98年度著作へ

1998年10月10日

マイクロコズムからテレコズムへ

―情報通信のパラダイム転換―

公文レター No.33

公文 俊平

 この9月に3週間ほど米国各地をまわって、情報化の現状を見てきました。ボストンを振り出しに、ニューヨーク、ワシントン、それからスコークリーク・バレー(ギルダーの第二回テレコズム・コンファレンスに参加)、サンフランシスコ、ロサンゼルスで、それぞれ数日ずつ滞在し、旧交を温めたり、新しい友人にであったりしてきました。どの都市も豊かで安全で、一昔前のアメリカ大都市の荒廃ぶりが嘘のように思われました。フィナーレは、モハベ砂漠で行われたHALOネットワークの初飛行の見学でした。

 帰国すると、豪雨、そして真夏日と続いて、旅の疲れがどっと出た感じでしたが、ようやく時差もとれ、再適応がほぼ完了しました。

 今回の主要な収穫は二つです。一つは、ギルダーの言う「マイクロコズム」(PC)から「テレコズム」(ネットワーク)への情報通信のパラダイム転換と、それに伴って生じているツナミのような大変化のありさまを、多少とも直接体験できたことです。もう一つは、「ミレニアム・バグ」などとも呼ばれるコンピュータの「西暦2000年問題」への対応が予想以上に困難で、すでに時間切れになっている分野が少なくないことの再認識です。少なからぬ人々が、その結果として、電力、通信、水、交通、金融など、現代文明の根幹をなしている部分に対する、深刻な被害の発生する可能性を憂慮していました。私も、そういった人々の話を聞いたり、出版されている著作物を読んでみたりして、自分の認識が甘かったことをあらためて痛感させられました。ともあれ2000年問題については、GLOCOMとしても、遅まきながらではありますが、早速自主プロジェクトを立ち上げて、できる限りの情報を収集すると同時に、緊急に必要な対策について提言を試みたり対応を講じたりしていきたいと思います。

 その結果は別途お知らせすることにして、今月の公文レターでは、ギルダーのコンファレンスでの見聞を中心に、第一点目についてご報告することにしましょう。

第二回テレコズム・コンファレンス

 かつて猪谷千春選手が活躍したスコークリーク・バレーは、保養・観光地として知られるタホー湖のすぐ近くにあります。ホテルの隣にゴルフ場があり、その先の斜面にはスキー場へと続くリフトがどこまでも続いています。

 昨年第一回が開かれ、今年が第二回にあたるテレコズム・コンファレンスは、フォーブス社とジョージ・ギルダーのグループが主催し、ユニフェーズ、シエナ、ノーテル/ベイ・ネットワークス、イリジウムその他が共催者となって、「帯域破裂(Bandwidth Blowout)」という主題のもとに、2日半にわたって開催され、約600人の参加者を集めました。「コントラリアン」(人と反対の意見の持ち主、逆張りの投資家などを意味することば)の集まりと自称した通り、このコンファレンス(とりわけスピーカー)には、インカンベント、つまり既成の情報通信大企業の姿は、ほとんど見られませんでした。唯一の例外が、最近ベイ・ネットワークス社を合併したノーテル社です。しかし、9月1日から新たに同社のCEOに就任したハウス氏は、合併された方のベイ・ネットワークスの社長だった人物で、この人事には、新分野への進出をもくろむノーテルの強い決意が集約されているとみることができます。ちなみに、AT&Tとは縁を切った人たち(Walkin' Man)ばかりを集めたパネルもありました。デービット・アイゼンバーグの司会で、テリジェントのマンドル、クエストのナチオ、IXTCのエブスリン、PMC-シエラのベーリーといった人々が顔をそろえて、こもごも抱負を語り合っていました。

