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1994年7月26日

「日本は本当に異質・特殊か? 」

京都会議 講演要旨

公文俊平

1)比較のための概念的枠組み

 私どもに与えられた問いは、「日本は本当に異質・特殊か? 」というものだが、この問いは、いったい「何を何に対して」比較することを要求しているのか、必ずしも明らかでない。そこで、私は、以下のような比較のための概念的枠組みをたててみることをまず提唱したいと思う。

 まず、ここでいう「日本」とは、「現代の日本の社会に見られるさまざまな特質」のことだと考えよう。さらにその場合の“社会”の構成要素としては、それが含んでいるさまざまな要素的主体(組織や個人)と、それが持っている文明や文化を、まず考えておきたい。すなわち、私はここで、

  社会={主体;文明、文化}

という一般的な概念枠組みを想定してみたい。 さらに、ここでいう文明については、

文明=文化を設計原理としながら、環境要因やその他のさまざまな要因の影響もうけつつ意識的に形づくられる、精神・物質の両面にわたる人間の社会生活パターンの複合体

という定義を採用しておきたい。また、文化については、

文化=社会の成員としての各主体の間で、ほとんどそれと意識されないままに学習・適用・伝達されていく、人間の行為のさまざまな側面の採用原理の、ひいては文明の設計原理の、複合体

という定義を採用しておきたい。なお、このような文明と文化の定義に従えば、「反省を通じて意識化された“文化”は、ここでいう“文明”の一部に含まれることになることを注意しておこう。つまり、文明には生活意識のレベルで自覚されているものと、反省意識のレベルで自覚されているものとの、二つのレベルのものがあることになる。

 文明や文化がそれぞれある“複合体”を形成しているという考え方は、文明や文化はそれ自体さまざまな要素に分けてみることができるという考え方を前提している。以下、文明の要素のことは“文明素”と、文化の要素のことは“文化子”と、それぞれ呼んでおくことにする。いわゆる“政治”“経済”“社会”“(意識された)文化”などは、ここでいう文明素のさまざまなクラス−−あるいは文明のさまざまな側面−−にあたると考えることができるだろう。

 さて、上に定義したような意味での文明の特質−−つまりさまざまな文明素のあり方−−やその変化を規定している諸要因には、大別して、

  1. 文明(素)それ自身 (とりわけその過去の在り方)
  2. 文化的要因(文化子)
  3. 自然的および社会的な環境要因
  4. 遺伝的要因
  5. 文明の形成者としての人間の自由意思

などがあると考えられる。いわゆる“社会科学”が採用している説明の方式−−“社会科学的アプローチ”−−は、文明(素)をもっぱら文明(素)それ自身、それも同じクラスに属する文明素群−−によって説明しようとするものである。たとえば、(純粋)経済学は、文明素としての一組の“経済変数”(内生変数)をそれ自身(と環境の状態を表すいくつかの“外生変数”)によって説明しようとする。これに対し、文明(素)をもっぱら文化(子)との関連で説明しようとするアプローチは、“文化論的アプローチ”と、環境要因との関連で説明しようとするアプローチは“環境論的アプローチ”と呼ばれることがある。他方、もっぱら人間の意思決定の所産として説明しようとするアプローチは、“計画論的アプローチ”あるいは“政治学的アプローチ”などと呼ばれることがある。しかし、最も包括的なアプローチは、上の五つの要因の全てを説明変数として含めるというものであろう。たとえば、次のような文明の説明図式がそれである。ただし、残念なことに、私はこれらの要因のすべてを考慮にいれた“文明の理論”を知らない。

2)文明と文化の関係

 文化が、基本的には無意識のうちにある社会のメンバーの間で世代から世代に伝達されているとすれば、その意味では、われわれは、自分のものとは異なる他の文化を持つ社会やその成員に接触でもしない限り、自己の文化の特性を自覚することはまずないだろう。そうだとすれば、ここでいう意味での文化が、社会によってかなり大きく違っていても不思議はない。社会間の相互接触が少ないような環境の下に存在する社会、あるいは他の社会との接触を避けようとするタイプの文化をもつ社会においては、なおのことその傾向が強いだろう。生物のさまざまな種が、異なった環境の下で進化するにつれて、遺伝的にもますますその違いを大きくしていく傾向があるように、文化の相違も、時間の経過と共にますます甚だしくなっていく傾向があるかもしれない。

