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1993年12月07日

「新しい経済学」まえがき

公文俊平

グローバル・コミュニケーション・センターでは、昨年度から、故村上泰亮のイニシァティブのもとに、新しい経済学の理論の展開の試みにとりくんできた。それは、村上が昨年の夏に世に問うた『反古典の政治経済学』を新たな出発点として、方法論的な検討をさらに深め、より狭い意味での経済理論プロパーの再構築をめざす試みであった。

不幸なことに、村上は、新しい共同研究プロジェクトが二年目に入った今年の夏、プロジェクトのための問題提起論文 (本書第一章) を書き上げ、それをもとにもう一冊の著書の執筆を進めていた途中に、(1) 急逝してしまった。しかし、この時点では、すでに村上の問題提起論文に加えて、共同研究への他の参加者たちの論文も、かなりの完成度に達していた。今回刊行する『マニフェスト・新しい経済学』は、それらの論文の中から、とりあえず三篇を選んで編まれたものであって、われわれとしては、今後も継続される共同研究の成果の第一集になると期待している。

この共同研究への参加者たちは、少なくとも次の三つの問題意識を通有しているといってよいだろう。  

その第一は、近代産業社会という言葉で一括される経済社会、あるいは政治経済社会には、さまざまなタイプのものがありはしないかという問題意識である。これまでの経済学のアプローチの主流は、すべての近代産業社会に普遍的に適用できる (と信じられている) 理論によって現実を分析したり、現実が理論により近づくように、現実を変えようとしたりしてきた。だが、このようなアプローチは、近代産業社会の異なるタイプを析出したり比較したりするには、明らかに不向きである。

もっとも、近代経済理論の内部にも、産業社会のタイプ論が存在しなかったわけではない。いわゆる "比較経済体制論" は、まさにそれを課題とするものであった。しかし、比較経済体制論のアプローチは、近代産業社会を、その形成・運営の仕方に人為がどこまで加わっているかによって、計画主導型 (社会主義経済) と市場主導型 (資本主義経済) とに大別し、それぞれの体制が基本的には存続可能なことを認めた上で、両者の特質を理論的に、また経験的に、比較評価しようとするものであった。(2)

ところが、1980年代の終わりになって、社会主義体制の失敗が現実の問題として否定しがたいものになってしまうと、これまでのような比較経済体制論の存在意義は、ほとんど失われてしまった。他方では、資本主義陣営内部の対立や競合が、深刻な政治・経済問題として浮かびあがってきた。そこで、 "資本主義対社会主義" の比較に代わって、これまではひとしく "資本主義体制" として一括されていた各国の政治経済の中に、相互の異質性を認めたり、異なったタイプのものを見出したりしようとする動きが、新しく出てくるようになった。(3) われわれの第一の問題意識も、その線上にあるものである。

ある見方からして "資本主義" あるいは "市場経済" として一括できる政治経済体制の中にも、より細かな制度面や経済主体の行動面に少なからぬ違いがあることに気づけば、それらを何らかの比較基準によってタイプ分けしてみたくなるのは当然である。さらに、そのような相違が、なぜ、いかにして、発生し持続しているかを説明したくなるのも当然だろう。そのような比較基準や説明原理が、既存の経済理論の道具箱には見当たらないとすれば、新しい経済学の構築が必要になってくる。  

新しい経済学の説明原理の一つとして、生物学のいう "遺伝因子" に似た "文化因子" とでもいうべきものの存在を想定し、それが主体の意識や行動を、さらにはシステムの制度や構造を、背後から制約していると考えるアプローチを採用するならば、それは、広い意味での "文化論的アプローチ" ということができるだろう。一方では社会を構成する個別主体の間に、同一の文化因子群が広く通有されているが、他方では、社会が違えば文化も違うとすれば、文化因子は、資本主義間のタイプの違いを説明する有力な因子の一つになりうるかもしれない。すべての違いを文化に帰着させる狭い意味での "文化論的アプローチ" は極端にすぎるにしても、政治経済体制の構造や機能におよぼす文化の影響をいっさい無視するのは、経済学にとって賢明な戦略とはいえないだろう。  

いま一つの説明原理としては、政治経済体制の形成や運営における "人為的要因" −− "政策的要因" や "計画的要因" −−の役割を重視するものが考えられる。それは、広い意味での "政策論的アプローチ" 、 "計画論的アプローチ" 、あるいは "目的論的アプローチ" などと呼ぶことができるだろう。もちろん、人間はあらゆることを政策的・計画的に構想し実現できるし、現にそうしていると考えるのは、思い上がりもはなはだしい。しかし、人間が作りあげて運営する組織や制度の構造や機能が、なぜ、いかにして、出現し存続しているのかを説明するにあたって、人間の自由な意思というか目的意識をいっさい無視するのは、どんなものだろうか。ともあれ、このアプローチの可能性と意義は、われわさの第二の問題意識とも密接に関連している。  

