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1997年5月30日

「情報通信革命と21世紀情報文明の成立」

情報化の意味 

公文俊平

一、 はじめに、

 今日急速に進行中の情報革命には、さまざまな見方や側面があるように思われる。

 その一つは、これを19世紀末から始まった第二次産業革命の成熟段階(大量生産・ 大量消費段階)の継続と見るものである。テレビがケーブルテレビから衛星テレビになっていくとか、電話にファックスが入ったり、さまざまな移動体通信手段が加わったりするのは、 その典型的な例だろう。テレビゲームや通信カラオケの普及なども、その一環だろう。乗用車と家電に代表される第二次産業革命の成熟段階は、今日でもまだ完全には終了していない。それどころか、第三次産業革命の成果を積極的に導入することによって、費用を急激に低下させている。たとえば、電話の費用は光ファイバーの敷設やディジタル交換機の導入によって、急激に低下している。数年前に一分10セントといわれていた大西洋横断の電話の費用は、現在では一分6セントからさらに4セントに下がってきたという。後数年すれば、一時間3セントを割るという予測もある。同様な費用の低下は、放送業にも出版業にも、まの他のあらゆる既存の産業にもみられる。

 もう一つの見方は、現在(おそらく遅くとも1970年代の半ば以降)、18世紀末以来の(第一次)産業革命や19世紀末以来の第二次産業革命に匹敵する、新しい産業革命(情報産業革命、あるいはディジタル革命などとも呼ばれる)が進行中だという見方である。それによって、新しい技術パラダイム、新しい産業や産業構造、新しい雇用形態や経営組織が生まれつつある。とりわけ、この第三次産業革命は、まず情報通信の分野からそのディジタル化という形で起こっていて、そこから、既存の電話や放送とは質的に異なる新たな情報通信基盤や情報通信産業が出現している。それがインターネットや、その上の新情報通信産業(電子貨幣、インターネット電話、検索サービス等々)に他ならないというのである。さらに、これまでのビジネスはインターネットをプラットフォームとする「電子商取引」に転換していくだろうし、経営組織は単にフラット化するだけでなく、ダウンサイジングやネットワーキングが広く見られるようになり、ついには経営自体の「バーチャル・ コーポレーション(VC)化」も広汎に起こってくるだろうという。雇用形態にも、いわゆるテレワーキングの普及だけでなく、さらに異なった雇用者あるいはクライエントのために、異なったサービスを提供する(一部はボランティアーでの仕事もする)、いわゆるポートフォリオ・ワーキングへの転換といった現象が、広く見られるようになるだろう。

 しかし、第三次産業革命はまだ始まったばかりであって、現在は、過去の第二次産業革命との比較でいえば、19世紀末の重化学工業の出現期にあたる。19世紀末には、自動車も電話も無線電信も、すでに発明されていた。しかし、それらの技術はまだ、安価な製品やサービスを大量生産して一般大衆の利用に供しうるまでには成熟していなかった。つまり、19世紀末の第二次産業革命は、まだその成熟というには程遠い、「突破」段階にあったのである。同様に現在の第三次産業革命も、今はまだその突破段階にあるということができよう。もちろん、第三次産業革命も、いずれはその成熟段階を迎える。その暁には、今日すでにその萌芽が見られるバーチャル・リアリティの技術や、各種の「エージェント」技術あるいは「人工生命」関連の技術などが、広く利用される製品やサービスを提供しうるまでに成熟し、それらを日常生活のすみずみにまで取り入れた新しいライフスタイルが普及・ 定着ようになるだろう。しかし、それはまだまだ何十年か先の話であって、現在の突破段階での課題は、既存の産業(第一次産業から第三次産業までのすべてにわたる)が、新しい情報通信技術を積極的に導入するための情報化投資を行って、みずからの業務の生産性のそれこそ革命的な向上をはかるべき時だと思われる。

 他方、第三次産業革命の到来を、過去の第二次産業革命の成熟段階とそのまま短絡させて、家電の次は「情報家電」の時代だとするのは、期待はずれに終わるだろう。それは、近年の「双方向テレビ」騒ぎが一時の空騒ぎに終わったことや、DVDの不振などからも明らかだろう。インターネットがただちに大衆的な宣伝・ 広告の場になったり、大規模な小売り店舗になったりするといった期待も、同様な短絡的発想からくる希望的観測にすぎない。

