CAN の実現に向けて

97年度著作へ

1999年 5月5日

「CAN の実現に向けて」

Hyper Flash 第10号

公文俊平

1996年をふりかえってはっきりと見えてきたことは、これからの地域の情報通信基盤は、インターネットが中心になるということだ。アメリカでも、1993年に「全国情報通信基盤(NII )」という考え方がはじめて打ち出されて四年ほどたつ間に、そのことがはっきりしてきた。1996年に任期を終えて解散した米国大統領のNII 諮問委員会は、米国のすべてのコミュニティをインターネットにつなげよう、とりわけ全国の学校や図書館を2000年までにインターネットにつなげるべきだという提言を中心とする報告書を提出し、クリントン大統領はそれを米国政府の重要施策の一つとすることを決めた。また、ゴア副大統領の直轄で進められている「政府の再発明」プロジェクトが今年の初めに発表した二本目の報告書は、『アクセス・アメリカ』という表題になっているが、ここでもインターネットの活用が行政改革の最大の手段になるという認識が示されている。さらに、同じく今年の初めに、過去8カ月間の討議の過程をへて完成した『電子商取引のグローバルな枠組み』と題する政府の報告書では、グローバルな情報通信基盤(GII)とはインターネットに他ならず、米国はそれを利用したグローバルな商取引(I-Commerce) の推進の第一線に立つという決意が表明されている。つまり、インターネットは、地域コミュニティおよび政府の再建の試みと、グローバルなビジネスの推進の中心におかれることになったわけだ。しかし、そのためには現在のインターネットの能力はまだまだ不十分で、幹線の速度や質の改善、インターネット中核への高速アクセスの実現など、多くの課題を抱えている。米国政府はここでも、先のNII 諮問委員会に続く新たな大統領諮問委員会(「高性能コンピューティング& コミュニケーション、情報技術、次世代インターネット諮問委員会」という長ったらしい名前がついたが)を、この二月に発足させて、迅速な対応をはかることにしている。また民間の大學や研究機関百団体以上が集まった「インターネットII」というコンソーシアムも、昨年発足している。

日本でも、昨年は行政情報化の五カ年計画が第二年目に入り、中央官庁の職員については、一人一台パソコンの目標がほぼ達成され(正確にはこの3月初め現在、一.二人に一台となっている)ると共に、ほとんど全省庁にLAN が引かれ、今年はそれらの LANが「霞ヶ関WAN 」として互いに連結されることになっている。電子政府化をめざした制度の見直しや各種のアプリケーションの導入も着々と進みはじめた。また民間でも、昨年以来、インターネットの技術や標準を社内の情報システムやネットワークに応用した「イントラネット」やそれをさらに関係企業間に拡げた「エクストラネット」の構築の必要性が広く認識されるようになり、「インターネットの業務利用」や「電子商取引」、「電子貨幣」といった考え方も、比較的自然に受け入れられるようになってきた。インターネットへの接続サービス自体も、NTT のOCN に代表されるような試みが、ようやく本格的に始まってきた。                                       

問題は、中央に対する地方、大企業に対する中小企業、ビジネスに対するコミュニティの分野にあり、ここではインフラの構築も、その利用も、まだかなりたち遅れている。今年こそ、日本全国のあらゆる地域で、地域の情報ネットワークとしての「CAN (Community Area Network) 」の構築とその活用をめざす運動を繰り広げていかなければならない。二月の二〇日から三日間にわたって日出で開催されたハイパー研のワークショップでは、大分でのマルチメディア地域実験の事例や、富山県山田村での全村ネットワーク化の経験、その他さまざまな事例の報告に耳を傾けつつ熱心な討論が繰り広げられる中で、そのことがあらためて確認された。

以下では、そこでの議論を通じて次第に浮かび上がってきたCAN のイメージについて、紙幅の許す限り暫定的な説明をしてみよう。

1)CAN は、インターネットの構築のいわば初心に立ち返って「ボトム・アップ型」で構築される、これまでの電話や放送とは別個の情報通信ネットワークである。すなわち、地域のいたるところにLAN を構築し、各個人は自宅のあるいは携帯中のコンピューターをそれに接続できるようにする。またLAN 同士を互いに連結し、広域的なWAN を作っていく。LAN それ自体、あるいはLAN への接続やLAN 間の接続は、続々と実用化の域に達しつつある有線・無線の高速双方向伝送技術(ケーブルモデムやXDSL、衛星を利用したデータ通信等)を活用して行う。LAN 間の連結やLAN への接続は、既存の電話局や放送局(ヘッドエンド)、あるいはそこから各加入者宅へとスター型に敷設されている回線群とは基本的に無関係に行う。(もちろん、それらを利用するのが便利で安上がりな限りにおいては、利用してもかまわないことはいうまでもない。)