すなわち、われわれが通有する第二の問題意識は、体制の構成要素としての個々の主体は、自分を取り巻く全体としての政治経済体制やその中での自分の地位や役割を、所与のもの、一定不変のものとみなす必要はないばかりか、新しい地位や役割の追求あるいはさらに新しい政治経済体制そのものの構築や運営にさいして、主体の人為的な政策や計画が少なくともある程度までは有効でありうるのではないか、というものである。あるいは、事実の問題として、これまでに人間が作り上げたさまざまな政治経済体制には、人為が積極的な意味で少なからず寄与していたのではないかという疑問である。それは、いいかえれば、いっさいを "見えざる手" の働きに委ねるのは、果たしてどこまで賢明なことだろうか、という疑問でもある。このような問題意識は、抽象的・一般的には、システムの意識的な自己再組織の可能性や戦略を問うものだといえようが、より具体的・特殊的には、社会の変化にさいしての国家 (政府) の積極的な役割の有無を問うものだともいえる。すなわち、ここでいう政策や計画は、当該政治経済体制の内部の当事者というか構成要素としての経済主体 (生産者や消費者) のそれではなく、政治経済体制を全体として構想・観測したり、構築・規制・運営したりしようとする、より上位の主体、 "見える手" としての、 "国家" のそれなのである。

今日、国家の−−あるいはさらに上位の主体としての超国家的な機構の−−果たしうる、あるいは果たすべき積極的な役割への期待は、二つの分野で盛り上がってきている。

その一つは、産業化の後発国−− "南" の諸国とか "第三世界" などと呼ばれる国々や地域−−のいわば "追いつき型" 産業化の人為的な推進の分野であって、ここでの国家の積極的な役割をある範囲内で容認し期待する思想は、 "開発主義" と呼ばれている。開発主義は、かつて "社会主義体制" による最も極端な人為的産業化をめざして失敗した国々にも、あらためて適用可能なのかもしれない。また、一国の政策体系としてばかりでなく、超国家的なシステム−−たとえばASEAN −−にも適用可能なのかもしれない。少なくとも、開発主義に立脚した国家間の協力協働体制(地域的経済協力体制)は、今日の新興独立国家にとって、かつての主権国家間の国威の増進・誇示競争の場としての "近代国際社会" に代わる、新しい国際システムの理念となる可能性がある。  

いま一つは、産業化の先発国での、 "未踏の領域" に向けての産業化のいっそうの推進の分野である。1970年代の後半以来、 "情報革命" とか "第三次産業革命" とでも呼びたくなるような、恐らく百年に一度くらいしか起こらない技術革新の大波が、先進産業社会に押し寄せている。しかしその帰趨を明瞭に読み取ることは、容易なことではない。その中で、国家 (あるいは "世界" ) は事態の進展を単に放置しておいてよいのかという問いが、あらためてなげかられている。個別企業のような分権的な経済主体の自由な行動にまかせておくと、新しい可能性に気づいたり、それに合わせて意識改革や自己再組織を行ったりするのが遅くなりすぎるかもしれない。新しい可能性を生かそうとしても、技術革新の成果を具体化しうるだけの十分な貯蓄や投資が行われえないかもしれない。その結果、自国の経済競争力や、さらには経済的政治的な影響力や安全が、失われてしまうかもしれない。あるいは、プライバシーの侵害とか、各種のテクノストレスなどのような予想もしていなかったような技術革新のマイナスの影響が、人々を脅かすかもしれない。最低限、古い技術や古い産業構造を前提にして作られている現存の規制の体系や権利義務関係の法律的枠組みは、早急に手直しする必要がありはしないか、等々。そこから、産業化の新段階への円滑な移行を保障するための国家の介入や支援を是認する思想としての "産業政策" 論、あるいは産業化の先進国のための "新開発主義" とでも呼ぶべき思想的立場が生まれてくる。  

"開発主義" や "新開発主義" は、真にどこまで有効だろうか。 "開発主義" の有効性はともかくとして、未踏の領域を切り開いていくさいには、国家のなしうることは極めて限られているので、 "新開発主義" は結局のところかつての "社会主義" の轍を踏む結果に終わる危険はないだろうか。あるいは、有効でありうる可能性はあるとすれば、それを現に有効なものとするためには、どのような具体的内容を与えるべきだろうか。これがわれわれの通有する第二の問題意識である。

このように考えるならば、かつて "社会主義体制" がわれわれに突きつけた問いそのものは、社会主義の崩壊の後も、依然として妥当性を失っていないことに気づかざるをえない。すなわち、  

  1. 教科書的、標準的な "資本主義体制" あるいは "産業社会体制" 以外にも、十分な存続・発展力をもつ、その "変種" が現に存在しているのではないか、
  2. 政治経済体制の構築や運営にとって、 "自由主義体制" 以外の有力な選択肢、とりわけ、国家がより積極的な役割を果たす型の選択肢がありうるのではないか、
という問いがそれである。  

