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1995年8月6日

「インターネットの発展と社会」

公文俊平

今では良く知られるようになったことだが、インターネットは、1960年代の終わりに、米国の国防省とコンピューターの先端的ユーザーとの協力によって生まれた。当初の目的は、全国のスーパーコンピューターを互いに接続して共同利用するところにあった。冷戦のさなかでもあり、核戦争が勃発した場合でも生き残った通信回線を選んで信号が流れていけるように、中央の交換機を通さない分散型、 "コネクションレス" 型の通信方式が採用された。

いったん誕生したインターネットは、当初の設計者の予想を越えた形で進化し成長していった。まず、スーパーコンピューターの利用者だった科学者たちは、インターネットを電子メールによるコミュニケーションの手段として利用し始めた。1980年代には、全米科学財団が、米国の主要な研究所や大学に対して、インターネットのサービスを提供するようになった。1990年代に入って、インターネットは民営化され、利用者の範囲も、科学者のコミュニティから、政府機関や企業、さらには一般市民へと、爆発的な広がりを見せている。利用の目的にも、コミュニケーションに加えて、取引が追加されるようになってきた。

インターネットの発展は、情報通信技術に生じた三つの大きな変化と同時並行的に進んだ。

その第一は、1970年代以来の集積回路の発展がもたらしたコンピューターの "ダウンサイジング" である。それは同時に、 "ムーアの法則" として知られる、コンピューターの価格/性能比の18ヵ月ごとの倍増過程を伴っていた。こうして、大型コンピューターがパソコンになり、さらに、一個のチップの上に、かつてのスーパーコンピューターの何台分にもあたるコンピューティング能力(情報処理・通信能力)が集積されるようになる日も近いという。そうなった暁には、今日のパソコンなど比べ物にならないほどの高度なコンピューティング能力をもったワンチップ・コンピューターが、ほとんどただ同然の値段で、いたるところに取り付けられていることだろう。

その第二は、一九九〇年代にいたって顕著になった、ワークステーションからさらにはパソコンのレベルにいたる "ネットワーキング" である。小型化するコンピューターが、有線や無線の通信路によってたがいに連結されてLANを形作る。さらに、さまざまなLAN同士が相互に連結されて、広域的なコンピューターの "ネットワークのネットワーク" 、すなわち "インターネット" が、地球上にはりめぐらされていき、そこには、これまでの生活世界に追加される新次元の空間としての "サイバースペース" が出現することになる。ジョージ・ギルダーは、スタンドアローンのコンピューターをジャングルの中の自動車に例えている。コンピューターは、ネットワーク化されることによって初めて、その数の自乗に比例するパワーを発揮するようになる(メトカーフェの法則)というのである。コンピューターのネットワークのネットワークは今、年々倍増する勢いで拡大しつつある。今年の七月現在、インターネットに固有のアドレスを持って接続されているいわゆる "ホスト・コンピューター" の数は、660万台に達したと報告されている。また、今年前半の成長率は年率にして87% と、年々倍増を僅かに下回る率になっているが、この勢い(正確には過去一四ヵ月の増加傾向)が今世紀いっぱい持続すれば、今世紀末までにはインターネットのホスト・コンピューターの数は一億台を越えると予測されている。

その第三は、コンピューターの世界に出現した情報処理のディジタル化の、通信の世界への拡大である。それによって、文書や音声や画像のようなさまざまな表現形式が、統合的に処理・伝達されることが可能になる。つまり、コンピューターのネットワークのネットワークは、 "マルチメディア" 型の通信システムとしても機能しうることが明らかになり、それによって、これまでのアナログ信号処理に立脚していた電話や放送などの既存の通信システムが、いっぺんに時代後れのものになってしまった。これが "ディジタル革命" に他ならない。一九九〇年代の後半には、ディジタル革命の影響は、出版業から金融・商業の世界にも及び始めている。

