95年度著作へ

1995年8月6日

「インターネットと英語」

公文俊平

コンピューターのグローバルなネットワークであるインターネットの爆発的な普及が、ついに日本でも始まった。

「でもインターネットは英語でしょう。英語ができなければ使えないのでは」といった質問をよく受ける。答えは、ノーでもイエスでもある。

まず、インターネットの上で日本語を使うこと自体には何の問題もない。だから、日本語を使う相手と交信している限り、英語の知識は不要である。インターネットがさらに普及すれば、そこでのコミュニケーション環境は、ますます日常のそれと大差のないものになっていくだろう。

だがそうはいっても、インターネットの世界の "共通語" が英語であることは、紛れもない事実だ。英語を使える人なら、データベースへのアクセスであれ、他の人とのコミュニケーションであれ、世界がいっぺんに大きく拡がるのだ。だからやはり英語はできた方がいい。

これからの日本人は、少なくとも二つの外国語を子供のうちからマスターするよう心掛けるべきだと思う。その一つは英語、もう一つは自分の好きな国の言葉にするといい。

そんなことは不可能だという人もいるだろう。「日本人は外国語が苦手です。英語だけだってなかなかマスターできないのに、もう一つなんてとんでもない」というわけだ。

しかし、ちょっと待ってほしい。今の日本人の多くは、日本語の三つの "方言" が、流暢に話せないまでも理解はできる。いわゆる標準語と、関西弁、そして自分の生まれ育った地方の方言である。そんなことができるようになったのは、おもに戦後のテレビの普及のおかげだろうが、それら三つの言葉の間の違いときたら、しばしばヨーロッパの三つの言語の間の違いよりも大きいほどではないだろうか。日本人の外国語(他言語)下手は、育った環境のせいにすぎないのだ。

戦後50年の間に、日本人の多くが三つの日本語方言を理解するようになったとすれば、後もう50年もすれば、日本人の多くは、日本語と英語と、そして自分の選んだもう一つの言葉を、少なくともかなりよく理解できるようにはなっているに違いない。それが "国際化" というものだと私は思う。