 第三の見方として、トフラー流の「第三の波」仮説がある。あるいは、さまざまな形での「ポスト・モダン」論がある。これらの議論に共通しているのは、今や近代文明そのものを超える新たな文明に向かう社会変化が起こっているという見方が取られていることである。これまでの近代文明を特徴づけてきた個人主義や進歩主義、あるいはデカルト、ニュートン流の二元論や還元主義的機械論への反省や批判が、ただちにその全面的な否定につながるばかりか、そもそも現実の問題として近代文明は存続不能になりつつあるというのである。

 私もまた、近代文明がいずれはその発展の限界に到達するであろうということや、近代文明を支えてきた基本的な世界観や価値観とは異なるものに立脚する新文明(注1)が、いずれは出現するという可能性まで否定するものではない。それどころか、今日の近代文明社会の中に、すでに新たな文明の到来を予見させるような新しい思想的な動きや社会的活動が見られることも否定しない。しかし私は、そのような動きが本格化するのはまだまだかなり遠い将来のことであって、現在は、上述した第二次産業革命の成熟のいっそうの推進や、第三次産業革命の突破の試みと並行して、近代文明それ自体のいわば第三局面とも呼ぶべき新たな局面への進化が、起こっていると見ている。そこには、これまでの近代文明を支えてきた世界観や価値観への反省はあっても、その全面的な否定にまではいたらない。現に、第三次産業革命の進行という一事をとってみてもわかるように、近代社会の進歩は終わったどころか、これまでには見られなかったほどの急速で全面的な進歩が、まさにわれわれの眼前で進行しているではないか。また、今日見られるような社会思想や人間観の進化は、すでに今世紀の前半から始まっていた量子力学の発展に代表されるような、自然科学の進化と(かなりのタイムラグを伴いながらではあるが)密接不可分に連動していると思われる。そこでは、進歩主義や個人主義は、全面的に否定されるのではなく、より成熟した、いってみればしなやかな形のものへと進化しているという見方が、十分に成立しうるように思われる。(注2)

そういうわけで、私としては、今日進行中の「情報革命」の第三の(しかも中心的な)意味、ないし側面として、「近代文明の第三局面への移行」をあげることにしたい。いうまでもないが、情報革命のこれら三つの側面は、単に同時並行的に進展しているというだけでなく、互いに密接に関連し、相互作用しあっている。とりわけそのことが、「第三次産業革命」に対して、これまでの産業革命には見られない、複雑な性格を付与していると考えられるのである。そこで、以下では、情報革命のこの第三の意味ないし側面に、もっぱら焦点をあわせて議論を進めてみたい。

(注1)私は、それを「智識文明」と呼んでいる。公文俊平、『情報文明論』(NTT 出版、1994年)参照。
(注2)この論点については、秋元勇巳、『しなやかな世紀』(日本電気協会新聞部、1995年)を参照。

二、 近代化の第三局面としての情報化

 近代文明は、互いに一部重複する三つの局面を経て進化していると解釈できる。私は以前、そのような解釈を『情報文明論』のなかで提示してみた。

 すなわち、近代化の第一局面は、古典古代の宗教文明帝国の周辺での領域的な権力体の自立(封建化)に始まり、軍事・ 航海技術の一連の革新(軍事革命)が引き起こした近代主権国家と近代的国民、および主権国家を要素とする広域的な社会システムである国際社会の共進化( 軍事化) によって、その頂点に達する。近代主権国家は、国際社会を舞台として一般的な脅迫・ 強制力としての国威の増進・ 発揚競争(威のゲーム)を行う。しかし、20世紀に入ると、威のゲームの社会的正統性は次第に疑問視されるようになり、今日では威のゲームの手段としての侵略戦争は国際的に是認されなくなっている。

 近代化の第二局面は、ヨーロッパや日本での商業活動の活発化(商業化)に始まり、生産・ 輸送技術の一連の革新(産業革命)が引き起こした近代産業企業と近代的市民、および産業企業を要素とする広域的な社会システムである世界市場の共進化( 産業化) によって、その頂点に達する。近代産業企業は、世界市場を舞台として、一般的な取引・ 搾取力としての富の蓄積・ 誇示競争(富のゲーム)を行う。今日でも、富のゲームの社会的正統性は、やや疑問視される面がなくはないとはいえ、依然として否定はされていない。むしろ、国家主導の社会主義的産業化(主権国家がプレヤーとなって行われる富のゲーム)の有効性が否定された今日では、企業をプレヤーとする世界市場での富のゲームの正統性は、あらためて世界的に是認の度を強めているということができよう。