ディジタル革命の到来についての認識がアメリカで広まったのは、一九九二年のことだったといってよいだろう。それと共に、次の二点に対する認識も、関係業界からさらには政治家の間に拡がっていった。すなわち、第一に、ディジタル革命の成果を現実の世界に生かすためには、ディジタルな情報処理や通信を実現する "情報インフラ" の構築が急務であること、第二に、そうしたインフラができれば、それを基盤とする新しい "メガ産業" すなわち "マルチメディア産業" が次の時代の主導産業として大きく発展していくであろうこと、これであった。しかし、情報インフラの具体的なモデルやその構築主体が誰かということや、マルチメディア産業への当面の需要はどこかという点をめぐっては、議論がわかれた。

一九九三年から九五年にかけて、情報インフラのコンセプトは、 "全国情報インフラ(NII)" からさらに "地球情報インフラ(GII)" と発展していった。しかし、その具体的なモデルについては、

  1. 集中的で階層的な "交換と接続" のシステムとしての電話を高度化して、動画像のオン・ディマンド送信まで可能にする "B−ISDN" 型のモデル、
  2. 一方的な送信のシステムとしての放送を高度化して、双方向性をつけ加えた "インテリジェント・テレビ" 型のモデル、
  3. 低軌道衛星を利用してグローバルに展開する無線電話・データ通信網型のモデル、

などが、

  1. 自律分散的な "コネクションレス" の通信を実現した "インターネット" を原型とするコンピューター・ネットワーク型のモデル、

と、依然として競合しあっている。しかし、その中で次第に多くの人々の注目を集めるようになったのは、なんといっても、現在すでに存在し、しかも急速に成長している "インターネット" である。さきの予測が正しければ、今世紀末までに、インターネットの利用者数は、電話のそれを上回り、テレビの視聴者数に迫るだろう。

 他方、マルチメディア産業の当面の応用分野として期待されたのは、

  1. 二十世紀のテレビの成功の延長線上に期待された娯楽を中心とする個人の生活分野へ  の応用、
  2. 教育、保健、医療等の社会的な分野への応用、
  3. 企業や行政の実務への応用、

などの分野だった。しかし、1.ビデオ・ゲームを除けば既存のテレビやビデオ産業と容易には競争できず、2.成長の規模が当面量的にも質的にもそれほど大きなものにはなりそうもない、といった問題を抱えていることが明らかになった。そうした難点が強く意識されたのは、まずはB−ISDNやインテリジェント・テレビ型のモデルだった。しかし、インターネットについても、その上でのポルノの横行や、犯罪・麻薬取引への利用の可能性などが指摘されるにつれて、インターネットの個人利用、とりわけ子供たちの利用を制限すべきだという世論が高まり、その限りでは、インターネットの普及もまた、反省期ないし反動期に入っているということができそうである。

そこで、現時点では、3.分野、すなわち企業や行政が行ういわゆる "電子取引(EC)" の分野への関心が、とくにそこでのインターネット型モデルの利用への関心とあいまって、急速に高まっている。この電子取引には、流通や金融面での応用だけでなく、従来 "CALS" と通称されてきた情報通信技術の調達・開発・製造・保守等の分野への応用も含まれている。マルチメディア産業とその情報インフラとしてのインターネットが、ここ当分はこの分野で特に大きく発展していくことは、間違いないだろう。

以上は、インターネットの発展を、技術や産業の発展との関係において見たときに浮かび上がってくる特色である。このような観点からすれば、近代産業社会は今、史上三度目の "産業革命" −−第三次産業革命とか、情報産業革命などとも呼ばれる−−を迎えており、それを通じて "産業化の二一世紀システム" への移行が始まったということができる。 "近代的経済成長" 過程は、決して終わったのではない。途上国も先発産業国も共に、今新たな経済成長過程に突入しようとしているところなのである。 "産業化の二〇世紀システム" への追いつき過程を達成した日本では、「これからは物の豊かさよりも心の豊かさを求める時代になる」といった言い方が近年よくなされるが、それは半面の真理でしかない。「心の豊かさ」は、経済や産業の発展とは別に達成されるものではなく、むしろ経済や産業の新たな発展を通じてのみ達成されるのである。

