1999年03月
公文 俊平
●21世紀社会は情報社会
近年、“情報革命”とか“情報通信革命”という言葉が広く使われるようになってきて、「情報革命や情報通信革命を経て、これから我々は情報社会に入っていくんだ」という言い方が広く普及してきています。“革命”などという言葉を使う意味は、たぶん非常に大きな変化が急速に起こっているということですね。毎年倍になるとか、最近でいいますと、毎年10倍になるとか、めちゃめちゃな変化が起こっている面があります。
しかし、そういう急速な、しかも大きな変化の性格をきちんと理解しようと思うと、過去にさかのぼる歴史的な目をもっていなければならないと思います。そういう目がないと、変化の速さに幻惑されて、間違った方向に走ったり、転んでしまうことも十分あり得るわけです。私が今日、特に強調したいのは、私の持論でもあるんですが、情報革命と呼ばれる大きな変化には、お互いに無関係ではありませんけれども、二つの違った側面があるということです。このことをまず頭に置いていただきたいと思います。
第一の側面はどういうものかといいますと、私たちは今、近代社会、近代文明と呼ばれる社会に生きてはいるけれど、近代社会が、三つ目の進化局面に入っていこうとしているということです。近代社会がいつから始まったかという議論は学者によっていろいろあって、まだ決着がついているわけじゃないんですけれども、少なくとも今から 400〜 500年前には近代社会が始まっている。一番最初は軍事化と呼ばれる局面で、今日、国民国家とか主権国家と呼ぶところの国家が、そしてその政府が作られました。これが近代化の第一局面です。つまり、近代国家ができたということです。
そして、今から 200年ほど前に、次の産業化といわれる変化が起こって、産業革命が起こりました。近代化の最初に起こったのは軍事革命だったのですけれども、それに続いて今度は産業革命が起こって、そこで国家と並ぶもう一つの新しい組織、いわゆる産業企業と呼ばれる組織が生まれてきました。ですから、私たちが今日あたりを見回して目に映る社会的な組織の一番代表的なものは、国家であり、企業です。ところが、現在、近代化が第三局面に入っているということの意味は、もう一つ別の変化、軍事革命、産業革命に続く情報革命というものが起こって、軍事社会や産業社会に続く、第三の社会が出現しつつあるということです。それが情報社会であります。情報社会の特徴は、これまであった国家と企業に並ぶかたちで、もう一つ別の種類の組織=集団がたくさん生まれて活躍するようになってくるということです。
皆さんは、政府や国家でもなければ、企業でもない集団が出てきたということはすでにお気づきのはずです。NGOとか、NPOとかいう名前がついています。NGOは、nongovernmental organizationという意味ですから、「政府ではない組織」という呼び方ですね。NPOは、nonprofit organization、営利企業ではない組織です。つまり、誰が見ても、新しく生まれてきている組織は、国家でもなければ企業でもないということは分かるんだけれども、じゃあ、それは何だというと、まだ十分な理解がないまま、“何とかじゃない組織”という言葉でそれらを呼んでいます。
私は、新しく生まれた集団、あるいは組織のことを、「情報智業」という呼び方で呼んでいます。「智業」は、国家のような軍事力、あるいは警察力をもって国民を統治するようなものでもないし、企業のように利益を追求する活動をする団体でもない。むしろ、知的な影響力を獲得したり、発揮したりしたい。自分たちが、「おもしろい」とか「正しい」とか「美しい」と考える理念を世の中に訴え、人々に共感をもってもらって、「一緒になって、その理念を実現するために活動しようではありませんか」と呼びかける集団です。たとえば、近年、非常にたくさん生まれたその種の集団の中には、人権を擁護することが非常に大事だと訴えて、人権保護団体になっているところもあります。環境を守れとか、環境をきれいにしようという理念を掲げて活動しているところもあります。女性の権利を伸ばそうと活動しているものもあります。そういうのは、非常に大きな理念ですけれども、もう少し小さな理念、例えば、地域の情報化のために努力しようというCANフォーラムという団体があったりしますが、そういったものも一つの智業であります。
智業をやることは、そういう理念を掲げて、人々に知識や情報を無料で配るんですね。そして、人々は智業の話を聞いて、それがいいと思ったら賛成する。ただ知識や情報を分けてもらうだけじゃなくて、一緒に活動し、協働する、英語でいうとコラボレーション(collaboration )です。つまり、智業の回りに集まってくる人々は、コミュニケーションやコラボレーションをする、これが非常に重要です。そして、そういうことをする場は、売り買いをする市場ではありません。私はそれを「智場」といいますけれども、具体的にはインターネットのようなものが、その典型です。インターネットとは、まさしく智業が情報や知識をお互いに分けあう、そしてコミュニケーションだけでなくて、コラボレーションをするための場所、つまり智場です。
このところを間違って考え、インターネットも単なる市場の一つにすぎないと考えて、ただモノの売り買いをする場所だと思ってやると、いろいろ間違いが起こります。あるいは、これからの社会が情報社会になろうとしていることに気がつかなくて、基本的にこれまでの産業社会がそのまま続くと考えて、「産業社会の情報は、テレビや新聞、雑誌のようなマスメディアで提供しているのと同じように、これからも一方的に提供されるだろう。ただ、情報化すると、それがもう少し便利になる。たとえば、ビデオ・オン・デマンドというかたちで、誰かが作った番組を送って欲しいといえば、送ってくれる、そういう仕組みができるだろう」と考えるのは間違いです。そういうものは、人々はほとんど望んでいないのです。
あるいは、皆さんはもうお忘れかと思いますけれども、1、2年前のインターネットの世界では、「プッシュ技術」というのが非常に流行していました。「いちいち情報を取りにいくのは面倒くさいだろう。だから、あなたのコンピュータの中に毎日送ってあげる」というんです。「コンピュータを立ち上げると、何か有用な情報が見える。これならいいじゃないか、新聞より便利だよ、テレビより便利かも知れないね」と思った。一時は飛びついた人もいたんですけれども、今はほとんどなくなっています。そんなものに、人々はあまり興味がない。もちろん全然興味がないわけじゃないでしょうけれど、そんなものがこれからの社会の主流になると考えたのは間違いでした。
人々がもっと興味をもったのは何でしょう。一番端的なのが、携帯電話です。いつでもどこでも話ができる、他人が言っていることを聞くよりも自分たちがしゃべり合う方がおもしろい、これが情報社会に生きる人たちの一番基本的な考え方です。お互いにコミュニケーションをするということです。ですから、携帯電話は伸びます。あるいは、電子メールは非常に急速に普及していきます。どうしてかというと、つまり産業社会から情報社会に向かって変化の流れが進んでいて、その線上にあるのが携帯電話であり、あるいは次のテレビ電話、テレビ会議のようなものであり、電子メールだからです。電子メールも文字だけではおもしろくないから、画像も送れるようにしたい、さらに動画像も送れるようにしたいというので、自分で撮った写真や、自分で作った動画像を送るようになる、これが本流です。そこを見失うと、たいして伸びないところにたくさんお金を注ぎ込んで失敗することが起こるわけです。これが第一の大きな変化です。
第二は、しかし、そうはいっても、産業社会そのものが終わってしまうかというと、そんなことはない。国家がなくなるかというと、そんなこともない。国家も産業も性格は少し変わるでしょうけれども、これから21世紀にかけて依然として残ります。情報社会の中で、少し性質の変わった国家と、少し性質の変わった企業が、新しく生まれてくる智業と協力関係、協働関係を結ぶようになるのが情報社会の特徴です。それはそれとして、私が二番目に強調したいのは、産業化そのものが新しい段階に進んでいく、言い換えれば、新しい産業革命が今、起こっているということです。 200年ほど前に、最初の産業革命が起こりました。それから、 100年ほど前に二番目の産業革命が起こりました。二番目の産業革命で出てきたのが、いわゆる重化学工業と呼ばれている産業です。エネルギーでいうと、石油や電力を使うようになることです。その前は石炭でした。蒸気機関で、石炭を燃やしてエネルギーをとったわけですけれども、 100年前からは石油を燃やす内燃機関を使って機械が動くとか、あるいは、電力で動く電動機によっていろんな仕事ができるようになりました。
