1994年9月6日
公文俊平
私は、ここで、冷戦後の世界、とりわけアジア太平洋地域に、産業化の先発国と後発国との間の、新たな相互補完的な経済発展の可能性、それもインフレなき経済発展の可能性が出現した、という仮説を提示してみたい。
近年の中国での沿海地方主導型の急速な経済成長には、まことにめざましいものがある。中国が産業化に向けての力強い離陸を開始したことは、もはや否定し難いだろう。それが単なる市場経済原理の導入のみによって可能になったかどうかは、ロシアの混乱ぶりなどと比較すると、議論の余地がある。この地域の経済発展を支えている共通の文化的な基盤として、儒教の伝統や、“中国系経済圏”としての同質性が指摘されることも多い。たしかにある種の文化的特性が、ある環境条件のもとでは実現可能性をもつようになる経済発展という事態と適合的だということは、大いにありそうなことである。
ともあれ、これから21世紀にかけて、中国を含む東・東南アジア地域は、良質で廉価な工業製品を大量に供給する能力を、ますます拡大していくだろう。当面それは、日本や欧米がその生産拠点をこの地域に移そうとする傾向によって、さらに加速されている。
しかし、これらの諸国の経済発展は、どれだけ長期間にわたって持続可能なのだろうか。その一つの条件は、他の諸国、とりわけ産業化の先発国が、これらの諸国の供給する財やサービスを購入し続けられることである。そのためには、産業化の先発国もまた、これらの後発諸国に対してなんらかの財やサービスを供給し続けられることが必要になる。いま一つの条件は、後これらの諸国が、産業化が進展しても、自己の生産する財やサービスの世界市場での競争力を維持し続けられることである。そのためには、賃金その他の生産要素の実質国内価格が経済成長の結果として上昇したとしても、なおかつ、相対的に廉価な財・サービスを提供し続けられることが必要になる。
私は、そのような条件が今日広く満足されつつあると考える。アメリカを中心として1970年代の後半から始まり、1990年代にいたってさらに加速する勢いを見せている“情報革命”が、その答えである。すなわち、産業化の先発国は、情報革命を通じて、自国が生産する高度情報通信を中心とするハイテクの財やサービスを、ますます廉価に生産し、後発国にも輸出する。他方、後発国は、輸入したハイテクの財やサービスを有効に利用することによって、自国の生産・輸出する財やサービスのコストの上昇を防ぐことができる。ここに、インフレなき経済成長への良循環が発生する。
こうした見解をもっとも端的に表明していると思われるのが、アメリカのゴア副大統領が去る3 月21日にブエノスアイレスで開かれたITUの世界開発会議で行った演説の中で宣言したドクトリン−−私はそれを“ゴアの第一ドクトリン”と呼びたい−−にほかならない。すなわち、「高度な情報通信システムは、経済発展の [結果ではなくて] 原因となる」というドクトリンがそれである。後発国がこのドクトリンの正しさを信じて、そのほとんどは輸入に依存するしかない高度な情報通信システムの構築に踏み切るならば、今後相当の長期間にわたって、先発国の輸出の持続あるいは拡大が保証されることになるだろう。
アジアで今急激に進展している産業化は、歴史的な事象としては人類がすでに経験したことのあるものである。しかし、アメリカを中心に進展している情報化あるいは情報革命は、歴史的に見てまったく新しい事象である。“情報革命”という言葉自体、アメリカで政府の公式文書の中に登場するようになったのは昨年のことにすぎない。日本では、“情報化”や“情報社会”というコンセプトこそ世界にさきがけて、すでに1960年代に創られていたものの、“情報革命”という表現は、今日でもあまり普及していない。
私の解釈では、今日の情報革命には、二つの側面がある。その一つが、“第三次産業革命”としての側面であり、いま一つが、近代文明の中での産業革命自体に匹敵するもう一つの社会革命としての側面である。
まず、情報革命の産業革命としての側面について考えてみよう。18世紀の終わりに起こった第一次の産業革命は、製鉄と石炭エネルギーの利用( 蒸気機関) にもとづく技術革新であった。これによって、工場での生産者用機械による物財の大量生産が可能になった。19世紀の終わりに起こった第二次の産業革命は、プラスティックスのような新素材と、石油および電気エネルギーの利用( 内燃機関と電動機) にもとづく技術革新であった。これによって、乗用車や家電製品のような消費者用機械( 耐久消費財) の利用によるサービスの自家生産が可能になった。20世紀の終わりに起こっている第三次の産業革命は、ネットワーク化されたコンピューターの利用にもとづく技術革新だということができよう。アメリカの評論家ジョージ・ギルダーの言いかたを借りるならば、これまでは稀少で高価なものだとされていたコンピューティング・パワーも、通信回線の帯域も、周波数も、豊富で安価になって、誰でもいくらでも使える時代がやってこようとしているのである。