1994年5月1日
公文俊平
はじめに
アメリカのゴア副大統領が好んで紹介するあるエピソードがある。昨年のことだが、中央アジアのキルギスタン共和国を訪問したとき、アカーエフ大統領が語ってくれたものだそうだ。同大統領には八歳になる息子がいて、その子が、「お父さん、僕英語を勉強することにしたよ」といった。「どうして? 」と聞くと、「だってコンピューターは英語をはなすんだよ」と答えたというのである。
このことは、 "情報化" においてアメリカが占めるにいたった優位を象徴している。実際、この二三年、私が出会った旧ソ連や東欧圏の技術者たちは、情報化でアメリカに追い付き追い越すことを、自国の再生のための最大の課題にしているようにみえた。ソ連型の社会主義は、近代化の後発国として、軍事化の面では、アメリカに匹敵するだけの成果をあげることに成功した。産業化の面でも、重化学工業の展開までは何とか先進国を追い上げていったのだが、乗用車や家電のような耐久消費財の生産ではギャップを縮めることに苦しんだ。そして、情報化にいたって、全体主義的な計画経済体制は、ついにその馬脚を現したのである。今、 "冷戦" に敗北した旧ソ連や東欧圏の人々が、情報化の遅れを取り戻そうと眦を決している姿をみると、私には、それが、アメリカの "物量" に敗れたと身にしみて感じた戦後の日本の技術者や経営者たちが、20世紀型の大量生産、加工組み立ての技術をアメリカから学びとろうとして必死の努力を傾けていた姿と、二重写しになってみえる。
では、その日本は今、どういうことになっているのだろうか。その昔、一九六〇年代の日本では、 "情報産業" や "情報化" あるいは "情報社会" といったコンセプトが世界に先駆けて創り出されたものだった。その後、一九七〇年代のアメリカで開発された集積回路の技術に仰天した日本の技術陣は、それを学びとり改善することに全力を傾注した。その努力が実って、日本はついに "半導体王国" の名声をほしいままにするようになった。NHK が一昨年、テレビ・シリーズを書物にして出版して広い読者をえた本(1) の裏表紙には、次のような言葉が刷り込まれている。
「電卓戦争」から登場したワン・チップ・コンピューター... 「マイクロプロセッサー」。 "産業のコメ" といわれ家庭用品から巨大システムまで無限に利用範囲が広がっていった。それは、多様な技術の厖大な集積でもある。日本の半導体産業は、ついにアメリカを凌駕するようになった。
だが、まことに禍福は糾える縄の如しである。日本がアメリカを凌駕したことに自己満足し、バブルの繁栄に浮かれていた間に、アメリカの再生は着々と進んでいた。ジョージ・ギルダーは、今から五年も前の一九八九年に出版した先見性に富んだ著書『マイクロコズム』(2) のなかで、その過程を次のように要約していた。すなわち、一九七〇年代の後半から八〇年代前半にかけて、日本はCMOS技術の実用化に成功し、それを一般消費者向け製品に応用することによって、米国に先行することができた。米国は、八〇年代の前半はまだ日本のダンピング、政府融資、不公正貿易などという非難を日本に投げかけるばかりだったが、後半になって、ようやくCMOS技術の差を縮めることで巻き返しに成功し、さらに特定用途向けのマイクロ・プロセッサーの開発によって、再び優位を回復した。そして今や、
米国の会社は、世界のコンピュータ市場において七〇% のシェアを占め、しかもさまざまな面で技術的なリードを拡げている。技術進歩の加速と共に、コンピュータ産業の付加価値は、ハードウエアから、それをうまく使うためのソフトウエアに、急速にシフトしてきている。(p.362)
八五年以来、米国のソフトウエアの生産の伸び率は、日本のそれを上回っている。コンピュータ産業全体の売上に占めるソフトウエアの比率は、米国が日本より四倍高く、市販ソフトウエアの生産高も、米国は日本の四倍以上にのぼっている。(p.363)
しかも、この成長はさらに続いているし、これからも続く可能性をもっている。
コンピュータ産業の成長は減速していないし、その技術も "成熟" (つまり硬直化)してはいない。大企業がその地歩を固めているということもない−−新たに参入した会社がその規模を大きくしているということはあるが。コンピュータの進歩のペースは、まさにいま、思い切り加速されようとしているところなのだ。(p.369)
また、批評家たちの分析とは逆に、この産業はより資本集約的になってはいない。デバイスの一機能当たりの資本費用−−顧客への価値の提供に必要な投資額−−で測れば、コンピュータ産業の参入コストはますます小さくなっている。シリコンコンパイラやその関連技術によって、力は大企業から個人の設計者や企業家に移っているのである。(p.369 )
結局、ギルダーは次のように結論している。
米国の経済学者が競争力の衰退について泣き言をいっていた間に、我々は競争の第一局面で勝利したのだ。将来何が起きようと、この成功の教訓に学ぶべきであって、衰退論に心気を病むあまりにこの教訓を忘れてしまってはならない。我々が勝利したのは、その力を数千の起業家の間に分散したからであって、コングロマリットや官僚機構に集中したからではない。成長機会を逃さなかったからであって、貿易黒字を出そうとしたからではない。勝利は、一度にすべてのことをしようとしなかったからこそ、また国際分業を恐れなかったからこそ得られたのである。われわれは一国の産業政策よりも世界を指向してきたのだ。
マイクロコズムの新技術は−−人工知能であれ、シリコンコンパイラであれ、並列処理であれ−−すべて起業家や小企業に有利に働く。これら三つの技術はすべて、起業家が知識の力を利用して資本を節約し効率を高めるのを可能にする。彼らが、砂 [シリコン] とアイデアを混ぜ合わせて、世界中の人々にとっての新しい富と力を生みだすことを可能にするのである。 (p.374) [以上の訳文は一部変更した。]
これと同じような観点からの分析は、より最近出版されたマキナニーとホワイトの共著の『ビーティング・ジャパン』(3) や、ファイナンとフライの共著『日本の技術があぶない』(4) でも、さらに詳細に行われている。ギルダーの知的影響力も、上記の『マイクロコズム』や、それに続く『テレビ後の生活』(5) が出版されて以来、次第に高まりつつある。とはいえ、まだまだアメリカにおいても日本においても、このような "教訓" が必ずしも正しく理解されているとはいえないようだ。アメリカの政府や議会は、 "米国" の産業の "国際競争力" を高めるための産業政策や、 "貿易赤字" を減らすための通商政策を懸命に推進しようとしている。(6) 日本では、アメリカに立ち遅れたという自覚は高まってきたものの、「起業家が知識の力を利用して資本を節約し効率を高めるのを可能にする」今日の "情報革命" の本質についての理解は、まだまだ乏しい。
