1996年03月10日
公文俊平
にわかに春めいた陽気になるかと思えば、たちまち寒気がぶり返すなど、初春特有の不安定な天候が続いていますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。先月は、大変有意義な研究協力委員会を開かせていただくことができ、あらためて御礼を申し上げます。また、三月の一日から二日にかけて開催しました「湘南会議」にも、多数の方々のご参加を得て、日本の情報通信政策をめぐる、熱気にあふれた興味津々の議論が行われました。
このほど、電気通信審議会のNTTの在り方についての特別部会が、「日本電信電話株式会社の在り方について−第2次情報通信改革に向けて−」と題する答申を、ようやく発表しました。私は早速読んでみたのですが、第三章の「第2次情報通信改革の姿」はともかくとして、それ以外の部分については、驚愕と落胆を禁じえませんでした。
最大の問題は、第一章の「検討の視点」です。そこに示されているのは、もっぱらわが国の事情だけを中心に過去からの流れを回顧する姿勢にすぎません。工業化に成功して豊かになったので、人びとの価値観が変化しニーズが多様化した。そのために、従来の経済・社会構造との間にずれが生じた。だからその改革が必要になるのだが、情報通信もその例外ではない、というのです。
これは、同じ答申の冒頭 (はじめに)に記されている、「昭和60年に第1次情報通信改革が行われてから10年余が経過した現在、情報通信分野においては、急速な技術革新、マルチメディア化、グローバル化、国民利用者のニーズの高度化などの大きな変化の局面を迎えている」という認識とさえ、整合していません。むしろ第一章の視点は、15年前の "第二臨調" のさいの行政改革の視点を、一歩も出ていないようにみえます。
しかしこの間に世界は、技術や産業の、意識や社会の、革命的な変化の時代、あるいは "sea change" の時代を迎えました。今、私たちの眼前で「情報産業革命」や「情報社会革命」が進行しています。それは単に、これまでの産業社会が経験したことのない超高度経済成長の時代が始まろうとしているにとどまりません。 "サイバースペース (ギブスン) " とか "テレコズム (ギルダー) " 、あるいは "インテルプレース" (公文) などと呼ばれる新世界、新しいフロンティアーが、私たちの前に突然開けてきたのです。あるいは、ジョージ・ギルダーの言葉を借りていえば、コンピューターも帯域も電波もタダ同然に使えるようになる "砂とガラスと空気" の技術革新が、私たちの生活能力を毎年毎年十倍にもするような勢いで、爆発しているのです。これは人類にとって、かつてのアメリカ新大陸の発見よりもはるかに大きな世界史的意義をもつできごとだと思います。今日の私たちにとっての課題は、この新世界を探検し開拓し、新しい世界秩序を打ち立てていくこと、それを通じて、未来を積極的に切り開いていくことにあります。しかし、今回の答申には、そのような視点がいかにも不十分だといわざるをえません。
そのためこの答申では、NTTは、もっぱら旧い秩序あるいは構造の典型としてのみ、認識される結果になっています。情報通信改革の方法論も、過去の電話しか見ない視野の狭いものになってしまいます。今回の答申の眼目は、
というところにありますが、これはおよそ見当違いといわざるをえません。なぜならば、
からです。そうだとすれば、今日の私たちにとっての情報通信改革の基本目標は、このような高度情報通信基盤( "ザ・ネット" )の一日も早い構築だということになります。また、この基本目標を実現するためには、既存の情報通信産業の構造や制度をどう変えていくべきかが、改革の基本戦略ということになります。このような見地からすれば、既存の電話産業の構造や制度をどういじるかということは、たかだか第二義的な問題でしかありません。問題は電話をどうするかではなく、 "ザ・ネット" をどう構築するかなのです。アメリカの選挙運動のスローガン風にいえば、問題はまさにINS(It's the Net, Stupid.) なのです。
それでは、NTTには、この点の自覚はまったくないのでしょうか。NTTには、 "ザ・ネット" の急速な全国的、いやグローバルな構築にさいして、果たすべき役割や発揮すべき能力はないのでしょうか。
