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1995年 9月14 日

「情報通信政策の中心課題についての提言」

情報通信政策研究会
第三 提言

公文俊平・西和彦

概説

いまこそODN を政策論議の中心課題にしなければ、わが国の21世紀の発展はない。

 今日の情報通信産業は、目もくらむような技術革新の波に洗われている。電話と放送にかぎっても、つぎの三つの方向から秒進分歩のイノベーションが既存の産業の存立基盤を揺り動かしている。すなわち、

  1. 無線通信技術の著しい発達
  2. コンピューティング能力の急速な集積と低価格化
  3. コンピュータのネットワーク化の急激な進展

である。シナジーアップ効果により、その進歩が加速度的に早くなっているいま、われわれは技術革新の動向を視野にいれ、今後の情報社会のあるべき姿をふまえた上で、情報通信基盤をいかに構築するかについて論じるべきだと考える。

 現実の情報通信政策論議を世界的視野で整理すると、以下の四つのレベルに分けられる。

  1. 既存の電話会社間の競争にかかわるもの
  2. 新しい技術を利用して行われる電話事業や放送事業への参入競争に関するもの
  3. 既存の電話や放送といった枠を超える新産業としての、“マルチメディア”、あるいは“メガメディア”の支配をめぐるもの
  4. 新情報通信基盤(NII-GII )の具体的なあり方とそれをめぐる競争に関するもの

米国を例にとると、総論賛成の形で政治的には全国情報基盤(NII )が広汎な合意を得つつあり、そのうえで双方向テレビ陣営と、インターネット陣営で議論が分かれている。既存の情報通信産業のほとんどが属する前者が、20世紀後半の耐久消費財産業やマスメディアの発展の直接の延長線上に未来を見ているのに対し、後者は新しい産業革命と同時に新しい社会革命としての側面をもつ“情報革命”の本質をより鋭く自覚し、行動を起こしていると言っていいだろう。

ひるがえって、わが国の情報通信政策論議をみると、もっぱら1.のレベルにとどまっているのが現状だ。それも、NCC とNTT との間の競争条件を変更するという文脈で、“NTT の分割”が議論されているのみである。技術革新の進展と世界の情報通信事情の急速な変化を前提とするならば、わが国の情報通信政策論議を、早急に4のレベルに引きあげねばならない。具体的には、インターネットを原型とするODN (Open Data Network, Open Digital Network )をいかに日本に根づかせるための環境整備を行い、発展させるのかという論議を中心課題とするべきであると考える。

本論

公文・西提言1

すさまじい勢いで変化している情報通信環境を正しく認識するべきである。

技術革新の嵐は、まず無線通信技術の発達に現れている。放送分野では衛星放送の進出がめざましい。スターテレビの普及に見られるように、東南アジア諸国ではすでに衛星放送がテレビ放送の主流となっている。日本も無縁ではなく、衛星放送の150 チャンネル時代の到来は目前だ。

衛星通信・放送の発展

米国では1980年代にケーブルテレビが普及していたが、その存立基盤は、衛星放送との競争の前に揺らいでいる。しかも、ディジタル放送技術の実用化にともなって、比較的近い将来に、1 衛星あたり千数百チャンネルの送信能力をもつ直接放送衛星(DBS )が、世界の空をおおいつくす可能性を秘めている。

電話の分野では、セルラー携帯電話のシェアが、まず東南アジア諸国で、次いで米国や日本で急増している。その後を、PHS やPCS とよばれる新型の無線電話システムが追っている。さらに、イリジウム計画などに見られるように、多数の低軌道衛星を利用した、グローバルな無線電話サービスも、近く実用化されようとしている。世界中どこへでも、同じ料金で電話がかけられる日が、着々と近づいているのである。

急激に進化しているコンピュータ

第二の嵐は、コンピューティング能力の急速な集積と低価格化である。

映画やテレビ番組などの制作や編集の現場では、安価で高性能なディジタル映像機器がますます多く利用されるようになってきた。とりわけ、コンピュータグラフィックスを処理するハードやソフトの、性能の増大と価格の低廉化が急速に進んでいる。

