1998年12月10日
公文 俊平
ますます寒さがつのってきましたが、皆様お変わりございませんか。今月は、11月号に引き続き、コンピュータ西暦2000年問題をとりあげたいと思います。
私は、11月の28日から12月の3日にかけて、会津泉さんの企画で、マレーシアを訪問してきました。マレーシアでは、MSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)プロジェクトの国際アドバイゾリー・パネル(IAP)のメンバーとして、MSCを管轄しているMDC (Multimedia Development Center) で意見交換と講演を行った後、30分ほどでしたが、マハティール首相とお話する機会を得ました。そのほか、マレーシアの情報通信産業界の人々、およびマレーシアで活動している日本人のビジネスマンの方々に対する講演を行いました。また会津さんがマレーシアに設立したANR(アジア・ネットワーク・リサーチ)社にも立ち寄り、その活動の雰囲気の一端を味わわせてもらいました。
これらの機会に、私は次の2つのポイントを繰り返し強調しました。
第一は、MSCでいま構築が進められている情報通信インフラには、早くもアップデートが必要になってきたということです。現在MSCでは、テレコム・マレーシア社が中心になって、ATMをベースとする2.5ギガの帯域を持つ情報通信インフラを構築中です。しかし、一昨年のプロジェクト発足時ならともかく、その後の情報通信革命の急速な進展の中では、このシステムは明らかに時代遅れのものになりつつあります。すでにクエスト社は、テラビット級の帯域をもつSONET技術をベースとする光ファイバー幹線を構築済みであり、さらにDWDM(高密度波長分割多重)光通信技術を利用して、光ファイバー上でIPのデータを直接流すネットワークの構築も計画中です。また、新興のクエスト社やレベル3社だけでなく、最近発表された既存通信企業大手のAT&TとBTによる国際通信合弁企業の設立計画でも、ATM技術には依存しない純IPネットワークの早急な(3年くらいでの)構築がうたわれているのです。それに、テレコム・マレーシア社は、幹線に対する高速アクセスの用意もはなはだ不十分だといわれています。ですから既定の計画をとりあえず推進する一方で、さらにその先を行く最先端の情報通信インフラにすばやく乗り換えていくための準備を、今から進めておく必要があります。
第二のポイントはこれらの新しい情報通信インフラを、さらにいえばMSC地域の全体を、コンピュータ2000年問題のない地域(Y2Kフリーゾーン)とすることです。もちろんそこは、高速海底光ケーブルによって、世界の他の地域と連結されなければなりません。その暁には、MSCの国際的な魅力は非常に大きなものになるでしょう。
今回の滞在中は、残念ながらテレコム・マレーシアの関係者の方々と直接お話しする機会は得られませんでした。しかし、少なくともMDCの方々は、私の話にかなり強い関心を示してくださったように思われます。その意味でも、また全体としても、今回の訪問はとても有益であり、私としても風邪を押して出かけた甲斐がありました。
2000年問題(Y2K問題)の米国での概況
それでは本題に入りましょう。まず米国での対応状況ですが、これについては、日本電子工業振興会の機関誌「電子工業月報」の10月号に、同協会のニューヨーク駐在員の長谷川英一さんが、「ニューヨーク駐在員報告(98年10月)米国におけるコンピュータ2000年問題のその後」というすばらしいレポートを書かれています。私は、それが足立晋さんのウェブ・サイトに全文転載されたものを読みました。
(www.y2kjapan.com/jp/docs/gov/jeida.asp)
その中で、連邦の管理予算局(OMB)が議会に提出した、Y2K対応進捗状況についての8月15日付け、第6次報告の内容が紹介されています。
それによれば、省庁ごとの進捗状況は
全体としてはかなりの進展がみられますが、作業の進展が不充分な省庁グループのなかに、今回は国務省が加わって、合計7省庁となったのがいささか気になるところです。
次に民間部門ですが、ここでは、いちばん気になる電力産業の状況説明の部分だけを引用させていただくことにしましょう。
電力については、6月12日に上院Y2K特別委の最初の公聴会において、主要10社に対するY2K進捗度調査が発表され、その対応の遅れが大きくクローズアップされた。最初の評価の段階を終了しているのが、10社中2社のみであり、また、電力業界にとってクリティカルな自動システム中のエンベッデッド・チップについて、ある社は30万のシステムが存在するなどとしているが、十分な実態把握がなされておらず、さらには石油、ガス、石炭などの供給先のY2K対応について考慮されていない、等々が指摘され、ドッド副議長には「もはや停電が発生するかどうか議論するのではなく、その停電をどれだけ抑えられるかどうかを議論する段階」とまで酷評された。
