1996年07月10日
公文俊平
お暑うございます。梅雨の最中だというのに、東京にはほとんど雨らしい雨が降りません。この分では、去年の夏西日本を苦しめた水不足が今度は関東で発生するのではないかと心配になってきます。
今月の公文レターは、少し趣向を変えて、最近私が非常に興味深く読んだある翻訳書のご紹介をしたいと思います。それは、『エコノミスト』誌の元特派員の手になる、
グラハム・ハンコック著、大地舜訳、『神々の指紋』(上・下)、翔泳社、1996年
という本です。この本の主張を要約しますと、
私には、ハンコックの提示している数々の "証拠" や推論は、なかなか説得的であるように思われます。これに類似した議論は、今から30年ほど前に出版され大ベストセラーとなった二人のフランス人による The Morning of the Magicians (1964)−−日本ではこの本はなぜか、まともには取り上げられず、『神秘学大全』という題の抄訳が出ただけで、今ではそれも絶版になっています−−にも見られましたが、今回のハンコックの著書ではさらに立ち入った検討が加えられています。
もしもハンコックの推論が正しいとすれば、古代史が大幅に書き変えられなければならなくなることは当然として、単線的な技術発展史観に立つ文明論−−その典型は、マルクスの唯物史観や、アルビン・トフラーの三つの波論です−−が崩壊してしまいます。村上泰亮さんや私が『文明としてのイエ社会』や『情報文明論』で展開した文明の多系的発展史観も、崩れ去らないまでも大きな修正が必要になります。
というわけで、今回はこの本の議論の概要をご紹介してみたいと思います。
超古代文明が存在した
まず、ここ数年の間にでてきた超古代文明の存在を示唆する証拠ですが、これについては訳者がうまくまとめてくれているので、それを引用しておきます。
太古の文明は大洪水後の世界に伝承された
世界の各地には、 "大洪水" 神話が広く残っています。すさまじい寒さや長期にわたる暗黒の到来について語っている神話もあります。
南米に残っている巨大な建造物や道路網などは、多くの伝説によれば、遙か古代の "大洪水" の後にやってきた豊富な知識をもった外来者(ピラコチャ)がその弟子を使い原住民を教育して作らせたものだそうです。アンデス山地の都ティアワナコは、一七〇〇〇年ほど前に建設された後、一三〇〇〇年前頃に突然、大地震と大洪水に見舞われた可能性があります。この高原のいたるところに、高度に科学的な農業実験が行なわれたことを示す不思議な形跡が残されており、それは変化する気候に苦心して巧妙に適応しようとした努力の跡だと解釈できます。この地のインディオたちが使っている言語(アイマラ語)は、一説によれば世界最古でありながら、極めて巧妙に作られた精巧な人工言語で、合成され高度に組織化された構造をもっているそうです。
中央アメリカのアステカ人やマヤ人の伝承によれば、宇宙には偉大な周期があり、現在は、それぞれ四〇〇〇〜五〇〇〇年にわたって続き、それぞれの時代の終わりに人類の絶滅をもたらす太陽の時代のうちの第五の時代の終わり(西暦二〇一二年)に近いそうです。中央アメリカの伝説の多くは、第四の太陽の時代の悲惨な最後を伝えています。大洪水が起こり、空から太陽が消え、大気は不吉な暗闇で満たされたというのです。アステカ人は生贄を捧げることで、次の終末の日の到来を先に引き延ばそうとし、マヤ人は、異様な熱意をもって次の終末の日がいつになるかを算出しようとしていました。
アリゾナのインディアンのホピ族は、過去にあった三つの "太陽" の世界を記録しています。曰く、最初の世界は人類の過ちのため、天と地下からの火ですべてが燃やされ破壊された。第二の世界の場合は、地球の軸がひっくり返り、すべてが氷で覆われた。第三の世界は世界的な洪水で終わった。現在は第四番目の世界だ。この時代の運命は、人々が創造主の計画に沿う行動をとるかどうかで決まる。