 しかし、文明については事情は違ってくる。同じ生存環境の下に置かれた−−たとえば海中に住む−−遺伝的に異なる種が、しばしば互いに良く似た形質や行動−−たとえば鰭とそれを利用した泳ぎ−−を表現型として生み出していくように、文化的に異なっていても同じ環境の下に置かれた社会は、互いに良く似た文明(素)を形成していく可能性が強いと思われる。文明同士が相互に接触する機会が多ければ、その可能性はさらに強まるだろう。つまり、ここでいう意味での文明は、文化の影響を受けていることは間違いないにしても、文化によって全面的に規定されているわけではない。たとえ文化が変わらなくても、環境や主体の意思などが変化すれば、文明は、文化とはある程度独立に変化しそうだ。他方、文明は、環境状態の如何や主体の決心などによって、まったく自由に変更できるというものでもなさそうだ。もちろん、そうはいっても、文化との適合性をあまりにも欠いている文明素は、やがて文化によっていわば拒否されてしまうだろう。同じことは、文明素相互間の関係についてもいえそうだ。変えたつもりの文明 (素)が、変化しない文化や他の文明素の影響を受けてもとに戻ってしまうことも、あるかもしれないのである。たとえば、支那の文明から多くの影響を受けた日本列島の文明が、牧畜文明的な要素の多くを結局は拒否したのは、そのためかもしれない。また、近代西洋文明との第1次の邂逅にさいして、超越神への信仰や鉄砲の製造・利用などの文明素を最初急速に受け入れた日本が、数十年のうちにそれらを事実上捨て去ってしまったのも、そのためかもしれない。にもかかわらず、日本の近代文明は、依然として多くの文明素を欧米の近代文明と通有している。また、厳密にいえば同一とはいえなかったり、文化的な基盤を異にしたりしてはいても、機能的にはほぼ同等な文明素−−つまり“相似”文明素−−も、少なからずもっている。恐らく“日本的民主主義”や“日本型市場経済”の諸制度は、その意味で欧米の民主主義や市場経済のそれと“相似”な文明素だといえるのではないだろうか。

 なお、生物学では、生物の表現型をその遺伝子型の“生存機械”と見る立場(ドーキンス)が、近年優勢になってきたようだ。この考え方を拡大解釈すれば、メディアは情報の保持や伝達のためのシステムだという理解が可能になる。同様に、文明は、文化の保持や伝達のための装置だという理解も可能になる。しかし、本当にこのような見方は妥当だと言えるのだろうか。遺伝子が本当に生物体を自らの生存機械として利用しているというのなら、自己同一性を保ちつつ生存していく遺伝子の中核的な実体はいったい何なのだろうか。よもやそれが生物体の表現型の設計図にあたる情報であろうはずはない。それらの情報も遺伝子の一部分ではあるかもしれないが、それらは、その生存が至高の目的であるはずの遺伝子の中核部分ではありえない。しかし、表現型の設計図ではないような遺伝子は、そもそも存在するだろうか。まさかそれは実は“虚無”だ、というわけにもいかないだろう。それに、遺伝子は突然変異する。その場合には、変異の前と後とでは、遺伝子の自己同一性は損なわれてしまいはしないか。突然変異するようなある意味ではかない存在を時間を超えて“生存”させていく意義はどこにあるのだろうか。

 そのように考えてくると、あるいはここで発想を逆転させた方がよくはないかとも思えてくる。つまり、表現型を遺伝子の生存機械とみなすのではなくて、逆に遺伝子の方を、表現型の存続の工夫だとみなすのである。生物の表現型は、おそらく物理法則の制約のために、不老不死性を−−それも変化する環境に自らを対応させつつ−−獲得することはできない。そこで、生物はその表現型を構築するための情報を、自分自身からは分離させて、遺伝子の形にして世代から世代に受け渡すことによって、生物体は、自らのコピーを−−それも複数個−−作ることが可能になったのである。しかも、そのようにして“生まれる”子供は、まさに親から生まれてきたという意味で、自分自身の複製、自分自身との同一性の保持者に他ならない。もちろん、子供はさまざまな意味で親とは異なっているかも知れない。しかし、表現型のレベルでの親子の間の差異は、遺伝子型のレベルでの、突然変異の前と後の遺伝子相互間の差異よりは、はるかに小さいといってよいのではないだろうか。むしろ、突然変異と自然選択を伴う遺伝の仕組みは、遺伝子ではなくて生物体が、自己同一性を維持しつつ存続していくと同時に、環境への対応の必要に応じて自らのあり方を変化させていくという目的のためにも、きわめて有効な仕組みなのではないか。

 このような見方を、先の場合と同じように拡大解釈していくと、情報はメディアを保持するための−−その意味では、情報を中心に考えた“メディア”という表現は、もはや適切とはいえない−−工夫であり、文化は文明を存続・進化させるための工夫だ、と解釈することが可能になる。そうだとすれば、相対的により優越した存在、それに真に究極の価値を認めてしかるべき存在は、“文化”ではなくて、“文明”だということになるだろう。