電話の分野でも、コンピュータの進出は顕著である。すでに先進国では、それ自体が一個の巨大なコンピュータであるディジタル交換機への移行が進んでいる。しかも、ジョージ・ギルダーの予想によれば、交換機の価格/性能比は年々倍増する勢いで増大しており、後数年もすれば、今日のスーパーコンピュータ16台分の能力が、一個の値段が100 ドルを切る一個のチップの上に集積される。この一個のチップの交換能力は、米国の42の電話会社の中央交換機に匹敵するという。いいかえれば、高価なディジタル交換機の形をとっている電話会社の資産価値は、年々半減する勢いで減価しているのである。

ODN の登場

その第三は、コンピュータのネットワーク化の急激な進展である。

すでに、コンピュータの局所的なネットワーク(LAN )を光ファイバーによって広域的に相互連結した“インターネット”、すなわちコンピュータの「ネットワークのネットワーク」は、1990年代に入って、これまた年々倍増する勢いで世界中に拡がり始めている。ODN (Open Data Network, Open Digital Network)などとも総称されるようになった、

このコンピュータの広帯域双方向情報通信ネットワークは、光ファイバーに加えて広帯域無線の利用も可能になり、いずれ従来の電話や放送の機能をもその中に吸収していくだろう。“通信と放送との融合”が、ここで初めて達成されるのである。その暁には、距離や時間だけでなく、帯域とも無関係な定額制を基礎とする料金体系をもつ情報通信サービスが、手頃な価格でグローバルに利用されるようになるだろう。

公文・西提言2

コミュニケーション環境の変化がもたらす社会の変化に留意しない議論は、無意味である

急速に変化しているのは、技術ばかりではない。情報通信システムの利用者の側にも、大きな変化が起こっている。

これまでの産業社会では、情報の受信者や財の購買・消費者は、情報の発信者や財の生産・販売者からの一方的な働きかけを受ける、どちらかといえば受け身の存在とされていた。積極的にすることといえば、リモコンでチャネルを切り換えるだけの「カウチポテト」とよばれたテレビの視聴者大衆のあり方は、それを象徴していた。

しかし、これからの情報社会では、人々は、自分が必要とする情報を能動的に探索したり、生産・販売者に対して積極的に要求を出したりするようになる。いやそもそも、生産・販売者対購買・消費者とか、情報の発信者対受信者といった二分法自体が、次第にその意味を失っていくのが、情報社会の特徴なのである。

同じことは、人々のコミュニケーションの形態についてもいえる。

これまでの産業社会では、コミュニケーションの機能は放送や新聞、あるいは出版に代表される“マスコミュニケーション”と、電話や手紙、あるいは会話に代表される“パーソナルコミュニケーション”とに大きく二分され、そのためのメディアも、“マス・ディア”と“パーソナルメディア”とがそれぞれ別々に分化し発展していた。

パブリックコミュニケーションの登場

ところが、近年になって、上の二つの機能を補完ないし代替するような、パブリックコミュニケーションおよびグループコミュニケーションとでも呼ぶことのできる、コミュニケーションの新しい機能の重要性が認識され、実際にも利用されるようになってきた。

パブリックコミュニケーションとは、人々が情報の発信者としては、自分が公開したい、公開してもよいと思う情報を、自分のコンピュータの中などにいれておき、誰でもそれを取りに来るのにまかせる一方、情報の受信者としては、積極的に他人の公開している情報をあちこちと捜しまわって、自分の欲しい情報を取ってくるような形態のコミュニケーションである。その一つの典型は、インターネットのWWW のホームページを利用した情報提供・情報共有に見ることができる。

また、グループコミュニケーションとは、人々が、個人としてと同時に、ある種のグループの一員としても生活をしているのだという自覚にたって、それぞれのグループの中での密度の高い情報の交流や通有を行い、グループとしての協働行為に役立てるために行われるコミュニケーションである。電子メールや電子会議の場で行われるコミュニケーションは、グループコミュニケーションの典型的なものである。

