94年度著作へ

1994年4月4日

「情報インフラ建設の今後 」 

NEC 総研:創研レポート 9号

公文俊平

米国で情報インフラ建設の動きが加速してきたことに刺激されて、わが国でもようやくその建設に本腰を入れようとする機運が盛り上がってきたのは、歓迎すべきことである。この機会に、今後留意すべきだと思われるいくつかのポイントを指摘しておきたい。

まず、情報インフラを何のために建設するかという明確な長期ビジョンの確立である。産業社会は今、“情報革命”を通じて、マルチメディア型の情報産業を中核とする“産業化の21世紀システム”への“大転換” (スーパー産業化) を始めている。同時に、産業とは異なる主体である“智業”による“智のゲーム”も、急速に普及する勢い (トランス産業化) をみせている。智業家とは、市場ならぬ“智場”での情報や知識の普及による知的影響力の獲得をめざして競争する人びとである。その初期的な形態が、近年の“NGO" 型の各種のアドボカシー・グループである。情報インフラは、情報財や情報サービスの生産・流通の基盤となると同時に、智業の情報普及活動の基盤ともならなければならない。

しかも、未来の情報社会では、これまでのような“生産者”と“消費者”の間の境界は曖昧になってくる。同じことは、情報や知識の普及の主体とその対象との関係についてもいえる。人びとは、森俊範のいう“知求人”として、双方向的なコミュニケーション活動を“サイバースペース”の中で積極的に展開するようになるだろう。これからの情報インフラは、人びとのそうした情報生活面でのニーズに応えるものにもならなければならない。また、情報革命の成果をすべての国民のものにするという意味では、ゴア副大統領が主張しているような“新ユニバーサル・サービス”の仕組みの確立も、忘れてはならない。 米国では、マルチメディアが未来の主導産業になることと、その前提として情報インフラの建設が必須であることの二点については、すでに広汎な合意が成立した。しかし、マルチメディアの主要な需要分野についての見通しや、情報インフラの具体的なアーキテクチャーについては、まだ合意はほとんどないままに、各種の情報産業の間での主導権争いや合従連衡の試みが、昨年来、過熱といいたくなるほどの勢いを見せており、一部にはいったんブレーキを踏もうとする動きも見られる。

ともあれ、上述したような社会進化の方向が正しいとすれば、マルチメディアの主流はマスコミュニケーションではなくて、“グループ・コミュニケーション”になり、そのための情報インフラは、これまでの放送や電話型というよりは、データ通信型、つまり今日の“インターネット”を原型とする、オープン・プラットフォーム型のものになっていくだろう。また、情報革命の技術革新が、きわめて急速でありしかも多面的であることからすれば、情報インフラの管路としては、当面、光ファイバーだけではなく、同軸ケーブルも、電話線も、無線もすべて利用し、しかも技術の進歩に適時対応していけるような多様かつ柔構造のものを考えておくべきだろう。情報処理通信技術や情報内容も、なるべく多様なものが相互接続・利用できるようにすることが大切であろう。

つまり、情報インフラの建設は、誰か特定の主体にゆだねるというよりは、多種多様な主体が力を合わせ、互いに自分の作ったものを持ち寄ってつなぎ合わせていくという形で進めていくべきものであろう。もちろん、各種の民間企業が最も主導的な役割を演ずべきことは当然だとしても、“ユニバーサル・サービス”の提供と同時に、地域ごとの事情の違いの考慮や、ユーザーの参加の確保などの必要性を考えれば、政府、とりわけ地方自治体の役割も、決して無視すべきではなかろう。さらにいえば、ユーザー主導型の、“地域情報インフラ運営機構”の設置も、考慮に値するのではないだろうか。