 近代化の第三局面は、ルネサンスや宗教革命、科学革命(人文化)に始まり、情報通信技術の一連の革新(情報革命)が引き起こした近代情報智業と近代的智民、および情報智業を要素とする広域的な社会システムである地球智場の共進化( 情報化) によって、その頂点に達するものと思われる。すでに、これまでのシティズン( 市民) とは異質の、ネットワークを本拠として活動するネティズン( 智民) の台頭や、国家や企業とは性格を異にするボランティアー活動体としてのNGOやNPOの台頭は、多くの人の注目するところとなっている。近代情報智業は単なるボランティア活動の域を越えて、地球智場を舞台として、一般的な説得・ 誘導力としての智の獲得・ 発揮競争(智のゲーム)を、意図的に行うようになっていくだろう。しかし、そのための倫理や規則の形成は、現在はまだその緒についたばかりである。

 以上は『情報文明論』での議論のごく手短な要約だが、ここではあらためて、近代化の進展過程を、人々の生活・ 活動能力の増大(エンパワーメント)と生活・ 活動領域の拡大という視点から見直してみよう。(注3)

 封建化=軍事化の過程は、なによりもまず、人々の軍事的エンパワーメントの過程だった。同時に、人々の生活・ 活動領域は、地球の全表面にわたって拡大した(地理上の発見)。人々は競って、独立した領域的権力体を作り上げ、その支配の範囲を人的・ 空間的に拡大していこうとした。しかしながら、さまざまな個人や集団による軍事力の自由な入手と行使の試みは、平和な社会秩序の崩壊をもたらすことが懸念された。そこで、近代化の第一局面において採用された制度的な工夫は、局所的な集権的解決と広域的な分権的解決との組み合わせであった。すなわち、局所的には、近代主権国家は、軍事力の保有と行使の権利を自らの手に集中すると共に、私人によるその保有と行使を制限もしくは禁止しようとした。国家(及び国民)は、軍事力の国家独占と引き換えに、国家主権を国民の手に委ねること(民主主義体制の採用)によって、さらにそれに加えて各種の人権を国民に対して保障することって、少なくとも対内的な軍事力の乱用には歯止めをかけようとした。他方、広域的には一定のルール(国際法、なかんずく戦時国際法)にもとづく、主権国家の正規軍による軍事力の分権的な保有と行使の自由を互いに認め合った。その結果としての「バランス・オブ・パワー」による平和が、あるいは自然に(つまり、18世紀におけるように、国際社会における見えざる手の働きによって)、あるいは政策的に(つまり、19世紀におけるように、意図的に「バランサー」としてとしての役割を演じようとする軍事大国の活動を通じて)、達成されるものと期待されたのである。さらに威のゲームの正統性が否定された後の20世紀には、二度の世界大戦および冷戦における民主主義国家陣営の勝利の教訓が、「民主主義(体制の国際的な普及)を通じての平和の達成と維持」というイデオロギーを生み出した。しかし、地球上のすべての国家や地域に対して民主主義体制の導入を性急に迫ることが本当に望ましいのか、あるいはそもそも可能なのか、また、民主主義になれば本当に平和は守れるのかといった論点は、必ずしも証明済みだとはいえない。

 続く商業化=産業化の過程は、人々の経済的エンパワーメントの過程だった。同時に、人々の生活・ 活動領域は、地球の表面から、地中、空中、海中を含む三次元の空間(「テクノスペース」)に拡大した。そして、人々はこのテクノスペースを、多種多様な人為物、すなわち人間が手を加えた土地や、新たに作り出した建物、機械、器具で満たそうとした。今日では、とりわけ都市生活者の周辺には、「自然」はほとんど見当たらないまでになっている。

 しかしながら、さまざまな個人や集団による経済力の自由な入手と利用の試みは、結果的に独占体の発生や、貧富の格差の拡大と固定をもたらしはしないかと懸念された。そこで、近代化の第二局面においては、近代主権国家の成功を前提として、二通りの互いに競合する制度的な工夫が、国によってそれぞれ別々に試みられた。その一つは、経済力(私有財産)の保有と利用は、基本的には分権的な私的主体の自由に委ねるという、市場機構に依存した自由主義的な解決であった。自由主義的な解決方式には、その後20世紀に入って、独占の形成は規制しようとする反独占政策や、所得や財産の不平等の拡大を防ごうとする再分配政策、労働環境や自然環境の安全・ 保全をめざす諸種の政策や制度が付け加えられていった。