私の考えるところでは、一九七〇年代の後半あたりから本格化してきた今日の "情報革命" には二つの側面がある。その第一は、産業社会を "産業化の二一世紀システム" に移行させる契機となる "第三次産業革命" としての側面である。この意味での情報革命は、新しい "突破産業(マルチメディア産業)" の創出をもたらすものではあるが、この突破産業の役割は、それ自体が巨大な最終需要を生みだすというよりは、産業活動全般にわたる−−いや産業以外の行政、医療、教育等の活動をも含めた−−生産性の、とりわけ事務やサービスの生産性の、革命的な増大を可能にするような、中間的な財・サービスを提供するところにある。あるいは、さまざまな経済・社会活動のコストの革命的な低下を可能にするところにある。したがって、情報革命は、産業が供給する製品の価格の急激な低下(価格革命)をもたらすばかりか、各種の公共料金の水準や、あるいは行政・医療・教育サービスのコストを、年々着実に引き下げていくことが可能になるだろう。そうだとすれば、よしんば高齢化がさらに進行したところで、政府サービスの質の低下を伴うことなしに財政支出の絶対額を削減し、税率を引き下げていくことも可能になるかもしれない。しかも、同時に充分な起業意欲と労働力の再訓練転換努力が伴えば、情報革命は、持続的な "デフレ" ではなくて、新しい型の長期的な経済成長機会をもたらしてくれるだろう。
この意味での情報革命の第一段階は、一九七〇年代に始まったギルダーのいう "マイクロコズムの技術革新" 、すなわち "集積の利益" の実現であった。また、その第二段階は、一九九〇年代に始まった "テレコズムの技術革新" 、すなわち "ネットワーク化の利益" の実現である。ギルダーがいうように、単体としてのコンピューターが生産性の向上に寄与できる程度は高がしれている。ネットワーク化されていないコンピューターは、道路のないジャングルのなかの自動車のような代物にすぎない。コンピューターは、他のいかなる機種のコンピューターともネットワーク化され相互連結されることによって始めて、その本来の能力を十二分に発揮できるようになる。日本は、他ならぬこのネットワーキングの技術革新、いいかえれば、 "オブジェクト志向" 技術、とりわけオブジェクト間の "インターフェース" 技術の革新において、一九八〇年代の後半以来、アメリカに大きく遅れをとるようになったのである。
だが、そのこと自体は、今日の日本では、曲がりなりにも理解が進みつつある。いったん理解が進めば、追い付くことはそれほど困難ではないだろう。かりに、世界に伍していけるようなコンピューターのハードやソフト、あるいはそのネットワークを自ら創り出すことは無理だとしても、製品や技術を輸入することによって、他の部門がその成果を利用して自らの生産性を引き上げていくことは、充分可能だろう。(現にマキナニーやホワイトは、そのような観点から日本としては環境技術に特化してはどうかと提案している。)むしろ問題は、情報革命の第二の側面にある。ここで、情報革命の第二の側面というのは、私の解釈では、 "軍事化→産業化→情報化" という三つの局面を経由して進行する近代化の歴史的発展過程のなかの第三の局面の到来をもたらすような、技術革命と同時に社会革命としての意味をもつ革命のことである。私に言わせれば、情報革命のこの第二の側面についての理解は、アメリカでも必ずしも充分になされているとはいいがたいが−−それでもいくつかの興味深い研究はある−−日本ではとりわけそれが欠けている。そこで、本稿では以下、情報革命の第二の側面にしぼって考えてみたい。
第一節:近代化の三つの局面
"近代化" の過程は、人間とりわけその集団が、自らの究極的な目標をよりよく実現するための手段−−とりわけ他者の行為を制御するための手段−−の獲得と蓄積それ自体を当面の目標として競争するようになる過程だと解釈できる。そのような解釈に立てば、近代化には、どのような種類の他者制御手段の獲得が主要な目標とされるかに応じて、三つの局面が区別できる。
一般に、社会的な主体が他主体の行為を制御するための方式、すなわち広義の "政治行為" としては、三種類の "交渉" 型の行為(脅迫、取引、説得)と三種類の "操縦" 型の行為(強制、搾取、誘導)とが区別できる。 "交渉" というのは、相手に対して当方の要求をいれさせようとするコミュニケーション型の制御方式をいう。そのなかでも、 "脅迫" は、私の要求に応じないと貴方を攻撃すると、 "取引" は、私の要求に応ずるならば貴方に協力すると、 "説得" は、私の要求に応ずることがとりもなおさず貴方の利益になるとそれぞれ伝えることで、制御目標の実現をはかるタイプの政治行為である。これに対し、 "操縦" 型の政治行為は、要求の提示を伴わないことが普通である。すなわち、 "強制" は、物理的な力に訴えて、 "搾取" は、相手のすきをついて、 "誘導" は、相手が自発的にそうしたくなるような状況を設定することによって、自らの目標を実現しようとするのである。
以上六つの政治行為のタイプのうち、脅迫は強制と、取引は搾取と、説得は誘導と、ある種の親和性をもっていると思われる。さらに、近代化の歴史的過程においては、それぞれある特定の社会的権利の観念を神聖視しつつ、@強制/脅迫型、A取引/搾取型、あるいはB説得/誘導型の政治行為を最も正統的なものとみなすタイプの社会的主体が、互いに継起的に出現してきて、自らが最も正統的なものとみなす政治行為のための手段の獲得を直接の目標として、互いに一定のルールの下に競争するようになる。