そして、第二次産業革命の時には企業のかたちも変わりました。それまでの小さな個人企業ではなくて、現在私たちが知っているような巨大な企業、大企業が生まれてきたのが第二次産業革命です。そして今、第三次の産業革命が起こっているということは、重化学工業の次の、新しい産業が生まれてきつつあるということです。その代表が、いわゆる情報通信産業です。それからまた、企業のかたちも変わろうとしています。これまでのような大企業に代わって、たぶん、小さな企業がお互いにネットワークを作って協力しあうような関係とか、バーチャル・コーポレーションなんて呼ばれていますけれども、物理的にはどこにあってもいい、ともかくアマゾン・コムのように、もっぱらネットワークの中にあって活動するような企業も出てくるかもしれない。大切なことは、これまで私たちが知っているような大企業は、完全になくなってしまうことはないかもしれないけれども、それが次の産業革命のリーダーになるわけではないということです。第三次産業革命のリーダーになるのは、もっと小さな、ネットワーク型で活躍する企業群だということになると思います。
実際にアメリカをみてみますと、そういう新しい企業がどんどん生まれて、あっという間に成長して、市場を支配するというようなことが日々起こっています。日本は残念ながら、そういう点では一歩も二歩も立ち遅れています。
もう一つ、特に産業革命との関係で強調しておきたいのは、産業革命はほぼ 100年続きます。というよりも、 100年すると、また新しい産業革命が起こるという関係にあるんですが、一つの産業革命の時期を半分に切ってみると、前半と後半に分けられます。前半のことを突破段階、後半を成熟段階といいたいと思います。突破段階の特徴は、新しい産業や技術が出てくることです。新しい企業のかたちも出てくるけれども、その新しい企業が生み出す製品やサービスを誰が使うかをみてみると、基本的に国家とか政府とか、今まであった組織や企業がそういう技術や製品を使います。最近の流行りの言葉でいえば、“ビジネス利用”をするということです。つまり、ひとびとのワークスタイルがまず変わるのです。
重化学工業の成果を一番先に使ったのは誰だったのかというと、何よりも国、政府が使いました。軍事力、武器ですね。新しい機関銃とか、大砲とか、戦車とか、さらには飛行機ができたのですが、これらはみな重化学工業が生み出したんです。それをいち早く戦争のために使った。その結果、戦争の性格が非常に変わって、昔の戦争とは似ても似つかぬものになって、大変な被害も出たわけです。
産業でよく知られているのは、特にアメリカの農業です。重化学工業の成果を、本来遅れているといわれていた一次産業が早々と使ったんですね。トラクターで耕作をするとか、農薬を入れるとか、人造肥料を使って収穫高を上げる、コンバインで刈り取るとか、トラックでマーケットに運んでいくということをやったものですから、農業の生産性が猛烈に上がって、アメリカの農業が世界を支配したと。これらはすべて、突破段階で起こった変化です。
そして成熟段階になると、新しい技術や産業の生み出す製品やサービスが一般の人々の日常の生活の中に入ってきます。そして、人々のワークスタイルだけでなく、ライフスタイルというか、暮らしの仕方まで大きく変わってきます。第二次産業革命の成熟局面の具体的な特徴は何だったかというと、いうまでもなく、機械が消費者の日常生活の中に入ってきたということでした。その機械は、昔のように石炭を燃やして蒸気機関で動くとか、大型で、音もうるさくて、粉塵も出すものではなくて、冷蔵庫の中に入っているモーターのように、ほとんど音のしない、小さな、軽いエンジンで動く、あるいは、ガソリンで動く内燃機関を積んだ乗用車で、これだと毎日の生活に使えるわけです。つまり、典型的には、乗用車と家電に代表される消費者用の機械が、私たちの生活の中の至るところに入ってきた、これが第二次産業革命の成熟段階の特徴です。
日本は、第二次産業革命の突破段階では立ち遅れました。重化学工業のいい製品を造ることがなかなかできませんでした。戦艦ぐらいは何とかなったけれども、戦車となるとまともなものは造れなかった。機関銃もほとんどだめでした。化学工業も、いまだに日本は世界の中で遅れています。薬品もそうです。しかし、成熟段階では頑張って追いついて、世界に冠たる自動車産業、家電産業を作ったわけです。
しかし、そこでまた失敗しました。日本は成熟段階での追いつきに成功した結果、経済大国になったと思い、次の第三次産業革命がすでに始まっていること、新しい突破段階に入っていることになかなか気がつかなかったし、今でも気がついていないところがあります。言い換えれば、情報技術のビジネス利用、つまり新しい情報通信産業の製品やサービスを、今ある政府や企業が、仕事のため、ビジネスのために使うこと、また使えるような製品やサービスを作ることが非常に大切なんだということになかなか気がつかないし、今でも気がついていない。その代わりに日本が何をしたかというと、成熟段階で成功した乗用車や家電の夢を追って、最初から大衆に受け入れられるような製品、例えば、“情報家電”といった言葉がありますけれども、この方向で進めば成功間違いなしと思ったのではないでしょうか。
放送産業は何をしましたか? 過去20年間、必死になってテレビの次を考えて、いわゆるハイビジョン、基本的にはアナログの技術で、しかし高品位、高精細のテレビを作ろうと頑張ったんです。時間とお金をかけたんです。しかし、世界はデジタルのテレビの方に動いていました。いやそもそもデジタルのテレビになんて、ほとんどの人は関心をもたない。関心があるのはパソコンの次の世代の情報通信機器、これが大事なんです。今また、あわててデジタルの地上波テレビなんてやっていますけれども、これも間違いでしょう。とにかく、日本の放送産業は、次の時代の情報機器としてはあまり役に立たないもののためにお金をかけました。
電話産業は何をやったでしょうか。ISDNです。たった64キロとか、2つのチャネルを合わせても 128キロビット/秒の速度しか出ない、しかし、電話としてはなかなか性能のいいものを造るために、一所懸命お金をかけて、その意味では世界で一番早く、たくさんのISDN回線を市場に送り出しました。でも、情報時代の高速データ通信には全然役に立たない、とまでいったら言い過ぎでしょうけれども、ともかくはなはだ能力の低いものでしかありません。私たちがいま切実に欲しいのは、もっと高速の、何百キロとか何メガの速度をもった回線であり、そのうえでのアプリケーションのはずです。インターネットを動画や音声も含めてスイスイ使おうと思うと、64キロとか 128キロじゃしょうがない。でも、そんなものためにNTTは大変な時間と資源を投入してしまいました。しかも、なかなか黒字にならないと悩んでいます。
それから、いわゆる情報産業は何をしたでしょうか。過去20年の間、情報産業が一所懸命やってきたのは、大衆消費産業に進出しようということでした。確かにゲームやアニメでは、日本はすばらしいものをたくさん作っています。カラオケも、ある意味では世界のマーケットを支配した。それから、パチンコ。単一の産業としては最大……、本当のところ、どのくらいの規模か分かりません。20兆円ともいわれていますし、ひょっとすると30兆ぐらいいっているんじゃないかという説もあります。30兆だったら、全部の医療産業と同じですから、これはもう大変な規模です。その限りでいえば、パチンコは目覚ましい成功を収めています。でも、これが次の時代を切り開いているのかと考えると、相当に疑わしいですね。むしろ、パチンコとかカラオケとかゲームに情報技術者の最善の部分を投入したがために、第三次産業革命のビジネス利用という局面では遅れてしまった。「いや、ビジネス利用もやったよ」という声があります、ロボットを造ったとか、数値工作機械をやったとか。これも確かに1980年代には世界のトップを切っていました。でも、結局はうまくいかなかったですね。非常に値段の高いもの、コストの高いものであって、こんなものを使って自動車を造っていたんじゃ商売にならないというんで、次々とロボットからもっと簡単な機械の方に戻していきました。つまり、本来の情報通信革命の技術の進歩の部分を生かしきれていない、ネットワーク化されていない、古いかたちの自動機械を造ってやろうとしたことに間違いがあったんだろうと思います。
以上、長々と申し上げたのは、今日の二つの大きな社会変化の流れを見る歴史的な目をもっていなければ、過去の成功にとらわれてしまったり、今のごく短い傾向を先に延ばして考えて、「うまいことやれるんじゃないか」と思うがために、結果的には遅れてしまうということです。狭い範囲では非常に成功したように見えても、もっと大きな目から見ると、それはむしろ遅れであったということになってしまうということです。
それでは、第三次産業革命の突破段階とはどういう内容のものであったかを振り返ってみましょう。ここに、三つの山が重なるかたちで、S字型の大きなカーブを描いてみました。私が言いたいのは、第三次産業革命、あるいは情報通信革命の突破段階を分解してみると、三つの時期に分けてみることができるということです。
