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1993年11月01日

「細川内閣の展望」

ジャパン・エコー「From the Editor」

公文俊平

1993年8 月5 日、自民党宮沢内閣が総辞職し、翌6 日細川内閣が誕生した。これによって、1955年以来の自民党支配がひとまず終わり、共産党以外のすべての野党と、新たに組織された日本新党、そして自民党から分かれて出た二つの新党を与党とする、“非自民”連立内閣が誕生した。この内閣の表の顔は、首相の細川護熈だが、実質的な牽引者としての役割を果たしているのが、新生党の小沢一郎であることは、衆目の一致して認めるところである。政変の具体的な経緯や背景については、本号の政治セクションに収録された七本の論文と舛添編集委員の解説を読んでいただきたい。  

新政権を取り巻く内外の環境は、いかにも悪い。とりわけ米国との間の日本の貿易黒字をめぐる摩擦には解決の糸口が見つからず、マイナス成長軌道に入った国内の景気にも、回復の気配はいっこうに見えない。加えて、今年の夏は40年ぶりの冷夏で、米作は戦後最大の凶作 (平年の8 割) となった。

しかし、「責任ある変革」をキャッチフレーズとして−−ということは、一応変革を唱えはするが、他方では自民党のこれまでの政策路線を大きく外れるような改革はしないという意味らしいのだが−−政権の座についた新内閣(1) は、なかなか思い切った新政策を打ち出せぬままである。たとえば、景気対策のためには、大幅 (10兆円程度) の所得税減税に加えて、規制緩和等の構造政策が不可欠だという指摘が多いにもかかわらず、所得税減税は消費の大幅増加にはつながりそうもないという理由で、減税幅は抑制 (5 兆円程度か) されそうだし、構造改革は官庁や既得権益集団の抵抗が大きいという理由で先送りされている。コメは、少なくとも〇〇万トンほどの緊急輸入が必要とされそうだが、これを機会にコメ輸入の開放に踏み切ることには、与野党共に否定的である。(2) 外交政策では、日本の安保常任理事国入り問題については、及び腰の態度が目立つ一方(3) 、PKO との関連での自衛隊法の改正問題については、連立与党内で社会党との意見の調整がつかず、野党である自民党が独自の改正法案を提出する結果となった。結局、細川内閣のいう“変革”とは、さきの戦争にさいしての日本の侵略行為を認め「深い反省とおわび」の気持を表明したことと、「政治改革」の早期実現を公約したこと(4) 、および対外経済政策での「新前川リポート」(5) の策定に取り組もうとしていること、などにとどまっている。(6) これは、隣の韓国で金泳三大統領が、大胆な改革政策を次々と打ち出しているのとは、大違いであって、日本の細川内閣は、世上“ファジー”内閣と評されているのである。

にもかかわらず、いやむしろそれゆえにというべきか、新政権への支持率は極めて高い。朝日新聞社が 9月の5 日から6 日にかけて行った全国世論調査では、内閣支持率は、71% と、過去最高の田中内閣の発足時(1972 年8 月) に記録された62% を大きく上回った。支持の理由としては、「なんとなく政治に変化を期待」をあげる人が、四割近くを占めた。(7) また自民から非自民への政権交代は、77% の人が「よかった」と評価した。このような高い内閣支持率は、その後も衰えをみせていない。読売新聞が9 月の25日から26日にかけて行った全国世論調査では、内閣支持率は71.9% を記録し、10月の23日から24にかけて行った調査では、73.4% とさらに上昇している。  

しかし、その半面、新内閣への印象はさほど好いものとはいえず、内閣への期待も必ずしも高くない。朝日新聞は新内閣の印象と期待に関する世論調査の結果を次のように要約している。

政権交代の結果発足した連立内閣の印象を六つの選択肢から選んでもらうと、「寄合い所帯で、まとまりがない」がトップで二二% 。次いで「閣僚の経験者が少なく、頼りない」一九% 。続いて「各等の代表者がそろっていて、安定感がある」一八% 、「女性三人が閣僚になったのがよい」一三% の順。六つの選択肢を肯定的なものと、否定的なものとに分けると、四〇% 対五〇% で否定的な評価が多い。  