われわれが通有する第三の問題意識は、以上の二つの問いに答えることのできる "新しい経済学" の構築にさいして、生物学の方法に学ぶことが有用ではないかというものである。(4) 多くの人が指摘するように、これまでの経済学は、 "万学の王" としての近代物理学の方法から、もっぱら学んできた。物理学の方法は、研究の対象とされるシステムの個々の構成要素の行動(behavior)を支配している法則が、システムの全域にわたって一様かつ不変である場合には、大きな有効性を発揮する。しかし、個々の構成要素の行動を律している法則 (ルール) が、要素ごとに異なっているばかりか、時間と共に変化する場合、さらにいえば個々の要素が自分の行動を律する法則 (ルール) をいわば自分勝手に選び取ったり作りだしたりする場合には、それらの要素の結びつきとして作られているシステム−− "複雑系" −−の行動は、原理的に予測しようがない。社会は、物理学の想定する物理系よりは、この意味での複雑系に、より近いと考えられる。複雑系の一つの典型は生物であり、生物学の中には、複雑系の分析に適したアプローチ−−たとえば村上のいう "進化論的アプローチ" −−がすでに存在している。そうだとすれば、新しい経済学構築の手がかりは、さしあたり生物学に求めるのが有望であろう。

しかし、そのことは、社会科学あるいはとりわけ経済学を、生物学に "還元" することを意味してはならないはずである。人間や人間を要素とするシステムは、生物一般に妥当するアプローチだけでは捉えきれない独自性をもっていると考えられるからである。

以上が、われわれが通有していると思われる問題意識の、私なりの "反省" に基づいた整理である。(5)

今回刊行する共同研究成果の "第一集" は、われわれが通有する問題意識そのものの、なるべく明確な形での提示 (マニフェスト) となることを意図して書かれたものであって、これで研究が終わったと考えているわけでは毛頭ない。共同研究がその緒についたところで、リーダーを亡くしたことは、痛恨の極みという以外にないが、われわれとしては、それに挫けることなく、さらに新たな共同研究参加者の支援も得つつ、研究を継続・発展させていきたいと考えている。それがとりもなおさず、この研究の提唱者であった村上の遺志を継いでいく途でもあるだろう。

本共同研究の遂行は、グローバル・コミュニケーション・センターへの多くの出捐企業によって、とりわけ東京電力株式会社の日本社会研究寄付講座によって、支えられてきた。この機会にあらためて、あつく感謝したい。今回の作品は、それ自体としては日本社会の研究というわけではないが、現代日本社会の研究のための、理論的な基盤を整備する上では、重要な関わりをもっている。そのことは、さきにあげたわれわれの通有する問題意識の内容からもご理解いただけると思う。もちろん、こうした研究に加えて、日本社会研究プロパーの作業も鋭意進めており、その成果も逐次公刊していく予定である。

  1. この新著の第一稿は、村上の逝去の時点では、最後の一節を余すだけというところまで、すでに書き進められていた。もっとも、村上の場合は、第一稿ができた後でも、さらに数回、数十回と推敲の筆を加えることが常であったために、遺された原稿をそのまま完成稿とみなすわけにはいかないかもしれない。だが、それはそれとして、この原稿自体は、若干の編集を加えた上で、別途出版したいと考えている。
  2. さらに、社会主義体制の中に、たとえば "市場社会主義体制" のような、資本主義体制との一種の中間型を設定したり、あるいはその他のさまざまなタイプを区別しようとする "比較社会主義体制論" の試みもあったが、 "資本主義" の中でのタイプの区別や比較は−−歴史的な変化の分析を別にすれば−−本格的には行われてこなかった。
  3. いわゆる "日本異質論" は、この意味での資本主義の体制内比較論の一種だと解釈できよう。もっとも、そのなかには、ヴァン・ウォルフレンのように、日本を、主権国家でも自由市場体制でもない社会だと位置づけて、日本社会における自由と民主主義の欠如を糾弾する論者もいるが、それはあまりにも極端な立場である。
  4. 生物の世界では、 "種" は一つではなく多数存在していて、その多くの間には、捕食関係等さまざまな相互作用が見られる。しかも、 "種" は、時間の経過とともに "進化" をとげる。また、ある種に属する生物の個体は、幼児から成体へと生長していく。病気の時もあれば健康な時もある。学習を通じて、さまざまな新しい行動の形式を身につけることもある。幼児期の個体をその親が保護したり保育したりすることも多い。また、ある個体が病気になったり怪我をした時には、他の個体との競争場裡から身を退いて回復を待つことも、しばしばある。似たような現象は、人間の個体や集団の生活史にも、ごく普通に見られるはずであって、社会科学の研究の対象となって当然しかるべきだろう。
  5. この他に、われわれが通有しているもう一つの問題意識として、環境・資源問題にかかわるものがあるが、ここでは取り上げない。