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1995年9月25日

「これからの情報通信産業」

Shumpei Kumon

〔情報通信革命〕

 いま、情報通信の世界は革命的な変化の時代にはいった。そのもとは、コンピューターの世界に起こった変化にある。

 一九七〇年代以来、マイクロチップの上での回路の集積化が急速に進み、ますます小型化し、高機能化し、分散化するコンピューターの数は、世界を埋めつくすばかりの勢いで増加し始めた。さらに一九八〇年代には、それらのコンピューターが、局地的にも広域的にもネットワークを作って互いに連結し始めた。コンピューターの "ネットワークのネットワーク" としての "インターネット" が出現したのである。一九九〇年代に入って、この傾向は一段と顕著になり、インターネットの規模は年々倍増を続けている。

 コンピューターのネットワークは、文書、音声、画像などの情報を、ディジタル情報として一元的に処理(加工、伝達、貯蔵など)できる。ということは、これまでは電話、放送、新聞、出版など別々の形で行われていた情報通信産業のさまざまな活動が、コンピューター・ネットワークでは統合されうることを意味する。それどころか、金融や商取引、教育や医療、行政や政治などの社会的活動の少なからぬ部分を、コンピューター・ネットワークの上で行うことも可能になりつつある。

〔コンピューターネットワークの経済的効率性〕

 コンピューター・ネットワークが生み出した、このような可能性は、われわれの眼前で、日々現実性に転化しつつある。それには、経済的な理由と社会的な理由とがある。

 まず、経済的な効率性という点から見ると、完全にディジタル化されたコンピューター・ネットワークの方が、在来のアナログ型のシステムに比べて圧倒的にすぐれている。コンピューター業界には、「価格/性能比の一八ヵ月ごとの倍増」傾向が、一九七〇年代以来一貫して見られる。いいかえれば、一定の性能を実現するためのコストは、一八ヵ月ごとに半分になり、三年で四分の一に、一五年で千分の一に、三〇年では百万分の一になってしまうのである。これでは、他の競合的システムは、よしんば部分的にディジタル化したところで、到底コスト的に勝ち目がないだろう。

〔人々の意識や行動の変化〕

 次に社会的な理由がある。これまでの産業社会では、情報の受信者や財の購買・消費者は、情報の発信者や財の生産・販売者からの一方的な働きかけを受けるばかりの、受け身の存在とされていた。しかしこれからの情報社会では、人々は、自分が必要とする情報を能動的に探索したり、生産・販売者に対して積極的に要求を出したりするようになる。いやそもそも、生産・販売者対購買・消費者とか、情報の発信者対受信者といった二分法自体が、次第にその意味を失っていくのが、情報社会の特徴なのである。

 同じことは、人々のコミュニケーションの形態についてもいえる。これまでの産業社会では、コミュニケーションの機能は放送や新聞に代表される "マス・コミュニケーション" と、電話や手紙に代表される "パーソナル・コミュニケーション" とに大きく二分され、そのためのメディアも、それぞれ別々に分化し発展していた。ところが、近年になって、右の二つの機能を補完ないし代替するような、 "パブリック・コミュニケーション" および "グループ・コミュニケーション" とでも呼ぶことのできる、コミュニケーションの新しい機能の重要性が認識され、実際にも利用されるようになってきた。パブリック・コミュニケーションというのは、人々が情報の発信者としては、自分が公開したい、公開してもよいと思う情報を、自分のコンピューターの中にいれておき、誰でもそれを取りに来るのにまかせる一方、情報の受信者としては、積極的に他人の公開している情報をあちこちと捜し回って、自分の欲しい情報を取ってくるような形態のコミュニケーションである。その一典型がWWWのホームページである。また、グループ・コミュニケーションというのは、人々が、個人としてと同時にグループとしても生活しているという自覚にたって、各グループの中で密度の高い情報の交流や通有を行い、グループとしての協働行為の展開を支援するためのコミュニケーションである。その一典型が電子メールである。

〔新情報通信基盤]

 コンピューター・ネットワークは、情報社会での人々のこうした能動的・積極的な行動や新しい形のコミュニケーションにとっての、絶好の手段となる。それは、コミュニケーションの在来の機能や、新たに注目されるようになった機能のすべてを実現する統合的なメディアとなる。また、この新しいネットワークでは、これまでの電話や放送のそれとは違って、その個々のノードを形作っているコンピューターの方に、 "インテリジェンス" が集中している。いいかえれば、コンピューター相互の通信のためには、回線があるだけで足りるのである。ネットワークの構造や機能は、もっぱらそのユーザーたちが主体的に決めるといってもよい。さらにいえば、広域的なコンピューター・ネットワークは、本来分散・協調的なシステムであって、最小限の共通標準さえ満たしていれば、回線であれ、その上の通信サービスであれ、各種のアプリケーションやコンテンツであれ、さまざまな参加者がそれぞれのリソースを持ち寄って相互に結び付ける形で、構築していくことが可能なのである。

 そこから出てくる当然の帰結でもあるが、コンピューター・ネットワークの上での通信は、それぞれのノードが対等に行うことができる。いいかえれば、誰でもどことでも交信ができるのである。放送のように一人が不特定多数者に向かって一方的に発信するのでもなければ、電話のように一対一の交信しかできないのでもない。いわば多対多の通信を可能にしているのが、コンピューター・ネットワークなのである。つまり、社会全体を覆うコンピューター・ネットワークこそ、情報社会の住人が、自分で能動的に構築し、各種のコミュニケーション機能の実現のための統合的なメディアとして利用することのできる、 "情報通信基盤" に他ならないのである。

