1999年02月00日
公文 俊平
私は、昨年十月の本欄で、コンピューター西暦2000年問題への対処に全力を尽くすべきことを強調し、とりわけ政治家の役割に期待をかけた。
その後の経過を見ると、小渕首相の強いリーダーシップの下に昨年の九月に政府が決定した行動計画や、内閣の高度情報通信社会推進本部の中に設けられた2000年問題顧問会議、あるいは十一月になってその下に作られた作業部会などの活動がきっかけとなって、官民共にこの問題に対する関心はようやく高まってきたように見える。メディアで取り上げられる頻度も明らかに増えてきた。
しかし、それで十分というわけにはいかない。作業部会がどこまで小渕首相の期待に添えるかどうかは、まだ明らかでない。それに、この問題は、政府や大企業が、自らのコンピューターに残っているバグをとればすむというものではない。一国だけで対処すればよいというわけにもいかない。今日の国民経済や世界経済は、緊密に織りなされた相互依存のネットワークを形作っている。そのどこか一箇所でも切れると、生産や貿易ラインの全体に影響が及びかねない。ネットワークに接続されたコンピューターのどれかから誤ったデータが吐き出されたら、他の多くのコンピューターも汚染されざるをえない。
一月に発表された米国の電力業界の克明なレポートによれば、過去数ヶ月の間に業界の対応にはめざましい進展があり、全面的な停電の危険はまずないと考えてよいという。しかし、一部の最新式の発電所に設置されているデジタル制御システムには、日付を扱う部分がいたるところにあり、電力会社自身でそのすべてをチェックし対応していくことは容易ではないという。また、旧式の発電システムでは、電話でのやりとりを通じた制御が重要な役割を果たしているために、電話が切れるとお手上げだという。逆に、電気が切れると電話会社のサービスの多くに重大な影響がおよぶことも、いまさらいうまでもないだろう。
最近世銀グループが世界の139ヶ国に対して行った調査によれば、2000年問題への具体的な対策をとっている国は、21カ国しかなかったという。途上国はコンピューター化が進んでいないから別に問題はないという見方は神話にすぎず、現実にはほとんどすべての途上国の基幹的なサービスは、電力、電話、食料・燃料の供給、医療のどれをとっても、すでにコンピューター化されている。そこでウォルフェンゾーン総裁は、このほど各国首脳に送った手紙の中で、あまり対応が進んでいない国の場合は、いっそコンピューターから手動に戻るとか、あるいはネットワーク化されていないスタンドアローンのコンピューターを使うことにしてはどうかと示唆した。日本でも、情報サービス産業協会は、中小企業の対応の遅れを憂慮して、この一月に「西暦2000年問題 中小企業のためのリスク予防策の手引き」を発表したところである。
ここであらためて強調しておきたいのは、2000年対応については、80%や90%終わったところでそれで十分とはとうていいえないということである。不対応の企業が1%残っただけでも、全体に大きな影響が及ぶことは不可避だろう。そして2000年の到来までに残された時間は、すでに一年を切ってしまった。
だとすれば、私たちすべてが、自分の身にも及ぶなんらかの障害の発生を覚悟しないわけにはいかない。それがどのようなものでありうるかについて、できるだけ正確に知り(教えあい)、できるかぎり適切な対応を(たがいに力を合わせて)取れるように努めなければならない。もちろん最後の最後まで2000年不対応のシステムをなくす努力は必要だが、もはやそれだけでよしとしているわけにはいかないのである。
もちろん、たとえば不測の事態に備えて現金をもっていようとして、各人が預金の引き出しに走れば、それだけで金融システムは崩壊してしまう。だからといって、現金を持つなとはいえない。現に米国赤十字も市民のための2000年対処の手引きでは、今から少しずつ現金をためておくことを勧めている。他方、米国連銀は今年中に通貨の発行を、国内向けには500億ドル、国外向けに200億ドル増やすことを決めた(連銀の通常は約1500億ドルで、そのうち三分の二が外国で保有されている)。オーストラリア連銀も同様な決定を行った。人々がこうした情報をもとに冷静に行動するならば、預金の取りつけなど起こらなくて済むだろう。
正確な情報の開示とそれを前提とした対策(上記はその一例である)は、いってみれば予防接種にあたる。そのために一時は多少の熱や腫れ、あるいは痛みがでるかもしれない。それはいわば軽いパニックのようなもので、情報をもたないままに危機に直面して起こすパニックよりははるかに軽くてすむ。当面のパニックを恐れて情報を隠せば、疑惑が疑惑を呼び、不正確な噂、あるいはためにする悪質な情報が巷にあふれるだろう。私たちはむしろ、情報の予防接種をなるべく早めにうけて、来るべき2000年問題に冷静沈着に対処できるようにしておきたいものである。