1998年03月08日
公文 俊平
切り抜きを作りながら本紙を二ヶ月分通読してみたら、情報通信関係の記事が予想以上に多いことに気づいた。朝刊には「マルチメディア」、夕刊には「newパソコンライフ」という一ページの特集が、毎週掲載されている。「情報革命はいま、進化するデジタル社会」という特集(2月9日)もあった。他に、YEN(Yomiuri Economic News)欄にも、また総合、経済、生活、解説などの欄にも、情報通信関連の記事は多い。何より、ニュース記事だけでなく解説記事も豊富なことには好感がもてた。
ニュースの扱いでも、通信企業の再編関係の記事は何度も一面トップになっていたし、マイクロソフトの抱き合わせ販売や個人情報保護問題に関連するニュースなどは、何度でもといいたいくらい頻繁に報道されていた。地域の情報化については、「ふるさと情報ネットワーク研究フォーラム」の紹介に二面が割かれていた(2月4日)ばかりか、 2月10日の紙面にも、自治体がインターネット接続サービス提供に乗り出したという地方部発の大きな記事が載っていた。
特集や解説と組みあわせながらニュースを報道するという姿勢は、ニュースの文脈を読者に知らせるという意味では、大変結構なことだと思う。私は前回のこの欄で、「新聞報道にも[情報化という]長期的な事態の展開を継続的に見守り、報道し、分析や論評を加えていくという姿勢が欲しい」と書いたが、今回続けて読んで見て、本紙が現にそういう姿勢を取っていることがよく理解できたので、前言は慎んで取り消したいと思う。
しかし、情報化の文脈の捉え方そのものについては、多少の注文がないわけではない。今の時点でいえば、私は次の三つの大きな流れに注目すべきではないかと思う。
その第一は、これまでの電話のネットワークに代わる、データ通信用(とりわけインターネット用)ネットワークの構築の緊急性である。今の電話のネットワークは、インターネットのような通信には本来向いていない。逆に、最初からインターネットのために作られたネットワークは、電話やファックスの送信にとってもっとも効率的だとは言えない。しかし、電話やファックスのためにも十分に使用に耐える。アメリカでは、ワールドコムやクェストのような新興通信企業が、そうした新しいネットワークの構築の第一線に立っている。おそらく今年から来年にかけては、インターネットを利用した電話やファックスのサービス提供が大々的に始まり、既存の電話のネットワークと正面から競争するようになるだろう。通信の再編や国際化の問題は、何よりもこの文脈で理解されなければならないと思う。地域の情報化についても同じことが言える。
第二に、インターネットによる通信が主流になってくると、インターネットのいわば市民権(とくにドメイン名)を誰がどのような基準で、いくらで提供するか、そのためのグローバルな制度的な枠組をどういう手順で作るかといった問題が、重要になってくる。電子商取引なども、(電子的決済や認証の仕組みもさることながら)何よりもまずそうした制度的・法的な枠組ができて始めて、着実に発展できるのである。これまではアメリカ政府の支援や政府との契約に従って作られてきた枠組は、インターネットがここまで拡大してきた現在では、実情に合わなくなっている。いまや、民間部門が参入して競争できるためのグローバルな枠組が要求されており、米国政府としては、そうした新しい枠組ができるまでのいわば移行期間中は、インターネットの運営に対して責任をもとうという姿勢をようやく明確にしたところである。しかし、残念ながら、本紙の紙面を見ている限りでは、その種の文脈はほとんど見えてこない。
第三の重要な文脈は、コンピューター・ネットワークのノードを構成する機器やその上のソフトウエアの作り方や売り方が、今のままでいいのかという問題をめぐるものである。どうも私には、ますます高性能化しながら価格はなかなか思うように下がらないパソコンや、その性能を食い尽くしてしまうほど複雑多機能なOSやアプリケーション、しかもハードもソフトも頻繁にバージョン・アップを繰り返しながらますます複雑化していくといった現在の進化経路は、あやまったもののように思われてならない。しかもそれが一種の抱き合わせ販売方式と結びつくと、ユーザーは完全に囲い込まれてしまい、次から次へと新しいバージョンを買い込まされる破目になる。こんな行き方がいつまでも続くとはとても思えない。
そう思っていると、ヨーロッパにLINUXという無料の新しいOSや、その上で利用できる多数のフリー・ソフトウエアが出現し、アメリカまで巻き込んで燎原の火のように広がる形勢を見せてきた。今週の『プレイボーイ』誌には、「マイクロソフト大帝国崩壊の危機」という題で、その紹介記事が載っている。こういう文脈からの報道や解説も、新聞にぜひ欲しいところである。