1993年10月18日
ここで、 "文明" とは、「 "文化" を設計原理としながら、環境要因やその他のさまざまな要因の影響もうけつつ意識的に形づくられる、精神・物質の両面にわたる人間の社会生活パターンの複合体」のことをいう。そして、 "文化" とは、「社会の成員の間でほとんどそれと意識されないままに学習・適用・伝達されていく、人間のさまざまな行為の採用原理の、ひいては文明の設計原理の、複合体」をさす、と定義しておきたい。
この意味での文明は、文化ほどではないにしても、相対的に安定していると同時に、文化よりははるかに早く、時間的な変化をとげていく傾向があるだろう。また、多くの人がみとめるように、特定の思想、技術、制度、財、などのような個々の文明要素は−−文化の個々の要素よりもはるかに容易に−−社会から社会に伝播しうるだろう。つまり、文明は、ある時期にある社会に発生して、その中で、時間の経過とともにさまざまに変化する、とりわけ成長・発展したり、成熟・停滞したり、衰退・死滅したりする、という言いかたができるだろう。
人類史の中にこれまで出現した文明は、大別すると "包括型" と "限定型" の文明に分けられそうだ。 "包括型" の文明とは、さまざまな個別の集団のメンバーシップの境界や、さまざまな個別の思想・イデオロギーのあいだの境界をいわば融かしてしまって、より包括的で普遍的な集団や思想体系に統合しようとするような、文明設計原理、つまり "文化" に立脚している文明のことをいう。そこでは、ある極限にまで追求された反省的思考の成果が、普遍化されたイデオロギー体系の出発点をなす。したがって、そこでの社会変化過程は、外からの観察者にとってはともかく、少なくともその社会自身のメンバーにとっては、過去の "黄金時代" に達成された完全な統合 (帝国形成) や、過去の "聖賢" や "救世主" に発見もしくは啓示された究極的・絶対的な真理 (聖書や教典) からの、乖離、退歩、衰退、堕落の過程でしかありえない。つまり、そこには主観的あるいは規範的な意味での社会や知識の "進歩" や "発展" はありえず、 "革新" といっても、それは過去には実現されていたが今では見うしなわれてしまった本道への復古・回帰の主張でしかないことになる。したがって、包括志向型の文明−−包括型の文化を基盤とする文明−−は、空間的には統合を志向すると同時に、時間的には過去を志向する、あるいは過去のある時点に準拠点をもとめつつ将来にわたってはその水準の存続、もしくはその水準の回復を志向する、存続志向型の文明でもあるということができる。
これに対し、 "限定型" の文明は、既成の包括的な集団から分離・自立した独自の集団をまず形成したり、既成の普遍的イデオロギーに対抗して、より特殊化された原理にもとづく信念・知識体系をまず構築したりしていこうとするような、 "文化" に立脚している文明である。社会変化が、その社会のメンバーの間では、 "暗黒" で "野蛮" で "貧しい" 過去から "明るく" て "開化" された "豊かな" 未来にむかう不断の進歩・発展の過程として意識されるのは、この限定型の文明にみられる特徴である。つまり、限定型の文明は、空間的には自分自身の限定・分離・独立(そしてそれを前提とした自己拡大)を志向すると同時に、時間的には無限の未来に向かっての社会の発展、とりわけ知識や技術の進歩を志向する型の文明でもあるということができる。
上の意味での包括・存続志向型の文明の代表例が、私のいう宗教文明−−古典古代文明、あるいは後期農耕・牧畜文明という呼びかたもできるだろう−−である。他方、限定・発展志向型の文明の代表例が、近代文明に他ならない。近代文明は、古代の宗教文明の周辺に生まれ、軍事、産業、情報の技術の革新 (軍事化、産業化、情報化) をもたらしながら、今日まで発展してきた。それぞれの技術革新の主たる担い手であり同時に利用主体でもあったのは、軍事化の場合は主権国家、産業化の場合は産業企業であった。そして、今日進行中の "情報革命" の主なエージェントは、第三のタイプの社会的主体として出現しつつある情報智業であろう。その意味では、近代文明は、 "初期軍事・産業・情報文明" と呼ぶこともできるだろう。