ネティズンの台頭

人々の意識や行動様式に見られるこのような変化に注目して、近代産業社会の市民たちの間から、コンピュータネットワークというサイバースペースの中に住み、情報や知識の創造と普及にたずさわるネティズン(Network +Citizen =ネット市民)が生まれつつあるという見方も出されている。

事実、近年急速に普及しその影響力を強めつつある非政府組織(NGO )や非営利組織(NPO )に結集した市民たちのボランティア活動は、しばしばコンピュータネットワークを活動の基盤としており、ネティズンの台頭という観点からこの変化を分析すれば、積極的な意味づけを与えることができそうだ。コンピュータネットワークは、情報社会での人々のこうした能動的・積極的な行動や新しい形のコミュニケーションにとっての、絶好の手段となっている。

公文・西提言3

ODN を中核とする21世紀の情報基盤をいかに構築するかこそ、情報通信政策論議の中心課題であるべきである。

コンピュータネットワークの特徴

 コンピュータネットワークは、コミュニケーションの在来の機能や新たに注目されるようになった機能のすべてを担うことのできる、統合的なメディアとなりつつある。

とくに近年急成長しているインターネットの場合、これまでの電話や放送のネットワークとは違って、ネットワークの個々のノードを形づくっているコンピュータの方に、“インテリジェンス”が集中している。いいかえれば、コンピュータ相互の通信のためには、回線があるだけで足りるのだ。ネットワークの構造や機能は、もっぱらそのユーザーたちが主体的に決めるといってもよい。

さらにいえば、広域的なコンピュータネットワークは、本来分散・協調的なシステムであって、最小限の共通標準さえ満たしていれば、回線であれ、その上の通信サービスであれ、各種のアプリケーションやコンテンツであれ、さまざまな参加者がそれぞれのリソースを持ち寄って相互に結びつける形で、それを構築していくことが可能なのである。

コンピュータネットワークが情報基盤である理由

つまり、コンピュータネットワークの上での通信は、それぞれのノードが対等に行うことができる。いいかえれば、誰でもどことでも交信ができるのである。放送のように一人が不特定多数者に向かって一方的に発信するのでもなければ、電話のように一対一の交信しかできないのでもない。いわば多対多の通信を可能にしているのが、コンピュータネットワークなのである。社会全体を覆うコンピュータネットワークこそ、情報社会の住人が、自分で能動的に構築し、各種のコミュニケーション機能の実現のための統合的なメディアとして利用することのできる情報通信基盤にほかならない。

情報社会の実現にとっての緊急の課題は、上の意味での新たな“情報通信基盤”をなるべく急速に構築していくことであると言ってよいだろう。

アクシデンタルスーパーハイウェイ

じつは、その過程はすでにわれわれの眼前で進行している。既存の情報通信産業とはほとんど無関係に誕生し、近年爆発的に拡大・発展しているThe Internet(単にザ・ネットともいう)こそ、新しい情報通信基盤の具体的な原型にほかならない。

イギリスの『エコノミスト』誌(7 月1 日号)は、このインターネットが既存の国営・民営の通信産業の思いもよらぬ形で発展してきたことに注目して、それを“偶発した(Accidental)スーパーハイウェー”と呼んでいる。しかし、その経済的、社会的背景にまで目を向ければ、インターネットはむしろ“必然の産物”だといってよいだろう。そして、このインターネットは、今後次第に進化して、上述したODN へと発展していくに違いない。

今後のわが国の情報通信政策の最大の重点は、ODN の発展と具体的な構築をいかに促進するか、あるいは少なくともいかに阻害しないか、というところに置かれなくてはならない。

とはいえ、ODN を、それも幹線だけでなくすべてのオフィスや家庭にわたって、一気に構築するわけにはいかない。他方では、ODN ないしその原型としてのインターネットへの需要は、供給よりもはるかに急激に爆発しつつある。したがって、既存の通信回線、すなわち電話やケーブルテレビの回線を、当面インターネットを補完する形で利用可能にする工夫が必要になるだろう。

