96年4月06日
公文俊平
はじめに
情報新世紀会議は、平成6年4月に「産官学それぞれの力の総和の発揮による高度情報化社会の速やかな実現をめざす」ことを目的とし、民間有志の自主的な組織として設立された。
同年6月には当時の羽田首相に、そして8月には同じく村山首相に対し、<高度情報化推進に関する緊急提言>を提出した。ここでは、直ちに実施すべきテーマを、 1推進体制、 2新しい社会資本整備、 3高度情報化へ向けての制度の見直し、 4国際協調の4項目にまとめた。
その後、さらに議論を重ねて11月には当時の村山首相に対し、<情報新世紀の到来に向けて>と題した提言を行った。この提言の中で、「日本の高度情報化社会を推進する5原則」を定め、民間の立場から高度情報化社会を実現するための指針として、その後の活動を継続してきた。
ここ数年、情報新世紀会議以外のところでも、情報関連分野について様々な議論が行われた。その代表的なものは、世界的には1995年2 月にブリュッセルで開催された情報社会に関する主要7カ国閣僚会議(情報通信サミット)があり、そのフォローアップの動きがあった。日本の有識者の会議である高度情報通信社会推進本部も、1994年12月に発表した意見書の中で、2010年までに日本全国の光ファイバー網の整備を完了するとともに、国際情報通信基盤構想の実現に取り組むことを提言している。国際社会の特定の地域については、NII の建設と同時に、地域的な情報基盤(RII )の構築を促すことが、国家の施策としても有効と考えられている。たとえば欧州理事会の専門家グループが作成した「バンゲマン・レポート」は、欧州諸国を結ぶ共通の欧州広帯域情報基盤建設を提唱している。日本を含むアジア・太平洋地域の情報基盤(API I:Asia Pacific Information Infrastructure) 建設についての議論もなされている。
情報通信の社会的普及の状況は、たとえば個人ベースの情報化促進では、1993年から1995年の2年間で、パソコンの年間出荷台数が 300万台から 570万台に、インターネットの利用者数が概算で 356,000人から 1,598,000人(接続サーバー数の10倍と推計)へと大きな伸びを示した。同様に企業内情報化では、内部でのコミュニケーション・ツールとしての電子メール導入や、外部への情報発信手段としてのインターネット・ホームページの増加で2年前の予想を大きく上回る進展を見せた。
その反面、欧米先進国と比較しての国民一人当たりの情報装備率では立ち遅れが目立ち、たとえば1995年のアメリカと比較してパソコンの普及率で3分の1、インターネットの普及率では12分の1に過ぎない現状である。
このような状況の中で情報新世紀会議は、平成7年度を「情報新世紀」への幕開けの年と位置づけ、「日本の情報通信行政および市場のあり方」についての議論を重ねてきた。その主な論点は次のとおりであった。
この詳細については、別項にメンバーの主だった意見を論点別に整理をしたものを掲げている。
我が国を取り巻く情報化推進の動きは急激であり、情報新世紀会議設立当時と現在の情報化の状況は大きく変化し、かつまた21世紀に向けてより急激に変わりつつある。経済のグローバリゼーションだけでなく、情報全てのグローバリゼーションが急速に進んでいる。情報通信の分野で一番問題になっているのは、規制の厳しさである。従って、できるだけ規制のない自由にのびのびと事業が出来る社会を作るべきと考える。
以上のような認識から今回、情報新世紀会議では、政府と社会各層がサイバースペース時代に相応しい政策に取り組むことを提言し、その実行を強く求める。
提言案(趣旨説明)
産業社会には現在、第3次の産業革命 (情報産業革命) の波が押し寄せている。この産業革命によって、質的にも量的にも我々がこれまでに経験したことのないような、新たな経済成長の時代が始まるだろう。しかも、今回の産業革命は、過去の軍事化と産業化に続く、近代社会では三度目の大きな社会革命 (情報化、あるいは情報社会革命) と、同時並行的に進行している。いわゆる「情報革命」には、この二つの側面があることを的確に認識しなければならない。