細川内閣に一番期待することでは、「景気対策」三三% と「政界・官僚・業界の癒着構造の座は」二六% に回答が集まった。これに「政治改革法案の成立」一六% 、「国会改革や密室政治の廃止」一五% が続く。内閣に期待する内容は、内閣支持層と不支持層とで大きく異なる。不支持層では「景気対策」に四三% が集中しているが、支持層では「政・官・業の癒着打破」が三一% で、「景気対策」の二九% を上回った。 しかし、政権交代で「政・官・業の癒着構造」が「改善される」と思う人は三七% で、「改善されない」四六% より少なかった。「改善されない」という悲観派は、内閣支持層や、政権交代が「よかった」という人でも、四割前後を占めている。(93 年9 月8 日付け)  

このように、細川内閣に対する国民の評価や期待が、史上最高の支持率という割には、それほど熱狂的なものではないという事実は、先の総選挙の投票率が史上最低に止まったという事実と相まって、国民の政治に対する眼が、いちじるしく覚めたものであることを示唆している。その背後には、「経済一流政治三流」といわれてきた、日本が、経済まで二流以下に転落しようとしていることへの、そこはかとない不安と危惧が横たわっているのかもしれない。日本国民は今、未来に対する確かな展望と希望を、共に失っているのであろう。いやむしろ、未来の可能性や問題を直視し、積極的にそれに対処することを、恐れためらっているのであろう。  

そのことを象徴するような事例として私の目にとまったものを、一二紹介してみよう。まず、ある新聞のコラムに次のような記事があった。すなわち、アルビン・トフラーやピーター・ドラッカーは、久しく「大転換の到来」の旗を振り続けて日本人を恫喝してきたが、それは「人気の高い伝道師が、人生に疲れた善男善女をまえに、どぎついレトリックを駆使して福音を説いている光景を思い起こさせる。」彼等は、工業化時代が終わったいま、「これからの変化は特に“日本に対して厳しいものとなる”との御託宣」をたれているが、彼等の議論を一読してみると、「この種の“大転換”論自体が破綻したのが今日であるようにも思えてならない」、というのである。また、ある月刊誌の書評欄にも、ドラッカーの『ポスト資本主義社会』を取り上げて、ドラッカーは、「日本の現状と日本人の心理をまるで理解していない」ために、「日本の読者の脅し方を間違え」、「二、三十年前だったら通用したであろう筆法を、いまだに使っている」とか、「ドラッカーがこの本で書いていることの多くは、すでにわれわれなりに論じてきたことであり、新鮮味は乏し」く、「たんに大げさに“大転換、大転換”と叫んでいるだけだ」という批評があった。(8) ここには、トフラーやドラッカーの未来論を“狼少年”の警告にすぎないと見る反発心、そんなことならわれわれの方がずっと真面目に考え実践してきているので、お前たちは自分の頭の蠅でも追っていたらどうだという自信、それでも、何となしに残る一抹の不安、といったものが良く現れている。

