1995年8月27日
公文俊平
はじめに
1970年代以来、 "情報革命" と総称できるような一連の主要な社会変化が発生している。この情報革命にはいくつかの側面があると思われるが、ここではとくに、次の二つの側面に注目したい。すなわち、
1)情報産業革命
2)情報社会革命
の側面がそれである。以下では、そのおのおのについて簡単に説明し、それらが放送におよぼすインパクトを考えてみたい。
1.情報産業革命。
情報革命の第一の側面は、近代産業社会での第三次産業革命 (情報産業革命) としてのそれである。コンピューター産業に発生した情報処理のディジタル革命 (集積化とネットワーク化) の波が、通信や放送の分野にも及ぼうとしている。今後数十年のうちに、光ファイバーと無線によって結ばれたグローバルなコンピューターのネットワーク(ODN= Open Data Network, or Open Digital Network) が世界をおおい、通信・放送・出版等の機能のほとんどは、その上で統合的に実現されることになるだろう。それと共に、現在のアナログ放送はディジタル放送になり、さらにメディアとしての放送は、ネットワークとしての独立性を失って、ODNの上での放送活動の中に吸収されていくだろう。
過去の産業化の歴史をふりかえると、主要な産業革命の波はほぼ百年おきに発生している。その前半の五十年は、技術や産業のパラダイム転換をもたらす突破局面であって、新しい技術が新しい社会的インフラ、産業、企業組織を生み出す時代である。その成果は、主として産業のインプットとして利用されて、産業の生産性の増大とコストの低下に貢献する。後半の五十年は成熟局面であって、産業革命の成果が、大衆的な需要を満たす製品やサービスとなって市場を満たす時代である。十九世紀末から始まった第二次産業革命(すなわち、産業化の二十世紀システム)は、その突破段階において電力や道路網、重化学工業、寡占的大企業組織を生み出した。その成熟段階には、乗用車と家電製品に代表される耐久消費財、すなわち消費者用機械が普及して、人々のライフスタイルを一変させた。今日のテレビ放送に代表されるマスメディアは、第二次産業革命の成熟局面を代表する産業の一つである。
われわれは今日、産業化の二一世紀システムにいたる、第三次産業革命の突破局面に歩み入ったところである。一九七〇年代以来、情報インフラを中心とする新しい社会的インフラが形成され、マルチメディアと呼ばれる新しい産業が台頭し、ネットワーク型の産業組織や、バーチャル企業などと呼ばれる新しい企業形態が出現しつつある。その成果は、もっぱら企業や行政の業務に利用されることで、工場だけでなくオフィスのホワイトカラーの生産性が急激に増大し始めている。しかし、第三次産業革命の成果が広く人々の社会生活に普及して、新しいライフスタイルを定着させるまでには、まだかなりの時間が必要とされよう。いわゆるビデオ・オン・ディマンドやフル・サービス・ネットワーク(FSN) などは、技術的にも、需要面から見ても、第三次産業革命の成熟局面で本格的に普及すると考えられる。近年人々の注目を集めているバーチャル・リアリティ(VR)や人工生命(AL)の技術についても同様であろう。
2.情報社会革命
情報革命の第二の側面は、産業化をその一局面 (第二局面) として含む近代社会での第三次社会革命 (情報社会革命) としての側面である。近代社会は今、近代主権国家の成立をもたらした軍事革命と、近代産業企業の成立をもたらした産業革命に続く、近代第三次の広範な社会革命の時期を迎えようとしている。そこでは、営利を追求する企業に加えて、知的な影響力の獲得をめざす智業型の社会的主体(近代情報智業)が、新しい情報技術と情報インフラに支えられて本格的に勃興してくる。近年のNGO (Non-Governmental O rganizations) やNPO (Non-Profit Organizations) の台頭と呼ばれている現象は、ここでの文脈から見れば、近代情報智業の大々的な発生だと解釈できる。
この意味での情報化は、市民の間に出現する "ネティズン" たちが展開する新しいライフスタイルとも密接に関連している。ネティズンたちは、二十世紀の大衆たちのように受動的ではなくて、より能動的な生活を志向する。商品の生産・販売者が提供する情報を待ち受けるのではなく、自ら積極的に商品情報を探索・収集して購入の意思決定を行う。カウチポテト型の情報消費者ではなくて、積極的な情報の創造・発信者たらんとする。
今日のインターネットを原型とするような未来のODNは、このようなネティズンたちの要求に的確に合致する情報インフラである。現在のディジタル革命は、個人や小グループによる僅かな費用での番組作成や放送を、すでにある程度可能にしつつあるが、ODNが本格的に展開された暁には、それはさらに容易になるだろう。