このような状況を受けて、クリントン大統領のイニシアチブにあった「キャンペーン」を、電力業界が初めて採用し、7月28日、コスキネン議長、エネルギー省のエリザベス・モラー長官代行、北米電力信頼度協議会(NERC)のマイケル・ゲント会長によって、ナショナル・プレス・クラブで発表された。エネルギー省ではNERCに電力業界のY2K対応支援のためのリーダーシップを要請し、NERCではそれに応えて全米300の電力会社のY2K対応状況についての調査を行うとともに、(1)エネルギー省に対する定期的な進捗状況報告、(2)全電力業界にわたるCP[コンティンジェンシー・プラン]策定の調整、(3)共通的な電力業界の設備やシステムのY2K対応に係る情報のマスター・チェックリストの策定などのY2Kプログラムを開発している。
これに従い、9月17日、NERCから初めての業界包括的な状況調査及びワークプランが発表されており
(ftp://ftp.nerc.com/pub/sys/all_updl/docs/y2k/y2kreportdoe.pdf)、
かなり厳しい目標としつつも、98年10月末までに評価段階を終了、99年5月末までに改修と確認を終了、6月末までにクリティカル・システムのY2K対応を完了するとしている。併せて、98年内にCPのドラフトを策定し、99年6月末までに企業レベル、地域レベルのCPを策定する。
なお上に紹介されている、2000年問題に関する情報の公開を促す通称「グッド・サマリタン法案」(S.2392/H.R.4355, Year 2000 Information Disclosure Act)は、この10月に、“Year 2000 Information and Readiness Disclosure Act”として法律化されました。長谷川さんによれば、「そもそも本法案の発端は、この春にジョン・コスキネン議長主催のランチにおいて、電話会社の首脳が、Y2K情報を提供して、あとからそれが不正確だったということで訴訟を受けることから保護されることが必要だとの陳情をしたことに始まる。政府は法案の準備のために法廷弁護士の協会に相談するようなことはせず、主に電話会社に助けてもらったようである」ということですが、そのためもあって、「本法案を巡って産業界と法廷弁護士の間で激しい駆け引きがあったようである。つまり、産業界にとっては、本法案によって、Y2K問題に係る将来のプロダクト・ライアビリティ(PL)訴訟が少しでも減れば望ましいし、一方の法廷弁護士にとっては、表向きの反対理由は本法案がPLに対する消費者の法的権利を侵すというものであるが、露骨にいえば自分たちのメシのタネを減らすなというところである」というわけです。
長谷川さんが翻訳してくださったこの法案の概要の一部(9月時点での上院可決法案に基づく)を、以下に引用、紹介させていただきましょう。
SEC.2. 事実認識と法目的
Y2K問題への機関、製品、サービスの対応に係る情報を迅速に徹底的に公開し交換することは、公共、民間の機関が自らのY2K対応を向上させ、もって国家経済及び安全保障に与える混乱を最小化する上で、極めて重要である。しかるにY2K対応の情報公開によって、法的責任の問題が惹起される可能性があることから、そのような情報公開が妨げられる恐れがある。よって本法は、
SEC.4. Y2K情報の保護
SEC.5. 期限付の反トラスト法の例外
Y2K問題の解決のために情報交換などを行うことは反トラスト法の適用除外となる。期限は本法の期限の2001年7月14日まで。但し、情報交換の中に市場配分や価格情報などが入ってはならない。
SEC.6. 例外
日本でも、2000年問題に関する情報の公開を促進するための措置がもっと強力にとられてほしいものだと痛感します。
日本でのコンピュータ西暦2000年問題に関する行動計画の進捗状況
日本では、11月24日に高度情報通信社会推進本部に設置された2000年問題懇談会(座長は関本忠弘さんから椎名武雄さんに交代)の第二回会合が開催され、その席上で、政府が9月11日に決定したコンピュータ西暦2000年問題に関する行動計画の推進状況が発表されました。
(http://www.kantei.go.jp/jp/pc2000/index.html)
それによると、中央省庁および地方公共団体の対応状況は、次の通りです。
