1995年4月4日
公文俊平
一、 "ネティズン" という新語の誕生
読者は "ネティズン" という言葉を目にとめられたことがあるだろうか。この言葉は、最近電子ネットワークの上ではかなり普及している言葉である。私がそれに始めて出くわしたのは昨年の初めだった。私は、明らかに "シティズン(市民)" をもじったこの言葉がとても気に入ったので、早速自分なりに、この言葉をどしどし使うようにした。 しかし、いったいこの言葉を、どこで誰が最初に使ったのかは、ずっと気になっていた。先日、ふと思いついてWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)という分散型データベースの中を、YAHOOというサーチ・エンジンを使って検索してみたところ、Netizen's Cyberstop という名前のウェブのサイトが存在することがわかった。早速そのホーム・ページにアクセスしてみると、それはアメリカのコロンビア大学のマイケル・ハウベン(Michael Hauben)という大学院生が個人で運営しているサイトだった。ハウベンはそこに、彼の書いた「ザ・ネットとネティズンたち−−ザ・ネットが人々の生活におよぼしたインパクト」という論文も公開していた。(1)
私はその本をダウンロードする一方、彼に電子メールを出して、この言葉を創ったのは彼自身であるのか、そうだとすればそれはいつのことだったかを問い合わせてみた。メールを出したのはアメリカの東海岸ではとっくに真夜中をすぎた時間だったのだが、何と、一時間もしないうちに返事がきた。それを読んで、この言葉を作ったのは、確かに彼自身で、その時期は彼が上記の論文を書いた1993年の春だったことがわかった。彼は、“ザ・ネット”、つまりインターネットの中の人びとが、久しくそのユーザーのことを“net.citizen"と呼んでいたのに気付き、これをまず通常の英語である
"Net Citizen"に呼びかえ、さらにそれを縮めて"Netizen" にしたというのである。(2)
二、社会システムとしてのネットワーク
ハウベンの考えでは、それぞれの地域社会には、商用ネットワークだけでなく、彼のいわゆる“コミュニティ・ネットワーク”がなくてはならない。それぞれのコミュニティに住んでいる市民たちは、このコミュニティ・ネットワークを通じて、グローバルなコンピューターのコミュニケーション・ネットワークにつながることができる。その結果、各人は、同じコミュニティの中の他の市民だけでなく、世界中の人びととコミュニケートできるようになる。さらに、人びとはコミュニティ・ネットワークを通じて、各地方レベルや全国レベルの政府についての情報を入手できるようになるために、民主主義国では人びとの政治参加がより容易になる。
商用ネットワークとコミュニティ・ネットワークをはっきり分けて考えるハウベンの視点は、これからの日本の情報インフラのあり方にとっても多くの示唆を含んでいるが、その点の議論は別の機会にゆずることにして、ここでは、彼の創った“ネティズン”という言葉に、私流の社会システム論をもとにして、より積極的な意味をつけ加えてみたい。
そのために、まず、近代の社会システムについての私の考えかたを、ごく手短に紹介するところから始めよう。(3)
私の考えでは、人間社会での人々の行為の相互制御、つまり "政治" の基本形式としては、
の三つが昔から知られている。近代社会では、これらの形式のそれぞれに特化するタイプの社会組織や大規模な社会システムが進化してきている。前の二つに対応するものが、
だったわけだが、それ以外にも、第三のタイプ、つまり "説得と誘導" を人々の間の主要な相互制御の形式としている社会システムがあり、私はそれらを "ネットワーク" と総称している。この意味での "(社会システムとしての)ネットワーク" には、国家や企業に対応する "組織" 型のもの、すなわち "近代情報智業" と、それらを要素とする大規模な社会システム、すなわち国際社会や世界市場に対応する "地球智場" とが区別できる。つまり、近代社会が分化させた第三のタイプの社会システムとは、
なのである。
主権国家が "国威" の増進や発揚に関心をもち、産業企業が "富" の蓄積や誇示に関心をもつとすれば、情報智業は、 "智" つまり "知的影響力" の獲得と発揮に関心をもつ組織だということができる。そして、国際社会が主権国家にとっての外交の場であり、世界市場が産業企業にとっての商取引(商品の販売)の場だとすれば、地球智場は情報智業にとっての情報と知識の普及の場だということができる。企業が財やサービスの販売を通じて富を入手するように、智業は情報や知識の普及を通じて智を入手するのである。つまり、智業の提供する情報や知識が、真実のもの、善いもの、美しいものだと人々が認め、それらを提供している智業あるいは智業家を信ずるに足りる相手だと考えるようになれば、そこに智業の知的影響力(智)が生まれるのである。