 いま一つの解決方式は、経済力(とりわけ生産手段)を国家が独占して、生産や分配は国家の指令の下に行うという社会主義的な指令(計画)経済方式であった。この方式は、産業化の初期局面では相当の有効性を持つと思われたが、発展した産業社会の運営には不適切な方式であることが次第に明らかとなり、1991年のソ連の崩壊にいたって、自由主義的解決方式の優位が世界的に明らかになったと考えられている。しかしながら、市場を万能と考える極端な自由主義的イデオロギーが、産業化のあらゆる局面において適切といえるかどうか、とりわけ第三次産業革命の突破段階にさいしてどこまでの有効性や普遍妥当性をもちうるかは、なお疑問の余地が残っている。少なくとも、国家や、後述する智民・ 智業の果たす補完的な役割にも、重要なものがあると考えられる。

 以上を前提にして、かつての人文化から今日の情報化へと続く、近代化の第三局面での社会変化過程の意味を考えてみよう。この過程は、人々の知的エンパワーメントの過程だといってよいのではないだろうか。同時に、人々の生活・ 活動領域は、二次元の地理的空間や三次元の物理的な空間としてのテクノスペースを超える新次元の空間、すなわちサイバースペースにわたって拡大しようとしている。(なお、サイバースペースとの対比で、これまでの生活空間のことを「ミートスペース」と呼ぶ呼び方も現れている。)

 上述した智業の説得・ 誘導活動の場としての「智場」のもっとも重要な部分は、まさにこのサイバースペースに位置することになるだろう。また、人々がサイバースペースに入っていくための入り口というかインターフェースが、インターネットに他ならないということもできよう。実際、インターネットの発達の歴史をふりかえるならば、それが研究者の間のコミュニケーションとコラボレーションのもっとも強力な手段として、まず発達してきたことは明らかである。その意味では、インターネットは、第三次産業革命の産物というよりはむしろ、その原動力だということができよう。近代化の第三局面において、とりわけその中での情報化の開始と共に台頭してくる近代情報智民たち――彼らは、近代産業社会の市民たちが、一方では企業の従業員として生産や販売に従事しながら、他方では消費者として企業の販売活動の対象となっていたのと同様な意味で、一方では智業への積極的参加者であると同時に、他方では智業による説得や誘導の働きかけの対象でもあるのだが――は、産業社会の大衆のような情報や知識の受け身の受容者ではない。彼らは、積極的に情報を収集すると同時に、みずから情報の発信者としても活動する。これからの情報社会においては、生み出され通有される情報や知識の圧倒的に多くの部分は、企業ではなく智業や智民たちによるものになると私は予想している。智場に構築される多種多様なデータベースや知識ベースの多くは、智業や智民たちによって分散的に構築され、互いに連結されて利用されることになるだろう。それは、商品として販売されたり、商品としての著作権を主張されたりはせず、むしろ積極的な通有の対象として、たかだか(集団的な)情報権(注4)の対象とされるにとどまるだろう。その利用は、無料であるか、あるいはたかだか実費の支払いでよいことになるだろう。

 さて、この意味での情報化の進展、とりわけさまざまな智業による競争的な説得・ 誘導活動の進展は、これまでの近代社会で懸念されたのと似たような種類の社会問題を引き起こすことが懸念される。すなわち、知的な強者ないし富者と、知的な弱者ないし貧者との間の階級分裂を引き起こしたり、固定させたりすることが懸念されるのである。軍事化や産業化の初期にもそうだったように、この種の階級分裂をまったく無しで済ませることは不可能に近いだろう。分裂を恐れるあまり、あまりにも強い規制の網をかければ、情報化の過程全体が進行を押しとどめられることにもなり兼ねない。しかし、だからといって単純に放置しておくわけにもいかないだろう。

産業社会の場合と同様、ここでも二つの異なる政策的・ 制度的対応の試みが考えられる。その一つは、かつてジョージ・ オーエルが『1984年』の中で予想したような、国家による知識や情報の独占的保有と利用、私人の情報生活への超集権的な干渉の試みである。あるいは、極端な「管理社会」としての情報社会の構築の試みである。しかし、ピーター・ヒューバーが説得的に示したように(注5)、また、インターネットの発達過程が現に示しているように、情報社会の集権化は、困難極まる試み、事実上そもそも実現不可能な試みといわざるを得ない。おそらく現実的に意味のある唯一の解決方式は、知力の獲得や発揮に関しては、私有財産の場合よりもより徹底した、超分権的な解決方式を考える以外にないと思われる。