しかし、現実には、まさに“狼”は今やってきているのかもしれない。すでにジョージ・ギルダーがいちはやくその1989年の著書『マイクロコズム』で指摘していた、米国の情報技術(IT)でのリードの回復は、Francis McInerney とSean Whiteの共著 Beating Japan (1993, Dutton) でも確認されているのだが、そのことにおそまきながら日本の官僚の一部は気づき始めたようである。たとえば、最近の通産省の資料は、「我が国の情報化は、製造工程制御や定型的な業務処理においては相当程度進んでいるものの、@教育、研究、行政等の公共分野、A産業活動における非定型的な知的業務、B家庭、においては国際的に見ても大きく遅れているのが現状」だとして、情報通信の日米格差の大きさを示す次のような数字をあげている。すなわち、日本と比較してアメリカは、一人あたりの計算能力(MIPS 単位) が四倍、研究ネットワークの伝送速度が90倍、移動体電話加入者数が5 倍、インターネットに接続しているコンピューター数が75倍、CATVの加入者数が60倍、衛星配信番組のチャネル数が4 倍、等々だというのである。確かに、情報技術の面でいえば、日本は、まずダウンサイジングとオープン・システム化においてアメリカの後塵を拝し、次いでネットワーク化において、アメリカに決定的に立ち遅れてしまったということができる。この格差は、現在では開く一方である。もともと“情報化”や“情報社会”というコンセプトは、1960年代の日本で世界にさきがけて生まれていたのだが、その後の日本では“情報技術(IT)”という言いかたは定着せず、アメリカでは政府の文書の中でも公式に認知された“情報革命”という言葉も、一部の人びとの間で使われるにとどまっている。アメリカの新政権が、最大の政策課題の一つとみなしている、"information haves" 対 "information have-nots" の間の新しい階級分裂の防止という視点も、現在の日本にはほとんどない。アメリカでは大きな政治問題となっている、暗号化技術の輸出禁止政策の持続の是非という問題や、政府による盗聴・暗号解読能力の確保などの問題は、日本ではほとんど話題にもならないのが現状である。ましていわんや、情報技術の革新を突破口として、マルティメディア産業を主導産業とする産業化の21世紀システムに向かっての飛躍と転換を達成するといった、今日のアメリカでは常識化しつつある視点や政策志向は、ほとんど皆無といってよい。今年の始めから話題となっている光ファイバー等の“新社会資本”の建設の問題も、もとはといえばアメリカでの動きに引きずられたもので、それももっぱら景気対策として議論されているにすぎない。21世紀の産業と社会のための“情報インフラ”にしても、もっぱら光ファイバーを全国の家庭にまで張りめぐらせるという選択肢だけにとらわれていて、同軸ケーブルやディジタル無線技術の並行的な利用の可能性や望ましさについての考慮はないに等しい。“情報革命”がもたらしつつある新しい経済的・社会的成長軌道に日本がうまく乗れるかどうかは、今後数カ月の間に、国内世論が、これらの問題をどこまでよく自覚できるかにかかっているだろう。

  1. 8月23日に衆議院の本会議で行った所信表明演説では、細川首相は、新政権を「変革に着手する内閣」と位置付け、歴史の反省を踏まえた国際貢献や、生産者に対して生活者を優先させる政治への転換などをめざす決意をのべた。
  2. 細川首相は、10月 4日の衆議院の予算委員会で、「コメの自給方針の堅持」を協調した。畑農相は、10月18日、ガットのウルグァイ・ラウンドで問題とされているコメ輸入の「関税化」の受入れを、あらためて否定した。唯一の新しい動きは、国会で関税化受入れの反対決議を、与野党一致して採択しようとした動きが、小沢一郎の強いリーダーシップで阻止されたことくらいである。
  3. 細川首相は、9 月27日の国連総会での演説において、日本の安保常任理事国入り問題については、「改革された国連で、なしうる限りの責任を果たす用意がある」という、宮沢自民党政権の時よりも抑制された表現をするにとどめた。
  4. 細川新内閣が示した政治姿勢のうち、世論の最も高い評価を得ているのが、戦争への反省であって、朝日新聞の世論調査によれば、全体の72% の、二三十代の世代の80% 以上 (男性82% 、女性86% ) が、これを評価している。
  5. 「前川リポート」は、中曾根内閣時代の1986年、米国からの強い「外圧」に対応すべく、当時の日銀総裁前川春雄を委員長として、当時GNP の3 % を越えようとしていた貿易黒字の縮小対策を提言したリポートであって、そのための手段として内需の拡大や経済の開放などが示されていた。しかし、これを受け取った政府は、国内各方面からの強い批判もあり、前川リポートを政府の正式の政策転換方針を示した文書とは認めないという姿勢を取るにとどまった。しかし、「前川リポート」の提言内容自体は、対外的には高く評価されたことが、今回の「新前川リポート」の策定という方針につながった。
  6. 政治改革については、細川首相は、首相就任直後の 8月10日、小選挙区制と比例代表制の並立制の導入を柱とする政治改革法案の年内成立に全力を挙げ、成立しなかった場合には政治責任をとると言明した。
  7. 読売新聞の世論調査では、支持理由の一位は「何か新しいことをやりそうだ」で、57% となっている。朝日の場合と同様だといってよいだろう。
  8. 日本経済新聞、 9月26日、および『Voice 』11月号、「ベストセラー最前線」。