三. "シティズン" と "ネティズン"
以上のような考えかたを背景にして、私は、ネティズンを
ネティズン=ネットワークに棲んで、智業、すなわち知識や情報の創造と通有、にたずさわっている人々
だと定義してみたい。いうまでもなく、そのさい私は、
シティズン=都市に棲んで、商工業、すなわち財やサービスの生産と販売、にたずさわっている人々
という定義との対比を念頭においている。
そこで次に、これまでの "シティズン(市民)" と、 "ネティズン" との違いについて、もうすこし立ち入って考えてみよう。
ヨーロッパでの "商業の復活" とよばれる現象は、十二世紀ごろから見られ始めたという。そのころから、城壁に囲まれた区域の中に多くの人々が集まり住んで、もっぱら商工業に従事するようになった。これが、ヨーロッパ中世の都市の初めである。この都市の住人こそ "市民" (シティズンやブルジョワなどと呼ばれた)にほかならない。
しかし、そのような市民の中には、数はより少なかったとはいえ、王侯貴族をパトロンとしてというよりは市民たち自身を相手にして、知識や情報の普及にたずさわる人もまた見られた。いわゆる芸術家や文人、著者や学者といった人々がそれである。これらの人々は、ヨーロッパの場合、ルネサンス期あたりから出現し始め、宗教革命から印刷革命、さらには後の科学革命などをへて、次第にその数を増やしていった。彼らは、芸術の "流派" や学問の "学派" などとよばれるゆるやかなネットワークを作った。さらには、より大規模で制度化された "学会" や "大学" などの組織を発展させ、一定の慣行やルールにもとづいた情報や知識の創造と通有の社会的な仕組みを作り上げていったのである。
初期の市民=資本家たちは、一連の産業革命を通じて "近代産業企業" に進化していった。それが "産業化" の過程にほかならない。それと同様に、初期のネティズン=智業家たちは、今日のいわゆる情報革命を通じて、 "近代情報智業" に変貌をとげつつあると私は思う。それが "情報化" の過程にほかならない。その意味では、今日の情報革命の本質は、情報や知識の創造と通有のための新たな技術(なかんずく "IT" すなわち "情報技術" )や社会基盤( "GII" すなわち地球情報インフラ)をグローバルに発展させることによって、初期の智業を近代情報智業に進化させる歴史的役割を、それがはたすところにあると思う。
近年における、新しいタイプのネティズンたち、つまり情報インフラやその上での情報通信システムを自由自在に使いこなして智業的活動を積極的に営むネティズンたちの台頭は、すでに多くの人々の注目するところである。いわゆるNGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)、あるいは "ボランティアー" などと呼ばれる集団や個人のめざましい活躍ぶりがそれである。ただし、これまでのところ、彼らは、もっぱら消極的にしか規定されていなかった。つまり、政府でも企業でもない存在として、あるいは国家の指令を受けてもいなければ、金儲けをたくらんでいるわけでもなしに自由勝手に何かをしようとしている存在(ボランティアー)として、特徴づけられているにすぎなかった。しかし、彼らの活動にも積極的な目的が明らかに存在する。直接的にはそれは、自分たちが正しい、善い、美しいと思う物事を世界に普及させることである。つまり、彼らは智業家なのである。またその中には、発達したコンピューター・ネットワークの上でのそうした活動を通じて、究極的には自らの智つまり知的影響力の獲得と発揮を、自覚的にめざしているグループ、すなわち "近代情報智業" 、も少なくないだろう。
いうまでもないが、市民たちのすべてが、産業革命をへて近代産業企業家として発展していったわけではない。市民たちの中には、近代産業企業の従業員となって企業活動の一端を担う人々や、もっぱら近代産業企業の提供する財やサービスの購入者としての機能においてのみ注目される人々(産業社会における "消費者" )も、少なくなかった。同様に、ネティズンたちの中にも、自分自身が智業家であるというよりは、近代情報智業のメンバーとなって智業活動の一端を担う人々や、もっぱら近代産業企業の提供する知識や情報の普及の対象となっていることでのみ注目される人々(彼らのことは、産業社会での "消費者" に対比して、情報社会での "享受者" と、とりあえず呼んでおきたい)も、やはり少なくないだろう。