しかも、単体としても一昔前のスーパーコンピューターに匹敵し、やがてはそれをしのぐ高性能を備えていこうとしているワークステーションやパソコンは、相互に連結してネットワーク化されることによって、その性能をさらに飛躍させる。これによって、工場だけでなく家庭やオフィスでも、情報処理やコミュニケーションの革命的な効率化が可能になった。つまり、これまでは生産性の増大が困難だとされていたオフィスでの非定型の業務や、さまざまなサービス労働部門で、生産性の大幅な増大が実現できるようになったのである。コンピューターのハードウエアやソフトウエアの世界では、価格あたり性能が10年で100倍といった速度で年々大幅に上昇していくことは、これまでも当然のことと考えられていた。いまやそれと同じ傾向が、ほとんどすべての財やサービスに及んでいこうとしている。行政や福祉や医療のサービスのコストもその例外ではないのである。そうすれば、産業化の先発国でも、人口構成の高齢化にもかかわらず、インフレなき経済成長が実現するばかりか、政府の財政危機は解決に向かい、国民の租税・社会保障負担率も年々着実に下がっていくような、未来ビジョンが描けることになるだろう。さらにそれに後発国との貿易が加わるならば、この傾向はいっそう確実なものになっていくだろう。
次に、情報革命の社会革命としての側面について考えてみよう。近年のアメリカでは、情報革命に伴う“情報富民(information haves) ”と“情報貧民 (information have-nots)”の間の階級分裂と対立の発生を危惧する声が強い。たしかに、産業化の進展がブルジョアジーとプロレタリアートへの階級分裂をある程度引きおこし、一部にはプロレタリアートによる政治革命すら唱道されたことは事実であって、情報化に伴ってそれと類似の事態が発生する可能性も、決してなくはない。そこでとりわけ、情報化のプロセスそのものが比較的平和的に進行した情報化先発国のアメリカで、そうした事態の発生を危惧しそれを回避しようとする政策が取られるのは、よく理解できる。しかし、より深刻な問題は、産業社会の新興勢力である市民(citizen) と、旧勢力である軍人・官僚貴族との間の対立が決定的となって、結果的に流血の革命にいたったフランスのようなケースが、情報社会でも発生することではないだろうか。つまり、情報社会の新興勢力であるネティズン(netizen) が要求する規制緩和や政治改革あるいは“情報権” (プライバシーの確保、情報の発信やコピーの自由等) の確立などに対して、旧勢力としての企業経営者や政府官僚が抵抗する結果、情報化そのものの進展が阻害されたり、それに対する反発からついには“暴力革命”が起こったりするケースがそれである。
ゴア副大統領は、先に言及したブエノスアイレス演説の中で、“ゴアの第二ドクトリン”とでも呼ぶことがふさわしい信念をも吐露していた。すなわち、新しい情報通信システムは、それ自体に対して民主主義のメタファー−−それも代表制民主主義というよりは、直接民主主義のそれであろうが−−があてはまると同時に、それによって民主主義の発展が促進される、というのである。
いずれにせよ、情報革命の進展は、単に第三次の産業革命の進展だけでなく、新しいタイプの社会階級としての“ネティズン”の台頭をも意味している。ネティズンという言葉は、英語の“シティズン”(都市の住民)をもじって作られた新語である。ネティズンたちは、コンピューターが支援するコミュニケーションとコラボレーションのネットワークの中で、さまざまな“グループメディア”を利用して、情報や知識の創造と普及にいそしむ。そして、かつて市民階級の中から、富つまり取引力の獲得自体を目標とする企業家 (およびそのための組織としての企業) が出現したように、ネティズン階級の中からも、智つまり説得力の獲得自体を目標とする智業家 (およびそのための組織としての智業) が出現してくるだろう。そして、産業化の初期に国家と企業との協働関係がさまざまな形で発展したように、情報化の初期には、企業と智業との協働関係がさまざまな形で発展していくだろう。しかし、その点については、ここで詳説する余裕がない。
情報化の先発国であるアメリカで、情報革命への理解が大きく進んだのは、1992年のことだったと思われる。この年、アメリカでは、
などについての広汎な合意が形成された。また、もっぱら研究・高等教育用のコンピューターの“ネットワークのネットワーク”として発展してきていた“ザ・インターネット”あるいは最近の用語でいよば“オープン・データ・ネットワーク(ODN)”は、1989年以来、年々倍増する勢いで成長を開始している。その成長は、この1992年の後半以来さらに“変質”た。“変質”とは、第一にODNへの接続サービスが商業的にも提供されるようになったこと、第二に、そのユーザーの範囲が、初中等教育関係者や図書館、一般企業や団体、さらには個人にまで拡がり始めたことを意味する。この傾向が今後も持続するならば、アメリカでは、今世紀の末までに、一億台ほどのコンピューターがODNに連結されることになるかもしれない。
