1997年9月3日
公文俊平
情報革命は情報社会を創る。情報社会では、法律を制定したり施行したりする政府の活動や、商品を生産したり販売したりする企業の活動と並んで、通識(つまり、普及の対象となる情報や知識)を創造したり普及したりする新しい組織体である「智業」の活動が広く見られるようになる。(一般には智業のことは、「非政府組織(NGO)」とか、「非営利組織(NPO)」などと呼ばれている。)人々のあり方も、国民や市民としてのあり方に加えて、智民としてのあり方が前面にでてくるようになる。智民は、智業のメンバーとして活動する一方で、智業による通識の普及の対象となる。それは、市民が企業のメンバーとして生産に携わる一方で、消費者として企業の販売する商品を購入するのと同様である。
企業が商品を販売する場所が市場だとすれば、智業が通識を普及する場所は智場と呼ぶことができよう。智場の具体的な形が、今日のインターネットに他ならない。これまでの産業社会では、市場が本来は非営利活動であった他の多くの社会活動(教育や医療や政治等)のプラットフォームになったように、未来の情報社会では、智場がその他の社会活動、とりわけ企業や政府の活動のプラットフォームとなるに違いない。つまり、ビジネスが、これまでのような市場を基盤として行われるというよりは、新しい智場、とりわけインターネットを基盤として展開されるようになるのである。インターネットが市場になるのではなくて、その逆のことが起こるのである。つまり、市場のかなりの部分は智場に吸収されていくのである。
情報社会への移行を円滑に達成するためにも、大都市だけではなく、全国のあらゆる地域で、インターネットがいつでも、どこでも、誰にとっても、利用可能になることがぜひとも必要である。それもなるべく高速で安価で、しかも信頼できるネットワークを構築しなければならない。それは、これまでの電話網や放送網とは別の市内網になるだろう。家庭やオフィスのいたるところにLANが引かれてコンピューター同士がつながり、それらのLAN同士が、銅線や同軸ケーブルで、あるいは無線や光ファイバーで、互いに結ばれていくだろう。この意味でのCANの構築と運用は、ほとんどの地域にとって、これからの課題である。構築や運用の主体が誰になるかも、まだ決まってはいない。
産業社会では、伝統的なコミュニティは崩壊する傾向にあったといわれる。確かに昔の村や町のコミュニティの多くは有名無実になった。家族も事実上崩壊しつつある。日本の場合は、敗戦によって国家も「半国家」とでも呼ぶしかない状態になってしまった。多くの日本人にとってほとんど唯一の心の拠り所として残った企業も、大きな変革の波に襲われている。しかし、その反面で、インターネットから入っていける「サイバースペース」に、新しいコミュニティ、いわゆる「バーチャル・コミュニティ」が新たに生まれつつあるといわれる。確かに、インターネットを使えば、国境の壁を越えて、気の合った人々同士で事実上のコミュニティを作ることが自由にできる。
しかし、必ずしもそれだけではない。たとえば、大分のコアラが一つの可能性を示したように、また富山県の山田村が一つのケースを示したように、同じ地域に住む人々がインターネットを基盤として、新しいコミュニティ関係を地域の中に作り出し発展させていくことが、あらためて可能になってきているのである。
それに、「バーチャル・コミュニティ」に参加するためにも、物理的な空間のいたるところに、サイバースペースに入っていくための入り口(ゲートウェー)がないことには話にならない。
私どもの言う「CAN」は、「コミュニティ・エリア・ネットワーク」であって、ある地域の住民の全員が利用でき、バーチャルなコミュニティであれ、近隣のコミュニティであれ、好きなコミュニティを作り上げたり参加したりすることを可能にするようなプラットフォームなのである。
私どもは、このCANの構築と利用を推進するために、このほど「CANフォーラム」という団体 を発足させた。その事務局は、国際大学グローコムに置かれている。このフォーラムを足場にして、CANに関心を持つ全国の個人や団体のかたがたが、情報交換を行ったり、新しい協働事業を計画・実施したりすることができるといいと願っている。