このような観点に即していえば、十五世紀の末ごろから本格化した近代化の第一局面は、 "軍事・航海革命" を通じて成長した、国家主権を神聖視する "国家" (近代主権国家)群が、 "国際社会" という舞台で、 "国威" −−すなわち脅迫/強制のための抽象・一般化された手段−−の入手をめざして、ある共通なルールの下で競争する "軍事化・国家化" の局面、あるいは "威のゲーム" (軍国主義)の局面であった。主権国家は、 "戦場" での戦争行為の結果獲得した領土や人民の自国への帰属の正当性を、 "外交" の場で他の諸国に評価・承認させることによって、その国威を増進させるのである。また十八世紀の末ごろから本格化した近代化の第二局面は、 "産業革命" を通じて成長した、私有財産権を神聖視する "企業" (近代産業企業)群が、 "世界市場" という舞台で、 "富" −−すなわち取引/搾取のための抽象・一般化された手段−−の入手をめざして、ある共通なルールの下で競争する "産業化・企業化" の局面、あるいは "富のゲーム" (資本主義)の局面であった。産業企業は、あらかじめ "販売" を予定して "工場" で生産された個別的な "商品" を、 "市場" でその買い手−−とりわけ "家計" あるいは "消費者" などと呼ばれる買い手−−に評価・購入させることによって、その富を蓄積していくのである。そして二十世紀も末の今日、 "情報化/智業化" あるいは "智のゲーム" (智本主義)の局面と呼ぶべき、近代化の第三局面が始まろうとしている。そこでは、 "情報革命" を通じて成長してくる、 "情報権" とでも呼ぶべき新しい種類の社会的な権利を神聖視する "智業" (近代情報智業)とでも呼ぶことが適切なタイプの組織群が、 "地球智場" という舞台で、 "智" −−すなわち説得/誘導のための抽象・一般化された手段−−の入手をめざして、ある共通なルールの下で競争をするようになるだろう。すなわち、 "智業" は、あらかじめその "普及" を予定して創り出された知識・情報である "通識" を、 "智場" で人々−−より正確には "知求人" とか "知衆" などと呼ばれる人々が構成しているネットワークとしての "コネクティブ" −−に評価・通有させることによって、その "智" 、つまり一般的な知的影響力、を増大させるのである。(1)
ここでいう情報権とは、@自律的な情報処理活動の権利にかかわる "情報自律権" およびそこから派生する要求権としての "情報安全(セキュリティー)権" 、A自分が発見・創造した情報の他者との通有にかかわる "情報帰属権" およびそこから派生する要求権としての "情報優先(プライオリティー)権" 、B自分に関する情報の他者による処理にかかわる "情報管理権" およびそこから派生する要求権としての "情報守秘(プライバシー)権" などの要素的な権利群から構成されていると考えられる。ただし、それらの要素的権利には互いに抵触するところもあるので、情報権を制度的に確立しようとするさいには、それぞれの要素的権利相互間の調整もまた必要である。さらに、主権や財産権の場合と同様、情報権もまた、その確立なしに情報や知識の自由な交流は困難だとはいえ、それが絶対不可侵なものとして主張された場合には、情報や知識の自由な交流はおよそ不可能になってしまう。その意味では、情報権もまた、他の社会的な権利と同様、その確立と同時に、それに対して一定の制約を加えることが不可避とされるだろう。さらに、社会的な権利の一種としての情報権は、他の基本的権利、とりわけ国家主権や財産権(特に知的財産権)との関係においても、しかるべき制度的な調整がなされる必要がある。たとえば、今日のアメリカでは、知的財産権とりわけ "コピーライト" の強化を望む勢力と、コピーや普及の自由( "コピーレフト" )を要求する勢力とが拮抗している。また、ディジタル化時代のコンピューターを利用した犯罪やテロ等に対処すべく、国家主権の一環としての国の盗聴権や暗号解読権を守るための立法化の試みと、それを阻止しようとする試みとが対立して、大きな政治問題になっているが、日本としてもこれを対岸の火災とみなしているわけにはいかない。国内的にも国際的にも、国家主権と私有財産権と市民情報権との間の調整をどうはかっていくかは、二一世紀の地球社会の "平和" と "繁栄" と "相互理解" の達成にとっての最大の課題となるだろう。
ここで "平和" (あるいは "安全" ) というのは、国家をその主な要素とする広域的な社会システムである "国際社会" において、その達成が広く希求されている目標状態をさす。同様に "繁栄" というのは、企業をその主な要素とする広域的な社会システムである "世界市場" において、その達成が広く希求されている目標状態をさす。産業化が始まってから後の近代世界、とりわけ二十世紀の "パクス・アメリカーナ" の下では、この意味での "平和と繁栄 (Peace and Prosperity) " が、地球社会全体にとっての理想的な目標状態とみなされてきた。そして、それを達成するための最も重要な手段が、前者との関連では "民主主義 (民主政) " であり、後者との関連では "自由主義 (自由市場経済)"であると考えられてきた。これから始まる近代化の第三局面では、それに加えて、 "理解" −−人々の間の、あるいは社会と社会の間の相互理解−−が、智業をその主な要素とする広域的な社会システムである "地球智場" において、その達成が広く希求される目標状態になりそうだ。また、それを達成するための最も重要な手段としては、 "協働(Collaboration)"、それも、 "コンピューターによって支援される協働(CSCW = Computer Supported Collaborative Work) " が提唱されることになるのではないだろうか。つまり、情報化時代の世界秩序は、これまでの政治と経済の二つの軸に加えて、 "知識" もしくは "情報" の軸をもつようになると予想される。 (次表参照) (2)
そうはいっても、現在はまだ、智のゲームはその普及のごく初期にあって、情報権の確立も共通なルールの成立も、共にこれからの課題である。近年急速に台頭してきている "NGO" や "アドボカシー・グループ" 、あるいは、 "フリーウエアー" や "シェアーウエアー" の形でコンピューターのソフトウエアを配付している人々、さらには、事実上無料で "ネットワーク・パブリッシング" を試みている人々などは、智業そのものというよりはむしろ、初期の智場における理念やイデオロギーの単なる普及者だとみなすことができよう。しかし、市場での財やサービスの交換は、その中から、交換それ自体よりは交換を通じての利潤あるいは富の獲得や蓄積を目標として活動する社会的な主体、すなわち資本主義的な "企業" を次第に派生させていったのだが、それと同様な意味で、智場での知識や情報の通有は、その中から、通有それ自体よりは通有を通じての知的影響力あるいは智の獲得や蓄積を目標として活動する社会的な主体、すなわち智本主義的な "智業" を派生させるだろう。その意味では、マルクス経済学の用語をもじっていえば、 "NGO" や "アドボカシー・グループ" 等は、前資本主義的市場で活動した "単純商品生産者" に対応する、前智本主義的智場での "単純通識提供者" だとみなすことができそうだ。