最初の波は1950年頃から始まって、70年代に頂上にきて、それからだんだん衰えていっていますが、これは大型コンピュータ、いわゆるメーンフレームの波といわれているものです。そこでは、大型のコンピュータが出てきて、主に事務機として利用されました。現在、世界で大型機、あるいはもう少し小さいオフコンクラスまで含めたコンピューターは 1000万台くらいあると考えられています。
その次に生まれてきたのが、半導体、マイクロチップスの開発によって立ち上がった波で、一般にはパソコンやワークステーションの波だと考えられてきました。いわゆる大型機からダウンサイジングが起こって、小さくなったというわけです。そのこと自体は間違いではありませんが、そこだけいうと見落としがあります。パソコンは現在、世界に何台くらいあると思いますか? 少なくみても3億、多ければ4億とか、もうちょっといっているかもしれません、しかし、その程度です。それに対して、埋め込みのチップとか、マイコンと呼ばれている、もっと小さなコンピュータ、いろんな建物や機械の中にたくさん入っているコンピュータがあります。今日では、1台の自動車にも20〜50個のマイコンが入っています。ビルの中にも入っていますし、冷蔵庫の中にも入っています。船だったらもっと数が多くなりますし、飛行機になると何千というコンピュータが入っています。そして、全体を制御しています。その正確な数は誰にも分かりませんが、現在、世界に約 500億とか 700億あるといわれています。つまりパソコンよりも2桁多い数です。そう考えますと、2番目の波はパソコンの波というよりもマイコンの波であり、マイクロチップスの波であると考える方がより正確でしょう。パソコンは、そのうちのごく一部を占めているにすぎません。
最初の二つの波を形作っているコンピュータには、それぞれ大変困った、決定的な欠陥があります。代表的な欠陥が、「2000年バグ」と呼ばれている欠陥ですけども、西暦4桁の年号を下2桁だけで示すというやり方を採用してしまったために、2000年がきた時に、いったい何年であるのか、そもそも日付であるのかが、コンピュータには分からなくなるというバグがそれです。多くの場合、コンピュータはこれを1900年と解釈してしまう。そのために、それ以前のデータが突然消えてなくなったり、新しくデータを入れようとしても受け付けてもらえなくなったり、過去へ飛んでいったりして、コンピュータシステムが狂ってしまうという問題が、大型コンピュータの事務機械の中にも、また、マイクロチップで制御されている工場の生産システムとか、交通運輸のシステムの中にもたくさん入っています。
しかし、欠陥はそれだけではありません。今日のパソコンは、基本的に進化の方向を間違えた、ほとんど奇形の産物だと考えざるを得ません。数カ月もすれば新しい機種が出るし、ソフトはどんどんバージョンアップするけれど、バージョンアップすればするほどソフトは重くなりますね。そして、ハード的に機能が上がっていくんだけれども、ソフトの方が重くなりすぎて使いにくいものになる。それだけならいいけれども、全然不安定ですね。お使いになると分かりますが、だいたい2、3時間に一回再起動しないと、危なくて使えませんね。いつフリーズするか、いつクラッシュするか分からないようなものを、毎日使っています。こんなものに、安心して自分の命を委ねることができますか? あるいは、データを安心して委ねることができますか? しょっちゅうセーブしたり、安全なところに置いておかないと使えませんね。なんでこんなものを造ってしまったんだろう、と思います。
そう考えると、情報通信革命には実はその先があって、情報通信革命の突破段階はすでに第三の段階に入りつつある、つまり、大型機の時代、マイコンチップスの時代の次の展開が始まっているということに気がつきます。この第三段階の始まりは、たぶん一昨年の後半あたりと考えることができるでしょう。そのころ、特にアメリカで爆発的な移行が始まりました。日本はこの頃、たまたま非常に不景気で、今もそうですけれども、どちらかというと減速してしまった。アメリカでインターネットの普及が加速し始めたころ、日本は減速してしまいました。パソコンもそうですね、今、やっと立ち直ってきつつありますけれど、ともかく伸びが落ちました。
この第三段階には二つの面があって、まずコンピュータそのものの性質が変わるという面があります。もう“コンピュータ”と呼ぶ必要もないような多種多様な情報機器ができるんですが、その情報機器が原則的には全部ネットワークの中に常時つながっている、そして、お互いにコンピュータ同士が通信可能、通信するだけではなくて、協働作業することもできるようになる、全体が一つの大きなコンピュータになっているような状態を想像してみてください。ネットワークにつながっている単体としてのコンピュータや情報機器は、今のパソコンのように、ハードディスクだとか高いCPUを詰め込んだようなものではない。もっと簡素なもので、しかもお互いにつながっていますから、私のコンピュータがいまは遊んでいるんだったら、「このCPU能力を隣のコンピュータが使っていいよ」とか、あるいは地球の裏のコンピュータさんに、「ちょっと立てこんだ計算をしたいから、あなたの計算能力も貸してね」とか、こういうことを頼んで、お互いに融通しあってコンピューティングができるようなネットワークになるとか、あるいは、全部のデータやアプリケーションを自分の中に持っている必要はない。使いたい機能だけを、必要に応じてネットワークから取ってくればいい。ネットワークにいつでもつながっているわけですから、自分で全部持っていることはないわけです。あるいはメールだって、来たメールをいちいち自分のハードディスクに落としこんでおくことはない。ネットワークにつながっているんだったら、いつでもサーバーにいって見ればいい。こういうことですから、大きいハードディスクは必要でない。データをちょっと一時的に置いておくためにはあってもいいですけれど、要するにその程度ですむだろう。新しいバージョンアップが仮に行われたとしても、それはネットワークからいつも取ってくればいいわけですから、現在のバージョンがいくつであるということを人はいちいち気にしない。必要な機能だけを取ってくるコンピュータになっていくでしょう。
というわけで、これからのコンピューティングは、コンピューティングというよりもテレピューティング、つまり、ネットワーク全体としてコンピュータ(およびその他の機器)が動くという形になっていきます。そしてそれらの機器の共通のプラットフォームになるのが、ワールドワイド・ウェブです。その意味では、これからのコンピューティングは、「ウェブ・コンピューティング」になるともいえるでしょう。これが次の世代のコンピュータの特徴です。
しかも、変化はそれだけではなくて、機器を相互につないでいるネットワークそのもののあり方も、また変わってきます。一昨年の後半から猛然とアメリカで作られ始めた情報通信の新しいネットワークは、これまでの電話や放送のネットワークとは質的に違う、いわばデータ通信専門のネットワークです。
これまで私どもがデータ通信やインターネットをやる時に使っていた通信ネットワークのほとんどは、今ある電話のネットワークだったわけです。モデムで、ダイヤルアップでつながって、そこからインターネットに入っていく。ですから遅いし、値段も高いというものでした。今作られているのは、極端にいえば、電話のことは全然考えてない。つまり、交換器なんかいらない。インターネットの一番基本的な通信の約束事であるインターネット・プロトコル、略してIPが全部基本になっていて、このプロトコルを使って作られたメッセージが、いきなり光ファイバーの上を走る、そして、基本的に銅線銅線や同軸ケーブルはいらなくなる、全部、光ファイバーになります。そうなるまでには多少の時間がかかるでしょうけれども、イメージとしてもっていただきたいのは、全部が光ファイバーの線の上をIPプロトコルを使ったメッセージが飛び交う時代が急速にやってこようとしているということです。そういう時代には、これまでの電話もその上で流すことができるようになる、いわゆるインターネット電話と呼ばれているものが、現在の電話よりもはるかに安いコストでできるようになります。
そればかりではありません、放送もまたIPネットワークの上で行うことができるようになります。例えば、今アメリカの会社がやろうとしているのは、何時間もの放送番組を電子メールにして送ってしまうことです。ダイヤルアップののんびりした通信線だと、それを受け取るのに何日もかかってしまいますけれど、何ギガビットの速度のような線だと、2時間の番組は数十秒もあれば送ってしまえますからメールでもいっこうに構わないわけです。つまり、全光通信が基本になります。
