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1993年10月18日

「アメリカの情報革命とハイパーネットワーク社会」

公文俊平

ハイパーネットワーク社会研究所は、近年急速に進み始めた情報革命が、日本と世界の未来にとってもつ意味の研究を、その任務としています。また、そうした研究の成果にもとづいて、じっさいに "ハイパーネットワーク社会" の名に値する社会を作り上げるための触媒にもなりたいと考えています。

私たちが何を考えているか、研究の中で何を見つけ出したか、地域のコミュニティに対してどんな提案をしようとしているか、このニューズレターは、そういった事柄について、会員の皆様とすばやい情報交流をはかるために企画しました。是非、皆様の活発なご意見をお寄せいただきたいものです。

今回は、今私たちが一番注目している、アメリカの情報化の近況についてお知らせしましょう。

このところ、アメリカには "情報革命" や "通信革命" という言葉が定着してきたようです。今年の九月十五日に発表された、クリントン=ゴア政権の "全国情報インフラの建設に関する行動予定" では、情報革命の力を広く全国民のものにすれば、人々の生活や勤労や社会関係の様式が一変してしまう、という認識がのべられています。「情報こそが力(empowerment) であり、雇用(employment)のもととなる」というわけです。そして、この情報革命の力を広く全国民のものとするための最も重要な社会的基盤となるのが、 "全国情報インフラ" だと考えられているのです。もっとも、この "情報インフラ" なるものが具体的にどんなものになるのか、どんなものを作ればよいのか、という点については、まだ十分な合意が成立しているとはいえません。それでも、ともかく何かそのようなものの建設が必要だという "総論" については、この一年足らずの間に、アメリカでは広範な合意がたちまち成立してしまいました。

この行動予定の発表にあたって行われた記者会見には、ゴア副大統領が出席して、次のように言いました。「これが現政権にとってもつ重要性については、誰も、いかなる疑念も抱くことはありません。私たちはこの全国情報インフラの建設をできる限り強力に推進しようとしています。それは、アメリカの経済的な未来にとって、死活の重要性をもっているのです。より優れた情報インフラの建設をもっとも良く行った国こそが、21世紀の世界経済で、最大の市場を支配することになるでしょう。私たちは、そのためのリーダーシップをとり、合意を形成していくつもりです。」  

新政権はその手始めに、政府部内にすでに組織されていた省庁横断的な "情報インフラ・タスクフォース" に加えて、広く国民各界の意見を聞くための諮問委員会を設置することにしました。これに呼応して、米国の産業界は、同じ九月十五日に、産学官のコンソーシアム(NIIT,全国情報インフラ・テストベッド) を発足させ、情報インフラを利用したさまざまな分野での応用実験にとりくむことにしたと発表しました。また、州や地方自治体のレベルでも、地方的な情報インフラの建設やその応用をめざした、さまざまな自発的で創造的な計画がいたることろで発表され始めています。たとえば、カリフォルニアの "シリコン・バレー" では、シンガポールの情報化の経験に学んで、この地域を "スマート・バレー" として復活させようという計画が、ヒューレット・パッカード社の前会長のジョン・ヤングさんを発起人として、進められることになりました。こうして、1970年代に始まった情報革命の流れは、いまやアメリカでは滔々たる奔流になろうとしています。

どうやら今日のアメリカは、衰退に苦しんでいるのではないようです。苦しんでいるとすれば、それは産みの苦しみであるようです。この数年の間に、アメリカは、情報技術の革新では、完全に世界の先頭を切って進んでいるという自信を強めてきています。ソ連は、情報革命の入口に立ったところで、力尽きて解体してしまいました。旧ソ連・東欧地域は、出直しの改革をしなければならなくなっていますが、過去の冷戦には、何よりも情報技術で西側、とくにアメリカに負けたのだという自覚は、驚くほど強いものがあります。それはあたかも、過去の日本が、科学技術と物量で前の戦争に負けたのだと肝に銘じ、戦後必死になってモノ作りに励んできたことを思い起こさせます。この夏のサンフランシスコのインターネット協会の世界大会に出て痛感したことですが、旧ソ連や、東欧の人々が、コンピューターやそのネットワークに注ぐまなざしの熱さには、容易ならぬものがあるように見受けられました。  