近代文明の三つの発展局面において、発展の主たるエージェントとなった諸主体は、 "社会ゲーム" とでも呼ぶことのできる競争を展開してきた。主権国家は、国家主権の観念を神聖視しつつ、国際社会という場(arena) で、一般的な脅迫・強制力にあたる "威" の増進と発揚をめぐって競争してきた。産業企業は、私有財産権の観念を神聖視しつつ、世界市場という場で、一般的な取引・搾取力にあたる "富" の蓄積と誇示をめぐって競争してきた。そして今、情報智業が、情報権 (情報的セキュリティー、プライオリティー、プライバシーなどの権利からなる) の観念を神聖視しつつ、地球智場という場で、一般的な説得・誘導力にあたる "智" の入手と表現をめぐって競争し始めている。
現時点での近代文明の歴史的位置は、次のように、要約できるだろう。
第一。威のゲームは社会ゲームとしての正統性を失ってしまった。いいかえれば、侵略戦争は正義とは認められなくなった。もちろん、だからといって武力の行使や紛争一般が、この地球上から消滅するとは考えられない。しかし、独立の主権国家が、領土や植民地の獲得をめぐって互いに戦争し、その成果を外交場裡で他国に評価、承認させることで、国威を増進しようという行動様式は、少なくとも普遍的な規範としては、もはや過去のものとなったといってよいだろう。
第二。しかし、富のゲームは、まだ世界的な正統性を失っていない。それどころか、産業社会は、19世紀の軽工業化、20世紀の重化学工業化に続く、21世紀の情報産業化の段階に向かって、いっそうの発展をとげようとしている。コンドラティエフ長波の下降期にあたる20世紀の第四四半期にとっての歴史的課題は、マルチメディア産業が主導する情報産業化に向けての突破を準備する一連の情報技術の革新 (George Gilder のいう "マイクロコズム" と "テレコズム" の技術革新) の推進と、未来の産業のための "グローバルな情報インフラ(GII)"の構築にある。産業化は、その発展の第三段階に入ろうとしているのである。
第三。同時に新しい社会ゲームとしての "智のゲーム" のプレヤーたちも、地球上のあちこちに出現し、活発な競争を開始しつつある。コンピューター産業での革新の担い手の少なからぬ部分は、企業家というよりは、智業家と呼ぶ方が適切な人々である。シェアウェアーあるいはフリーウェアーとしてのソフトウエアの配付方式や、 "ネットワーク・パブリッシング" と呼ばれる出版方式は、商品の "販売" の手段というよりは、情報や智識の "普及" の手段と解釈する方が、より理解しやすい。実際、近年爆発的に成長している、世界のコンピューターの "ネットワークのネットワーク" としての "インターネット" は、産業のためというよりは智業のための情報インフラの性格をより顕著に示している。近代文明は、その発展の第三局面(情報化の局面)に入ろうとしているのである。
第四。だが、より長期的にみるならば、近代文明は、今や、さまざまな面でその "発展の限界" に直面しつつあることも否定しがたい。近代文明はついに、この地球上のすべてをおおいつくすことはできなかった。とりわけ、宗教文明を近代文明に転換させることには、ほとんど失敗した。今から考えると、 "社会主義" とは、中国やスラブの宗教文明が、近代文明の用語を借りて行おうとした "復古" の試みにすぎなかったようだ。それは、 "ルネサンス" が、近代文明が宗教文明の用語を借りて行おうとした "発展" の試みであったのと似ている。だが、社会主義化は、軍事化の面ではともかく、産業化の面では不十分な成果しかあげることができず、情報化の面では決定的に挫折してしまった。今日、宗教文明の中で勢いを得つつある "原理主義" は、宗教文明本来の原理に立ち戻った復古の試みだといえよう。その意味では、今日の近代文明は、異種の文明、とりわけ宗教文明との長期的な共存を考えざるをえなくなったのである。そればかりではない。環境・資源問題が示しているとおり、近代文明は、それ自身の発展の限界をも自覚せざるをえなくなっている。近代文明を支えてきた、 "無限の発展" への信念は、確実な根拠をもつものではなかったし、「普遍的な文明が存在する」という信念にいたっては、サミュエル・ハンティントンも認めているように、もともと "西欧的思考" にすぎなかったのである。近代文明は、包括・存続志向型の文明に転換しないかぎり、早晩没落せざるをえないだろう。