以上述べたような近代化の三つの局面は、大きくは順次継起するが、互いにかなりの期間にわたって重複してもいる。現在では、威のゲームの−−つまり "脱正戦論" 的な侵略戦争や植民地獲得競争の−−社会的正統性は、今世紀の二度の世界大戦を契機として、最終的に否定されてしまった。(もちろん、そのことは、戦争の、とりわけ "正義" や "自衛" あるいは "報復" のための戦争そのものの、消滅を何ら意味しない。戦時国際法やジュネーブ条約のような一定のルールに従って演じられるゲームとしての限定戦争の時代が終わったというだけの話にすぎない。)しかし、 "富のゲーム" の正統性については、多くの疑念が提出され始めてはいるが、まだ否定されてはいない。他方、 "智のゲーム" の正統性の確立とその普及は、起こるとしてもまだこれからのことであろう。
それぞれの局面の移行・重複期には、古いゲームのプレヤーと新しいゲームのプレヤーは、相互協力・補完関係を展開しようとする。十八世紀の終わりから十九世紀にかけての富のゲームの普及の初期、すなわち資本主義的な産業化の発展過程においては、企業と国家の協働関係が重要な意味をもった。企業は、国家にその安全や産業化・市場化のための基盤整備などを依存することによって企業活動に専念できるようになり、その代わりに国家に税金を収めたり、良質で安価な各種の財・サービスを供給したりした。同様に、二十世紀の終わりから二十一世紀にかけての智のゲームの普及の初期、すなわち智本主義的な情報化の発展過程においては、智業と企業の協働関係が重要な意味をもってくるだろう。すなわち、智業は、企業にその経済基盤を依存することによって智業活動に専念できるようになり、その代わりに企業にその知的影響力の一部を提供したり、良質で安価な各種の知識・情報を通有させたりするだろう。さらにいえば、かつての資本主義社会では、社会関係の多くが市場での商品交換関係の中に包摂されていったように、これからの智本主義社会では、社会関係の多く、とりわけ商品交換型の取引関係そのものが、智場での通識通有型のコミュニケーション関係の中に包摂されていくことが予想される。いいかえれば、市場の相当部分が、智場の中に包摂されていくことが予想される。つまり、企業の行う取引の相当部分が、市場でのその場限りの "一見の客" を相手とするよりは、智場で長期安定的な結びつきを保っている "常連" を相手として行われるようになると考えられるのである。また、その意味では、近年、産業化の新段階のためのインフラとして位置づけられている "全国情報インフラ(NII)" ないし "地球情報インフラ(GII)" は、実はむしろ地球智場のための情報インフラとしての性格を、より強くもつことになるだろう。(3)
地球情報インフラの原型となるのは、近年爆発的な成長を続けている、 "コンピューターのネットワークのネットワーク" としての "ザ・インターネット" −−単に "ザ・ネット" ともいう−−だろうといわれている。ザ・インターネットのユーザーは、現在月間12〜15% の率 (年間400 % 程度) で増加し続けていて、今年の初めに2000万人と言われていたユーザー数は、現在では4000万人を越えたと見積もられている。さらに、来年中に、2 億人を突破するだろうという予想もなされている。そのような "指数的成長" が、5 年も10年も続くとは想像しにくいが、それにしても、僅々10年前後という歴史的時間としてはほんの一瞬の間に、コンピューターの爆発的な普及と "万国のコンピューターの連結" が突如として達成されようとしていることは、今日では否定のしようがない。そうなると、 "ザ・ネット" は、それ自体が各種の電子的な商品の取引のための市場としても有望になってくる。最近出版されたインターネットのビジネス利用について述べた本は、大変な売れ行きだという。(4) こうしていまや、 "ザ・ネット" に支えられた "智場" は、その中にこれまでの "市場" の少なからぬ部分を包摂する形で成長しようとしている。このような智場が世界中に拡がっていった時には、世界の経済や政治はもちろん、人々の社会生活のあらゆる側面が、それこそ "革命的" に変わってしまうだろう。いや、ことによると文字通りの政治革命さえ起こる国がでてくるかもしれない。 "情報革命" は、その意味で、単なる第三次産業革命の域を越えた社会的な意義をもっているのである。
第二節:ボールディングとロンフェルト
前の節で提示した "情報権" あるいは "智場" 、 "智業" 、 "智のゲーム" などの概念は、社会科学の中で市民権をえているとはまだいいがたい。(1) しかし、国家 (あるいは組織) と市場以外にもう一つの重要な社会システムの形式があるという考えは、これまでにもさまざまな論者によって提出されている。ここでは、その代表的なものとして、ケネス・ボールディングとデービッド・ロンフェルトの考えを紹介しておこう。
人間の社会には三つの主要な "組織因子" があることを明言し、それらを "脅迫" 、 "交換" 、および "統合" と命名したのは、故ケネス・ボールディングであった。(2) ボールディングは、それらを "社会の遺伝子" のようなものだとみなしている。すなわち、社会の役割構造を組織し、社会組織を発展させていくのは、これらの社会組織因子の働きだというのである。(3)
ボールディングによれば、どんな社会にも、これらの三つの組織因子のすべてが存在している。なかでも、 "統合" 因子は、他の二つの組織因子が有効に機能するための基体となっている。とはいえ、これらの三つの因子が持つ重要性は、時代や場所によって、あるいは社会組織によって、異なりうる。たとえば、家族や近代国家では、統合因子がとりわけ強力に作用している。古典古代の文明にあっては、脅迫因子が特に重要な役割を果たしていた。他方、交換因子は脅迫よりははるかに広い範囲に強力な組織力を発揮する因子であって、「世界にまたがる巨大な交換と専門化のシステム」の形成に貢献したが、脅迫因子が強力に作用している社会の中に、正統性をもって入り込んで行くことは必ずしも容易ではない。脅迫を主とする社会では、交換因子 (とその作用を体現している商人や商業) は、蔑視されがちになる。
