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1997年9月11日

「ハント委員長の告別演説 」

日本電子計算機 掲載

公文俊平

FCC(米国連邦通信委員会)が苦境に立っているようだ。昨年鳴り物入りで改正された電気通信法の施行からすでに一年半が経過したが、当初期待された電話とケーブルテレビ、長距離電話と地域電話の垣根を越える競争はほとんど見られない。それどころか、それぞれの業界はもっぱら自分の縄張りを守るのに汲々としているようだ。各地域電話会社はいっせいに訴訟を起こして、FCCの競争促進命令の差し止めを要求しているという。

他方、国際通信の分野では、高すぎる国際電話の接続料金の一方的な引き下げを他国の電話会社に要求しようとしたFCCに対して、日本のKDDを始めとする各国の電話会社は、いっせいにWTOに提訴して闘う姿勢を見せている。まさに内憂外患といった状態だが、その中で、ついにハントFCC委員長は辞意を表明した。そのハント氏が、辞任直前の8 月26日に、シリコンバレーで開催された電気電子技術者協会のシンポジウムで行った「ここから遍在へ」と題するインターネットをめぐる演説は、はなはだ興味深い内容を含んでいる。

ハント委員長はその冒頭で、「バレーへの告別の言葉のようなものとして、今日は、これまで誰もしてこなかったことではあるが、われわれ全員によって全員のためになされるべきことについて述べよう。というのは、われわれ誰一人、それを自分だけではやれないからだ」と前置きして、概略次のような話をした。

すなわち、米国は完全に発達したインターネットを必要としている。競争、規制撤廃、経済成長、社会変化、高生産性、ハードとソフトの売り上げの新記録を手に入れるために、要するにより良いアメリカのために、それが必要なのだ。それなのに、インターネットは、わが国の様々な地域や人口集団の間に、十分急速あるいは十分広範に拡大していない。

今、特に期待したいのは、インターネットが市内電話の競争促進の鍵となることである。カリフォルニアの電話市場が開放されてから一年半たつというのに、既存の独占体以外からの電話サービスを受けている人はほんの一% ほどでしかない。だから、インターネットでまずデータ通信に競争を入れ、最終的には画像や音声に競争が入るようにしたいのだ。

今日のネットワークは、私が期待しわが国が必要としている新種の通信ネットワークではない。要するに、われわれは電話とは別の、パケット交換型の世界大のネットワークを必要としている。データを苦労して送る音声のネットワークでなくて、音声も容易に送るデータのネットワークがほしいのだ。アーキテクチャーでいえば、高速で、混雑がなく、常に信頼でき、摩擦がなく、パケット交換型で、広帯域で、データ・フレンドリーなネットワークが、どこででも手に入り、競争的料金で、我が国の経済を新たな高みに引き上げることのできるものがほしいのだ。子供たちが教室から世界中の図書館に瞬間的にアクセスできるようにしたい。アメリカ中の保健所につながっているネットワークがほしい。反個人主義的な、もっぱら大衆市場志向の、コングロマリットの支配する集中管理型で、最小公分母的内容しかないメディアの代わりに、送信容量や選択範囲に制約のないメディアがほしい。(ただし、現行の回線交換型のネットワークも維持してかまわない。要は、両方が必要だというわけである。)

ハントはさらに、電話や鉄道建設の歴史を繰り返したくないともいう。それは、ボトルネック独占が経済を構築すると同時に、競争を閉塞させ価格を引き上げ、富の分配を不平等にし、政府の介入を招きいれた歴史だったからだ。だから、今回はもっと旨くやれるはずだと彼は考える。ただし、それをはばむ五つの障害がある。すなわち、

  1. 現時点でのインターネットの経済学は風変わり(wacky )だ。その主な理由は、今のインターネットのほとんどが、規制下にある独占的電話会社と無政府的な非営利の学界とのハイブリッドとして形成されてきた点にある。有効で競争的な市場を入れて、その進化を促進させなければならない。三分いくらの回線交換型システムでは混雑は避けられない。現在の長距離会社対地域会社の間の競争は、実はインターネットを構築しようとする会社とその他の会社との間の争いだ。意味のある市内競争とは、電話もさる事ながら、むしろインターネットとそのサービスをめぐる競争なのだ。そのために必要なのは、新しいルールだ。つまり、

    1. 市内網の開放
    2. データ・トラフィックの市内交換機迂回
    3. ISP が買うT1回線に競争を導入し価格を下げる
    4. 信頼性がなく不公正なアドレス・システムの改革
    5. 家屋の内外にわたる配線権の、独占からの開放
  2. 間違ったルールを定めては行けない。先の通信品位法、今のインターネット保護法は、誤った法の例だ。とくに後者は市場の失敗を直せない。ISP に過大な料金を課し、xDSL会社のアクセスを窒息させる結果をもたらすだろう。

  3. 法律家の行動にも問題あり。彼らはFCC の権限を弱めようとしている。せっかくの96年通信法が実施できない。(電話会社が裁判所を説得しようとしている。)州の権限の重視はいいが、それが独占を栄えさせ、州際商業を逼塞させるものになってはならない。

  4. 広帯域化には無線の役割も大きいが、FCC の周波数帯域を安価に(そして入手した帯域を自由に)利用させようとする政策に対する反対の動きが起っている。あるいは、デジタルテレビでは、高価な高品位放送(とその受像機)を推進しようとする動きがある。よりすぐれた安価な技術が登場しつつあると言うのに。

  5. 現状維持派からの反撃の可能性。それは、パケット交換型のシステムの力が明らかになってきたときに起りかねない。(かつての英国私掠船の跳梁に対して、最後にはスペインの無敵艦隊が本格的な反撃を試みざるをえなくなったように。)現在すでに起っている、電話会社によるISP に対するアクセス料徴収の動きなど、その例ではないか。

というわけで、今必要なのは、インターネットにかかわる新たなルールだ。ただし、それはなるべく簡単なものがいい。その中核に置かれるべきものは、

  1. 憲法修正一条による、インターネットコンテントの政府規制からの保護、
  2. FCCが州に対して、パケット交換ネットワークを規制しないように命令する権力、
  3. データ・ネットワークは、補助金を受けても払ってもならない、
  4. 通信のあらゆるボトルネックを競争にさらすように州に命令するFCCの力、
  5. 訴訟をするなら、一ヵ所だけにとどめること(現在、GTE 社は23の州の30の連邦地裁に訴訟を起こしている)、

以上である。FCCとハント委員長は、「反競争的」な地域電話会社の態度が、よくよく腹に据えかねたようだ。同時に、今にしてようやく、新電気通信法の本来の課題は、既存の市内電話の分野での競争の促進よりはむしろ、インターネットにかかわる新しい市内網の構築と利用をめぐる競争の促進におかれなければならなかったことに、気づいたようだ。

日本でのNTTの「経営形態」をめぐる論議の中で、市内での電話の独占体制を打破するために、地域電話会社を長距離から切り離し、さらにそれをいくつかに分割すべきだという議論があった。私たちは、そのような議論には何の意味もなく、電話の分野で地域電話会社をいくつ作ってみても、市内網の独占体制は強化されこそすれ競争が起るはずはないと主張してきた。そうではなくて、大切なことは、インターネットのような「新市内網」の競争的構築の体制を創り出すことだと主張してきた。ここにきて、FCCもようやく同様な結論に到達しているらしいことを知り、ある感慨を覚える。 ちなみに、ハント委員長はは、この演説の中でcp=computer person および、ISP =Intrepid Sellers of Progressという、私にとっては初耳の興味深い表現を使っている。そのことも、あわせて読者に紹介しておきたい。