ところで、情報社会でのネティズンたちは、産業社会の市民たちとは異なって、情報の享受や提供において、一方でははるかに積極的な、他方でははるかに控え目な、役割をはたすようになっていくものとおもわれる。産業社会、とりわけ二〇世紀の産業社会でのコミュニケーション、とりわけマス・コミュニケーションの特徴は、その積極性というか強引さにあった。マスメディアは、 "コマーシャル" の形で、消費者に大量の情報をしつこく送り続けた。また、災害その他で悲嘆の涙にくれている人々に対してまで、遠慮なしにマイクとカメラを突きつけて、感想をいえとせまった。同様な事態は、パーソナル・コミュニケーションの領域でも見られた。ダイレクトメールやテレマーケティングの横行、各種のアンケートや世論調査、あるいは "知る権利" の行使と称しての情報提供の強要などがそれであった。これに対して、これからの情報社会での智業やその享受者たちは、情報の提供に際しては、はるかに控え目な形のコミュニケーション方式を採用するだろう。たとえば、WWWのサーバーに、自分が公開してもよいと考える情報をただ置いておく、たかだか「このサーバーをよろしかったら見にきてください」といった情報を流すにとどめる。他方では、情報の入手に際しては、彼らは、二〇世紀の "カウチ・ポテト" たちにくらべると、はるかに積極的に行動するようになるだろう。彼らは、自分に送られてくる情報を受動的に受信するのではなくて、各種のサーチ・エンジン、あるいはそのさらに発達した形の "インテリジェント・エージェント" を積極的に利用して、サーバーからサーバーへとネットワークの上をかけめぐって、自分の必要とする情報、興味をひく情報を、他人が公開している情報の中から探し出しては集めてくる(そうしたければ、取引などもすませてくる)ようになるだろう。(4) 私は、一対多のコミュニケーションのこのような形態を、二〇世紀の市民たちの間での "マス・コミュニケーション" に対する、二一世紀のネティズンたちの間での "パブリック・コミュニケーション" と呼びたいのだが、それは、今後はこのような形のコミュニケーションが、従来のマス・コミュニケーションにかなりの程度とってかわるのではないかと予想しているからである。(5)
四、市民革命とネティズン革命
近代社会の市民たちは、産業革命の主導者となったばかりではない。彼らは、 "私有財産権" の観念を "国家主権" に対置させてみずからの存続の基盤としたばかりか、既存の主権国家、とりわけ国王や貴族が強力な統治・支配権を行使していた "アンシャン・レジーム" に対して、異議申立てを行い、近代史上 "市民革命" の名で知られている政治革命をも成功させた。それを支えたのは、国家の主権といえども侵害することのできない "人権" の観念や、国家主権の保持や行使は "国民" (の代表者) に委ねられるべきだという "主権在民" の観念だった。近代主権国家は、市民革命をへて、市民たちが "国民" となることによって、近代民主国家として再編成されたのである。
市民革命の時期や形は、ヨーロッパでも国によってさまざまだった。旧勢力との妥協の色が濃い−−しかしそれゆえに比較的平和裡に遂行された−−イギリスの1688年の "名誉革命" もあれば、植民地宗主国からの独立戦争の形を取ったアメリカの1776年の "独立革命" もあった。フランスでは、 "アンシャン・レジーム" との全面的な武力対決の形を取ったばかりか、革命後の内紛や反動による極めて大きな社会的犠牲を払うことを余儀なくされた "フランス革命" が、1789年以来10年にわたって続いた。ドイツでは、はるかに遅れて19世紀の半ばになって、ようやく何度かの市民革命の試みが繰り返されたが、結局不徹底なままに終わり、近代国民国家の成立は19世紀の終わりまで待たなければならなかった。
私はここで、今日、かつての "市民革命" に匹敵する "ネティズン革命" が、近代化の先発国で起ころうとしている、と主張したい。ネティズンたちは、上述した "情報革命" の主導者となっているだけではない。彼らは、 "情報権" とでも呼ぶことが適切な新しい権利の観念を、国家主権や私有財産権に対置させて、みずからの存続の基盤とするばかりか、既存の民主国家 (とりわけ十九世紀型の代表制民主国家) や階層的・官僚的な大規模産業企業に対して、さまざまな形での異議申立てを行いつつある。それが成功すれば、過去の産業社会での市民革命に匹敵する "ネティズン革命" が、今われわれがそこに移行しつつある情報社会において勃発することになるのではないだろうか。(6)