産業革命によって、技術のパラダイムが変わり、産業構造が変わり、価格体系が変わる。社会革命によって、人々の価値観や行動様式が大きく変わる。それと共に、雇用や就業の機会や形態も大きく変わっていく。一方では雇用が大きく拡大するが、他方では、多くの人達が失業の危険に直面する。かと思えば、これまでの雇用の通念では捉えきれない就業や社会活動の形態を、自発的に選択する人々も現れる。
これから21世紀に向けて、われわれは、未来の情報社会の基盤となるような社会資本 (とりわけ高度情報通信基盤) の原型を早急に構築する必要がある。未来の主導産業となるマルチメディア産業は、その基盤の上にのみ、花を開かせることができる。
そればかりではない。情報社会革命は、過去の主権国家や産業企業にならぶ第三の社会的主体としての近代情報智業の台頭をもたらす。主権国家は国威の増進発揚に努め、産業企業は富の獲得・誇示に努める。他方、情報知業は、知的影響力の獲得と発揮に努める。近年、これまでの国家や企業の観点からは捉えきれない新しいタイプの社会的な活動や組織--NGO, NPOなどと呼ばれることが多い--が、世界的に急速に拡大しているが、これこそ情報智業に他ならない。高度情報通信基盤は、企業や国家ばかりでなく、智業の活動にとっても不可欠の基盤となる。
21世紀の社会は、平和で豊かな社会であるばかりか、愉しい社会、面白い社会にならなければならない。つまり、人々が自分たちの価値に従って生き、自分たちの達成したいと思う目標を達成し享受できるような、生き甲斐のある社会にならなければならない。そのためには、国家あるいは超国家機関による安全の保障と、企業の経済力の発揮、そして智業による知力の発揮とが、協働関係に立つことが、必要不可欠になる。とりわけ企業には、ますます深刻な財政難に陥りつつあるこれまでの国家にかわって、科学技術、学術、芸術、スポーツ活動などの多面的な智業活動を、みずからの判断と責任で選択し支援することが期待される。智業は智業で、情報革命の成果を積極果敢に取り入れて、自らの活動の質の向上をはかる必要がある。人々の生活にとって、何が愉しく面白い価値であるのか、それを実現していくためにはどのような仕方があるのかを、それぞれの智業が互いに競争し合いながら提案し教えていく必要がある。
今日の「インターネット」を原型としてさらに進化を続ける高度情報通信基盤は、人類の生活領域に「サイバースペース」と呼ばれる新たな次元、広大な空間をつけ加えている。国家と企業と智業の協働関係の展開にあたっての最大の課題は、このサイバースペースを開拓・開発して、ここに新たなルールや制度や秩序を作り上げると同時に、既存の生物学的スペースや工学的スペースとの調和をはかることである。われわれは、産業社会がもたらした自然環境、生命環境の破壊の危険を厳しく自覚して、情報社会が人間の肉体的基盤を損なってしまうことのないように、あらかじめ注意して前進しなければならない。そうすれば、21世紀の社会は、地球的規模での環境・資源・人口問題を、最終的に解決できないまでも、大幅に緩和することが可能になるだろう。産業社会が資源・エネルギーの多消費型の社会だったとすれば、情報社会は知識・情報の多消費型の社会になると考えられるからである。
情報新世紀会議では、以上の実現のために、つぎの実行目標を提案する。
全国的な高度情報通信基盤の原型の、早急な構築。とりわけ、全国のすべてのコミュニティのレベルでの、万人に対して開かれた地域情報ネットワークを、多種多様な主体の参加によって推進すると同時に、それらの全面的な相互接続を実現していくこと。
わが国では、行政の情報ネットワーク化は、一昨年十二月に策定された行政情報化推進基本計画や、昨年二月に発表された政府の高度情報通信社会推進本部の「基本方針」によって、その推進の基本方向はすでに定まっている。具体的には、今年度中に中央各省庁にLAN を設置し、来年度にはそれらを相互接続して「霞が関WAN 」を構築することになっている。さらに1998年度以降、全国の行政機関や関連団体を結ぶ行政情報ネットワークの構築が進められていくことも、すでに既定の方針となっているとみてよいだろう。同様に、大企業の情報ネットワーク化も、今年に入って、インターネットのプロトコルやアプリケーションを企業内情報システムに応用する「イントラネット」のコンセプトがにわかに普及し、それに従ったネットワーク化が急速に推進される態勢が整いつつある。また、NTT その他の通信企業では、来年から、コンピューター・ネットワークの幹線部分にあたる「オープン・コンピューター・ネットワーク(OCN) 」への接続サービスを、国際価格で全国的に提供しようとする計画をたてている。
