導下にあって、共通のアドレス体系をもち、相互に交信可能な通信プロトコルによって結ばれている部分をさしている。ザ・インターネットの規模は、今年の半ばで、ネットワーク数にして一万数千、コンピューター数にして百数十万、ユーザー数にして約一千万、電子メールの到達可能な国の数は百二十数ケ国、といったところだろうと見積もられている。 (日本でのインターネットの普及度は、絶対数でいえば必ずしも少なくはないが、一人当たりGNPに対する割合としては、他の先進産業諸国の十分の一といった "異常" に低い水準にとどまっている。)

ところで、すでに述べたように、アメリカでは、ブッシュ政権が推進したスーパーコンピューターの開発とネットワーク化を推進するための "高性能コンピューティング・コミュニケーション計画(HPCC)" は、クリントン=ゴア新政権の下で、高度な研究教育機関だけでなく、学校や図書館、病院や企業、政府機関から一般市民の手にあるすべてのパソコンやワークステーションを相互に連結する "全国情報インフラストラクチャー(NII)"の整備計画に変貌しつつある。しかも、最近成立した "全国情報インフラ法" の中では、NII の中核部分に "インターネット" が位置することが当然だとされている。それにともなって、各種の情報通信産業は、まずこのNII の内容を自分の陣営−− "ビデオ・ダイヤルトーン" 、 "インターアクティブ・テレビ" 、 "パーソナル・コミュニケーション・サービシズ" 等々−−に引き寄せて解釈すべく鎬をけずる一方で、さまざまな合従連衡によって、インターネット自体の未開の沃野にも進出する手をうちはじめたようにみえる。たとえばケーブルテレビ会社の一部は、自己の所有する回線を利用して、インターネットへの接続サービスを提供しようとしている。  

もちろん、そのような動きを警戒し批判する声もある。大学や研究所の一部の人々からは、インターネットの "商業化=有料化" によって、コンピューター・ネットワークの "自由な" 利用ができなくなるのではないかという懸念が表明されている。図書館や学校の関係者の中にも、市場の役割が前面に出すぎることを警戒する声がある。また、市民の一部からは、コンピューター・ネットワークのような高度な通信機能は一部の研究教育エリートや大企業のためのものであって、一般市民には在来の電話があれば足りる。したがって、情報インフラの建設費用負担を、電話料金や税金の引上げという形で一般市民に押しつけることには反対だという意見も出されている。しかし、世論の大勢は、情報インフラは二一世紀のアメリカ経済の国際競争力の回復にとっての必須の手段となる、という大義名分を支持する方向に動いている。  

情報インフラのなかでも、とりわけインターネットは、単なる技術や産業以上のものである。それは、同時に社会思想として、社会運動としての側面をもっている。ことによるとそれは、かつての "共産主義" イデオロギーに代わって、二一世紀の "近代情報文明" の構築を主導する強力な社会思想・社会運動として発展していくのかもしれない。『ザ・エコノミスト』誌、の含蓄の深い表現を借りていえば、21世紀は、 "万国の労働者が団結" するかわりに、 "万国のコンピューターが連結" する時代になる可能性が強いのである。その意味では、ヴィントン・サーフ会長の率いる "インターネット協会" こそ、二一世紀の "ザ・インターナショナル" 、いや "ザ・グローバル" になるのかもしれない。

インターネットの一員となっているコンピューターもしくはLANは、原則として二四時間つねにネットワークに接続している。各人が、自分の手元にあるコンピューター−−卓上型でも携帯型でも何でもよいが−−から発信する情報には、 "ヘッダー" とよばれる部分がついていて、そこに情報の受け取り相手が指定されている。受け取り相手としては、特定の個人を指定することもできれば、あらかじめ範囲が定められたなんらかのグループを指定することもできる。いくつもの "パケット" に分割されて発信された情報は、 "ルーター" とよばれる一種の交換装置を次々と経由して、ネットワークの中を流れて行き、受け取り相手に届いたところで、もとの形に組み立て直されるのである。

今回の調査を担当した国際大学のグローバル・コミュニケーション・センターでは、1993年の初めから、このインターネットに所内のLANが接続したが、使いだしてみると、たしかにこれほど便利といえば便利なものはない。電子メールを送りあうだけでなく、地球の裏側のコンピューターにはいっていって、その中の文書を読みだしたり、そこに書きこんだりすることもできる。また、あちこちのコンピューターに分散している多数のデータベースを自動的に検索して、自分の欲しい情報や文献を探してくることもできる。何よりありがたいのは、世界に対して何かを発信したい、たとえば自分の書いた作品をみてもらいたいといった時に、いちいちそれを多くの人に送りつけなくても、自分のコンピューターの中の公開ファイルにいれておけばたりることである。あるいは、これこれのコンピューターのどこそこの場所に、かくかくしかじかのファイルを置いてありますよ、という情報さえ発信しておけば、みたい人は自分で取りにきてくれることが期待できるのである。といった具合で、私たちは、今では、インターネットなしの "グローバル・コミュニケーション" なんて考えられないなあ、と言いあうようになってしまった。