翌1993年から1994年にかけて、“新ゴールドラッシュ”と呼ばれたような民間の激しい先陣争いの中で、NII の具体的なアーキテクチャーをめぐる激しい競争が行われた。すなわち、ケーブル会社による放送型のネットワークの双方向化やフル・サービス化の試みや、電話会社による交換型のネットワークの広帯域化 (ビデオ送信等) の試み、あるいは、コネクションレス (常時接続) のパケット通信型のインターネットのアーキテクチャーをもとにして、その高速化やマルチメディア化、あるいはマルチプロトコル化をはかる試みがそれである。さらに、低軌道衛星などを利用した、無線による低コストの電話・データ通信システムのグローバルな展開の試みも、相継いで発表されている。そのような競争の中で、“ビデオ・オン・ディマンド”型の“フル・サービス・ネットワーク”の実現の可能性が遠のく一方で、次第に、NII の本命は、ザ・インターネットを原型とする“コンピューターのネットワークのネットワーク”型、つまりODN型のものでしかありえないことが明らかになってきた。
また、突破産業としての“マルチメディア”の応用分野についても、当初は、20世紀のテレビに代表されるマスメディアの延長線上にある娯楽型の産業展開や、教育・医療・福祉等の分野への応用を重視する傾向が目立っていたが、次第に、少なくとも当面は、企業や政府の実務自体への応用による生産性の向上への期待が、本流となりつつある。確かに、情報革命が、何よりも新たな産業革命であるとするならば、まずは業務自体の“リエンジニアリング”のためのもっとも直接的な手段として活用されて当然だろう。そして、その次にくるのが、労働力の質の向上のための、いうならば生産性の増大にとっての間接的な手段としての利用の側面であろう。娯楽への応用は、いわば枝葉末節であり、別の見方をすれば、ほっておいても進むものは進むという分野であろう。
ちなみに日本でも、ODNの爆発的成長は、1994年からようやく始まった。恐らく今後数年にわたって、少なくとも年間四倍程度の−−つまり五年間に1000倍という−−速度で、この成長が持続しそうである。とすれば、日本でも、今世紀末までに、6000〜7000万台ほどのコンピューターがODNに連結されることになりそうだ。同様な爆発は、ヨーロッパでも起こりつつある。
情報革命が産業革命に匹敵する新たな社会革命だという見方からしても、必要な“情報インフラ”は、一人一人のネティズンに情報への自由なアクセスと情報の自由な発信を手ごろな費用で可能にするような、インターネット型のものであることが望ましいことは明らかである。また、“娯楽”は、すでに述べたように、“業務”や“ボランティアー活動”などとの境界が不分明なものになってくるというところからしても、カウチポテトのニーズの延長線上に新たなマルチメディア産業の可能性を見るという視点の不適切性は明らかだろう。
こうして、アメリカに端を発した情報革命は、さらに世界に拡がっていく様相を見せている。まさに“万国のコンピューターが連結する時代”が到来しようとしているのである。
ゴア副大統領は、1993年の終わりに、それまでの経験を総括して、国内情報インフラ(NII) 構築の五原則を発表していた。そして、今年の3 月のITU 世界開発会議は、この五原則を、そのまま地球情報インフラ(GII) の構築の原則として採択した。
私も、このゴアの理念には共感するところが大きい。しかし、ゴアのいう五原則を今日の世界全体に適用してよいかと考えると、若干の疑念がなくもない。
私の解釈では、ゴア五原則は、三つの基本原則に要約できる。その第一は、産業革命としての情報革命の側面に関連するもので、NII の構築は主として民間部門の競争を通じて行われるべきだという原則である。その第二は、社会革命としての情報革命の側面に関連するもので、NII の運営は、オープン・アクセス (情報源と情報発信手段への自由なアクセスができる) と、ユニバーサル・サービス (誰でも、どこでも、いつでも、てごろな価格で、情報インフラが利用できる) を保障する形で行われるべきだという原則である。その第三は、両者を通じた情報革命時代における政府の規制の在り方に関する原則であって、規制は強すぎて民間を窒息させるものであっても、弱すぎて独占の発生を許すものであってもならない。しかも、技術の極めて急速な進歩をその特徴とする情報革命の過程では、そもそも望ましい規制のレベルや形を特定すること自体が困難であって、規制の体系は、予想外の新技術や財・サービスの出現 (それにさらに、新しい社会組織や活動の出現をも加えていいだろう) に対応できるだけの柔軟なものでなければならないとする。