3)現代日本文化の異質・特殊性

 以上のような議論の枠組みを前提にして、まず現代日本の“文化”について考えてみよう。すでに述べたように、私は、現代の日本社会を構成している多種多様な主体群が多少とも共通にわかちもっていると思われる文化 (子) を、他の社会との比較において、もれなく列挙分類する適切な方法を知らない。私にできることは、せいぜい、私自身の生活体験に基づいた反省の結果として、現代日本の文化を形作っていると思われるいくつかの要因 (つまり文化子) の特質、それも他の社会、とりわけ欧米の社会のそれとは相当に異質なように思われる特質のいくつかを、例示的にあげてみることくらいである。

 その第一は、日本人の多くがもっている "ムラ原理" とでもよぶべき平等志向と集団的自治志向である。日本人は概して、強力なリーダーによって一方的に統制され指揮されることを好まない。ほとんどの事柄は、他人から遅れをとりたくない一心でたがいに激しく競り合おうとする各個別主体の自助努力にゆだねられる。個別的な競争では解決のつかない問題は、集団内部での当事者間の "談合" によって処理される。とりわけ、集団にとってのぞましくないとみなされる行為や情報伝達は、個別的あるいは集団的に "自主規制" され "自主検閲" される。日本の社会で、統治の主体とその対象とが、実体的にも制度的にもそれほど截然と分化していないのは、おそらくそのためである。 "支配階級" と "被支配階級" あるいは "賢明な治者" と "統治される愚民" といった二分法を日本の社会に適用するのは、無理がすぎるだろう。同じことは、社会的な "反省" のための機関としてのジャーナリズムと、社会生活の本体部分との関係についてもいえる。しかし、もちろん日本にも統治のための機構、とりわけ行政機構( "お上" )は、制度的にある程度分化していて、一定の役割をはたしている。しかし、行政機構に与えられた法執行力(制裁措置など)は弱く、権力と富も基本的に分離されている。日本人が "お上" に依拠するのは、原則として仲間内での利害の自主的な調整が困難な場合か、自分たちにとって有用な情報の提供が期待できる場合にかぎられる。 "お上" の側も、よしんば法的な根拠があったところで、民間の大部分が好まない決定を民間に押しつけることは躊躇しがちである。

 その第二は、集団内の意思決定を律している "日本的民主主義" の原理である。日本人は概して、集団での意思決定に参加できるメンバーの範囲が広いことを好む。また、意思決定自体は、全員の一致によることを理想とする。つまり、一部のメンバーが強力に反対するような意思決定は、なかなかおこなわれないのである。その例外が、環境からの圧力、すなわち "外圧" である。集団の存続にとって死活の重要性をもつとみなされる "外部" が存在している場合には、そのような外部との友好関係(対外的な "和" )の維持が、内部の "和" の維持にしばしば優先する。(もちろん、 "外圧" への屈従が、その集団が共有している至高の価値を犠牲にすることを意味する場合には、屈従よりも死がえらばれるだろう。戦前の日本人にとっては、 "国体の護持" がそのような至高の価値であったとおもわれる。今日の日本人がそのような至高の価値を共有しているかどうかは、およそ明らかでない。)他方、全員の一致があれば、日本の集団にとっては、いかなる意思決定も正統な決定だとみなされる。そのため、下位の集団が、全員の一致によって上位の集団が課した制約を無視してしまうこともおこる。

 その第三は、 "日本的一元論" あるいは "日本的プラグマティズム" などとよばれる "現実" と "観念" との関係を律する原理である。日本人は概して、言葉と事実、事実と価値を峻別せず、相互の転換ないしは浸透が可能なものとみなしがちである。 "不吉" な事態を予想したり、それに備えたりすることが、それを招きよせることになるとかんがえる "言霊" 信仰や、主観的な誠実さ(まこと)と客観的な真実(まこと)を区別せず、誠意をもって努力を積みかさねることで好ましい結果がえられるという "頑張り主義" などは、その典型である。日本の企業についてしばしば指摘される "技術信仰" −−技術的にすぐれている製品こそが "良い" 製品だという信念−−なども、それと同根であろう。

 また、日本人は概して、理論や法律を "タテマエ" として一応尊重はするものの、実際の行為においては、現実的な判断、つまり "ホンネ" が優先する。理論がどうであれ、実際問題としておかしなことはおかしいのであり、法律に何と書いてあろうと、悪いものは悪いのである。たとえば、国家機密保護法が制定されていなくても、スパイ行為が悪であることにかわりはないのである。問題は、この "ホンネ" レベルでの認識や倫理が、一定不変でなく、 "状況" に応じて変化することである。このため、外国人の目からみて日本人の行動は予測不能だといわれることがあるが、それは言いすぎないし言いがかりであって、日本の文化や日本を取りまく環境条件(の変化)について正確な客観的認識があれば、日本人の行動(の変化)は、ほとんどの場合、多くの日本人以上に正しく予測可能である。日本人の "状況倫理" を的確に認識した文化人類学者のルース・ベネディクトが、戦後の日本の経済成長をいち早く正しく予測しえたのは、その一例にすぎない。