ボールディングはまた、それぞれの "社会組織因子" によって組織される "社会システム" (あるいは社会的 "サブシステム" ) という観念を提示している。前者が生物の場合の "遺伝子型" にあたるとすれば、後者はその "表現型" にあたるわけである。三つの組織因子によって組織されている社会的 "サブシステム" とは、 "交換システム" 、 "脅迫システム" 、および "統合システム" であって、交換システムが経済学の基礎であるように、(4) 脅迫システムは政治学の基礎となっているという。なぜならば、「政治権力は、根本的には脅迫に基づいている」からである。これに対し、「その中で個人が自分自身の欲求と他人の欲求とを同一視するにいたるような」統合システム、あるいは「説得や教育や愛などをふくむシステム」、に関する人類の知識は、極めて乏しい。統合システムが経済学や政治学に並ぶ社会科学の一分野としての "社会学" の基礎だというわけにはいかないのである。
このような考えかたをさらに突っ込んで発展させたのはRANDの研究員をしているデービッド・ロンフェルトの論文「インスティテューション、マーケット、ネットワーク」である。(5) この論文はまだタイプ印刷で回覧されているところなので、正式に引用することはできないが、著者の許可をえて、その基本的な論点だけを紹介しておこう。
ロンフェルトは、近年のNGO やアドボカシー・グループの台頭に注目する。いまやそれらは、地方的、全国的、超国家的なネットワークへと組織化され、社会全般にとって、とりわけ各国の政策決定にとって、日増しに大きな影響力をもつようになっている。このような新しい政治過程は、これまでの利害集団政治の旧いパターンとは異なっており、近代社会の政治の抜本的な改革につながる可能性をもっているのではないかというのが、彼の問題意識である。
このような社会進化過程−−それは "複雑な社会システム" の進化過程である−−を分析するための理論モデルとして、ロンフェルトは、彼のいわゆる "I+M+N モデル" を提唱する。すなわち、彼は、階層組織 (hierarchical institutions)と競争市場(competitive markets) と組織間ネットワーク(multi-organizational networks) の三つを、人間がこれまでの歴史の中でその社会を組織するために利用してきた主要な形態だとみなす。近代においては、まず階層組織が出現し、競争市場がそれに続いて現れてそれを補完した。そして今日の北米では、情報革命の結果、ネットワーク形式が台頭して、それをさらに補完しつつあるという。
ロンフェルトにはまた、社会組織の原理と、それに立脚している社会の形式、およびそれらの原理もしくは形式が適用される社会領域という考えかたもあり、そのような観点からするならば、 "階層原理" の中核となる領域は "国家" 、 "市場原理" のそれは "経済" 、 "ネットワーク原理" のそれは "市民社会" となるだろうという。ただし、 "市民社会" という用語は、とりあえず使ってみただけであり、ネットワーク原理が本格的に展開されていった暁には、別の言葉で呼ぶことが適切な新中核領域が新たに生まれてくるかもしれないと考えている。(6) それはともかくとして、各原理は、その独自性のゆえに、当初は社会の特定の領域に拡がるだけだが、やがて他の領域にも影響してそれを修正したり限定したりするようになる。つまり、社会の進歩と共に、社会の各種の形式とその領域は継起・交代するのではなくて、相互に交差し相互作用するようになる。そうなると、社会の機能はどの形式が存在しているかということだけでなく、領域間のインターフェースの性質や規制の仕方にも依存するようになる。社会がより高度なシステム的複雑性のレベルを達成するためには、どの一つの形式にも他を支配させてはならず、むしろそれぞれの調和と均衡を追求しなければならない。システムの複雑性が、これらの本質的に矛盾しあう諸形式の調和と統合を達成する社会の能力に依存していることは、大いにありうるのではないかというのが、ロンフェルトの予想である。
ロンフェルトの論文には、このような観点からする、一九六〇年代以降散発的に発表されてきた関連文献の論旨の要約・紹介も含まれていて、非常に有用である。(7)
ところで、私の目から見れば、ボールディングにしてもロンフェルトにしても、多くの示唆を与えてくれると同時に、いくつかの不満も残る。なかでも気になるのは、社会関係の基本的な形式あるいはシステムと、そこから派生しているより高次の形式あるいはシステムとでもいうべきものの区別がなされていないことである。たとえば、単なる商品交換と、利潤の獲得を目的として行う商品交換との区別がそれである。後者、すなわち資本主義的商品交換−−私の言葉でいえば "富のゲーム" は、商品交換が広く普及している世界で可能になる、単純な商品交換から派生してくる社会的な活動に他ならない。同じことは、主権国家とそれが従事する "威のゲーム" との間の関係や、智業とそれが従事する "智のゲーム" との関係についてもいえる。私は、ロンフェルトと同様に、国家や市場のような社会システムは、相互に、また智場との間に、相互補完的な関係を展開していくに違いなく、その意味では、容易には消滅しないと考えている。しかし、そのことは、 "国威" の増進・発揚競争としての "威のゲーム" が、その正統性を失って消滅していくこととは別の話である。同じことは、市場での商品交換一般と "富のゲーム" との関係についてもいえるだろう。 "資本主義" がなくなれば市場もなくならざるをえないと考える必要はないのである。ロンフェルトのいうように、 "国家の失敗" や "市場の失敗" は、どちらか一方に特化することによって消し去ることはできない。それは、 "ネットワーク" の原理によって補完される以外にないのである。しかし、その場合でも、 "威のゲーム" や "富のゲーム" が、 "智のゲーム" に取ってかわられる過程で、それ自体としては衰退し消滅してしまう可能性は、充分にあるだろう。さらに、より遠い将来には、 "智のゲーム" でさえも消滅してしまうかもしれない。私の予想では、それが近代文明の終焉に他ならない。しかし、そのことは、近代文明が進化させてきた、脅迫の正統化としての国家による統治の形式や取引の正統化としての市場での交換の形式、あるいは智場での知識や情報の通有とそれによって媒介される説得や誘導の形式それ自体まで消滅してしまうことを意味しない。それらの形式は、近代文明の後継文明としての "智識文明" の不可欠の構成要素となって残るだろう。(8)
第三節:日本の智場と智業