2)CAN で行われる通信は、基本的に双方向性を重視し、また末端でも高速のマルチメディア伝送が可能なものでなければならない。人間のコミュニケーションの密度は、なんといっても身近な人々との間のそれが最大である。インターネットのトラフィックの80% はローカルなものだという指摘(ジョージ・ギルダー)もある。もちろん、インターネットは、世界中の人々とのコミュニケーションを容易にしてくれる。サイバースペースには、物理的社会的な距離を超えたバーチャルなコミュニティも形成されやすい。とはいえ、その場合でも人々の生活(を支えるコミュニケーションやコラボレーション)の大部分は、家族や隣人、物理的に同一の場所にある職場の同僚等との間でいとなまれるだろう。しかも、今後はそこでのコミュニケーション自体がマルチメディア化して、高速広帯域を必要とするものになっていくに違いない。そうだとすれば、幹線は太いが末端の線は細くていいといったような、これまでの電話やケーブルテレビの常識はあてはまらないことになる。

3)CAN が真にCAN として機能しうるためには、ネットワークの個々のノードがすべての人に対して開かれているばかりか、地域の全員がそれにアクセスできなければ意味がない。学校や病院、市役所や企業のオフィス、商店、駅、郵便局、ホテルなどには、それぞれ高速のLAN が設置されるだろうが、それらのLAN は互いに接続されているばかりか、その周辺の住民に対しても開かれていなければならない。住民を対象にしたビジネスや業務をネットワークを通して行うためにも、それは不可欠な条件となるが、それ以上に、ネットワークの個々のノードは、その保有者の私物であると同時に、一種の公共財としても利用されうるようになっていることが望ましい。CAN 構築の当面の具体的な手順として、地域内の主要拠点にLAN を設置してそれらを相互接続していくと同時に、ある特定の地域、ないしはある地域内のいくつかの特定の小地域については、全員加入型のネットワークを先導的に構築してみるといった試みがなされることが望ましい。

4)CAN の構築・運用には、コンピューターやネットワークの知識の豊富な人材を大量に必要とする。また、地域の生活に密着した多種多様な情報コンテンツを巧みに作成し発信できる人々も必要である。いずれは、各人がそのために必要な最低限度のコンピューター・リテラシーあるいはネットワーク・リテラシーを持つようになることが期待されるが、それにいたる過程では、人材の育成や有効利用の試みが不可欠である。山田村の例にも見られるように、そのさいの最も期待しうる人的資源は、青少年たち、子ども達であろう。大人は、彼らにまず学ぶ機会を与え、そして彼らから学ぶのがよい。

5)マルチメディア・コンテンツの作成や貯蔵、受発信のためには、それなりの設備や機材が必要になる。個々人の自宅やSOHOにそのすべてを設置するわけにはいかない。情報革命でハードやソフトの価格や通信費用がいかに急速に安くなるといっても、いまの時点ではまだまだ相当の費用もかかる。設置や運営のノウハウも必要である。そうだとすれば、各地域には必要な機材や人材をある程度集積した場所(ステーション)があちこちに点在していることが望ましい。大分に作られた「ハイパーステーション」(尾野徹さんは、「サイバーステーション」と改名することを提唱しているが)は、その原型になると思われる。今後CAN の構築が本格化するにつれて、このような「サイバーステーション」を各地に設置していかなければならない。

6)CAN の構築や運用は、一企業、自治体、あるいは市民集団だけでできることではない。誰かが主導性を発揮することは必要でも望ましくもあるが、さまざまな主体の協働によって、その構築や運用が推進されていかざるをえないだろう。CAN は、結局のところ、ある地域の全体をおおう情報通信システムであると同時に、それ自体が一つの大きな社会システムでもありうるのだから。もちろん、誰が主導性を発揮し、各主体がどのような役割分担をするかは、各地域によって違うかも知れないし、また違っていて当然だろう。それにしても、その中核に、たとえば「地域情報化推進委員会」とか「CAN 推進会議」などと呼ばれる、それ自体は非営利型の協働推進の場が作られることが望ましいのではないだろうか。

7) CANの構築・運用の費用は、基本的にユーザー負担でなければならない。CAN がボトム・アップ型で構築・運用されるということの意味は、地域のユーザーの払う料金(グローバルなネットワークを維持するための会費と考えることができる)が全体を支えるということでもある。その料金は、まず各地域のプロバイダーに対して支払われ、その一部がより広域をカバーする上位のプロバイダーへ、さらにその一部が全国的・国際的接続サービスを提供するプロバイダーに支払われるという階層関係が考えられるのではないか。