ただし、 "産業化の二一世紀システム" への移行は一気に完成されるものではない。過去の歴史を振り返ってみると、産業化のそれぞれの世紀は、前半の "突破段階" とでもいうべき段階と後半の "成熟段階" とでもいうべき段階からなっているといえるだろう。二〇世紀の自動車や家電製品の普及過程からも明らかなように、それぞれの世紀の新しい産業(二一世紀でいえばマルチメディア産業)の生産する製品やサービスが広く一般に普及し利用されるようになるのは "成熟段階" に入った後のことである。最初の "突破段階" では、それらはむしろ "中間財" として、企業によって利用される。二〇世紀の産業が生み出した重化学工業製品を考えてみても、そのことは明らかである。現在、マルチメディアやインターネットの "ビジネス利用" が注目されているのも、同じ事情によると考えていいだろう。

しかし、近年の社会変化には、産業化の新しい世紀の到来というにとどまらない、さらに深いもの、産業化そのものを超える変化もまた含まれている。それが狭義の "情報化" である。私の考えでは、近代化という歴史的過程は、

  1. 封建化に化に始まり一連の軍事革命を経て、 "近代主権国家" の成立と "威のゲーム" の普及をもたらした "封建化−軍事化" の波、
  2. 商業化に始まり一連の産業革命を経て、 "近代産業企業" の成立と "富のゲーム" の普及をもたらした "商業化−産業化" の波、

に加えて、

  1. 智業化に始まり一連の情報革命を経て、 "近代情報智業" の成立と "智のゲーム" の普及をもたらした "智業化−情報化" の波、

とでも呼ぶことができる三つの社会変化の波の重複的継起によって形作られている。ただし、ここで "智業" というのは、 "威(prestige)" や "富(wealth)" よりもむしろ "智(wisdom)" つまり知的影響力の獲得を目標として競争する--つまり "智のゲーム" に参加する--個人や集団をさす。智業家は、自分が発見・創造した情報や知識を、市場ならぬ "智場" において、取引よりは "説得" を通じて、販売よりは "普及" させようとし、それに成功することによって "智者" としての名声と知的影響力を獲得するのである。その意味では、インターネットは、なによりもまず、ここでいう情報や知識の説得を通じての普及の場、すなわち "智場" として発展してきたし、これからも発展していくといってよいだろう。インターネットには "電子市場" としての側面もまたあることは間違いないが、それはあくまでも副次的なものにすぎない。ちょうど、資本主義社会において、他の社会的関係が市場での取引関係 (商品の売買関係) の中に包摂されていったように、情報社会 (智本主義社会) においては他の社会的関係が智場での説得関係 (情報や知識の普及関係) の中に包摂されていくのである。その意味では、インターネットの応用の主要な分野を "電子取引" と呼ぶのはあまり適切ではない。むしろ、 "電子説得" あるいは "電子コミュニケーション" と総称すべきであり、 "電子取引" はその中に包摂されてくると解釈すべきものだろう。

[追加論点]

  1. 市民 (シティズン) とネティズン。
    シティズン:都市に棲んで、商工業に従事する人々
    ネティズン:ネットワークに棲んで、智業に従事する人々
  2. 市民革命とネティズン革命。 ( "第三の波" 政治論との関係)
    市民革命:商業化によって勃興した市民たちの、主権国家への異議申し立て。
    ネティズン革命:智業化によって勃興したネティズンたちの、主権国家と産業企業  への異議申し立て。                          3)コミュニケーション・パラダイムの変化 (補完)
  3. インディビデュアル・コミュニケーション
    {パーソナル、マス}  →メディアの分化 (電話と放送)

    コミュニティ・コミュニケーション
    {グループ、パブリック} →メディアの統合 (インターネット)
  4. コミュニティ・ネットワーク
    情報ユーティリティー={情報ループ、情報コンセント、情報家電}
    地域情報化委員会