しかし、無線もなくなるわけではありません。むしろ無線の新しい役割は、幹線の光ファイバーにつながるためのローカルなアクセス網で非常に大きな役割を果たす可能性が見えてきたということです。その無線も、これまでの携帯電話のようなものではなくて、非常に広帯域ののデータ通信を可能にする技術が出てきつつあるということです。
そうなってきますと、今までの電話会社や放送会社は困りますね。自分たちが何十年もかけて、巨額のお金を投じて作った交換器があり、金属の線があります。もちろん、光ファイバーも引いてはいるんですけれども、まだ通信速度が遅いとか、いろんなことがあります。そういうわけで、新しい光ファイバーの高速通信網の上で、データ通信はもちろん、やろうと思えば電話も放送もできるということになってしまいますと、今持っているものの経済価値がなくなってしまうという心配が出てきました。だからといって、「やらないよ、うちは昔のやり方でいくよ」と言っていては、競争に勝てません。特に電話なんか、何年もしないうちにほとんどただ同然、つまり、おまけのサービスということでできるようになるでしょう。そうなると、従来型の電話のネットワークだけではとても太刀打ちできない。仕方がないので、既存の電話会社もいっせいに新しいネットワークを作るようになってきました。これを「IPネットワーク」といいます。それにしても、今ある電話会社は古い交換器や線を持っているわけですから、何とか両方を使いたいということで、かなり無理をしています。
ともかく、今や“通信事業”と名がつけば、IPネットワークの幹線を持たざるを得ない。それから、インターネットのサービスをせざるを得ない、インターネットが主流になってきていますから。そして、さらにインターネットをベースにして、電話や放送をやるということを考えなければならない時代になってきました。日本は遅れていたんですけれども、ようやくここへきて、日本の会社も一斉に同じことをやろうとか、あるいは、やる計画があると発表しています。早いところでは、今年から来年にかけて新しいネットワークを作るといい始めたのは、NTTがそうです。IIJとトヨタとソニーの3社が一緒になって作るクロスウエーブという会社もそうです。KDDも、もっと大胆にやります。日本テレコムもやります。それから、電力会社10社が一緒になって新しいネットワークを作ると言い始めました。最後にDDIも、「俺たちもやる」というわけで、日本の通信会社もいっせいに高速の大容量の幹線を作るという方向に向けて走り出しました。去年は、そういった傾向が完全に世界の通信業界を支配した年です。
●米で開花する「最終一マイル」の新技術
そうなると、幹線はいいけれど、幹線まで高速でつながるにはどうしたらいいのか。モデムで、28.8とか56キロでチンタラやっていたんじゃ意味がないということで、やっぱり幹線にアクセスするためには、何百キロとか、何メガという速度は欲しい。また、そういうのをもっていなければ、幹線だけ早くしても使いみちがないということで、実態は去年ぐらいから始まっていたんですが、今年になって、間違いなく大変な勢いで普及すると思われるのが、アメリカ流にいいますと、“最終1マイル”。つまり、家庭やオフィスから1マイル先までは光ファイバーがきている。しかし、そこからの1マイルの間をどうするかというので、ここに光ファイバーを引くのは値段が高いから、今ある線を使いたいということになります。そこで誰でも考えるのは、「電話線があるんだから、これを使って高速の通信はできないか」ということでした。
「もちろんできる、そういう技術はある」というので、ISDNはその一つですけれども、ISDNじゃあ、なんぼなんでも遅すぎます。むしろDSLと呼ばれる一連の技術がありまして、これを使うと何百キロとか、何メガ、つまり今のモデムの何十倍、百倍という速度が出せる。しかも、データ通信をやりながら同時に電話にも使えるという性質をもっていて、ここにきて、特にアメリカの電話会社は、猛然とこのサービスを提供しようとしています。
アメリカの場合は、1996年に電気通信法を改正し、電話線をもっている会社は競争相手に対して、要求があれば妥当な値段で線を貸してあげなければならない、競争会社がその線を使って行うサービスのために使わなければならない機材や設備を、既存の会社の電話局に置くことを拒否してはいけないとか、相互接続を拒否してはいけないという法律ができました。そこで、本当に無数と言いたいくらいのたくさんの新しい競争的な市内電話会社というか、市内通信会社がどんどん出現して、この人たちが電話会社の銅線銅線を借りて高速のサービスを提供しております。私どもの友人で国領さんという人がたまたま今、アメリカのミネソタ大学にいますが、彼は自分のアパートに早速DSLを引いて、月40ドルですから、約5000円払うと数百キロの速度のデータ通信がいくらでも使えるということです。日本では、たとえばOCNのように 128キロのサービスだといくらでも使えるけど、3万8000円、つまり7倍くらいの値段がかかります。
もう一つ、アメリカの場合、ケーブルテレビがほとんどあらゆる家庭にきています。このケーブルテレビの同軸ケーブルを使って高速の通信をやろうというわけですが、これはケーブルモデムというある種のモデムを据え付ければできます。場合によっては、下りなら10メガとか、30メガぐらいの速度さえ出せます。日本でもある程度、このケーブルモデムを使ったデータ通信がサービスとしてすでに提供され始めていますけれども、まだ非常に数が少ない。アメリカでは昨年の終わりにだいたい 50万世帯ぐらいに広がりまして、今年はたぶん2倍か3倍くらいになるだろうといわれています。
無線もいろいろなかたちで使われますけれども、一つ注目されているのは、スペクトル拡散技術といいまして、特に農村部に比較的広帯域の無線でのアクセス網を非常に安く−−線を引く場合の、たぶん 100分の1ぐらいの値段で−−敷設することができます。山田村は普通の無線でなく、赤外線で一部の通信をおやりになっています。赤外線という技術ももちろんありますけれども、それ以外にマイクロ波という非常に波長の短い電波を使って、高速のアクセスをやる技術がいっせいに広がってきました。電力線も使えるということが分かってきました。いずれは普通の電灯線を使って、少なくとも1メガ程度の速度の通信を行うサービスを比較的安くやることもできるようになるでしょう。
これに対して日本は、残念ながら立ち遅れています。ISDNにお金をかけ過ぎたために、足を引っ張っています。しかも、日本のISDNは非常に特徴がありまして、日本だけ特別の仕様をしています。ですから、アメリカで使えるDSLサービスのためのモデムを日本にもってきて使おうとすると相性が悪い。ISDNの線が近くにあると、お互いに干渉してしまってうまくいかない。干渉を避けるための技術はありますけれども、その技術を具体化した新しいDSLモデムを作れば、当然、値段が高くなります。日本以外にはマーケットがないですから、たくさん売れません。アメリカの会社はそんなものに興味がないから、作らない。作るとすれば、日本でやらなくちゃならない。だから、どうしても時間もかかるし高くなるという問題があります。しかも、ISDNがあるわけですからやりたくないわけです、。ですから、いろいろなことをおっしゃって、今、展開を遅らせています。やっと今年になって、本格的に実験をするかと言い出した程度ですから、なかなか難しい。これはとりあえず、NTT以外の会社にまず登場してもらうしかないでしょう。
それから、ケーブルテレビは何よりも普及率そのものが低いわけですから、いっせいに同軸ケーブルを使ったインターネットサービスをやろうとしても、難しい。大変困ったところに日本はいるんですけど、しかし、逆に光ファイバーを引くという面では、日本は相当やっているわけです。ここを何とか使えないかと考えていると、実は、アメリカやカナダでは、今ある銅線銅線や同軸ケーブルを使うのではなくて、光ファイバーをいきなり家庭にまで引っ張って、高速のデータ通信サービスをしようという会社がもうできています。この間、日本に来てもらって話を聞いたんですけれども、アメリカの場合は、パロアルトというシリコンバレーの真っ只中、スタンフォード大学のある町にナノスペースという会社が何年か前にできまして、この会社が始めたサービスです。
どういうことをするかというと、パロアルト市は、電力会社もやっているんですけれど、光ファイバーも市のお金で引いています。そして、この光ファイバーをナノスペース社に貸します。いわゆるダークファイバーというんですが、ファイバーだけをナノスペースが借ります。そして、何十カ所に分岐点を作って、ここからそれぞれの家庭やオフィスに短距離の光ファイバーを引きます。そして、一つの家に10メガから 100メガの速度のデータ通信サービスを提供します。1本引くのに約4000ドルかかるそうですが、その費用を3対3対4の割合でユーザー(使う人)と会社と市が負担しあおうという試みです。10メガにしたって 100メガにしたって、ほとんど値段に変わりはない。そして、市内で使う分には、それ以上のお金はいりません。外へ出ていってインターネットをやろうという場合は、別途料金をいただきます、ただし1ギガバイトまでは無料、それを超すと、1ギガ当たり月20ドルの料金をいただきます、という仕組みでできています。