もちろん、情報社会革命は、情報産業革命と同様、いまようやく始まったばかりである。その意味では、多数のネティズンがいたるところに出現して、人々のコミュニケーションやコラボレーションのあり方が一気に変わってしまうことはないだろう。既存の放送や電話に代表されるマス・コミュニケーションやパーソナル・コミュニケーションの形態は、ここ当分は依然として有力であり続けるだろう。しかし、社会的なコミュニケーションのパラダイム変化とでもいうべき現象は、あきらかに今生じつつある。
3.コミュニケーションのパラダイム変化
産業社会のコミュニケーションのパラダイムは、個人コミュニケーションという概念で総括できる。個人コミュニケーションのなかに、良く知られているマス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションという二つの機能が含まれていたのである。産業社会では、これらの機能に対応するコミュニケーション・メディアがそれぞれ分化発展する傾向が見られた。放送と電話の分化は、その典型であった。(ただし、後述するコミュニティ・コミュニケーション機能については、それを実現する適切なメディアが欠けていたために、個人コミュニケーションのためのメディア、とりわけマスメディアが、その多くを代行していたといってよいだろう。)
しかしこれからの情報社会では、個人コミュニケーションに加えて、コミュニティ・コミュニケーションとでも呼ぶのが適切なコミュニケーション機能に、人々の関心が集まるようになりそうだ。コミュニティ・コミュニケーション自体は、さらに、パブリック・コミュニケーションとグループ・コミュニケーションの二つの機能に分けてみることができる。
前者は、現在のWWWのサーバーを利用した情報提供に典型的に見られるように、情報の提供者が自分の公開したいと思う情報を自分のコンピューターの中に入れておき、入手者はそれを自分で探し求めて欲しい物だけをとってくる、そういう形のコミュニケーションである。マス・コミュニケーションとの比較でいえば、情報の提供者の行動様式はより控えめであり、入手者の行動様式はより能動的である。後者は、電子メールや電子会議、あるいはロータス・ノーツのようなグループウエアの利用に典型的に見られるように、人々のグループとしての協働 (コラボレーション) の支援を目的とするコミュニケーションである。
情報社会では、コミュニティ・コミュニケーションのこれら二つの機能に対応するメディアは、ODNの上で統合的に発展していくように思われる。WWWサーバーに電子メール機能や電子会議機能が付加されつつある現状からみても、そう判断してよいだろう。さらにいえば、先にも述べたように、コミュニティ・コミュニケーション機能だけでなく、在来型の個人コミュニケーション機能もまた、そこに統合されていくだろう。情報社会のネティズンたちは、産業社会の市民にくらべて、 "全人(whole person) " としての特色をより鮮明にもつようになると思われる。トフラーのいう "プロシューマー" は、経済面での全人化傾向に注目したものだが、それだけではなくて、人々は経済、政治、文化のあらゆる面で全人化 (自己実現) を求めて活動するようになっていくだろう。その意味では、統合的な情報インフラとしてのODNは、単に技術的に可能になっているというだけでなく、社会的なニーズに応えるものだということができる。
5.結論
産業社会、それも産業化の二十世紀システムの成熟段階に発展した今日の放送業界は、以上に略述したような社会変化に対応していかなくてはならない。
放送業界は、一方では情報産業革命の成果を、なるべく速やかに自らのものにしていかなければならない。つまり、新しい情報技術を積極的に取り入れて、放送の質を向上させ費用を減少させる努力が肝要である。
他方では、放送業界は情報社会革命の進行に対処して、自己変革をとげていかなければならない。なるほど、いかに情報社会革命が進行しようと、ニュース報道に代表される各種のイベントのリアルタイムでの報道や、年末年始番組に代表されるような人々の共通の情緒的欲求を満足させるような番組の同時一斉提供へのニーズ、つまり本来の意味でのマス・コミュニケーションへの需要は、決してなくなりはしない。また、ODNの質的な発展の速度はそれほど早くないとすれば、マス・コミュニケーションへの需要は、在来のマスメディアが、当分は依然として満たし続けるだろう。しかし、それが社会的なコミュニケーション過程の中に占める比重は、今後次第に減少していくだろう。また、マス・コミュニケーションへの需要自体は残り続けるにしても、それを実現するためのメディアは、いずれはODNに統合されていくだろう。他方では、マスメディアがこれまで代行していたコミュニティ・コミュニケーションの機能(とりわけその個々の担い手)の中には、いちはやくマスメディアから分離独立して、ODNの上にその活躍の場を求めるものもでてくるだろう。
そうだとすれば、放送業界は、新しいコミュニケーション機能(とそのための統合的な新メディア)の台頭に対応して、当面は平和的な棲み分けをはかると同時に、長期的には新メディアの中に吸収されていく覚悟と戦略が必要とされよう。