平安末期以来の日本の列島の上で進化してきた広義の近代社会とみなすことができる日本の "イエ社会" (1) は、歴史的に、知識・情報の通有を基盤とし、その要素主体の自律・自立性が高く、内部の役割構造に階層性の少ないネットワーク型の組織−− "一揆" や "ムラ" あるいは近年の "企業集団" や "談合組織" など−−を、イエ型の社会システムの下位主体もしくは上位の主体ないしシステムとして発展させてきた。前者の例は、徳川時代の藩(大イエ)の下位主体となった村ないし町である。今日の企業の職場に見られるインフォーマルな人的結合のネットワークも、そのいま一つの例とみなしてよいだろう。後者の例としては、中世の武士同族団( "党" と呼ばれるものもあった)や、戦後の産業界に広く形成された各種のフォーマルな業界団体やインフォーマルな "談合組織" などをあげることができよう。その意味では、日本社会は、広義の智業や智場が古くから全体社会の重要な構成要素をなしてきている "ネットワーク社会" (2) として特徴づけることができる。近代西欧社会で発達した "主権国家" や "自由市場" のような組織は、日本の場合、このネットワーク社会の基盤の上に、いわば借物として後から上乗せされているにすぎず、充分には根づいていないという見方(3) は、あながち的外れとはいいきれないだろう。
つまり、日本においては、広義の智場や智業は、近代的な国家や市場が発達する以前に、すでに広く深い拡がりをもって出現・普及し、日本の社会関係の一つの基軸を形作っていたといえそうである。市場も智場も、共に人々の間の広い意味での "社会的交換" の場だとみなすことができるだろう。しかし、市場が、人々の間のいわばその時限りの一見( イチゲン) の関係としても成立しうる−−ただし、商品の品質や機能のような価格以外の物的要因についての "完全情報" を前提としてではあるが−−のに対し、智場は、人々の間の相互信頼−−つまり、いってみれば、関わりを結ぶ人々相互の性格や能力や意図等の人的要因についての "完全情報" −−を前提として、知識や情報の通有や相互扶助その他の共同の目的を達成することをめざした、説得/誘導型の永続的な談合関係・行動の相互調整関係としてのみ成立しうる、という特徴をもっている。しかも、そのような相互信頼は、いっきょに成立するものではなく、それ自体が長期間にわたる "実績" の積み重ねの結果として初めて醸成されていくようなものだろう。その意味では、新しいメンバーの智場への参加は、いわば徐々にしか行われえないものであって、ある一時点をとってみれば、人々を智場の参加者と非参加者とに明確に二分することはできず、その間に一種の見習いあるいは試験参加者とでもいうべき "グレーゾーン" が存在するといわざるをえないだろう。逆に、 "実績のない者の参加を認めない" という日本の社会ではよく耳にする言い方を、新規参入の余地を残さない完全に閉鎖的な性格の言明だと受け取る必要は必ずしもない。「そこを何とかお願いします」といって頼み込めば、特別な参加のチャネルが何となく開けるとか、断られても断られても飽きずに繰り返し頼み込んだり贈り物をしたりしているうちに、やがて頼み手の "誠意" が受け入れられる日がくることがむしろ普通なのである。
こうした広義の智場およびそこを場として活躍する智業は、それらが基盤となって、それらとは異なるタイプの社会的な関係の場や主体−−国家や市場など−−を、その中にある程度まで取り込んでいきうる柔軟性をもっている。事実、それが明治以降の日本社会の "狭義の" 近代化過程、つまり欧米化過程で広汎に発生したのである。逆に、欧米型の近代文明で典型的に発達した国際社会や主権国家あるいは世界市場や産業企業のような社会システムや社会的主体もまた、その基盤の上に、説得/誘導を基本的な相互制御方式とする智場のような社会システムや智業のような社会的主体を、取り込んで行くこと、あるいはそれと共存して行くこと、は決して不可能ではないのである。近年のアメリカで顕著に見られる "東洋" の思想や文化への関心、とりわけ "個人主義" の反省に立った "グループ" への志向や、 "ネットワーキング" 運動の盛り上がりなどは、それを如実に示しているものではないだろうか。さらにいえば、それを目にした日本の社会が、アメリカでの新しい "ネットワーキング" 運動に注目すると同時に、これまでみずからが立脚してきた過去の "ネットワーク" のあり方を自覚的に反省することを通じて、その再組織・再構築をはかろうとする動きが現れたとしても、不思議はないのである。
以下では、そうした反省や再組織の試みの一環として、私自身の目でみた日本流の智場や智業の現時点での問題点のいくつかについて述べてみたい。
今日の日本の智業家−− "智本主義" 的というよりは、 "前智本主義" 的な智業家というべきだろうが−−たちは、そのほとんどが "ファン・クラブ" をもつ "評論家" である。たとえば、大前研一、堺屋太一、竹村健一、長谷川慶太郎といった人々がその典型といってよいだろうが、いずれも特別の専門分野をもつというよりは、むしろジェネラリストとして、さまざまな支援グループを組織すると同時に、マス・メディアを利用した多方面の評論活動を行っている。しかも、これらの人々は、互いに相対的に孤立し、相互の論争や批判を活発に展開するというよりは、むしろ互いに無干渉で棲み分けをはかっているような傾向が見てとれる。また、それぞれの智業家の主張や業績は、単行本として公刊されることは多いが、学会のような組織を作ったり、学術雑誌のような定期刊行物に依ったりして、その主張を組織的に展開したり、成果を蓄積したりしていくことは少ないようだ。(4) 今後の智業の発展、とりわけ智本主義型の智業の発展にとっては、主体の組織化や相互の競争のためのルール作りが是非とも必要とされよう。
広義の智業の一種としての "市民運動" の展開は、日本でも広く見られるが、これらの市民運動団体が、自らの代表を既存の政治の枠組みの中で政界に送り出そうとする傾向も間々見られる。ヨーロッパでの "緑の党" の活躍はその顕著な一例だが、日本の場合は、市民運動の代表者が独自の政党を作るよりは、散発的個別的な形で、無所属として、あるいはどこか既存の政党の一員として立候補することが多い。しかし、北岡伸一も批判するように、(5) それは "政治のプロ" の参加を前提とする "代表制民主主義" の原則には適合せず、かえって影響力の浪費に終わる危険がある。むしろ、現在の政治の枠組みの下では、市民運動体は、プロの政治家個人あるいは政党を支援するのがよく、自ら政治に打ってでることは、その影響力を拡大するゆえんではないだろう。