これは私どもの言葉でいうと、まさにCANそのものです。つまり、パロアルトというコミュニティー=自治体である市と、そこへやってきた通信会社と、市民−−これを始めるについては市民の力が非常に大きかったんですが−−が協力して、議会で住民投票を行って決めて、いったん引いてしまったら、市内であれば10メガとか 100メガの通信をほとんどただ同然でやれるという構想です。しかし、市の外へ出ていこうと思うと、 100メガもの速度では出ていけない、外の線の帯域の方が相対的に小さいわけですからそういうことになります。つまり、地域のコミュニティーの中の線が、使う側の立場にとっては一番太い線なのです。世界とつながっている方は、使う側からすれば相対的に細い。もちろんそこは幹線ですから、それ自体は大きいんだけれども、何千人、何万人の人が同時に使いますから一人当たりでいうと割が小さくなるのは仕方ない。でも、「その地域の中でいろんな事業を行ったり、智業的な活動を行ったりするのに、太い線があって、動画像もどんどん送れたらいいじゃないか、夢があるじゃないか、これをやろう」という考え方で、ナノスペースは始めたんです。それに対して電話会社は強く反対しているそうです。「そんなもの作ったって、誰も使わないよ」とか、「需要があるのか」とか言っているらしいんですけど、それに対しては市民団体の人が、「いや、自分たちは使うんだ、欲しいんだ」と言って市議会を説得して、引くことになったという話です。これは非常におもしろい考え方です。
それから、カナダにはキャナリーという団体がありますが、ここはもう一歩先へいこうというので、やはり光ファイバーを使うんですが、なんと一軒一軒の家に、 100メガなんてけちなことはいわないで、10ギガの速度の光のLANを作り、それをそのまま外の光ファイバー幹線に直結するシステムを2005年までに完成させようとしています。そうすると、カナダは一気に世界のトップに立つことができる、世界の情報通信をリードする、という夢をもって新しい試みを始めたところです。つまり、場合によっては、中間的なDSLとかケーブルモデムのレベルを飛ばして、一気に10メガ、 100メガ、あるいはギガの速度の通信システムまで駆け上って、そこで自由自在に、それを医療に使ったり、教育に使ったり、商売に使ったりできるようなネットワークを、地域単位で組んでいこう、それを全国と、世界とつなげていこうという動きが現実化しつつあるということです。
しかも、そこにまた無線の新しい展開が入ってきています。農村部というよりも都市部ですが、さすがに東京とか大阪のような大都会で、今言ったようなかたちで光ファイバーをビルの一つひとつに入れていこうとすると、費用がかかってかないません。地面を掘り返したり、ビルに穴を開けてつないだり、いろんなことがありますから、これは難しい。非常に多くの需要があればやってもいいけれども、それほどは大きくないのであればどうにもならないということで考えたのが、それなら無線を使おうじゃないかということです。24〜38ギガのマイクロ波の領域を使えば、非常に安く、高速の通信システムをそれぞれの都市部の地域で組むことができます。これの先頭に立っているのがネットリンクスという会社で、昔、マッコーセルラーという会社を始めたクレーグ・マッコーがリーダーになってやっています。
そういうわけで、既にアメリカでも次の世代といえるような、家庭やオフィスのレベルにまで直結する高速大容量の通信インフラが作られ始めたということです。その気になれば日本も同じようなことをやれるはずですし、ぜひやってもらわなければいけない、あるいは、NTTはまさにそれをやるべきではなかろうかと私は思っています。せっかくISDNにここまで入れあげたんだから、DSLとかケーブルモデムなんてけちなことはいわないで、「NTTはやらない代わりに、光ファイバーと高速の無線を全国に展開することで遅れを取り戻そう」と言ってほしい。しかし、その分、電話線はいらなくなるわけですから、銅線をどんどん開放して、他の事業者に貸して、DSLサービスをやりたいところにはやってもらえばいいじゃないか、という手を使うことができれば、日本の遅れもある程度取り戻すことができるのではないかと考えているところです。
●旧システムの弱点、2000年問題
そこまではいいんです。しかし、そうはいっても、私たちが過去何十年かの間に作り上げてきた情報通信システムには非常に困った欠点があります。つまり、2000年問題が潜んでいるということです。
“2000年問題”という言葉自体は、皆さん、ご存じですね。「2000年問題は大したことはないだろう」と思っていらっしゃる方は、どのくらいですか。では、「非常に深刻」、「世の中が終わりになるかもしれない」と思っていらっしゃる方はどのくらいですか。皆さんは、その中間ですか。確かに私も、答えはその中間だろうと思います。念のためにある程度この問題について説明しますと、私は、“2000年バグ”と“2000年問題”を分けて考えた方がいいと常々言っています。“2000年バグ”と呼ぶことができるのは、コンピュータの中にある日付け問題の処理の仕方の間違いです。そのほかにもう一つ、うるう年問題というのもあって、これもひょっとすると困った問題を引き起こすかもしれない。2000年はうるう年なんですけれども、プログラムによっては、2000年をうるう年にしてないものが結構あるようです。
これも念のためにいいますと、うるう年は4年に1回くるけれど、 100で割れる年はうるう年ではない、というのが今の暦の決まりです。ところが、例外的に 400で割れる年はうるう年になるということで、2000年という年はその例外の年で、現在、私たちが使っているグレゴリー暦が採用されてから2回目にやってきた、 100で割れるけれどもうるう年だという年であります。
もちろん、日付けを下2桁で書いていたら、2000年がきた時には困るだろうということは誰だって最初から分かっていたわけです。でも、昔はメモリーの値段が非常に高くて、だいたい今の 100万倍したということですから、少しでもメモリーを節約したかった。また、欧米では日付けを下2桁で表わすのはごくあたりまえの習慣だということで、いちいち分かりきった1900なんて付ける馬鹿はいないよ、ということでしたから、誰も不思議に思わなかったんですけど。そして、「いずれは誰かが直す」と。「どんどん進歩していくんだから、コンピュータなんかすぐに新しいものに取り替わる、プログラムも変わるから、その時に直せばいい、今はこれでいこう」と考えたわけですね。
ところが、社会システムに限らずどんなシステムも皆そうですけれども、複雑なシステムを最初から作り直すのはとてつもなく面倒なことです。新しいことをやろうとすると、必ず間違いを引き起こしてしまいます。ですから、新しいもの、複雑なものを作っていくための一番いいやり方は、ちゃんと動くことが分かっているものを元にして、それに付け加えていく、そして、もっと大きなものを作っていく、こういうやり方が一番まともだということになっています。
実際、私たちの身体を考えてみてください。脳はどういうふうにできているかというと、何層もの構造になっています。一番奥の脳幹のような古いところには、爬虫類の脳と同じものが入っています。その上の中脳とか小脳、これは魚類や鳥類と同等で、その上の大脳旧質は、お猿とか、そのレベルの脳が入っていて、最後に大脳新皮質、これは人間になって付け加わったところですけど、そういうふうに上へ上へと重ねていきます。
コンピュータも同じように、誰かがこしらえたプログラムが使えることは分かっている。そしたら、それをもとにして新しいものをそれに付け加えればいいじゃないかということでやってきたんですが、残念ながら、今回の場合は一番根っこのところが腐っていたということです。あるいは生物でいうと、継ぎ足していったのは良かったけれども、一番元のところの遺伝子に間違いがあったということです。これじゃどうしようもない。全体が壊れてしまうわけですが、ともかく、そういうやり方があまりにも自然であったから、人々はそれを採用した。そして、いったん採用して、どんどん複雑なものを作っていくと、いざ直そうと思っても簡単にはいかない。自分のところだけ直したってだめですからね。みんなが直してくれなければ、話になりません。そうすると、人がやらないうちに自分だけやるのは、かえってコストがかかって損じゃないかといって様子をみている間に、気がついてみると、これは大変だという話になってきます。