メキシコにも、文明を築くのに必要なあらゆる科学と技術と文化、つまり農業や石積みの技術、文字や暦、数学や冶金学や天文学の知識を持ち込み、黄金時代をもたらしてくれた人物(ケツァルトコル)の伝承があります。このケツァルトコルが支配していた時代には人間の生贄は禁止されていたのに、彼らが去った後では、生贄の儀式は以前に倍増す荒々しさで再開されました。この時代に作られた膨大な文書や絵画は、征服者スペイン人の手で、系統的に集められ徹底的に破壊されてしまっています。
一つの興味深い謎は、メキシコ最古の文明と言われるオルメク文明も、古代エジプト文明やメソポタミアのシュメール文明と同様、いきなりすべての形態を整えて出現していることです。数百年、数千年かかるはずの技術的進化がほとんど一晩で起こってしまっており、先行するものが何も見つからないという事実です。おそらくある "第三者" が存在していて、彼らがメソポタミアやエジプトやメキシコに、高度の文明を伝えたのではないでしょうか。車輪の原理すら知らないマヤ人が、暦に関してだけはグレゴリオ暦よりもさらに精確なものを持ちえた理由は、それを先人から相続したという以外に説明しようがないのではないでしょうか。
さて、現代の人類、すなわちホモ・サピエンス・サピエンスが出現したのは、約五万年以前のことだと考えられますが、そうだとすれば神話に登場する大災害も、また高度な超古代文明の出現も、それ以後の話だと想定してよいでしょう。地質学的には、
エジプトの場合、すでに一五〇〇〇年ほど前に、「早咲きの農業発展」があったことを、歴史学者は確認しています。石臼や小鎌の刃が出現し、魚の残骸がほとんどなくなり、穀物が豊富な黄金時代の到来をうかがわせています。(水による浸食の跡が明瞭に残っているあのスフィンクスが作られたのは、まず間違いなくこの時代なのです。)しかし、なぜか一三〇〇〇年ほど前(の恐らくはナイルの大洪水と共)に、突然原始的な生活への逆戻りが起こっているのです。石臼や小鎌の刃は消えてなくなり、代わって狩猟と魚取りと採集に使う石器が現れるのです。
歳差運動
地球の自転軸は、公転軌道面に対して約二三.五度傾いています(黄道傾斜)が、この傾き自体は、約四一〇〇〇年の周期で、二二.一度と二四.五度の間を動いています。他方、太陽と月の引力は、この自転軸(地軸)自体を、自転の向きとは反対に時計まわりに、二五七七六年かけてゆっくり旋回させますが、これが歳差運動です。そのために、北極(および南極)を示す天の星座も同じ周期で交代します。
さて、地球の公転軌道を外側に拡大して天球上に大きな円を描いたものが黄道ですが、この黄道を中心に、南北に約七度の幅で拡がる帯にあるのが、黄道十二宮の星座群です。一二の星座の一つ一つは約三〇度の幅をもっているので、地球の公転につれて、太陽がゆっくり黄道一二宮を三〇日ごとに次々と通りすぎていくように見えます。一年たつと太陽はもとの星座に帰ってくるわけです。しかし、歳差運動があるために、たとえば春分の日に太陽の登ってくる場所は、次の春分の日にはわずかにずれてしまいます。この点(春分点)は、黄道に沿って動きますが、その動く方向は太陽が一年かけて回るコースとは丁度反対になります。歳差運動の周期が約二六〇〇〇年だということは、約二一五〇年ごとに、春分点が一つの星座から次の星座に移っていくことを意味します。ミュージカルの「ヘアー」で有名になった「水瓶座の時代の夜明け」という歌詞の意味は、これまで春分の日には魚座を背にして昇っていた太陽が、まもなく水瓶座を背にして昇るようになるということです。
地球の地軸の旋回で起き、地球に直接的な影響を与えるこの歳差運動は、黄道傾斜の周期的変化や地球の公転軌道の離心率の変化とあいまって、氷河時代の突然の始まりや衰退に、深い関係をもつと見られています。現代科学でその知識が確立したのは一九七〇年代の後半だそうですが、最後の氷河期に存在した文明は、すでにその知識をもっていたようです。なぜならば、さまざまな神話の中には、まさにこの歳差運動に関係するさまざまな数値がさまざまな形で盛り込まれているからです。また「神々の臼がゆっくりと回りその結果が苦痛を生む」という神話のモチーフも広く見られるからです。
