1999年02月03日
振り返ってみれば、今日の情報通信革命は、1950年代の大型コンピューター(メーンフレーム)の登場とともに始まったということができるだろう。そして1970年代には、メーンフレーム時代がその最盛期を迎えるとともに、マイクロチップスの発明によって、コンピューターのダウンサイジングが起こり、ワークステーションやパソコンへの転換が起こり始めた。それによって、情報通信革命はその第2段階を迎えたのである。
だが、情報通信革命のこの第二段階は、実はパソコンの時代というよりは、むしろ各種の機械や設備の中に外からはそれと見えない形で埋め込まれたコンピューターとしての「埋め込みチップス」あるいは「埋め込みシステム」の時代であった。今日世界に存在するパソコンの総数は3億台程度と見積もられているが、埋めこみチップスの方は、500億とも700億とも見積もられている。つまりその数は、パソコンよりも2けた多いのである。
さて今日、情報通信革命はいよいよその第3段階に歩み入ろうとし始めた。コンピューターは、ネットワークそのものが巨大なコンピューターとして機能する、自立分散協調型のシステムとしての「コンピューティング・ネットワーク」へと進化し始めたし、通信や放送は、インターネット・プロトコル(IP)に立脚する全光通信と広帯域無線通信の「IPネットワーク」へと進化し始めた。こうして、きたるべき21世紀は、コンピューティングと通信と放送が完全に融合する時代になるだろう。このような傾向は、アメリカの場合、昨年から今年にかけて、非常にはっきりした形をとって現れている。
しかし、それではこのまま世界が順調に情報通信革命の第3段階に入っていくかと考えると、必ずしもそうとも言えない。そこに立ちはだかっているのが、コンピューターの「2000年バグ」と、それへの不対応が引き起こす経済・社会・政治問題としての「2000年問題」にほかならない。既存のメーンフレーム・コンピューター(用のソフトウエア)や埋め込みシステムの多くは、「2000年バグ」を抱えているのだが、その数があまりに膨大なのと、対応への取り組み開始があまりに遅かったために、2000年バグへの対応は、すでに時間切れとなっているところが少なくない。おそらく来年から再来年にかけて、世界のいたるところで「2000年問題」が多発するだろう。
ジャスト・インタイムの生産方式や世界に広がる貿易のネットワークが象徴しているように、今日の産業社会は、相互依存度の極めて高いシステムを形作っている。このようなシステムの作動はしばしば、その一番弱い部分の誤作動に支配されがちであって、一部の部品や原料の供給が滞れば、生産システムの全体が停止してしまうのである。2000年問題の場合も、自分のところだけが2000年バグに対応したからといって、それで安心しているわけにはいかない。他の2000年不対応のコンピューターとつながっているかぎり、それらが引き起こす誤作動の影響をさまざまな形で受けざるをえないのである。
長期不況にあえぐ日本は、情報通信革命の第三段階への進化において、アメリカばかりかヨーロッパに比べても、大きく遅れをとっている。そればかりか、2000年バグへの対応においても遅れをとっているらしい。少なくとも、最近発表されたガートナー・グループのレポートによれば、世界の諸国を、対応の最も進んでいる国から最も遅れている国へと四つのカテゴリーに分類した場合、日本は第三のカテゴリーに入っていると見られている。つまり、日本の企業の半分ほどが、その基幹的業務の遂行に支障をきたすようなシステムの故障を覚悟せざるをえないというのである。もちろん、その影響は内外の他の企業や市民にも及ばざるをえないだろう。また、エネルギー資源や原材料、あるいは食糧の多くを海外諸国に依存している日本の場合、貿易ラインの混乱から生ずる被害も、軽視できない。
そうだとすれば、政府、企業、地域、家庭のすべての分野で、短期的なものから中長期的なものにわたる、局地的なものから全国的、さらには世界的なものにわたる、障害の種類や程度をできるかぎり正確に見極めて、時間と資源の許す限り、それに対処するための方策を今から講じておくように努める以外にない。その大前提として、各方面でのこの問題をめぐる正確な情報の積極的開示は必要不可欠である。情報を開示した場合のパニックや責任追及を恐れる向きもあるようだが、より恐れるべきは、情報が知らされないままに受ける被害からのパニックや責任追及の方ではないだろうか。そして正確な情報が通有されればされるだけ、互いに協力して困難に対処することもそれだけ容易になるだろう。開かれた情報交流と積極的な協働が今ほど強く必要とされている時期はないのである。
2000年問題の深刻さを大きくみる人々の中には、「世界の終わり」や「文明の崩壊」を予想する声さえある。しかし、人間社会やそれが生み出した文明、とりわけ近代文明の危機対処能力は、決してそれほど低いものではない。現に、今世紀に二度にわたって起きたあの世界戦争でさえ、人類の絶滅や近代文明の崩壊はもたらさなかった。2000年問題が近代文明にとっての重大な危機となることは疑いないにしても、それはむしろ新しい局面への近代文明の進化あるいは成熟にとっての大きなチャンスでもある。お互いに智恵と力を合わせて、この危機を乗り切ろうではないか。