大きな会社では数年前から、さすがに放置できないと気づきました。例えば、飛行機会社で部品の管理をしている時に、4年も5年も先にわたって、ここまで使って、ここで取り替えるという計画を組むわけですね。そのさいに2000年の日付けを入れると、コンピュータが動かなくなる、あるいはエラーになってしまう、これじゃどうしようもないことが分かります。もっと近づいてきて分かったのは、2000年の予約が受けつけられなくなる、予約が取れなければ商売あがったりですから、直さなきゃしょうがないということで、必死になって直して、飛行機会社の予約は、確かに2000年代は受けつけられるようになりました。この2月6日から、1年先の予約もちゃんと通るように直っています。しかし、飛行機がきちんと飛ぶかどうかはまた別問題です。
ともかく2000年が近づいてくると、直さないことには何ともならないということはよく分かってきました。鉄道なんかでも、この間伺ったところでは、東海道・山陽新幹線のシステムは東京で集中制御をしていますが、集中制御に使っているCOMトラックというシステムが2000年問題に対応していない。したがって、直さなければダイヤが組めなくなる、つまり新幹線は運行できなくなることが分かっています。そこで今、必死になってプログラムを書き直しています。何千万行をチェックしなければいけないそうです。日付けが入っているかどうかを調べて、入っていたら2000年に対応できるように直して、テストをして確認しなければならない。そういったテストはまだ全部は完了していないそうです。ですから、対応の努力をしていることは間違いないけれども、本当に対応が終わったという証拠はまだない。というか、対応が間違いなくできたという証拠はまだない。テストの結果がきちんと出てみなければ、何ともいえないわけです。
テストといっても、コンピュータのテストは、ご承知の通り一つのことだけやってみて動いたよ、というのではだめです。プログラムを書いた方々はご存じですけれど、いろんな条件を入れてみて、どの場合にもうまくいくことが確かめられなければ、そのプログラムが正常に動いているとはいえない。ですから、テストは1回やれば終わるというものではない。相当の期間にわたって、いろんな角度からテストをやってみて、さらに自分のシステムだけではなくて、それと繋がっている他のシステムとも繋ないでやってみて動くことが確かめられなければ、確実なことはいえない。そういうテストに合格することは、率直にいって、なかなか難しかろうと思います。そもそもコンピュータのプログラムを書くということは、必ず新しいバグを入れるということであり、必ず何らかの見落としをするということでもあります。
つい数日前にニュースになったことですが、アメリカのあるガス会社が2000年問題に対応できたかどうか確かめるためにテストをしたところ、見事に動いたので喜んだ。ところが、次の月には、6万何千の所帯に対して、5年前の料金の請求がきたそうです。5年前の請求ですから、安いわけです。みんな喜んで、誰も文句をいわなかったそうですけれど……。会社の人がびっくりして調べてみたら、テストをする時に5年前の古いデータでやってみたら動いたので、大喜びをした。ところがその後で、古いデータを消すことを忘れていた。ですから、それがそのまま残ってしまって、翌月の請求に使われたということです。見つかってしまえば何でもないんですけど、私たちは、そういう種類のエラーは何百回に必ず1回は起こると考えるべきでしょうね。ですから、対応すればそれはそれで新しい間違いが追加されるという問題があります。
日本で起こった話ですが、今年の初めに、ある地域の自治体のコンピュータがいっせいにダウンしました。本当に止まってしまいました。必死になって調べたら、原因はすぐに分かって復旧はしたんですけど、その原因は何であったかというと、なんと昭和から平成に変わった時に、年号を平成に読み替えるようにプログラムを書き直しました。ところが、プログラムを書き直したエンジニアは10年分しかやってなかった。なんぼなんでも、10年たつ間には、このコンピュータやその上で動いているプログラムは当然取り替えられているだろうと思ったんでしょうね。だから、平成10年まではやってあったわけですが、平成11年になったから動かなくなったということです。これに類したようなやり方は、きっといろんなところにあって、あちこちで似たような問題が今後出てくるのではないかといわれています。
それにしても、大型コンピュータの場合は、一応プログラムを全部見ていけば、ある程度何とかなるかもしれません。ただし、あまりにもプログラムが多すぎて、全部直すことはほとんど不可能に近い。特に中小企業の場合は、お金がないとか、人がいないという理由で放置されているものが少なからずあるといわれています。さらに、2、3年前から気がついて大騒ぎになったのは、先程申しました埋め込みチップというか、機械類の中に大量に入っているマイクロチップスで、2000年に対応していないものがある、特に、日付けを使っているもののほとんどは対応していないと考えるべきでしょう。そうすると、これらのチップは制御や監視のために使われているのが普通ですけれども、工場での生産とか輸送等にかかわる、制御システムが動かなくなってしまう恐れがあります。しかし、どこにどんなチップが入っていて、どれがどんなかたちで日付けを使っているのかを確認するのは、それほど容易ではないと言われています。
日本の場合、残念ながら十分なことは分かりませんが、アメリカでいわれているのは、ある会社のエンジニアがいて、どこかの会社が作ったシステムの納入を受けますね、すると、納入されたものをそのまま使うのは芸がないから、自分のところで手を加えて、もう少し性能のいいものにして、ほかの会社と差をつけよう、これは、エンジニアなら誰でも考えることだそうでです。その時に新しいコンピュータやプログラムを追加して、日付けをもとにセンサーなんかを制御してやっていくようにする場合がある。これが2000年に対応していなかったら、システムは動かなくなります。ところがアメリカの場合は、非常に頻繁に人が動きます、どんどんかわっていきます、だから、その人がいなくなると、彼が何をやったのか誰も分からない、あるいは調べてみなければ分からないという問題が随所に出てきて、特に、ある程度古い制御系は混乱してしまう恐れが高いと言われています。
●共に対応は時間切れ、複雑系のシステム問題
全体としていいますと、いわゆる産業化の先進国、あるいは、そこにおける大企業は相対的に対応をよくやっているということは間違いない。しかしながら、十分な対応がとれていない中小企業、それから途上国が問題だということです。単純に考えると、「途上国ではコンピュータなんかたいして使っていないだろう。だから心配ないよ」という意見もないわけではない。でも、今日では、どんな途上国だって、金融システムだとか、輸送とか、基本的な工場設備にコンピュータを使っていないところはありません。ですから、コンピュータを使っていないから大丈夫、という言い方はまず成立しません。
世界銀行が最近、世界の百五十何カ国を調べたところ、2000年問題があると知っている政府は、その中の54カ国にすぎなかったと。そして、「政府として何らかの対策を講じている」と答えたのが21カ国にすぎなかったそうです。そこで、ウォルフェンソン総裁は非常に困りまして、しばらく前に各国首脳に手紙を出して、「途上国の場合は、悪いけれどもお宅のコンピュータは手動に切り替えてもらえませんか。コンピュータを使うのを止めてもらえませんか。止めるのが無理なら、せめてネットワークから切り離してもらえませんか」と頼んだということが、最近の世銀のホームページに載っています。しかし、そんなことが簡単にできるかどうか。これは非常に問題があります。
特に今、心配されているのは、ロシアとか中国、インド、パキスタン、こういうところのコンピュータシステムで、とりわけ核兵器に関わるシステムがどうなのかというので、一所懸命アメリカの専門家も出かけていって、相談したり、調査したりしています。おそらく核兵器の場合は、間違えて発射されるということは非常に少ないだろう。むしろ、発射しようと思っても飛ばない方があるという話ですから、その限りでは心配は少ないといえるでしょうが、むしろ問題は、貿易のシステムです。例えば、サウジアラビアの石油の海底油田掘削システムには、万という単位のマイクロチップスが入っているけれど、それがもし正常に動かなくて、石油の積み出しが止まったらどうなるのかとか、天然ガスはどうかとか、食糧はどうか。仮に掘り出すところではうまくいったとしても、荷役とか、事務処理でコンピュータが動かなかったら、うんと遅れてしまいます。貿易が完全に途絶しないまでも、遅れが出るだけでも、貿易依存度の高い国はそれなりに大きな影響を受けざるを得ない。
それから、電力とか、水とか、ガス、水道、下水などの、いわゆるライフラインが全面的に止まるとはいわないまでも、部分的に止まってしまうとか、供給が中断するということが起こったらどうか。これも非常に心配です。カナダの政府とかアメリカの州のいくつかはこの点を心配して、今年の暮れには軍隊とか州兵を出して、暴動が起こったら鎮圧するとか、寒さで生命の危険にさらされる人が出たら救援に当たるとか、いろんな措置を講じようとしているわけですけれども、完全な対策は非常に難しいと心配されています。