ステューピッド・ネットワークからビッグ・バンドウィドスへ

 実は、私もいささか迂闊だったのですが、GLOCOMフォーラムで今年のテーマとしてとりあげた「ステューピッド・ネットワーク」論は、昨年の第一回テレコズム・コンファレンスのメインテーマだったのでした。1997年の夏ごろから、アメリカでは、電話のネットワークにかわるデータ通信(とりわけインターネット)のための本格的なネットワーク構築の必要性に対する自覚の高まりが急速に見られるようになっていたのですが、既存の電話会社の方は、交換機を捨てる決心がなかなかつかず、あるいは最近のスプリント社のIONネットワークのように交換機は捨てても、ATMネットワークは捨てることができずにいました。そこでは電話中心の「インテリジェント・ネットワーク(IN)」あるいはそれをより高度化した「アドバンスト・インテリジェント・ネットワーク(AIN)」の理念が唱道されていました。自身AT&Tの技術者だったデービット・アイゼンバーグが、「ステューピッド・ネットワーク」の理念を提唱して物議をかもしたのはその時だったのです。そして、このアイゼンバーグが一躍新時代を代表する論客として脚光を浴びたのが(あるいは「インテレクチュアル・テロリスト」というあだ名をもらうようになったのが)、第一回のテレコズム・コンファレンスだったというわけです。つまり、「ステューピッド・ネットワーク」というコンセプトは、何よりも電話のネットワークとしての「インテリジェント・ネットワーク」を念頭に置いて提唱された新理念だったのでした。

 それから1年、アメリカではデータ通信の需要の爆発(ワールドコム社に対する需要は、100日で倍増、あるいは年10倍もの伸びを示していると言われます)の後を追う形で、通信帯域の供給の爆発も始まりました。あと数年のうちに、テレコム全体のトラフィックに占める電話の比重は、たちまち1%を切ってしまうだろうと見積もられています。データのトラフィックは今年か来年中に、電話のそれを上回ります。そして、データが年10倍、電話は年10%で伸びていくとすれば、そうなることは確実です。

 ですから、データのネットワークか、電話のネットワークかというイシューはすでに決着がついてしまったといってよいでしょう。今年のイシューは、データのネットワークが今後爆発的に拡大していく中で、そのためのアーキテクチャー(および課金方式)としては、どのようなものが望ましいかという方向に変化していました。そこに新しく出てきたのが、「ビッグ・バンドウィドス」対「マネージド・バンドウィドス」のイシューだったのです。

(以下では、とりあえず前者を「自由帯域」論、後者を「管理帯域」論と呼んでおくことにします。)

 ギルダーに代表される自由帯域論者の主張は、次のようなものでしょう。

「経済の基本原則は、豊富で安価なものは惜しみなく使い、希少で高価なものは節約するというものだ。これまでのマイクロコズムのパラダイムの下では、豊富なものは、計算能力(CPUパワー)や情報貯蔵能力(メモリ)だった。だから、コンピュータはCPUパワーやメモリをどんどん増やし、どんどん使う方向に進化していった。そしてこれからのテレコズムのパラダイムの下では、バンドウィドス(帯域)がどんどん豊富になり安価になっていく。だからこれを制限するのは理屈に合わない。すべからく帯域はどんどん使うべきだ。データを圧縮したり、送信に優先順位や価格差をつけたりするのは適切なやり方とはいえない。料金は定額制とし、事実上無限の帯域を各人が好きなように使えばいい。未来の情報通信ネットワークの姿は、あらゆるメッセージが(暗号化された上で)その中に投げ入れられる共通のデータの大海ないし伝送路に万人が同時にアクセスして、その中から自分宛のメッセージ(自分が解読できるメッセージ)を取り出すという形のものになるだろう。」

 実は、ギルダーのこのようなビジョンは、すでに1992年に彼が箱根のマルチメディア・フォーラムで行った講演の中で、すでに提示されていました。その時、会場にいたニコラス・ネグロポンテが、後述する管理帯域論と同じような立場から、ギルダーを強い口調で批判したのが私の印象に残っています。

