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1997年10月27日

「地域での科学技術振興の方針」

日本電子計算機 掲載

公文俊平

私は今、ある県の「科学技術振興会議」の委員を仰せつかっている。といっても、日程が合わなくて、なかなか会議に参加できない。そのため、意見を電子メールで出してみた。以下にお目にかけるのは、それをさらに加筆訂正したものである。

まず、私たちを取り巻く基本的な状況として、世界を覆う情報化の流れ(情報革命)に対する目配りをきかせることが大切だと思います。

情報革命は、知力を、これまでの軍事力および経済力と並ぶ(いやおそらくそれ以上に重要な)近代社会の力の根源としつつあります。近代初期の軍事革命が人々の「軍事的エンパワーメント」の、産業革命が人々の「経済的エンパワーメント」の過程であったとすれば、情報革命とは人々の「知的エンパワーメント」の過程に他なりません。

近代化の過程では、まず、近代国民国家の成立と共に、軍事の機能が、軍人貴族やその傭兵の手から、「国民」自身の手に移りました。国民となった人々は、兵士として戦い、国家とその栄辱を共にするようになりました。続いて、産業革命を経て、財・サービスの生産や販売が、それまでの職人や商人の親方やその徒弟の手から、「市民」自身の手に移りました。市民となった人々は、企業の従業員として生産や販売に従事し、消費者として自分たちの生産物を互いに購入するようになりました。そして今、情報化を通じて、知識・情報の創造と普及が、これまでの「知の職人」としての学者や芸術家の集団、あるいは「知の産業」としてのメディアや学校の手から、これまでの国民や市民とは異なる新しい意識や行動の担い手としての「智民(ネティズン)」自身の手に移ろうとしています。智民となった人々は、智業(いわゆるNGOやNPO)のメンバーとして、知識や情報の創造や普及に従事する一方、他の智業の創造する知識や情報の「通有者」ともなります。それに伴って、知の生産様式も、これまでの個別分野に分化しながらしかも集中的であったシステムから、分散的なシステムへと移行しつつあります。インターネットの上での、智民たちの積極的な知の探索と発信の過程は、その典型です。これからの日本の情報化にとっての最大の課題は、全国のあらゆる地域に、この意味での知の分散的な創造と通有のシステムを創り出すところにあります。そして、その基盤の上に、互いに緊密に協働しつつ活動する新しい産業や智業、そして新しい自治の仕組みを、発展させていくところにあります。

実は、今世紀の科学技術の発展の歴史をふりかえると、世紀の終わりに生じた情報革命にいたる過程で、すでに1920年代以来、まず自然科学において、量子力学の展開に主導された「科学革命」が起っていましたが、今やその波は生物学からさらに社会・人文科学にも及びつつあり、科学の新しい統合が始まったと考えられます。また、これまでの主流であった手段あるいは事実に関わる知識だけでなく、目的あるいは価値に関わる知識の発達も、あらためて起ろうとしています。その事が、知的影響力の獲得と発揮をめざす智業の活動の台頭と、密接に結びついています。また、技術の分野では、1970年代のマイクロチップス技術に始まり、80年代のパソコン技術、90年代のコンピューター・ネットワーク技術の急進展が起こっています。これを19世紀末の「第二次産業革命(重化学工業革命)」に匹敵する「第三次産業革命(情報産業革命)」の開始とする見方も、最近では多くの人が取るようになりました。さらに21世紀に入ると、バイオ技術やナノ・ テクノロジーのめざましい発達が見られ、第三次産業革命は突破の段階から成熟の段階に入っていくと思われます。ということは、私たちは今、過去の歴史に類例をみないほどの、急激で根本的な科学技術の革命の時代を経験しつつあり、それが、これまでとは性格を異にする新しい高度経済成長および社会的発展の長波の立ち上がりを生み出していることを意味すると考えられるのです。

情報社会での人々の社会経済的活動のますます多くは、智的空間(サイバースペース)で営まれるようになります。智的空間は、近代主権国家が活躍した地政学的空間や、近代産業企業が活躍した工学的空間に並ぶ、人類の新たな活動領域となります。そこへのゲートウェーにあたるのが、コンピューターのネットワークです。より端的に言えば、インターネットです。ですから県内に高度なインターネット網をはりめぐらせ、それをグローバルなインターネット網に高速で接続することが、今後の御県の発展にとっての不可欠な前提条件となります。

このサイバースペースでの智的活動の主役となるのが、これまでの国家や企業とは性格を異にする社会的集団である智業であり、そのメンバーとしての智民なのです。智業は、企業や国家と敵対するのではなく、それらと緊密に協働しつつ活動するでしょう。ですから、それぞれの地域は、良質な政府部門や先進的な企業だけでなく、すぐれた智業(及び智民)をできるだけ多くもっていることが重要になります。

また、情報社会でのサイバースペースの重要性がいかに高まるにしても、人間は本来物理的空間の中に生きる生物であり、同時に顔を突き合わせた社会関係の中で生きる存在でもあります。その意味では、サイバースペースは物理的空間とシームレスにつながっている必要がありますが、同時に、物理的空間の中に、人々のサイバースペースでの活躍を支える基地を確立しておく必要があります。そのような基地としての役割を果たすのが、これからの「地域」ではないでしょうか。情報社会での人間生活の基本的な単位となるのは、国家でもなければ、個々の企業や個人でもなく、まさに、ある程度の規模とレベルをもった産業や智業の集まりと、それらを支える高度なインフラとを併せ持つ地域でしょう。これからの情報社会の物理的空間を満たすのは、そのような地域であり、地域間のネットワークであると思われます。

なお、次の時代の国家(あるいは地方自治体)や企業、そしてなかんずく智業を支える人材(智民)を育成することは、きわめて重要です。米国のクリントン大統領は、今年の年頭教書の中で、21世紀の米国にとっての教育の重要性を繰り返し強調しています。インターネットは、今後の電子政府や電子商取引にとっての不可欠の手段となるだけでなく、未来の教育にとっても不可欠の手段になるといっています。

ですから、御県が教育の振興を重視し、学校や大学へのインターネットの導入に力を入れるのは、非常に大切なのですが、せっかくそこで育成した人材のほとんどが、結局は県外に流出してしまうということであれば、何をしているのかわからないことになります。だとすれば、しかるべき教育や訓練を受けた人材を県内に引き止めるための手段を講ずることも、忘れてはならないでしょう。そのためには、たとえば、マレーシアのMSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)計画に見られるように、地域の中に人々が快適な生活を安心して営めるような、各種の物的および制度的なインフラを準備することが大切です。美しい自然や魅力的な文化伝統も、もちろん重要なインフラですが、それに加えて、居住・交通・運輸・通信インフラの構築も欠かせません。また、制度的なインフラの整備という観点から、これまでの県の制度や施策を思い切って見直すことも大切でしょう。具体的な見直しの一例として、このたび御県に新設された大学の学生としては、高校の新卒者よりもすでに十分な社会経験を積んだ人を優先的に採用し、さらに、その人々が必ずしも卒業しないでも、大学の周辺で大学やベンチャー・キャピタリストなどの支援を得ながら新しいビジネスを起こすことを奨励するというのはどうでしょうか。