しかし、さきほど私が情報通信革命の突破段階は第三段階に入ろうとしているんだといった意味は、それが本当なら、仮に2000年問題があったにしても、それによって第三段階への移行が中断してしまうほどのことはないだろうということです。その限りでいうと、いかに深刻な問題であっても、それでもって近代文明がおしまいになるとか、世の中がおしまいになるということはないと、私も思います。しかし、過去を振り返ってみると、非常に深刻な問題はたびたび発生しています。
今世紀の初めを振り返ってみてください、世界戦争が起こったとか、大不況が起こったということがありました。それと似たような意味で、産業革命の突破段階の終わりから成熟が始まるような転換期には、いろいろ不具合が発生しても不思議はない。特に2000年問題のような問題は、あまりにも広い範囲に渡っているために、完全には直しようがない。また、直したと思うと、新しいバグを入れてしまうかもしれない、見落としがあるかもしれないということで、何らかの程度で問題が発生することは不可避です。
しかも困ったことに、いつ頃問題が起こるかは分かるんだけれども、どのぐらいの範囲に起こり、どの程度深刻な事態がどのぐらい続くかは、まったく分からない。分からないのは訳がありまして、何もしなかったとしたら、全体が確実につぶれてしまうことは間違いない。だからこそ、みんな一所懸命努力をして対応しているわけですから、時々刻々、全体の状態が変わっていきます。昨日までは対応できていなかったシステムがきょうは対応できた、ということが一方であるかもしれない。しかし、きょう対応できたと思ったが、実は見落としがあって、本当は対応できていなかったというのもあるかもしれない。というわけで、すべてのコンピュータを合わせた、大きな全体としての私たちが生きている社会システムは、時々刻々、その状態がダイナミックに変わっているわけです。ですから、ある時点で動く、あるいは動かないことが分かったからといって、「6カ月後、こうなるだろう」ということを簡単に予想することはできない。6カ月後どうなるか、8カ月後どうなるかは、今後、6カ月なり8カ月の間に、私たちが何をするかにかかっているということです。そういう宿命があります。ましてやそれらの入り組んだ相互間連や相互作用の結果をどう予測すればいいかとなると、まずどうしようもありません。
このような問題は、保険会社にとって一番頭が痛いんです。保険のかけようがない。保険というものは、そんなにたくさん起こらないけれども、たまに起こる、そして、いっぺんに全部起こるというわけじゃない、バラバラと起こる。そして、何か起こった時の被害の程度も計算できる、そういう事態を前提にしています。だから、保険料を決められるわけです。どのぐらいの被害がどのぐらいの確率で発生するかを計算できるから、保険料をいくらで受けましょうということになります。でも、2000年問題はほとんど同時多発で、多発の時期もほぼ分かっています。他方では、毎年似たようなことがおこるわけではない。そういう点を考えると、保険会社としては保険の受けようがない。そうなると、今度は保険に頼って運行している航空会社とか、海運会社は非常に辛いですね。もし事故が起こったら、全部自分で負担しなければならなくなると、危なくて飛ばせなくなってしまいます。そこで、今、対処の仕方を保険会社といろいろ相談しあっているのだそうです。
●三つの対処方法
ここで考えていただきたいのは、これから2000年にかけて、私たちは問題への三つの対応、対処を考えていかなくてはならないだろうということです。第一に、ともかく、それぞれの自治体で、企業で、あるいは各自の家で、コンピュータを使っていると思われる部分でバグがあるかないかを調べて、これを可能な限り直すという、バグそのものへの対応をできる限り最後まで続けていかなければなりません。途中であきらめられると自分も困りますし、周りも困ります。しかしながら二番目に、そうはいっても、全部直っているという幸せな事態になることはあり得ないわけですから、やっぱりどこかでとんでもないことが起こると考えなくてはならない。会社であれば、社員が正月が明けて出勤しようと思ったら電車が動いていなかったとか、あるいは交通信号が狂っていて車が動かなかったらどうするか、停電があったらどうするか、というようなことを考えて、その対応策も講じておかなければならない。いわゆる危機対応計画=コンティンジェンシー・プランが必要です。
三番目に、できることなら全部新しいシステムに取り替えて、問題のないシステムに移行していく。せっかく次の新段階の技術とかシステムが今、生まれてきているわけですから、早めに取り替えて、新しいものにしておいた方がいいに決まっています。でも、そうするには時間もお金もかかりますから、簡単にはいかない。
ともかく、大きく見て以上三つの方向が考えられて、どれを、いつ頃、一番重視するかという意思決定もまた必要になります。今までであれは、十分時期が早ければ、一番賢明なやり方は、多少時間がかかっても最初から全部新しいシステムに取り替えてしまうことだったんでしょう。しかし、それを別にしていえば、去年ぐらいまで、あるいは今年の初めまでは、ともかくバグを直すことに全力をあげるべきだったのでしょうが、そろそろ非常事態対応の方へ重点を移していかなければならない段階に来つつあるだろうと思います。
バグへの対応は、ある程度標準の考え方はもう決まっています。つまり、四段階あって、その第一が数えあげとか、棚卸しとかいうことで、自分の会社なり、組織、あるいは家の中にコンピュータを使っているシステムがどの程度あるかという一覧表=チェックリストを作ることです。二番目に、評価=アセスメントです。問題がどこにありそうかを調べ、その機械を納入した業者に問い合わせるとか、その会社のホームページを見て、この製品についてはこういう問題があると書いてあるかどうかを調べます。そして、どこが悪いかが分かれば、第三段階として、それを可能な限り直します。あるいは直せない部品やプログラムなら取り替えるなり捨てたりします。そして第四に、本当に直っているかどうかテストをしてみる、そしてさらに必要な修正をほどこす。一般には、テストに一番多くの時間と費用がかかるといわれています。先の三つを合わせたものに匹敵するくらい面倒な仕事が、テストなのです。
バグに対しては、以上のような標準的なやり方がほぼ確立しています。必ずしもよく分かっていないのは、とくに二千年問題のような未経験の事態に対して、二番目の非常事態対応計画はどんなふうに作ればいいかです。地震かなんかですと、経験がありますね。だから、どんな被害が起きそうだとか、それにはどんな対応をすればいいかとか、事前にどんな準備をしておけばいいかは、ほぼ分かっています。しかし、今回の2000年問題についても地震と同じようにやればいいかというと、たぶんそうはいかないでしょうね。一例を挙げますと、果たして停電になるかどうか、これでもう、話がまるで違います。停電になったら、電話も使えなければ、水道も動かなくなります、電車も動かなくなります、これは明らかです。それに対応するという話と、電気はくるけれど、交通信号がおかしくなったために渋滞が起こって動かないという事態への対応はまた話が違います。それから食糧がどうなるかも、貿易がまったく途絶してしまうと考えるのか、最初の数日に混乱が起こって、その時に店が開かなくなったり、商品がなくなってしまうから、その間食べるものを準備しておけばいいというだけの話なのかで、全然対応の仕方は違います。そして、何が起こるか分からないといわれたら、もうほとんどお手上げです。最悪の事態に備えるといっても、たとえば企業の場合、停電が半年も一年も続くのであれば、それこそ店じまいをする以外に、まず備えようがないでしょう。
●2000年問題にかかわる危機対処姿勢
というわけで私にもよく分からないのですが、バグ対応のやり方に似せて考えるならば、ここでも四つぐらいの段階があるのではないかということは申し上げられるかと思います。その第一は、やはり数えあげ。つまり、起こって困ることとしては、どんな問題があるだろうか。電気がこなくなったら困る、電車が動かなくなったら困る、水道が切れたら困るetc。こういうあり得る問題点をあげて、二番目に評価ですね。それぞれについて、どの程度対応が進んでいると考えられるか。例えば、飛行機は飛ぶだろうか、という問題ですね。二番目の評価について私が申し上げておきたいのは、想定はゼロからスタートするのが本当だろうということです。つまり、分かっていることは、もし対応が何もされていなければ、飛行機は確実に飛びません、飛べません。そうすると、私たちが対応についての情報がないという状態からスタートするならば、飛行機は飛ばないと考える状態から出発しなければ嘘ですね。飛ぶと考えてはいけません。