もちろん、インターネットはまだまだ発展途上にあるメディアである。インターネットを通じて送受信できるものは、今のところ通常の文書かあるいはコンピューターのプログラムのような "バイナリー・ファイル" が中心だが、しだいに音声や画像、さらには動画も送れるようになりつつある。いわゆる "マルチメディア" の通信が可能になろうとしているのである。しかも、通信の速度や容量は年々増加の一途を辿っている。逆にその費用の方は、減少する一方である。また、いわゆる情報の処理と通信は、ますます一体化しつつある。たとえば、ある人が何か文章を書こうとして、そのための資料を自分のオフィスの中のコンピューターのハードディスクから取りだすのも、海の向こうの図書館のデータベースから取りだすのも、手間としてはほとんど変わらない。同様に、書きアげた文章を、私の机上のコンピューターにしまうのも、何千キロも離れた同僚(たち)のコンピューター(複数の)に送るのも、ほとんど同じ手順でできるのである。  

もっとも、現在のインターネットは、まだまだ市民なら誰でも使えるやさしいメディアだとは言いがたい。とくに、ワークステーションを直接駆使して通信や情報処理を行おうとすれば、相当の予備知識や熟練を必要とする。 "文科系" −−文科系にも例外は多々あろうが−−の多くの人々にとっては、今のワークステーションを使いこなすことは、ほとんど思案の外である。しかし、パソコンをインターネットの端末として利用するための、ユーザーにやさしいソフトウエアが、今どんどん開発されつつある。恐らくそう遠くない将来に、文字通り誰でも使えるハードとソフトの組み合わせが入手可能になるだろう。  

インターネット型のグループ・メディアを現在のところ市民一般の利用から遠ざけているもう一つの原因は、値段である。とりわけ日本の場合、端末のハードやソフトの値段の高さもさることながら、専用線の設置や利用の費用、あるいは公衆電話回線から接続する場合の通信費用の高さである。インターネットの場合、先にものべたように、二四時間いつでもつながっているところに、基本的な利点がある。また、自宅やオフィスにいなくても、必要とあればどこからでも接続できる(たとえばどこかのコンピューターを呼びだせる)ところが値打ちなのである。  

もう一つの問題は、これも日本の場合がとりわけ深刻なのだが、インターネットの利用が "研究" 目的に限られがちなことである。学術研究の支援になるといった名目がつけられる企業の場合はともかく、一般市民の場合には、このような用途の限定は、理由が何であれ、グループ・メディアの利用にとっての大きな障害とならざるをえない。  

こうしたさまざまな問題が解決されて、どこでも、誰でも、いつでも、グループ・メディアが利用できる日が一日でも早くきてほしいものである。恐らく現時点で決定的に重要なのは、高度な通信技術やネットワークの研究開発もさることながら、現在利用できる技術をもとにして、大学や研究所だけでなく、あらゆる個人や集団が容易に利用できる低コストのグループ・メディアを全国に展開し、その利用を普及させることだろう。そのためには、国家レベルよりもむしろ地方自治体レベルでの、官民協働した "コミュニティ・ネットワーク" 構築の工夫と努力が、特に望まれる。  

NIRAとインターネット  

以上に略述したような産業社会の21世紀システムへの転換と、グループ・メディアの普及とが始まった今日の状況を考えるならば、情報や知識の収集・加工・発信に特化した集団であるシンクタンクにとって、インターネットへの参加とその活用がいかに有効であるかは、あらためていうまでもないことであろう。事実、後述するシンクタンク・ネットワーク調査の示すところでは、世界中の少なからぬシンクタンクは、グループ・メディア、とりわけインターネット型のメディアの効用に気づき始めているのである。

ましていわんや、 "シンクタンクのシンクタンク" あるいは "シンクタンクの世話役" としての役割を果たすことをその使命としている NIRA にとっては、インターネットは、願ってもない文明の利器としての機能を発揮してくれるだろう。産業化の20世紀システムでの最大の成功者であった日本は、21世紀システムへの移行にあたっては、より積極的な先導者としての役割を果たすべきだと思われるが、これまでのところ、アメリカに比べて、情報インフラの建設や高度情報技術の革新の面での立ち遅れが目立っている。ジョージ・ギルダーの判断では、日本は1970年代の後半から1980年代の前半にかけて、CMOS技術の開発でアメリカに一歩先んずることに成功していたのだが、1980年代の後半には、再びアメリカに追いつかれてしまった。1980年代後半のアメリカは、高度なMPU の開発、およびコンピューターのダウンサイジングとネットワーキングにおいて、完全に世界を凌駕したのである。アメリカはまた、インターネットのようなグループ・メディアを利用した情報発信においても、世界の先頭を切っている。1993年のインターネット協会の世界大会は、情報技術の面でのアメリカの知的覇権の確立をまざまざと示すイベントであった。90カ国にのぼる多数の国々からの参加者の間には、アメリカの覇権を容認するばかりか歓迎する雰囲気が強かったのである。それにひきかえ、日本の立ち遅れは、 "ジャパニーズ・アノマリー" と呼ばれるインターネット普及の相対的な遅れ−−一人あたりGNP の大きさから予想される普及率の1/10でしかない−−はもちろん、ネットワーキングの技術においても、情報の発信機能においても、不十分極まるものがある。とりわけ、インターネットが英語を共通語として急速に発展しているという事実は、十分な注目と反省に値する。

だがそれにしても、インターネットは、日本にとって、情報発信面でのギャップの解消に役立つ、重要な手段となる可能性をもっている。NIRAが、創立20周年を契機として、既存のメディアに頼るだけでなく、この新しいコミュニケーション・メディアをもフルに活用した情報のグローバルな発信と収集の仕組みを確立運用していくのは、極めて望ましいことである。