 しかし、人々による知力の獲得や発揮の試みを無制限に自由にするわけにもいかないだろう。かつて、「自由」な産業活動が長時間の危険な労働や自然環境の汚染をしばしば引き起こしたように、「自由」な知的活動の放任は、無際限の長時間作業による肉体と精神の破壊や、社会の情報環境の汚染を引き起こす恐れが、決してないとはいえない。そうであるならば、なんらかの社会的な規制措置の導入は、やはり必要不可欠だろう。そのような規制は、情報や知識の「表現の自由」と「秘匿の自由」の、二つの側面から考えてみることができる。

 「表現の自由」に対する規制は、基本的には各人の個人的なレベルで主体的に対処することから出発し、それで対処が困難な場合にのみ、家族やコミュニティのレベルに、それでも難しい場合は、自治体や国家、あるいは国際機関のレベルに委ねるといった順序で進むことを考えるのがよさそうだ。他方、「秘匿の自由」(暗号化技術の利用や、なりすまし等)への規制の仕組みの導入は、その逆の順序で考えていくのが良いように思われる。しかし、最終的な諸規制の決定の権限をどのレベルにそれぞれ分担して委ねるにせよ、決定への到達にあたっては、できるだけ多様なレベルからの見解や情報のインプットがあることが望ましい。

(注3)私は、以下の議論とよく似た議論を、編著『ネティズンの時代』の第一部でも試みている。そちらの方が、やや古い(しかし、より詳しいところもある)バージョンなので、比較参照していただければ幸いである。
(注4)「情報権」の概念については、拙著『情報文明論』を参照されたい。
(注5) Peter Huber, Orwell's Revenge: The 1984 Palimpsest. New York: The Free Press, 1994.

三、情報化と産業化の関係

 以上で私は、近代社会の産業化が依然として終わらないどころか、第二次産業革命もまだ続いている一方で、第三次産業革命とも呼ぶべき新たな産業革命の突破段階が始まっているという見方を示した。しかし、それと同時に、産業化を超えるような(しかし、それ自体としては依然として近代社会の内部での変化にとどまっているような)、いわば狭義の情報化とでも呼ぶべき変化も今起こりつつあると主張した。そして、新しい生活・ 活動領域としてのサイバースペースおよび、それとのインターフェースとしてのインターネットは、まず智民たちによって構築され、智場として利用されていると主張した。

 しかし、サイバースペース(およびインターネット)を企業のための「電子市場」とみなすことも、もちろん可能である。現に、最近発表された米国政府のレポート「電子商取引のグローバルな枠組み」には、そのような理解が明確に表明されている。だが、私はそのような見方を、少なくともそのまま受け入れることには抵抗を覚える。ましてや、インターネットの上で20世紀のマスコミの世界と同様な商品の広告や「プッシュ」型の情報提供が主流となったり、商品としての情報や知識が氾濫することには、危惧の念を抱かざるを得ない。

 もちろん、だからといって、インターネットが商取引のためにいっさい利用されてはならないなどという主張をするつもりはない。私が望んでいるのは、これまでの産業社会ではその他の社会的活動(たとえば、医療や教育)にとってのプラットフォームとしての役割を市場が果たしてきたのと似たような意味で、これからの情報社会では、智場がその他の社会活動、とりわけ産業活動のためのプラットフォームとなることである。いいかえれば、これからのビジネスには、智場のルールや慣行を十分尊重しつつ智場を利用してほしい。智場でのもっとも基本的な社会関係は、相互の知己と信頼関係の上に築かれる、情報と知識の通有、相互の説得・誘導と協働の関係である。そうだとすれば、智場での商取引は、まさにそのような相互の知己と信頼の関係、およびそれを前提とした緊密なコミュニケーションと自発的なコラボレーションに、立脚したものになってほしい。また、個々の企業は、智場での智業や智民たちの活動に十分な関心を払い、可能な限りの協働関係を展開していくよう努力してほしい。他方、智場から選られるあらゆる情報を「知的財産権」の対象として抱え込んだり、顧客のプライバシーに関する情報を商品として販売の対象にしたり、あるいは顧客たちを自社の独占する顧客として囲い込んだりは、しないでほしい。智業と企業(とそして国家)は、情報社会において、協働を通じての共生関係を発展させていくことこそ望ましいのである。

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