 これに対する管理帯域論者の主張は、次のようなものでしょう。

「いくら帯域が爆発的に増えるといっても、実際に無限・無料になることはありえない。まして、将来はいざ知らず現在のところでは、帯域はまだまだ相対的に希少だし高価だ。そんなところに巨大な帯域を消費する動画像の通信データなどをどんどん送り込まれた日には、たちまち通信回線はパンクしてしまうだろう。やはり、帯域は節約し、優先度の高いものとそうでないものとを区別できるような料金やサービスの体系を導入する必要がある。現にそのための技術も、たとえばシスコ社などによって着実に開発され実装されつつある。だから、現実の問題としては、管理帯域論の立場に立って進む以外にない。」

 さらにその立場からすれば、あらためて既成の電話会社のとっている、自由帯域論者にいわせれば煮え切らない保守的な態度を、擁護することもできます。つまり、いくらこれからは電話に比べてデータのトラフィックが急増するといったところで、絶対量としての電話のトラフィックはまだまだ大きいし、ましてや収入の規模でいえば電話からの収入の比重が大きく減少する時期はそう急激にはやってこないだろう。(コスト的にも、電話が負担しているユニバーサル・サービス費用分を除いて比較するならば、通常の電話とインターネット電話との間には、それほど大きなコストのギャップは存在しない。インターネット電話が優位にあるように見えるのは、もっぱら現行の規制の仕組みが残している特異性のためなのだ。)そうだとすれば、今まで築いてきた電話のネットワーク、あるいはその進化型としてのATMやSONETのネットワークを、ただちに捨ててしまうのはとうてい現実的とはいえない。

 今年のGLOCOMフォーラムではこのようなイシューをめぐるさらに立ち入った議論が行われることを期待したいものです。

テレコズムを支える基幹技術

 それにしても、これからの通信システムの根幹が、DWDM(高密度波長分割多重)通信技術に立脚する全光通信ネットワークになることは、もはや動かしがたくなったといっていいでしょう。そして、それを補完するものとしてのグローバルおよびローカルな広帯域無線のネットワークも、重要な役割を果たすことになるでしょう。ここでも、CDMA(符号分割多重アクセス)通信技術が、中核となります。(ネグロポンテがかつて主張した無線放送と有線通信から有線放送と無線通信への「場所の交替」論は、放送と通信の区分自体がますます曖昧になっていく趨勢のもとでは、それほどの意味はもたなくなるでしょう。)

 その場合に、当面のボトルネックとなるのは、広帯域の幹線に対する、ユーザからの高速アクセスの可能性です。現在のところ、ユーザからのアクセス網としては地域電話会社が独占している電話の市内網の比重が圧倒的です。通信法の改正によって、市内網の構築への競争的参入の道が開かれたとはいえ、銅もしくは光の新たな加入者線を家庭やオフィスに敷設することは、困難きわまりないことです。一方で、ユーザの利用する各種の情報機器(その多くは、現在のパソコンの形から、用途に応じて多様に分化した「情報家電」型のものに進化していくと思われますが)を高速のLANで相互連結・制御する仕組みは、着々と進歩しています。10メガビットのイーサネットが100メガビットの速度になり、さらにギガビット・イーサネットの普及も目前にきています。そうなるとますます、LAN相互の、あるいはLANと幹線との、高速接続が必要になってきます。

 今回のコンファレンスを通じて(またそれ以外でも)、私がもっとも強い印象を受けたことの一つは、まさにこの領域で数々の新しい技術とサービスが登場し、商用化し始めたということでした。そのいくつかを次に列挙してみましょう。

最後(最初)の1マイルの高速アクセス技術とサ-ビス

 この技術は、5万1000フィート(約10マイル)の高度で飛行機を半径5マイルほどで周回させて、その下に設置した巨大なディッシュ・アンテナを使って双方向の超短波無線通信をしようというものです。この高度だと飛行に対する天候の影響はありません。また、送信角が地上波などに比べると高いので、雨や霧による信号の減衰も少なくてすみます。2機もしくは3機の有人飛行機が交替で24時間滞空して通信サービスを提供するのですが、カバーできる領域は、直径80マイル弱(120キロ)の範囲です。その中でなら、企業でいうと2万社程度に、1.5メガから10メガ、あるいはそれ以上の速度での通信が提供できるそうです。飛ばすのが有人航空機なので、無人機や飛行船などの場合と違って、新しい航空規制法規は不必要です。飛行機の技術もすでに完成されています。現に実用機が製造され、私たちはその飛行を見学してきたわけです。実際のサービス展開は、まず紀元2000年からロサンゼルス市で行い、そのあと2、3年のうちに世界の何十かの都市に広げていきたいと考えているそうです。