そうだとすれば、今戦略的に最も重要なことは、OCN 幹線部分に対する末端部分というか現場部分としての、地域の情報ネットワーク、すなわちコミュニティ・エリア・ネットワーク(CAN) の、全国的な構築と相互接続、およびOCN への接続である。具体的には、各地域の自治体やその支所、地場企業や地元商店街、住宅団地や学校、病院等にLAN を構築し、WAN 化していくことである。
いいかえれば、いたるところに「情報プラグ」のついた超高速の光ファイバーのループを、家から家、商店から商店、そして病院や学校や向上などを貫いた形で敷設し、さらにそれらを相互接続していくのである。そうすれば、それぞれの情報プラグに情報機器を差し込みさえすれば、直ちにそれがLAN の一部となり、さらに世界中のネットワークに接続して、発信もできれば受信もできる仕組みが作れるのである。
ケーブルテレビ用の同軸ケーブルの地域への敷設が著しく遅れているばかりか、電話用の銅線がADSLやSDSLなどの高速伝送技術を応用するには不適切な形で敷設されているといわれるわが国の場合は、高度情報通信基盤は最初から光ファイバーに依拠する割合が高くならざるをえないだろう。ただし、それは、これまでNTT が想定していたような、電話局に各加入者からの回線が集中している「スター型」の構造をもつ銅の加入者線の一本一本を光ファイバーに置き換えていくという形ではなく、上に述べたような「ループ型」のLAN 回線を光ファイバーで引いていくという形をとることが、費用面でも、建設期間の短縮という面でも、最も望ましいと思われる。 (もちろん、それに加えて移動体によるデータ通信を可能にするPCS 型の無線通信システムの構築も必要不可欠だが、それは個々の通信事業者の間の競争に委ねればよいだろう。)
それでは、このCAN を全国的に、なるべく速やかに構築していくための制度的な仕組みとしては、どのようなものが考えられるだろうか。われわれは、次のことを提言したい。
それぞれの市民や企業や自治体が、なるべく自由にかつ多様性をもってCAN の構築と利用にとりくめるように、通信事業の規制を中心として既存の各種の規制を撤廃ないし緩和すること。
CAN の構築と相互接続事業は、従来の「通信事業」の範疇には必ずしもうまくあてはまらない。事業主体が、地元商店街や住宅団地組合になる場合もあるだろう。下水道事業者が、自分の所有する光ファイバーを「ダークファイバー」としてリースするという、いわば「第ゼロ種事業者」として参加してくる可能性もある。建設会社や電気工事会社が、LAN の敷設や相互接続を担当することも考えられる。既存の電気通信事業法は、まずそのような観点から見直されなければならない。
企業活動としてCAN の構築・運営事業が展開される場合には、ベンチャー型の企業の参入と活動の可能性を大きくすることが望ましい。とりわけ、金融や税制の仕組みの見直しが望まれる。他方、すべてを民間の事業として行うのではなく、一部は自治体が参加したり、あるいは一定期間を限って自治体から補助金が交付されたりするというケースも考えられる。それに対応するためには、国や自治体の補助金や予算の配分の枠組みの変更も必要とされるだろう。
いずれにせよ、われわれとしては、どのような仕組みが最善かを提言するのでなく、全国各地域がそれぞれの事情や目標に応じて、最善と考えられる仕組みを工夫し、実現できるような、規制の緩和や支援の措置が講じられることを提言したい。
しかし、それが早急には困難だというのであれば、一つの対策として、一種の経済特例制度を設けることを提案する。すなわち、一定の期限を明示した上で、CAN の構築と運営に関する限り、あらゆる経済規制は存在しないところから出発させるのである。そして、問題点が明らかになり、必要に迫られたときに、しかるべきルールを定めていくというのはどうだろうか。われわれは、各地域が、税制等の優遇措置をも含め、先進的・挑戦的なあらゆる実験を試みるよう提案する。