大学と企業との関係の問題も、気になることが多い。日本で "産学協同" のスローガンが叫ばれるようになって久しいが、その実はいっこうにあがっていない。大学の側には、軍事研究はしないとか営利を目的とする活動や組織と関係をもつことは慎むべきだといった理由をあげて、その実は外部の世界とは関係をもたない "大学自治" のぬるま湯にひたろうとする傾向がある。 "大学自治" はさらに、 "学部自治" から "学科自治" さらには "講座" や "教室" の自治に、究極的には教員・研究員個々人の "自治" へと退化し自閉していきがちである。 "金" はなくとも、他人からは何の指図も制約も受けず、自分の好きなことを好きなようにやっていきたいというのが、日本の "大学人" の理想とするところなのではないかと思わざるをえない。それは大学の教員・研究員だけの話ではない。図書館なども、その蔵書を職員や学生に読んでもらうことよりは、大切な書物をなるべく綺麗な状態で保存しておくことを目標にしているのではないかと邪推したくなる。開館時間は管理が困難などの理由でしばしば短縮されがちだし、図書の貸出・返却条件は厳しくなる傾向があるし、研究者を支援するための "ライブラリアン" のシステムは日本ではほとんどないも同然である。他方、大学の外の社会、とりわけ企業は、日本の大学の研究や大学を卒業してくる学生たちの知識には、大して期待していないふしがある。欲しいのは、 "博士" ではなくて "白紙" だという話を聞いたことがある。つまり、企業としては、健康で、多くの有用な友人をもち、潜在的な学習能力の高い学生が得られればよく、後は企業内の教育・訓練で必要な人材を育成しようとしていた−−少なくともこれまでは−−ように思われる。研究の成果も、大学に期待するとすればそれは日本の大学ではなく海外の大学であって、共同研究や研究資金の支援も、日本の企業は外国の大学に対して行う比率が圧倒的に大きいことは、よく指摘されるところである。また、日本の企業は、基礎研究まで含めて、研究も自前で行おうとする傾向が強い。もちろん、日本の大学の研究を支援することも決して皆無というわけではないが、その場合の主たる動機は、良い学生を回してもらうための "お付き合い" を欠かさないことにあるとも言われる。日本のハイテク技術の現状を批判的に検討したアメリカ人の著者たちが指摘するように、(6) これからの日本の企業は、その基礎研究部門を大学に移して、高い普遍性を持つ研究の成果を共同で享受できるようにしたり、大学と社会とのより緊密な結びつきを仲介しうるような研究機関の設立や運営を支援していく必要があるだろう。私の考えでは、研究開発支出に占める政府資金の比重が、日本の場合先進産業諸国の中では有意に低いということ自体は、悪いことではない。むしろ問題は、民間部門が支出している巨額の研究開発費の支出の仕組みにあるのであって、今後は "智業=企業協働" の実があがるような方向に、それを組み換えて行く必要があると思う。
これもよく指摘されるところだが、日本は、 "貿易立国" を国是としてきたとか、最近では海外投資を活発化しているといわれるわりには、日本の企業の活動にはグローバルな拡がりがない。とくに、今後の成長が期待されるハイテクの最先端部門では、日本の企業が世界の市場の中に占めるシェアはごく小さい。(7) また、日本の企業のほとんどは、依然として、日本に本社のある、日本人の幹部によって運営されている企業であって従業員の "多国籍化" はそれほど進んでいない。これが、思想・学術・芸術・スポーツなどの分野での "智業" 型の活動となると、演奏家やファッション・デザイナーなどの一部の例外を除けば、日本の "閉鎖性" ないし "局所性" はさらに著しくなる。その背景には、言語や文化の制約があることは、恐らく事実だろう。すでに多くの人が指摘していることだが、日本人は、一方では日本語の普及を支援したり、みずからの文明や文化の特質を世界の人々に広く理解させるような情報発信に、より真剣に取り組むべきだろう。他方では、外国語、とりわけ英語、の学習と使用をより本格的に進める必要がある。日本語や漢字を捨てる必要はないにしても、同時に、子供のころから、二つ、できれば三つの言語の使用に習熟させるようにすることが望ましい。いや、それどころか、思い切って、日本語とならんで英語を日本の公用語として採用することが、日本人と日本文明の、さらには日本語もの、 "地球化" のための一番の近道かもしれない。たとえば、それによって、異なる文化の理解や文明の受容に対する高い感受性をもち、異文化交流の掛け橋となって活躍できる人々の数が増えるばかりでなく、コンピューター支援の翻訳システムの高度化にも強い刺激が与えられることになるだろう。それはひいては、日本語と非日本語との間ばかりか、あらゆる言語相互間の翻訳を支援するためのシステムの発展をももたらすだろう。
ちなみに、上述のインターネットの普及は、日本の場合、ある観察者が日本の“アノマリー (異常状態)"と呼んだほどに遅々としている。すなわち、1993年の初めごろの時点で、日本でのその普及率は、一人当たりGNP の規模から統計的に推定される回帰線上の点が示す予想値の1/10にすぎないのである。これに対し、アジアの他の産業国、韓国、台湾、香港、シンガポール等は、いずれも回帰線よりは上に位置している。(7) その理由としては、通信回線の料金の高さ、政策的推進態勢の欠如、日本の研究機関の閉鎖性、民間企業の驕りもしくは先見性のなさなどいろいろな指摘がなされているが、その中に、日本社会でのコミュニケーションのあり方の特質、さらには日本の文化の特質が含まれているのではないかと見る人もいる。インターネットが具現している個人主義的で自由主義的な文化、とりわけ各個人の言論の自由を極度に重視しようとする価値観は、日本の文化の根幹と対立する面があり、日本人によって忌避されているのではないかというのである。(8) もっとも、私にいわせれば、そのような見方は、まったく当たっていないわけではないにしても、いささか一面的にすぎる。 "文明" としてのインターネットは、日本でも数年のうちに間違いなく広く普及するだろう。しかし、その使い方は、アメリカでのそれとは自ずと違ったものになるかもしれない。また、そもそも近年のアメリカ社会自体のなかに、これまでの個人主義的な価値観への反省と、グループやその中でのひとびとの "協働(collaboration) " への新鮮な関心の台頭が見られ、それとネットワーキングの発展とが不可分に結びついているのである。その意味では、日本の文化や文明が、インターネットをその基盤とする "智場" のグローバルな展開に対して、独自の貢献をなしうる可能性も決してなくはないと思う。