1. 中央省庁、特殊法人等が保有するコンピュータ・システムのうち、 国民生活等に密接に関連するシステムなど優先度の高いシステム(以下「優先システム」という)の対応状況(11月1日現在)
(表割)
(注)「実作業中」、「修正等を完了」、「模擬テストを完了」、「危機管理計画の策定を完了」は、社数ベースの比率。また、「模擬テスト進捗率」は、1社あたり平均何%のシステムについて模擬テストを完了したかを示す。
2. 中小企業の対応状況(9月現在)
・事務処理系システム
対応済…46.2%
対応中…20.6%
未着手…33.2%
・制御系システム
対応済…45.6%
対応中…5.8%
未着手…48.6%
新聞では、このうち電力、都市ガスで、修正や模擬テストの完了率が0%にすぎないことが大きく取り上げられていましたが、これだけの資料では正確なところはわかりません。むしろこの種の数字でいえば、とくに修正や模擬テストについては、その完了率よりも開始率の方を知りたいものです。2000年問題対応作業にかかる時間の半分は、テストにかかるといわれています。中規模の発電所でも、テストには平均して21ヶ月が必要だといわれています。確かに、ソフトウエアの場合でいえば、あらゆる使用条件を考慮しながら、修正したシステムが正しく作動するかどうかを一つ一つ確認していかなければなりません。制御系の場合でも、時間をずらしてみて、2000年の1月1日に正しく作動するかどうかを確認するだけでは不十分だといわれています。かなり先の時点まで動かしてみなければならないのだそうです。あるいはテストの結果残っていることが発見された不具合を一つ修正しただけではテストは終わらない、つまりさらに別の個所に不具合がでてくるかもしれない、という指摘もあります。
なお、今回の発表では、政府の2000年対応予算措置については、次のように述べられています。
すなわち、予算項目としては、
を要求中で、その規模は、
なのだそうです。これは、長谷川さんの資料にある米国政府の緊急予算措置に比べると、一桁少ないように思われます。
ガートナー・グループの二つのレポート
ガートナー・グループといえば、2000年問題に関する警告や調査結果を早くから発表してきたことで有名な世界的なコンサルティング企業です。このガートナー・グループが、最近二つのとても気になるレポートを発表しました。その一つは、
Year 2000 Global State of Readiness and Risks to the General Business Community
(http://gartner11.gartnerweb.com/public/static/aboutgg/pressrel/testimony1098.html)
と題する、同社のLou Marcoccio 氏による上院の「2000年技術問題特別委員会」での証言(10月7日)で、各国の産業の2000年問題対応状況の調査結果を、産業別、国別にまとめたものがその中心になっています。ガートナー・グループの発表する文書は、次に紹介する個人への対応努力の薦めに関するものも含めて、はなはだ厳重な版権規制下にあることが明言されています。ですからご関心のある向きには直接上記のURLを参照していただくことにして、ここではその調査結果のごく一部にだけ言及しておくにとどめます。
その第一は、産業別・国別の対応状況です。ガートナー・グループは、対応の程度を4つのカテゴリーに分けています。すなわち、その産業なり国なりに属する企業のうちの何%が、少なくとも一つのミッション・クリティカルな(つまり基本業務の遂行に支障をきたすような)システム・ダウン(system failure)を起こすだろうかということを基準にして、
という分類枠を作っています。産業でいえば、金融や薬品関係、コンピュータ製造はカテゴリー1に、重工業、医療機器、ソフトウエア、半導体、電気通信等はカテゴリー2に入っていますが、運輸、電力、ガス、石油、建設、海運、医療等ライフライン関連産業はカテゴリー3です。最低のカテゴリーには、教育、保険、政府機関、農業・食品等が含まれています。
また、国別でいえば、カテゴリー1に入るのは米国のほか、英国系および北欧系の諸国の一部、それにスイスやイスラエルです。カテゴリー2には、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、メキシコ、ブラジル、チリ、シンガポール、台湾、韓国、それにニュージーランド、フィンランド、ノルウェーなどが含まれています。日本は、ドイツ、オーストリア、インド、マレーシア、北朝鮮、アルゼンチン、チェコ、ブルガリア、サウジアラビア、ケニアなどと共に、カテゴリー3に含まれています。つまり日本の企業の半分に、少なくとも一つのミッション・クリティカルなシステム・ダウンが発生するだろうというのが、ガートナー・グループの予想なのです。なお、最低のカテゴリー4に入れられている国は、中国、ロシア、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシア、パキスタン、アフガニスタン、ウルグァイ、エチオピア、ジンバブエ、ソマリア、スーダンといった国々です。(なぜかエジプトは、3と4の両方に入っています。)