高度情報通信基盤は、望ましい情報社会の実現にとっての必要条件にすぎない。情報社会を、すべての人々にとって住みやすい、愉しい社会にしていくためには、情報社会に即応した快適で好適な社会・ビジネス環境を作り上げていくことが不可欠である。とりわけ、子供や若者の割合が減り、長寿化が進むこれからの情報社会にあっては、高齢者や障害者が積極的な参加者として活動できるような社会・ビジネス環境を整備していかなければならない。すなわち、
高齢者・障害者の社会に参加し続けようとする意志が生かせるような、就労や活動の機会と場を保障すること。
とくに、60歳台前半層の雇用確保、就業ニーズへの対応は、長寿化と就業意欲の高揚などにより、緊急に必要とされる。高年齢者の就業への選択肢を拡大し、企業、個人双方のニーズに応じた環境をつくる必要がある。
情報化の意義は、自己責任原則に基づく「多様な選択」と「自由な参加」によって成り立つ。「60歳現役引退社会」から「65歳現役社会」への実現を指向することが大事である。高齢者雇用の形態を多様化させることである。情報化社会では、加齢による体力の衰えを補い、本人のやる気と能力を生かすことが可能となる。
フレックス・タイムや在宅勤務、あるいはバーチャル・オフィス制の採用や人材データバンク等のサービスにより、雇用環境は大きく変わる。情報ネットワークの普及が在宅勤務を可能にすれば、体力の衰えた人や障害を持つ人達の働き続けたいいう意志も、より実現しやすくなる。この側面を支援する雇用保険の一環として、情報教育援助の仕組みを設けることも有用である。
活力ある社会とは、多くの高齢者や障害を持つ人達が自立し、社会参加できる社会である。自立と自助の努力が、何よりも肝心だし、それと並んで、自律的な選択と決定の範囲を社会的に拡げていく必要がある。情報化が進むと情報の洪水に溺れるようになるとか、在宅勤務や移動体通信が可能になると、時間外労働が一般化したり、有給休暇がかえって取りにくくなるといった見方もあるが、それは、情報管理や時間管理の自律性を無視した見方である。大量の情報にアクセス可能になったり、勤務の時間や形態が多様化したりすることは、なによりも人々の選択範囲の拡大を意味しているという認識が大切である。大量の情報がアクセスできるなら、そのすべてにアクセスしなければならないとか、在宅勤務が許されるなら、24時間365日仕事をしていなければならなくないといった強迫観念のとりこになるのは、自己管理の必要と可能性への自覚が欠けているからである。
情報化時代に対応した教育制度の改革と研究開発の充実を行うこと。産官学は互いに連携協力して、21世紀に生きるための教育システムと研究開発の充実に努めよう。
21世紀の社会では、自らが情報を検索し、分析し、処理して、上手に楽しく暮らすことが大きな価値を持つようになる。そうすると教育も、愉しく暮らすためには、どうしたらいいかを教えることが重要となる。子供たちが、愉しく学び、愉しく生活していけるようになるのを支援する教育体系に切り替えていくことが必要である。また、情報や知識の「コンテンツ」を自ら創造し普及させる能力を養うと同時に、国際化に対応するための語学力も身につけられるような教育を展開して行かなければならない。
閉鎖された学校社会から教員を解放し、産業界との人的交流を積極的に進めることも大事である。公立学校中心の初等中等教育に、民間の力を導入し、生徒には、学校選択の自由を与える。そして、競争による教育の質の向上が可能となる。
産業界は、従来の学歴偏重の慣行を改め、多様な尺度で人間を評価し、選択する社会改革に取り組まなければならない。
サイバースペース時代の研究開発の主要部分は、企業が経済力で支援し、智業が智恵と技術を出すという形の、企業と智業の自由なコラボレーションを通じて進められる。従来型の官主導、民主導による研究開発ではなく、企業が企業自らの判断と責任で知業を支援することによって、大きな成果を生み出すこととなる。
大学にも民間の力を導入し、公務員制度を緩和して民間からの教授の積極的な採用を行うこと。研究資金の流れ、研究テーマの相互の刺激、研究成果の相互の利用など産学が共同して、自由に研究開発が可能となる開かれた研究機関を目指すことが重要である。