ピラミッドの謎
はるかに古い原典からの写本と思われる "ピラミッド・テキスト" の中にも、古代人が飛行(それも宇宙飛行?)の技術をもっていたとしか思えないような記述や、シリウスが二重星であることを知っていたことを示唆する記述、歳差運動について述べていると思われる記述などが、たくさんでてきます。またヘロドトスの『歴史』の第二巻には、エジプトのヘリオポリスの神官からえた情報として、
彼らによると、この期間に、太陽がいつもと違う場所から昇ることが四回あったという...二回は現在沈むところから昇り、二回は現在昇るところに沈んだ。
と記されていますが、これは、少なくとも三九〇〇〇年ほど前からの太陽の歳差運動の記録だということができるでしょう。三九〇〇〇年という数字は、 "トリノ・パピルス" に残されているエジプトの古い王名表の証言とも、よく一致しています。
エジプトの大ピラミッドは、地球の北半球の正確な縮小モデルであり、その縮尺としては歳差運動の鍵を握る数値を用いています。しかも、三つのピラミッドの配置は、紀元前一〇四五〇年(あるいはそのさらに二六〇〇〇年前)にしか現れなかった二つの非常に変わった天空の配置を示しているのです。すなわち、
にあるのです。ピラミッドの製作者たちは、これによって建造物にある特定の年代を刻みつけたともいえるわけです。同様にこの時期、春分の太陽は獅子座から昇ります。スフィンクスが獅子の形をしているのは、そのためだと考えられます。(他方大ピラミッドの通気孔は、紀元前二四五〇年のオリオン座のアルタニクやシリウスにぴったりと照準を合わせています。ここから、ハンコックたちは、ピラミッドは八〇〇〇年の歳月をおいて、二段階に作られたことも考えられるとしています。)
ハンコックは、この本の結論として、今から約一七〇〇〇年前から一〇〇〇〇年前にかけて、大規模な地殻移動が起こったという仮説を提出しています。地球の五〇キロの厚さの地殻が、一三〇〇〇キロ近い厚さの中心核の上を、現在の米国の中央平原を軸として約三〇度旋回する形ですべったというのです。そのため、北半球では北アメリカの北東部(当時の北極のあったところ)は、北極圏から南に引きずられ、北西部(アラスカとユーコン)は北シベリアと共に、北に引きずられて北極圏に入りました。南半球では、温帯ないし亜熱帯にあった現在の南極大陸が南にずれて丸ごと南極圏に入りました。その過程で、大地震、噴火、大洪水などのなんらかの天変地異が一時期集中的に起こったのではないかというのです。そして世界中に散らばっている謎の建造物や神話は、この天変地異で生き残った人々が、破壊された文明の知識を保持・伝達するために、あるいは未来の世代に警告するために、構築されたのではないかというのです。あるいは歳差運動は、そうした地殻移動の原因もさることながら、むしろ、それが起こった時代を特定するための指標として利用されたのかもしれません。彼らは、自分たちの知識や教訓を未来の世代−−恐らくは文明的に極端に退化してしまった世代−−が理解できるような形で伝達するために、智恵をしぼったのではないでしょうか。
以上がこの本の概略です。著者の主張にはまだまだ粗削りなところや、はっきりしないところも少なくないように思いました。しかし、著者がこの本で提出している仮説は、情報理論的にも非常に興味があるものであり、また歴史的な事実としても、今日得られている一見説明不可能なさまざまな "証拠" を、統一的に説明しようとする真摯な努力であると思います。少なくとも、私は、この本を読んで、過去に高度な文明が存在したことは、にわかには否定しがたいという気持ちにさせられました。同時に、今日の近代文明がなんらかの天変地異によって崩壊して、その後には今日よりもはるかに退化した人類が残る可能性も、けっして少なくないという気持ちにさせられました。あえて、この本のご紹介を申し上げたのはそのためです。