このレポートには、もう一つ注目すべき点があります。それは、「埋めこみシステム」問題に対する評価が、これまでとは一転して軽いものになっていることです。このレポートの(図-10)は、世界的な規模のシステム・ダウンが西暦2000年を中心として、1998年以前から2003年にかけて多発すると予測しています。しかし、そのほとんどは「情報技術システム IT System」、つまり事務処理系システムの機能不全として発生するもので、「埋めこみシステム Embedded System」の機能不全の波(spike)は、2000年1月初頭に集中するとみられています。つまり、埋めこみシステムの機能不全は、起こるとしてもごく少数であり、それも2000年初頭の1回だけの不具合ですむだろうというのです。これが本当だとすれば大朗報ですが、レポートにはその根拠は何も示されていません。ですから、2000年問題を扱っているサイトの中には、「これでガートナー・グループが埋めこみシステムについては何の知識ももっていないことが暴露された」などといった不信感を表明する投稿を掲載しているものもでています。
第二のレポートに移りましょう。それは J. Casselほか合計18名の筆者の共著になる
Year 2000 Risk Assessment and Planning for Individuals
(http://gartner6.gartnerweb.com/public/static/home/00073955.html)
という表題のレポートで、この10月28日に発表されました。その特徴は、これまで企業顧客を相手にしてきたガートナー・グループが、はじめて個人読者向けの助言を行ったところにあります。その骨子は、「それほど騒ぐことはない。被害の正確な予測は困難だが、それらはたかだか局地的、短期的なものにとどまり、企業のシステム・ダウンの90%は3日以内に修復されるだろう。だから、くれぐれも銀行預金を引き出したり投資を回収したりすべきではない。各人がすべきことは、少なくとも2週間の給料にあたる現金をもち、重要な消費財(たとえば医薬品、燃料、食糧等)を最大5日分準備しておくことだ」という点につきます。ただし、このレポートの末尾には、版権侵害に関する警告に加えて、「ガートナー・グループは、この情報の正確さ、完全さ、適切さをいっさい保証しない。ガートナー・グループは、ここに含まれている情報やその解釈をめぐる誤りや遺漏、あるいは不適切さに対する責任をいっさい負わない。ここに記載されている材料の中から自分の意図する結果がえられるような形での選択を行う責任は、読者にのみかかっている。ここに表明されている見解は、予告なしに変更されることがある」という注意書きがつけられています。注意書きはともかくとして、せめて版権については、事柄の重要性や対象とする読者の範囲から考えて、コピーの作成や配布を許す「フェアユース」の範囲を思いきって拡大してくれればよかったのにと思います。
確かに、すべての個人が銀行預金を引き出すと同時に、自分が保有している金融資産の売却に走ったとしたら、金融システムはそれだけで崩壊してしまいます。なにより、政府が無制限にお札を発行したり、個人の金融資産を買い上げたりしないかぎり、そもそも全員がそうすることは単純に不可能です。ですから、そのような行動を万人に対して薦めるわけにはいきません。その意味では、ガートナー・グループが預金の引出しや金融資産の売却をしないようにと個人に呼びかけていることはうなずけます。しかし、問題は、ではそれで個人の生活の安全は保障されるのか、ガートナー・グループの薦めに従って行動すればそれで十分なのか、ということです。もちろんガートナー・グループ自身も強調しているように、最終的に何を信じてどう行動するかの責任は、本人自身にあります。このことは、他のいかなる問題にもまして、2000年問題に対してあてはまります。その前提の上で、公文レター読者の皆様に多少ともお役にたつのではないかと考えられる情報を、逐次ご提供していきたいと思います。
i 基本業務の遂行に支障をきたすような
公文レター No.35