それにひきかえ、1980年代の前半には、半導体の製造技術でいったんはアメリカに迫ろうとした日本は、コンピューターのダウンサイジングとネットワーキングへの流れに乗り遅れて、再び大差をつけられてしまったようです。他方、アメリカは、情報通信技術の革新をさらにつみ重ねて現在のリードを確かなものにしていく一方で、その成果を広く国民のものにしようと、いわば一種のゆとりをもって考え始めたように思われます。

そこに出てきているのが、昔から電話などの世界にあった "ユニバーサル・サービス" という理念を、新しい状況に合わせて衣替えすべきだという考え方です。アメリカの連邦通信委員会(FCC) の新委員長予定者のリード・ハントさんは、委員長任命に先立って行われた上院での聴聞会で、自分の親たちが1930年代の大不況時代に、電話があったおかげで失業しなくてすんだという思いでを語りながら、この "新アメリカ・イデオロギー" とでもいうべき考え方を、こう要約しました。「通信革命には、ユニバーサル・サービスの新たな定義にもとづく、新たなコミットメントが伴われなければなりません。来世紀のネットワークは、音声だけでなく、ディジタイズされた画像やデータを、家族が家庭で積極的に使いこなせるような形で送信するものになるでしょう。だが、それらのネットワークの力は、すべてのアメリカ人に利用できるようにされなければならないのです。もよりの高度な交換機や光ファイバー・ケーブルから何マイルも離れた田舎に住んでいる人でも、他のすべてのアメリカ人と同様に、通信革命に結びつけられなければなりません。失業に苦しんでいる人々が、高価な料金を払えないためにネットワークから落ちこぼれることがあってはなりません。私たちのネットワークは、橋をかけるものにならなければならないのであって、壁を作るものになってはならないのです。多くの点で、田園部のアメリカの未来は、広帯域システムの一部となることにかかっている、と私は思います。」  

情報インフラを万人のためのものとするためには、誰が、どのような組織や制度によって、どのような形でそれを建設・運営すべきか。これが、世界にさきがけて情報・通信革命の新世紀に歩み入ろうとしているアメリカが解決しなければならない、極めて重要な政策課題なのです。とはいえ、アメリカの政府は、とりわけ連邦通信委員会は、性急に答を一つにしぼろうとしてはいません。たとえば、この委員会のペッパー局長は、こんなことをいっています。「米国の未来のネットワーク技術は、異質の諸要素の−−光ファイバーと同軸ケーブルの、有線と無線の、広帯域と狭帯域のアプリケーションの−−混合になるでしょう。当面、市内回線では銅線と同軸を混合する方がより安上がりでしょう。無線技術の出現と市内インフラでの競争の激化によって、米国の政策決定者たちは、家庭にまで光ファイバーを引く技術にコミットする気がなくなってしまったのです。」  

もちろん、アメリカにはアメリカの情報通信政策があり、日本には日本の情報通信政策があって当然です。その両者がまったく同じである必要は、どこにもありません。しかし、アメリカのこのような動きは、日本にいる私たちにとっても、考えさせらることが多いと思います。冷戦体制が終り、バブル経済が崩壊した後の日本は、未来へのそこはかとない不安におののきながら、どのような未来を構築して行こうかという点では思考停止状態におちいってしまっているのではないでしょうか。しかし、それでは困ります。私たちもまた、情報化時代の私たちなりのビジョンをもち、その実現に向けて行動しなければならない時が、今こそきたのではないでしょうか。とりわけ、「情報革命の成果は、すべての地域、すべての国民におよばなければならない」という、アメリカの理念には、私も全面的に共感します。日本でも、ぜひそうしたいのです。たとえば、この大分地域でも、ごく近い将来にそれを実現するとしたら、どんな技術を、誰がどのように組み合わせて応用するとよいのでしょうか。また、一人一人のユーザーは、それをどのように使いこなすのがよいのでしょうか。ハイパー研は、そんな問題をこれから真剣に研究していこうと考えています。