 そうだとすれば、情報社会の実現にとっての緊急の課題は、この新たな "情報通信基盤" をなるべく急速に構築していくことである。実は、その過程はすでにわれわれの眼前で進行している。既存の情報通信産業とはほとんど無関係に誕生し、近年爆発的に拡大・発展しているインターネットこそ、新しい情報通信基盤の具体的な原型に他ならないのである。イギリスの『エコノミスト』誌(7月1日号)は、このインターネットが既存の国営・民営の通信産業の思いもよらぬ形で発展してきたことに注目して、それを "偶発した(アクシデンタル)スーパーハイウェー" と呼んでいる。しかし、その経済的、社会的背景にまで目を向ければ、インターネットはむしろ "必然の産物" だといってよいだろう。

〔日本の現状〕

 それでは、日本の場合はどうだろう。日本は、まずコンピューター産業の発達自体に後れをとった。一九八〇年代の半ば以来の政府主導による "第五世代コンピューター" 開発計画や、ワークステーションの開発をめざした "シグマ計画" は、失敗に終わった。民間のコンピューター産業も、ネットワークの重要性をなかなか認識しなかった。通信事業とコンピューター産業の所轄官庁が郵政省と通産省に分かれていることも、二つを統合した "コンピューター・ネットワーク" という観念を行政が受け入れるにあたっての大きな妨げとなっているように思われる。(しかし、最近では漸く、両者を一括して「情報通信」と呼ぶ用語法が定着しつつある。)

 日本の通信事業者もまた、インターネットには信じがたいほどに無関心だった。とりわけ、NCC系の長距離電話会社の無関心ぶりは、米国の新長距離電話会社であるMCIやSPRINTの活躍ぶりとは、際立った対照をなしている。

 それに比べると、NTTの最近の変貌ぶりは注目に値する。NTTは今年の六月に発表した「マルチメディアへの取り組み」と題する文書の中で、最近急激に発展しつつあるインターネットとLANの動向にまず注目した。そして、マルチメディアの発展のためには、ユーザーの多様なニーズに適切に応えるさまざまなネットワークサービスと、それらに適合した新しい料金体系の導入が必要だとした上で、品質、信頼性、料金の面で、これまでのギャランティー型(高信頼型)とは異なるベストエフォート型(廉価型)のサービスを提供する、 "オープン コンピュータ ネットワーク(OCN)" の構築戦略を打ち出した。このOCNは、従来からの電話のネットワークあるいはその延長線上に構想されていた「コネクション型かつ垂直集中型」のB−ISDNとは根本的に異なる、「コネクションレス型かつ水平分散型」のネットワークなのである。

 このOCNは、日本には、とりわけ "市内" というか "末端" のレベルでは、まだほとんど見るべき形では存在していない。(現在提供されている、個人や中小企業用のインターネット接続サービスのほとんどは、既存の公衆電話回線を利用した "ダイヤル・アップ" 接続によるものである。しかし、OCNというからには、専用線による "二四時間接続" を原則とするものでなければならない。)したがって、電話の場合のような "市内独占" の問題は、現時点では存在していない。しかも、すでに述べたように、インターネット型のコンピューター・ネットワークは、分散・協調型であって、原則として誰でも自分のリソースを持ち寄る形で参加できる。つまり、文字通り "オープン" なネットワークとして構築していける。その意味では、この新システムは、多様な形での競争や協力に極めて適したシステムでもある。

 NTTは、今回の新戦略の発表によって、新しい通信システムの今後のあるべき姿について明確な見通しを持っていることを世界に示すと同時に、その構築に自分もまた主要なプレヤーの一人として参加するという決意を明らかにした。

〔残る問題〕

 残る問題は、それをいかに実践していくかにある。とりわけ、幹線網は別として、それぞれの地域地域でのコンピューターの個々のLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)の組み方や、LAN相互の接続の仕組みをどのように具体的に作り上げていくか、とりわけその場合の異なる事業者間の競争と協力の仕組みをどう作っていくかについて、NTTの真剣なコミットメントと努力が待たれるのである。現に例えば大分のマルチメディア地域実験の中では、各地域にはりめぐらされた光ファイバーの "情報ループ" のいたるところに "情報コンセント" をつけて、さまざまなコンピューター(その他各種の情報処理端末)をそこにつなぐだけで、そのネットワーク化が可能になるような、 "地域情報ユーティリティー" 構想なども提案されている。その構築と運営には、コンピューター産業や通信事業者だけでなく、地域の各種公益事業者や、建設会社、電気工事会社等多種多様な事業者が、ユーザー市民と共に参加していくのが望ましい。さらに、 "地域情報ユーティリティー" の構築と運営の主体として、自由市場と政府の中間に立つような、ある種の公的(パブリック)な性格をもつ、市民・企業・行政の合議機関を作ることも考えられる。

〔急がれる制度改革〕

 私は、NTTがこうした試みに全国各地で、いや国際的にも、積極的に参加し、主導的な役割を果たすことを期待する者だが、そのためにも、既存のNTT法や電気通信事業法は、あらためて見直す必要がある。また、これまでの通信産業とコンピューター産業の垣根の枠を超えるところに出現している新情報通信基盤の特性を考えると、郵政省と通産省に分かれている現在の行政の所管の仕組み自体の見直しも、早急に必要とされよう。