それでは、私の解釈が正しいとして、ゴアの二つのドクトリンと五つの原則は、地球社会全体にとって、どの程度の普遍妥当性をもっているだろうか。少なくとも産業化の先発国に対しては、その妥当性はかなり高そうである。日本でも、ゴアの五原則をそのまま採用すべきではないかという声も少なくない。しかし、最近の規制緩和をめぐる日本での論議や行動からも明らかなように、かりに総論としては賛成でも、各論のレベルになると、日本の政府や民間の中からは、さまざまな限定や留保をつけようとする試みが、必ずでてくるだろう。
これが産業化の後発国ともなれば、総論のレベルでさえ、反対が表明されるかもしれない。たとえば、高度情報通信システムと民主主義の関係についてのドクトリンや、オープン・アクセスやユニバーサル・サービスの必要についての原則を、現在の中国がそのまま受け入れるとは考えにくい。ましていわんや、近代産業文明とは異なる文明の原理や文化に立脚している諸国、たとえばイスラム圏の諸国は、ゴアのドクトリンや原則に真っ向から反対するのではないだろうか。
そうした可能性を念頭におきながら、ここで、私は、次のことを主張したい。
第一に、世界秩序には、政治秩序と経済秩序の他に、社会・文化秩序あるいは情報秩序とでも呼ぶべき第三の軸が存在する。この第三の秩序は、他の二つの秩序にとっての基盤的な役割を果たす。あるいは、社会的な統合の基盤となるといってもよい。社会のメンバーがある社会的な意味と価値の体系を通有(share) している場合にのみ、相互の信頼にもとづいたコミュニケーションが成立可能となり、その上に、その他の政治・経済的な行為や制度の体系を築き上げていくことが可能になるのである。近代文明が最初に開花した西欧においては、ゆるやかながらも共通な文化的秩序の基盤がすでに存在していた。したがって、西欧世界は近代社会の第三の秩序軸の構築や維持に、それほど神経をすりへらす必要はなかった。近代社会の第三の秩序軸の存在を意識せざるをえなくなったのは、一方でアジアの諸国家が独立して産業革命への離陸を開始しようとした時、他方では、情報化が始まって、従来のそれとは異なる新しい意味と価値の体系を持つ社会集団が勃興し始めた時である。
第二に、近代社会、とりわけ20世紀の産業社会、さらに冷戦終了後のアメリカでは、世界の望ましい政治・経済秩序の在り方については、フランシス・フクヤマをその一つの典型とするような立場が、主流を占めてきているように思われる。すなわち、世界政治秩序については、民主主義を手段として独裁を規制しつつ平和を実現するような形の秩序がもっとも優れており、世界経済秩序については、自由主義を手段として独占を規制しつつ繁栄を実現するような形の秩序がもっとも優れていると見る立場がそれである。いいかえれば、民主主義と自由主義によって平和と繁栄を実現するというのが、20世紀の国際社会が期待してきた、あるべき秩序の姿であった。しかし、近代文明の成員として、西欧の文化とは異なる文化をもつ地域や人びとが多数加わってくるようになった今日、とりわけ21世紀の新しい経済成長のセンターとなりつつあるアジア太平洋地域においては、次の三つの問題をあらためて真剣に考えなおしてみる必要がある。
私の考えでは、自由と民主主義に立脚して平和と繁栄をめざす政治および経済秩序を補完する社会・文化秩序は、恐らく、コミュニケーションと協働(collaboration) に立脚して各社会の文化の相互理解と文明の相互受容をめざすものであろう。いうまでもないが、そのことは、すべての社会が、同一の“文化”をもつべきことを意味しない。異なる文化の内容を相互に理解し合うことが大切なのである。他方、政治や経済のような文明の制度や慣行というべきものについては、かなりの程度までそれを共通化することが望ましいかもしれないにせよ、ここでも各社会がそのおかれた環境や歴史的条件の違いに応じて、異なる制度や慣行を保持し発展させる自由は、尊重しなければならないだろう。
実際、今日のアジア太平洋地域で最も必要とされている“統合”は、政治的統合でないことはいうまでもないが、経済的な制度や政策の一体化でさえ当面はなく、むしろ、上の意味での活発なコミュニケーションや協働の試みを可能にするような、共通の社会・文化秩序に立脚したきわめてゆるやかな“統合”ではないだろうか。そして冷戦後の世界の現状をあらためて見なおしてみれば、そのような社会・文化秩序の意識的な構築の必要は、何もアジア太平洋地域だけに限られているのではなく、世界のほとんどすべての地域がそれを必要としているのではないだろうか。
今日進行中の情報革命、とりわけそれを世界的な規模で具現するGII は、世界の政治秩序や経済秩序の構築の基盤としての役割を果たすべきことは当然だが、さらに重要なのは、それが、ここでいう世界社会・文化秩序の構築を助けるものとして機能しうることである。われわれは、そのような共通の理解を前提として、GII の構築に向かって協働していくべきだと思う。