とんでもありません。日本の既存の情報通信産業の中では、実は、NTTこそが、いやほとんどNTTだけが、時代の大きな変化への自覚をもち、それに対応するための方策をいちはやく打ち出しているのです。すなわち、昨年の七月にNTTがまず発表し、今年の二月にさらにその具体化をはかったOCN(オープン・コンピューター・ネットワーク)こそは、NTT流の "ザ・ネット" の構築戦略にほかなりません。また、昨年の九月にNTTが発表した電話回線と情報通信サービスの "アンバンドル" 化の方針は、既存の電話の施設を、ザ・ネットのために開放する道を開くものです。自社保有の回線を他社の利用にも開放すると同時に、他社の提供する情報通信サービスとの間の全面的な相互接続を認めることにした、NTTのこの新機軸は、 "ザ・ネット" の構築を協力的競争の環境下で推進することを可能にするものです。NTTは、過去の独占体が負うべき自己改革の責任を立派にはたしたといってよいでしょう。
そうだとすれば、私たちに残された主要な課題は、次の三つです。すなわち、
ことがそれです。
三十年近く前の大学紛争の時代に経験したことですが、自力で未来を切り開く勇気や力がない人びとや、口では権威や権力の解体や改革を叫んでいても本音は自分が権威になりたい人ほど、既成の権威や権力を激しく批判するものです。権力側が反省して改革案を提示しても、「われわれが批判したからやむなく言ってみただけのことだろう」とか、「批判の仕方が悪い、要求の呑み方が良くない」などというものです。要するに、旧い力が存在すること自体が恐ろしいのです。ましてや、それが自己改革して新しい力を獲得することなど、絶対に許せないのです。にもかかわらず、それでは批判者の側に、旧いものを本当に解体する力があるのか、あるいは自分たちで新しいもものを創っていく力があるのかというと、それがないからこそ寄り集まって「独占反対」の叫び声を上げているだけなのではないでしょうか。
混乱に強く突破を得意とするアメリカ人たちにとっては、国民が合意する未来ビジョンや、官民協調の仕組みは、必ずしも必要がないかもしれません。民間主導の自由な競争があれば足りるのかもしれません。もっとも、それにしても、今回ようやく改正された通信法の内容や改正の過程を見ると、アメリカもまた真に前向きというよりは、過去にこだわった利害の調整や旧い勢力の存続のために、膨大なエネルギーを消費しているように見えます。アメリカといえども、多年にわたって規制の枠の中に置いてきた産業を自由な競争の世界に引き出すことは容易ではなく、規制の緩和のための多数の新たな規制措置の導入を不可避としているように思われます。いずれにせよ、アメリカはアメリカの行き方があり、それはそれで良いのでしょう。しかし、日本もまた日本の行き方を模索し実行すべきではないでしょうか。それは何といっても、共通のビジョン作りの努力であり、旧いものの賢明にして懸命な自己改革の試みや新しいものの創意工夫の発揮の試みを支援するための、官民一致した協力的競争の枠組み作りの努力ではないでしょうか。
その意味では、「NTTの在り方」をめぐって、あるいは電話産業そのものの在り方をめぐって、果てし無い議論や対立を続けることは、不毛の試みでしかありません。大切なことは、全体としての情報通信産業をどうするかであり、なかんずく全国的な、いやグローバルな "ザ・ネット" の構築をいかに進めていくかなのです。NTTが、国の内外でのOCNの構築を自らの本業として推進する決意を示したことは、わが国の未来への突破の第一歩を切り開いたものとして高く評価できます。この第一歩をより確実なものとし、第二歩、第三歩を踏み出していくことが、次の課題ではないでしょうか。
前回の研究協力委員会の席上で、そろそろ "研究小委員会" の設置に踏み切りたいというご提案を申し上げましたが、小委員会の最初の研究テーマとして、「 "ザ・ネット" の全国的構築の推進体制」を取り上げるのはいかがでしょうか。近く、あらためてお目にかからせていただいた上で、ご意見やご助言を頂戴したいと存じますので、どうかよろしくお願い申し上げます。