 日本ではこの分野でのサービスは飛行船を使って行うことが郵政省を中心に決まっているようですが、実現までには相当の年月を必要とする模様です。とりあえずはすでに証明済みの飛行機の技術を使うところから出発する方が、少なくともユーザの立場からは好ましいことのように思われます。

レイヤー別産業構造

 既存の情報通信業界では、サービスのバンドル化だとか、エンド・ツー・エンドのサービス提供、そのための連携からさらには合併・買収といった動きが世間の耳目を集めています。キャリアとしては、コンテント・ビジネスに乗り出す以外に付加価値をつける途はないのではないかといった議論も耳にします。(もちろん、AT&Tのルーセント社の分離だとか、最近報道された、IBMによる同社のフレームリレーのグローバル・ネットワークの売却の話などもないわけではありませんが、大勢は統合・合併の方向をめざしているようです。今回訪問したコロンビア大学のエリ・ノーム教授は、最近台頭しているクエスト等の「新世代通信企業」も、結局は資金力のある地域電話会社に買い取られてしまうことになるのではないか、という見通しを述べていました。もっとも、ノーム教授は同時に、キャリア機能と通信サービス機能は分化していかざるをえないという見通しも、述べてはいたのですが。)

 その中で、テレコズム・コンファレンスでの議論の大勢は、情報通信サービスのさまざまなレイヤー別にそれぞれ専門の企業が分化していくという見通しにたっていました。たとえば、全光通信時代のインターネットを縦軸にとった近未来の情報通信産業構造としては、次のようなレイヤー別企業配置がいわれていました。最底辺に位置して、テレコズム時代のインテル社に似た中心的役割を果たすのが、DWDM技術をもつカルコーベンの指揮するユニフェーズ社になるだろう。その上が光通信機器のシエナ社。そしてキャリアのクエスト社。さらに企業向けにインターネット利用サービスを総合的に提供する次世代ISPとでもいうべきエクソダス社、一般企業やISP用にサーチ・エンジン、ショッピング・エンジン、あるいはトラフィック・サーバーなどを提供しているインクトゥミ社、一番上にくるのが広告などのプラットフォームを提供するヤフー社になるのではないか、といった具合です。ただし、ここではノーム教授のいう回線と通信サービスの分離がどう捉えられているかははっきりしません。また、ユニフェーズ社が全光通信時代のテレコズムで、インテル社がマイクロコズムで占めていたような圧倒的な優位を占め得るかについては、意見が分かれていました。ノーテル社のハウス新社長は、そもそもインテル社にあたるような強力な企業はテレコズムには出現しないと言っていました。また、ノーテル/ベイ社としては、上の図でいえばシエナ社やクエスト社が占めている位置を占めたいと考えているようでした。(ただし、いわゆるISP型のサービスに進出するつもりはないと明言していました。)しかし、イーサループや電力線利用データ通信技術をも持つノーテル/ベイ社が、どのようなビジネス・プランをもって日本市場に進出してくるかは、大きな興味の持たれるところです。

 私としては、日本でもデータ通信への需要が爆発すると同時に、これらの新しい技術・サービス・企業群が新たな需要にこたえる競争者としての役割を担うことで、日本の市場を活性化してくれる日が一日も早くきてほしいと思います。

付記:第二回テレコズム・コンファレンスでは、ギルダーが1990年代に書き続けてきた、そしてなかなか完成版ができないために、幻の本になるかもしれないなどと言われていた『テレコズム』のβバージョンが、ようやく配布されました。おそらく来年には最終版が出版される運びになると思いますが、その日本語版の出版も大いに待たれるところです。

                     

公文レター No.33