もっとも、 "情報権" という言葉自体は、まだそれほど普及しているとはいえない。しかし、たとえば知的財産権としての "コピーライト" に対して、情報普及の自由を主張する "コピーレフト" という言葉は、よくみかける。また、基本的人権の一環としての "プライバシー" の観念を押したてることによって、国家や企業が犯してはならない私人の情報領域が存在するとする主張もある。この意味での私人のプライバシーに属する情報としては、各人の信仰、思想、資産、所得、年齢、家族構成、病歴、結婚歴、犯罪歴等が、あげられることが多いようである。あるいは将来、各人の学歴や職歴、さらには国籍から人種から実名まで、当人が積極的に公開しない限り、その人のプライバシーに属するとされるようになる時代がくるのかもしれない。少なくとも、これまで政府が収集し公表していたいわゆる "統計" の多くは、収集や公表が禁止されることになりそうだ。(7)
五、ネティズン革命の先駆者たち
"ネティズン革命" という言葉こそ使っていないものの、情報化がかつての市民革命に匹敵する政治革命をももたらすだろうという認識を最も明確にもっているのは、パソコン通信やインターネットなどの新しいコミュニケーション・メディアを政治の舞台で積極的に活用し始めた、アメリカの一部の政治家たちである。アメリカの政治システムそのものが一大変革期を迎えつつあるという認識をもつ彼らにとっては、リベラリズムの退潮はもちろん、これまでのアメリカ政治を支えてきた二大政党制の動揺や崩壊も、特に驚くべきことでも悲しむべきことでもないのである。(8)
たとえば、民主党のゴア副大統領は、1994年の 3月にITU の世界開発会議で行った演説の中で、 "情報革命" の到来についてふれ、「アメリカでNII〔全国情報インフラ〕を提唱し始めた時の私の期待は、革命によって生まれた国、アメリカ合衆国が、この新たな平和革命のリーダーとなることでした」と述べている。彼はまた、国家の政府組織の全面的な改革・再編成の必要を主張して、「政府の再発明」運動を主導している。
昨年の中間選挙で大勝利をおさめた共和党の中にも、旧式の保守主義への単なる回帰とは言い切れない新しい政治的な動きが見られる。たとえば、共和党のギングリッチ下院議長らは、有名な評論家のトフラー夫妻やジョージ・ギルダーたちの支援をも得て、情報化という "第三の波" を推進するための政治運動を展開し、この主張に共鳴するならば民主党の政治家とも協力するという "新連立" 構想を発表している。ギングリッチたちもまた、その政治運動の意義をかつての独立革命に比肩させているのである。彼らのシンクタンクである進歩・自由協会(PFF) が発表している文書「サイバースペースとアメリカの夢:知識時代のマグナカルタ」は、トフラー夫妻の近著『新文明の創造:第三の波の政治』と共に、このような認識を明確に表明している。(9) 彼らが大きな政府や企業に反対するからといって、別に昔の農業社会に帰ろうとしているわけではないのである。
アメリカのネティズンたちの中には、これらの政治家よりもさらに徹底した主張を行っている人びともいる。たとえば、人権・市民運動家の連合体である“人権と市民の自由のグループ”は、今回のブラッセルでのGIIサミットに対して、検閲からの保護や、あらゆる国の人びとのGIIへのアクセスの支援、強い情報プライバシー権の促進等、「GIIについての情報やアイデアの自由な交流を保護し促進することを明示」した原則を追加せよと要求した。
だが、残念なことに、このような歴史把握は、今日の日本の既成の政治家たちの間には、ほとんど見られない。しかし、最近発表された大前研一氏の「東京都知事立候補宣言」やその関連文書(10)の中には、京浜運河や東京湾岸地域を "マルチ・メディア出島" として規制緩和を先行させ、世界中から先端企業が集まる "シリコン運河" を創設しようという構想や、パソコン通信を都民一人一人の都政に対する建設的提言の手段として利用するなどの公約が見られる。また、情報化の進展とともに、 "国家" や "主権" なるものの定義があいまいとなり、十九世紀型の中央集権国家や協議の連邦国家が崩壊する中で、世界に開かれた地域国家が出現するようになるという歴史認識も見られる。今後、こうした認識がさらに拡がり深まっていく中で、ネティズン革命をめざす自覚的な運動が日本でも展開していくことを期待する。