しかし、問題もある。日本の文化に立脚したこれまでの日本人のコミュニケーションに見られるいくつかの特性のなかには、地球智場での知識や情報の通有・普及活動や、さらにはそこから派生して発展していく "智のゲーム" への日本人の参加にとっての障害となりかねないものも含まれていはしないか。たとえば、日本人のコミュニケーションは、情緒的でありすぎる。ことあるごとに、 "国民感情" のあり方が云々されることはあっても、一定のルールに従って知的なディベートを行ったり、それを観客として享受したりする習慣は、日本の社会にはほとんどない。コミュニケーションだけでなく、それ以外の社会活動一般についても、それを規制するルールのほとんどは、固定的なルールというよりは、規制当局の裁量の余地が極めて大きいものになっている。法律として制定されたルール自体がないところで、 "行政指導" による人々の活動のコントロールが行われている場合も多い。もちろんこのような特質は、日本の社会だけに独自なものではなく、他の社会にも多かれ少なかれ見られたり、とりわけアジア世界には広く通有されたりしているものではあろう。また、その意味では、知性よりも感性にもっぱら訴えかける説得の方式は、それなりに広い範囲にわたって有効だろう。けれども、当面アメリカ的な文化と文明が支配しようとしている地球智場の中では、日本人のコミュニケーションに見られるこのような特性は、日本の智業にとっての不利な条件となるといわざるをえないだろう。
明治以来とりわけ顕著となった "官治主義" (9) 体制、すなわち官僚による統治と官僚への依存の構造や心理も、智場と智業の発展にとっての阻害要因となりかねない。日本における "お上" と "下々" との関係は、家父長的な権威による支配・被支配の関係というよりは、慈愛深い母親あるいは教育ママが、一人立ちできない甘えっ子たちの行動にあれこれと口を出す一方、何くれとなく世話を焼くという関係としての性格が強い。多くの日本人の考える "民主主義" とは、下々の国民の様子をお上が絶えず注視して必要な世話を焼いてくれているという状態を理想状態として想定して、そこからの乖離が少しでもあれば、国民が行政に対して即座に "要求" を出し、行政は唯々諾々とそれに応えてくれるというものではないだろうか。行政が国民生活のあらゆる細部にわたってあれこれと口を出し規制を加えているという状態は、多少うるさくはあっても、それで社会的な秩序や繁栄が保障されている限り、必ずしも悪いものではないのである。これでは、智業の発展にとって何よりも必要な、主体的・創造的・革新的な行動は阻害されがちにならざるをえないだろう。
さらにいえば、日本の農村文化の伝統に深く根ざしていると思われる、日本社会に見られる異常なまでの嫉妬心と“平等主義”もまた、智業の主体的・創造的・革新的な行動を、いわば草の根レベルで阻害してしまう深刻な要因である。それは、ある限定されたものの見方や解釈あるいは目標や行動の共通の枠組みの中での、互いに相手に抜かせまい、抜かれまいとする激烈な "過当競争" の源泉となっている。この共通の枠組みの外に出ようとするものがあれば、仲間はずれにされるか強引に制止されるかのいずれかである。共通の枠組みの中で競争していても、あまりに優れたとみなされる業績をあげようものなら、たちまち嫉妬の対象となって足を引っ張られてしまう。こうして、日本の社会は、抜本的に創造的なアイデアや革新的な行動を、あるいは広く認められた競争行動の促進に資する種類の批判以外の現状に対する疑問や批判、とりわけ原理的な疑問や批判を、系統的に圧殺し間引いてしまう傾向をもっている。逆に、共通の枠組みの中でのことであれば、他の観点からすれば危険あるいは非道徳的、さらには違法でさえあるかも知れない思想や行動も積極的に許容される−−「赤信号、皆で渡れば怖くない」の倫理−−のである。
以上、これからの智場および智業の発展にとっての日本社会がもつ問題点と思われるものの幾つかを列挙してみた。とはいえ、私は、これらの問題点が本当にどこまで深刻なものなのか、それともそれほど問題にするにあたらないものか、あるいはまた、どうにも変えようのないものなのか、それとも比較的容易に克服できるものなのか、を断言する自信はない。私自身、その判断が日々揺れ動いているというのが正直なところである。
しかし、少なくとも次の点については、私は確信に近いものをもっている。すなわち、先に述べたように、近代文明は、今その進化の第三の局面に入ろうとしている。すなわち、近代文明の軍事化の局面 (軍事文明) と産業化の局面 (産業文明) に続く情報化の局面 (情報文明) の局面に入ろうとしている。そこでは、グローバルな社会秩序としては、これまでの政治秩序 (民主政を通じて平和を達成する秩序) と経済秩序 (自由市場を通じて繁栄を達成する秩序) に加えて、情報秩序 (智場での協働を通じて相互理解を達成する秩序) とでも呼ぶべき第三の秩序軸が重要な意味をもつようになってくる。そうだとすれば、われわれは、これらの秩序の性格やその相互関係をさらに究明すると同時に、それぞれの秩序の基盤をなす社会的な権利の体系の確立と制限、それらのさまざまな権利相互の間のしかるべき調整などのための仕組みを構想し実現していく必要がある。つまりそれぞれの秩序にとっての個別的および全体的な法律・制度的な枠組みを、全体的な枠組みを構想し実現していく必要がある。さきに言及したロンフェルトの議論が示唆しているように、第三の秩序軸が現実のものになってくれば、これまでの第一および第二の秩序にもそのフィードバックが及んで、前二者の秩序のための法律・制度的な枠組みも、また結果として達成される秩序の具体的な形も、これまでの近代文明が想定していたものとは多少異なったものになる可能性が強い。これらの論点をめぐる明確で説得力のある議論をどのように構築し普及していけるかということ自体、今後の智業、とりわけ近代文明の中でもこれまでの主流であった東大西洋や新大陸地域の文明肢 (欧米文明肢) に対していわば傍流に属してきた西太平洋の文明肢に属する日本の智業にとって、大きな挑戦となるに違いない。また、揺籃期にある日本の智業は、そのような試みを通じて、自分自身のあり方を、次の二つの方向で一段と進化・強化することが可能になるに違いない。すなわち、その一つは、三つの秩序軸を含む全体としての地球新秩序の構築のための前衛の役割を果たすことのできる "智業=企業協働" のモデルを作り上げることである。いま一つは、 "日本の智業" という制約を超えた "グローバルな智業" として自己を組織していくことによって、日本の企業のグローバル化にとっての牽引車としての役割を果たすことである。(10)