私が "近代文明の西太平洋分肢" と呼んだ文明、すなわち日本やNIES、ASEAN諸国の文明を、西欧や北米の文明と同種の文明とみなすことが適切かどうかについては、異論をもつ人もいるだろう。しかし、近代文明の根幹をなす文化要素、すなわち、自己限定とspecializationを通じて発展を実現することが可能だという信念にたって、自らの文明を設計していこうとする原理を、西欧や北米と通有(share) しているという限りでは、これらの地域の文明は、近代文明群の一部に数えてよいと私は思う。もちろん、それ以外の文化要素の面で、また文明として表現された個別の諸要素の面で、さまざまな差異があることは当然だが、それらは副次的な差異にとどまる。そうだとすれば、いわゆる "文明間の衝突" について考える場合も、それが、
近代文明の諸分肢 (あるいは各分肢のなかの諸亜肢) の間で、私が上に要約したような発展の先頭にたっているのは、いうまでもなく新大陸分肢 (なかでも米国亜肢) である。とりわけ米国は、近代文明の発展の限界についての尖鋭な自覚をもつ一方で、近代文明をいっそう発展させる努力をも怠っていない。米国は、産業化の第三段階への移行においても、近代化の第三局面への移行においても、共に世界にさきがけている。なによりも、情報技術の革新とグローバルな情報インフラの構築の面で、冷戦後の米国は、世界のリーダーシップを確立したということができる。私は、この夏、サンフランシスコで開催されたインターネット協会の大会に参加し、引き続いてINTEROP のエグジビションを見る機会をえた時、そのことをあらためて痛感させられた。第二次世界大戦の後で、日本は米国の科学技術と物的生産力に敗れたという教訓を (過剰?)学習したが、それと似たような意味で、旧ソ連圏の諸国は、米国の情報技術と知的生産力に敗れたという教訓を、今噛みしめているのではないだろうか。むしろ、日本や西欧諸国の方に、その自覚が足りないのかもしれない。
しかも、米国は、近代文明の他の分肢が発展させた文明要素を再解釈し学習する能力がある。たとえば、米国の企業のいくつかは、日本の工業生産のシステムを分析して、lean production や concurrent engineering として再定式化された方式を、急速かつ真剣に取り入れた。あるいは、Hewlett-Packard の John Young 前会長のように、シンガポールの情報技術の応用の仕方をモデルとして、シリコン・バレーの "スマート・バレー" 化計画を進めようとする人も現れている。同様な模倣ないし学習の努力は、やがては近代文明の他の分肢によっても大々的に行われるようになっていくだろう。私は、そのような近代文明内部での相互模倣・学習と協力的競争の試みのことを、co-emulationと呼びたい。そして、近代文明の文明内関係の基調としては、短期的にはともかく、中長期的には、co-emulationが支配的になるものと予想している。なぜならば、威のゲームに比べて、富のゲームは positive-sum gameの性格が強いが、智のゲームになるとさらにその特長が強くなると思われるからである。
それでは、近代文明対宗教文明の今後の相互関係としては、どのような形のものが望ましいだろうか。近代文明が早晩、既存の宗教文明よりもよりいっそう広範な包括とより長期の存続を志向するタイプの文明に転換していかざるをえないとすれば、少なくとも近代文明の側から見るかぎり、包括・存続志向型の文明種に属する宗教文明を、近代文明よりも劣った文明だとか、共存不能な文明だとみなすいわれはないだろう。宗教文明の諸要素を近代文明がどこまで emulateすべきかどうかは別として、宗教文明が過去に達成しえた高度の包括・存続能力については、またその根幹をなす文化原理については、十分な敬意を表しつつ、反省の糧とすべきだろう。他方、宗教文明の側は、全面的な近代化や西欧化に反対するのは当然だとしても、近代文明のすべての要素を有害無益なものとして拒否するのではなしに、その一部を積極的に自らの文明の枠組みの中に取込み馴致するすべを工夫すべきではないだろうか。