 その第四は、欧米の“個人主義”に対して、“間人=間柄主義”とでも呼ぶことが適切なような、社会やその中での人々のあり方に対する基本的な見方、捉え方である。この見方に立てば、社会の最も基本的な構成単位は、社会関係から独立に存在しうる不可分の単位としての“個人”ではない。むしろ、家族関係や友人関係あるいは会社のような、社会的な関係単位(間柄)と、何らかの(通常は複数の)そのような間柄に入っている乃至は入ることになるはずの個体(間人)である。このような見方にたてば、「人=間人は間柄に所属することによって、“人間”となっている」ということができよう。

4)現代日本文明の異質・特殊性

私の考えでは、すべての文明は、互いに同質な面と異質な面とをもっている。また、すべての文明は、相互の比較や分類が可能な程度には互いに類似している。

 現代日本の文明は、“近代文明”と総称できる文明群の、一分肢 (東大西洋分肢および新大陸分肢と区別された西太平洋分肢) に属するという意味では、他の諸近代文明と同質な面をもっている。近代文明の諸分肢は、文明の進歩や発展は可能であり望ましいことだという価値観(=文化子)を通有している。このような価値観は、近代文明に先立つ文明(古典古代文明、私は“宗教文明”と呼ぶことにしている)には見いだせない。

 “近代文明”は、時間を通じてのその進化過程の中で、“封建化〜軍事化”、“商業化〜産業化”、“智業化〜情報化”とでも総称することができるような、技術革新と社会変化の三つの局面−−それぞれ、かなりの期間にわたって重複しているが−−を経過していく。しかし、いずれはその発展の限界に直面して、近代文化とは異なる文化−−進歩・発展の可能性を否定する文化−−をもつ別の文明(私は“智職文明”と呼ぶことにしている)に取ってかわられる。

 現代日本の文明は、それ自身の歴史と同時に、その文化や環境要因の一部を、近代文明の他の諸分肢と(はもちろん、同一分肢内の他の亜肢とも)異にしている。たとえば、日本は、歴史的には、近代化の一局面である産業化の後発国 (ないし中発国) である。日本はまた、先に言及したように、フォスコ・マライーニのいう「トータルな融合 (主体と客体、物と心、事実と価値の) 」の文化をもっている。地理的には、日本は、アジアのもっとも東に位置し、しかも大陸からは海で隔てられている、等々。文明を規定する要因に見られるこのような特質が、他の近代文明と比較した場合の現代日本の文明の、ある程度の異質性をもたらしていることは当然だろう。 (しかし、日本の社会的環境の極めて重要な一部を構成しているのは、他の近代文明群であり、そのことは、現代日本の文明を近代文明の他の諸分肢、とりわけ産業化の先発ないし先進国の文明と、同質化させる強力な要因になっていると思われる。)

 近代文明が生み出した諸社会秩序、とりわけ政治・経済秩序という面では、間柄主義の文化に立脚する日本のそれは、個人主義文化に立脚するアメリカ流の民主主義的政治秩序や自由主義的経済秩序に比べると、明らかに異質である。しかし、国民国家や産業社会の運営という観点からすれば、日本の秩序とアメリカの秩序は、かなり大きな相似性をもっているということができそうだ。他方、アジアの他の地域の近代文明と比較した場合には、それとの異質性の度合いは、むしろアメリカの文明の方が大きいかもしれない。(しかし、近年では、たとえば金融や証券業の秩序でいえば、相対的に孤立するほどに異質なのは日本の方かもしれないという見方がひろがりつつある。)

現代日本の文明がもっている諸特質の中には、近代文明の他の分肢には見られないものが少なくないという意味では、それらの特質は“遍在性”という意味での“普遍性”は欠いているかもしれない。しかし、たとえば、官民の協力や長期安定的な相互信頼・依存関係の構築などの特質は、恐らく未来の近代文明の多くの分肢にも見られるという意味で、かなりの“普遍妥当性”をもっているといえるかもしれない。

今日の世界に進展している“情報化”は、“産業化”以上に強く、文明 (分肢) 間の相互交流・協働を可能にすると同時に促進している。その結果として、今後は、相互の理解と学習がさらに進み、近代文明の諸分肢の間の同質化は、より一段と進むことだろう。

付記:

 以上のノートは、十月十九日の京都会議での発表用に準備した発言要旨にもとづいて、補筆したものである。なお、ここで試みたような議論については、より詳しくは拙著『情報文明論』(NTT出版、1994年) を参照されたい。