とくにケーブルテレビの普及が少ない一方で、ISDNの供給能力は相当に大きい日本の場合は、ISDNを利用したインターネット接続サービスの提供を、それに応じた料金体系の改革も含めて、早急に推進すべきである。携帯電話やPHS のインターネットとの接続についても同様である。

世界の情報通信政策論議:その四つのレベル

ここであらためて、世界の情報通信政策論議の現状を概観すると、国によって、あるいは時期によって論議の焦点は異なるにせよ、おおむね次の四つのレベルにわたって論議が行われていることに気づく。

その第一は、既存の電話会社の間の競争にかかわる論議である。国内でいえば、米国の長距離電話会社と地域電話会社の間の競争や、日本のNTT とNCC の間の競争のあり方に関する議論がある。国際的には、各国の電話会社の事業のグローバルな展開をめぐる競争、あるいは途上国での電話事業への参入をめぐる競争に関する議論がある。

その第二は、新しい技術を利用して行われる電話事業や放送事業への参入競争に関する議論である。電話でいえば、ケーブルテレビの回線を利用した電話サービスの提供、携帯電話やPHS 事業、低軌道衛星や通信衛星の利用、ISDN型のディジタル電話サービスの提供などに関する論議は、このレベルのものである。放送でいえば、日本の場合のケーブルテレビ事業の新たな展開や、米国の場合の直接衛星放送サービスの展開などに関する論議がそれにあたる。

その第三は、これまでの電話や放送の枠を超える新産業としての、マルチメディアあるいはメガメディアの支配をめぐる競争である。米国の場合でいえば、映画や地上波放送ネットワークなどのコンテンツ産業と電話やケーブルテレビなどのパイプライン産業の間の、あるいはそれぞれの陣営内部での競争に関する論議が、このレベルにあたる。

その第四は、新情報通信基盤(NII-GII )の具体的なあり方をめぐる競争に関する論議である。米国の場合でいえば、論議はもっぱら、娯楽指向、大衆需要指向の双方向テレビ陣営と、ビジネス利用指向、ネティズン需要指向のインターネット陣営との間で行われている。総論賛成の形で政治的には広汎な合意を得つつある“全国情報基盤”ないしは“情報スーパーハイウエー”の大義名分を、どちらの陣営が自分のものとするかの競争だといってもよいだろう。

既存の情報通信産業のほとんどは、前者の陣営に属しているようだ。しかし、前者が20世紀後半の耐久消費財産業やマスメディアの発展の直接の延長線上に未来を見る傾向が強いとすれば、後者は新しい産業革命と同時に新しい社会革命としての側面をもつ情報革命の本質をより鋭く自覚しているように思われる。

公文・西提言4

NTT 対NCC という狭い文脈での議論から脱却し、人々の意識や行動の変化にもっともよく合致する情報基盤の構築を議論せよ。

ここでひるがえってわが国の情報通信政策論議の現状を見れば、誠に残念なことに、そのほとんどは、第一のレベルの論議を出ていない。それも、もっぱらNCC とNTT との間の競争条件を変更するという文脈で、NTT の分割が論議されている。あるいはたかだか、第二のレベルでの論議を意味あるものとするための前提として、NTT の“市内独占”状態をまずなくすべきだという議論が行われているにとどまる。

第三や第四のレベルの議論は、NTT が最近発表したOCN (オープン・コンピュータネットワーク。本提言でいうODN の一つの原型をなすものだと考えられる)の構築構想を除けば、政策論としてはおよそ展開されていない。しかも、NTT の構想自体も、ほとんど正面から論議の対象とはされていない。

しかし、今日の日本がもっとも緊急に必要なのは、まさに上記の第四のレベルの議論であるとわれわれは考える。この第三提言の眼目は、そこにある。

付記:なお、インターネットあるいはODN型のネットワークの、日本での具体的な構築の仕方に関する提言は、別途行うことにしたい。