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96年2月8日

「情報化の社会的インパクト 」

公文俊平

一般に "情報化" とか "情報革命" とよばれている現象には、産業革命としての側面や社会革命あるいは政治革命としての側面などがあるようだ。ここでは、産業革命としての側面にまず注目してみよう。

歴史の教科書などがいう "産業革命" (軽工業革命) は、18世紀の終わりに始まった一連の産業技術や産業組織の革新をさすが、その百年ほど後にも、第2次の産業革命 (重化学工業革命) が起こっている。そしてそのさらに百年後の今、第3次の産業革命(情報産業革命)が、始まったと見られる。つまり、近代の産業社会は、ほぼ百年ごとに、技術革新の主要な波を経験し、それに伴って、産業の種類や構造だけでなく経営組織のあり方まで、大きく変わってきた。例えば、今日のいわゆる大企業組織は、第2次産業革命の産物にほかならない。第3次産業革命は、企業組織のあり方をさらに変化させ、ネットワークを作って結びついた企業群の間に、柔軟で多様な連携と協力関係が時に応じて展開されるいわゆる "バーチャル・コーポレーション" を生み出すだろう。

産業革命によって区切られるほぼ百年の期間は、前半の "突破" の局面と後半の "成熟" の局面に分けてみることができる。突破の局面には、新しい産業や職種も生まれてくるが、それに置き換えられて滅びていく産業や職種もまた発生する。技術や産業構造が比較的安定し、それが供給する財やサービスへの大衆的な需要が、人々のライフスタイルの変化を伴って大々的に生まれてくるのは、成熟局面になってからのことだ。私たちが記憶している戦後の "高度成長" は、第2次産業革命の成熟局面に向かっての急速な追いつき過程だった。そこでの主導産業は、自動車や家電、あるいはテレビや新聞・雑誌などであり、多様な耐久消費財の利用に支えられる "豊かな大衆消費社会" のライフスタイルの普及も、この成熟局面の産物だった。

しかし、今は事情が違う。今は情報産業革命の突破局面にある。今起こっているのは、技術パラダイムの急速な転換、産業構造や企業の経営組織の大きな変動であり、それがもたらす大々的な価格破壊や雇用のミスマッチなどである。これが情報化が社会におよぼしている当面のインパクトに他ならない。

だから、過去の成熟局面の経験を単純に未来に延長して未来を予想するのは危険だ。たとえば、情報産業革命が "情報家電" を生み出す、と決め込むのはやや性急ではないだろうか。もちろん、人々のライフスタイルの転換を象徴する未来の情報家電は、いずれは出現し、広く普及するに違いないが、それは情報産業革命がその成熟局面に入るころ、つまりまだまだ何十年か先のことだと思われる。

情報家電の中身も問題だ。今それを推進している人々は、たとえばゲーム機にモデムとインターネット接続ソフトとが内蔵されてていて、買ってきたその日からそれを電話線につないで "ネットサーフィン" が楽しめるようなものを、その典型例として考えているようだ。しかし、果してそうだろうか。

この点については、20世紀の自動車とラジオ・テレビのケースが、興味深い示唆を与えてくれる。19世紀の終わり、つまり第2次産業革命の初期には、自動車も無線電話も、その原型になるものがすでに出現していた。自動車の場合、運転手が自分で操縦する移動装置というコンセプトは、かなりの論議の的となった。一般大衆の使う移動装置としては危険だし難しすぎる、という懸念もあった。しかし、結局のところもとのコンセプトが生き残り、20世紀の車社会が生まれた。他方、無線電話は、当初は双方向の通信装置として開発された。つまり、受信だけでなく発信もできた。しかし、その市場はいっこうに拡大しなかった。ようやく機能を限定して一方向の受信機に仕立て直した時、新しい需要が爆発した。こうして、20世紀の市民は、移動の面では自ら能動的に行動するドライバーとなる途を選択する一方、通信の面では、受け身の "カウチポテト" となる途を選択したことになる。

21世紀になっても、市民のこのような性格は大きくは変化しないだろうという見方もある。だから、これから構築していく高度情報通信基盤も、基本的には市民の受信能力を高めることに主眼を置けばよく、個々人の発信へのニーズはあまり重視しなくてもいいというわけだ。現在のテレビを高度化した "双方向テレビ" は、このようなコンセプトに立脚している。局から視聴者への線は高速大容量のものにするが、視聴者から局への線は、受信したい番組や買いたい商品を選んで知らせるだけの機能や容量があれば十分だとされているのだ。

しかし、21世紀の市民−−私は彼らのことをネットワークの中に棲む "ネティズン(智民)" と呼びたいのだが−−は、それでは満足しないのではないか。彼らは、20世紀の市民たちが車のドライバーとして活躍したように、未来の情報機器のオペレーターとして、情報の積極的な探索や発信を行うに違いない。そしてその活動領域は、今日みられる市民の経済活動や政治活動を、量的・質的に大きく越えたものになるだろう。今日NGOやNPOなどと呼ばれているタイプの組織が、さらに増え、さらに多様な活躍を繰り広げるだろう。しかし、環境・資源問題の深刻化などを考えると、ネティズンたちは、物理的な移動の面では、車や航空機による移動、とりわけ個人的なドライブは、自粛したり諦めたりするようになりそうだ。

だとすれば、未来の情報家電は、まさにそのようなニーズに応えることを目標として、開発されていくべきだろう。そのためにもまず、そうした情報家電をどこでも利用可能にするための高度な情報通信基盤が、 "コミュニティ・ネットワーク" として、全国的に構築されなければならない。これからの地域の活性化は、このようなコミュニティ・ネットワークの構築と利用に、決定的に依存してくると思われる。

私が情報化の第二の側面とみなす "情報社会革命" は、人々の価値観やライフスタイルのこのような変化と密接に関係している。実は、情報産業革命の未来を予想するためにも、情報社会革命の性格をよく理解することが、必要不可欠なのである。