六、ネティズン革命の展望
ネティズン革命は、今始まりかけたばかりであって、ネティズン革命という言葉自体、まだほとんど普及していない。それは恐らく、過去の市民革命のように、今後かなり長期間にわたって進展していくことだろう。また、国により地域によって、その程度はさまざまなものになるだろう。比較的早く、既存の政治主導勢力との間に妥協が成立して、 "平和革命" が達成される場合もあれば、 "旧勢力" からの抵抗や弾圧が激しいために、ネティズンたちの政治運動が暴力的な形−−たとえば政府や企業のコンピューター・ネットワークに対する破壊活動やその上での犯罪活動など−−を取るようになっていく場合もないとはいえない。(11)あるいは逆に、今日のアメリカの共和党の政治宣伝に見られるように、新しい政治勢力−−必ずしもネティズン・プロパーではないにしても−−自身が、憎悪と対決を強調する政治手法を最初から取ろうとして、対話や妥協を困難にしてしまう危険もないとはいえない。
もちろん、新旧両勢力の間の相互理解と協働があることが、もっとも望ましい。その場合に特に重要な役割を果たすことが期待されるのは、既成の企業と新興の智業の間の協働−− "智業=企業協働" −−関係である。そのような協働関係が、日常の業務に関してだけでなく、政治活動の面でも緊密かつ広汎に展開されるならば、ネティズン革命は平和的な進展が約束されるだろう。
そのさい注意しなければならないのは、 "情報弱者" という観念である。産業化の進展に際して弱い政治的経済的な立場に立たざるをえなくなったのは、生産手段を奪われて無産階級化した農民だけではなかった。既成の支配階級であった軍人・貴族や聖職者たちの立場もまた脅かされたのである。さらに、新興の産業家たちとの競争に破れて没落していく古い商工業者たちもいた。つまり過去の "産業弱者" には、少なくとも三つの異なったグループの人々が含まれていた。同様に、今日の "情報弱者" にも、中間管理職への途を閉ざされて失業するホワイトカラーたち以外に、既成の支配階級であった官僚や企業経営者層や、新興の智業家たちとの競争に破れて没落していく古い智業家たち−−学者、教師、芸術家等々−−がふくまれているだろう。ネティズン革命を主導する "情報強者" たちは、これらの多様な "情報弱者" たちの誰とどのような同盟関係を結んだり、中立関係に立ったりするかという政治的な選択を、賢明に行うことが必要になってくるだろう。さもなければ、ネティズン革命自体流産してしまうかもしれない。あるいは、一時的に成功したとしても、産業社会に見られたブルジョワジーとプロレタリアートの階級対立のような対立が、情報社会でも深刻化して、産業社会での "共産主義革命" に似た情報社会の "共智主義(?) 革命" 勢力が台頭してくることになるかもしれない。アメリカの民主党がその情報インフラ構築五原則の一つとして打ち出し、今年の二月のG7によるGII サミットでも八原則の一つに加えられた "ユニバーサル・サービス" の理念は、そのような新しい階級分裂・対立が未来の情報社会で発生することを予防するためのものだと解釈できる。この理念は、既存の情報通信業界の間では、過大な負担になるとか、実効性をもった制度化は困難だなどとの理由で、必ずしも評判がよくないが、ゴア副大統領他のネティズン革命の積極的主導者たちは、歴史の教訓に学ぼうとする態度を明らかに示している。もちろん、まだネティズン革命がろくに始まってもいないうちから情報面での性急な平等化を要求するのは、革命の到来自体を遅らせてしまうことにもつながりかねないので、この原則は、それ以外の諸原則−−たとえば "オープン・アクセス" の原則のように、ネティズンたちに情報活動の大幅な自由を認めようという原則など−−とうまくバランスを取らせる工夫が必要だろう。(12)
また、かりに一国あるいは一地域でネティズン革命が成功したとしても、他の国々や地域が、ネティズンたちの価値観やかれらが作りだす社会規範に反発するために、かりに軍事的な紛争にはならないにしても、ネットワークを通じての情報交流を遮断しようとするかもしれない。あるいは、勢いにのったネティズンたちが、みずからの信条を他の国々や地域に押しつけようとして−−“革命の輸出”−−対外的な摩擦や紛争を激化させるかもしれない。(13)ここでも、われわれは市民革命の“歴史の教訓”に、今から学んでおく必要があるだろう。