その次に、日本の主要な航空会社の状況を調べて問い合わせたら、「ここまで対応がすんでおります」「やっています」ということが分かって、信じるに足りると思うならば、「場合によっては、飛行機は飛ぶかもしれないね」と次に考えます。さらに進んで、「もう、実機でテストをしました。確かに飛びました。管制塔との連携テストもやってみました。管制装置も動いて、無事に着陸できました」というニュースが分かって、これが信頼するに足りるんだったら、「ある程度の路線は運行するかもしれない」ということになります。しかし、おそらく最後まで、今までと同じようなフライト・スケジュールで全部の便が飛ぶとは、まず考えない方がいいでしょう。
現に運輸省などは、もう既に2000年の最初の何日かの飛行スケジュールは間引くと決めています。つまり、飛べるかもしれないんだけれども、チェックを普段以上に厳しくやらなければならなくなると、飛ぶ頻度を落としたり、飛行機の機間距離を長くしたりしなければならない。すると、普段なら10便飛ばしていたのが5便しか飛べなくなるかもしれない。また、ある国や空港については飛んで行かない、ということが起こるかもしれない。というわけでデータが入ってくるにしたがって、被害のあり得べき範囲の想定の幅を狭くしていくことができるようになります。だからといっていつまでも待っているわけにはいきません。最後まで飛ばないということが今から分かっているのなら、それにふさわしい対処の仕方を今から考えなければなりませんが、そうじゃないとすれば、決定的な情報がいつになったら得られるのかを考えてみる必要があります。しかしこれはなかなか分かりません。それぞれの問題について、ある時期がくるにしたがって情報が豊富になっていって、起こりうることの幅は小さくなると考えてよいだろうけれども、そこまで待って、そこから初めて対応計画を作るのでは、もう遅すぎることになるかもしれません。ですから、どこかの段階で、ここまできたらこの行動を起こそうと腹を決めなくてはなりません。
私の友人が言っているのは、「俺は11月までは東京で頑張って、自分の会社の対応のための努力を必死になってやる。情報も取る。そして、もし12月になっても、まだ飛行機が飛ばないかもしれないとか、テストをやったけれどうまくいかなかったとか、どうも相当な停電になりそうだという状態であれば、俺は東京を捨てて逃げる。しかし、それまでは頑張るよ」ということです。これは、一人一人の決めることです。気の早い人は、早々に無人島へ行ってしまうという人もいるかもしれませんけれども、それは人によって違いえます。
言い換えれば、それぞれの人が自分の責任と判断で情報を集め、ありうべき事態を想定し、これに対応するよりしようがない。みんなに通用するやり方はないということです。そうは言っても、自分一人で判断や決定ができるわけではありませんから、家族や職場や地域で協力していくことが絶対不可欠でしょうし、何といっても、こういう時こそ政府が最後の担保者になって、いろんな情報を提供したり、全体的な支援措置を講じてくれることが、これまた絶対に必要になります。個人、あるいは個々の企業ができることはたかが知れています。私たちが皆、1年分の食糧を家にもつなんていうことは不可能ですよね。ですから、個人としてせいぜいできることは、何週間分とか何カ月分が関の山でしょう。
そうすると、今度は自治体とか政府のレベルで、しかるべき医薬品とか食糧の備蓄を行って、必要があれば放出することを皆にあらかじめ知らせる、そうすると安心できますから、準備もある程度小さいものですませることができます。そうするとものがなくなったといった騒ぎも起きなくてすむでしょう。同じような意味で、銀行システムが崩壊するという可能性は非常に低い。日本の場合は、バブルの末期にちょうど年号が昭和から平成に変わりました。そこでコンピュータのカレンダーを変えなければならない時に、一緒に日付の4桁対応を大型コンピュータについてはかなりの銀行がしたんだそうです。ですから、そこでは非常に早く対応ができています。ただ、全部の金融機関がそうやっているかとか、お互いにつないだ場合にどこまでうまくいくかは、まだこれからの問題ですが、基本的には金融システムは動いてくれるだろうと考えるならば、預金を全部おろすなんていうのはばかげた話です。しかし、だからといってまったく現金を持たないでいいかというと、ある程度は普段より多めのお金を持っている方が安全であろうと。ただ、みんながそれをやると、全国で流通しているお金の量は一定ですから、たちまち足りなくなってしまいます。
そこでアメリカでは、通貨の供給量を3分の1増やす、つまり、お札をたくさん刷ると決めて、今、印刷しています。当然、日本も似たようなことをすると同時にそのことを国民に知らせるべきでしょう。オーストラリアとニュージーランドは、アメリカと同じようにお札の供給量を増やすと決定し、準備を始めたところだと聞いています。
●情報開示と協力の必要
そういったかたちの対応を進めていくことが必要ですが、こういう話をしますと反応はいろいろです。「もう、世の中は終わりになるかもしれない」と、話を3倍ぐらいにして伝える方もいらっしゃいます。逆に、「たいしたことないよ」と割引して伝える方もいらっしゃるかもしれない。どっちの場合も話が何人かに伝わっていく過程で、一方ではものすごく拡大したり、他方では消えてしまったり、ということになります。
現に日本の場合も、少なくとも昨年の暮れくらいまではいろんなかたちで2000年問題の報道はされていたけれども、ほとんど消えてしまいました。みんな、忘れちゃった。つまり、聞いても、それは否定されたわけです。しかし、人間の心の動きを考えますと、“悲しみの五段階論”という考え方があるそうです。これは、エリザベス・キュブラー・ロスという人が書いている、『死の瞬間』という本があります。この人がホスピスの長い経験に基づいて割り出した話だそうですが、非常に辛い情報、例えば、「あなたはガンにかかって、余命いくばくもないよ」ということをお医者さんに告げられた時、人はどんなふうに反応するかというと、だいたい五段階を通っていくそうです。最初は、否認。「そんなこと、あるわけないよ。嘘だよ。嘘に決まっている」と思う。で、嘘じゃないということが分かったら、今度は腹を立てる。「どうしてですか? あなたを信用して今まで診てもらったのに、なんで食い止めることができなかったんですか? ひどいじゃないか」ということになります。
2000年問題でいうと、「2000年問題なんか、あるわけないよ」という段階から、「どうしてだ、コンピュータ技術屋、政府は何をしていたんだ」と腹を立てます。3番目は取り引きです。いよいよ逃れられないと思うと、「金に糸目はつけないから、一番いい薬でも何でもいいから使ってください。何とか助けてください、お願いします」という話です。2000年問題でいえば、都会を逃げ出しても何でもいいから、ともかく生き延びようと考える。しかしそれも実際は無理だということが分かりますと、「これはもうだめだ」と落ち込んでしまいます。「俺もこれまでか」といったような気持ちになる。そして最後に、「やっぱり運命に対してはきちんとそれを受け入れ、立ち向かわなければならない」と前向きに考える段階にいたるのだそうです。病気の場合だと、人間は最後に死んでしまいますけれども、2000年問題のような問題ですと、社会全部が崩壊するはずはないのであって、必ず全体としては危機を乗り越えて次に進んでいくことができるわけですから、当然、前向きに対応しようという気持ちになるのが最後の段階です。
私はなるべく多くの人が、2000年がくる前のなるべく早い時点で第五段階までいってくれればいいと思います。一とか二、三の段階で問題に直面すれば、パニックになってしまいます。ですから、ここを早く通過しておく必要があるということで、そのためにも十分な情報をお互いに提供することが必要です。危機管理計画を立てることができる最大の前提は、関係の情報がなるべく多く開示されていて、被害の幅を相対的に狭く見積もることができるというところにある。みんなが隠していたら、計画の立てようもありません。
ですから、「何か言うとパニックをあおることになるから、言わない方がいい」という議論は完全に間違いで、とんでもない話です。なるべく早めに、きちんと情報を出す必要があります。それが情報の予防接種になるのであって、我々は何度もそういう情報にさらされていくなかで、だんだんと事態を正確に判断して受け入れることができるようになり、前向きに対処することができるようになります。私自身も2000年問題のことは前から知ってはいたんですが、去年の9月頃まで、問題になるわけはないとか、たいしたことはないと思っていました。9月にアメリカを数週間旅行して、いろんな本を読んだり、関係者に話を聞いたりして、やっと、多くの人ががずいぶん深刻に考えていることに驚き、それから詳しく調べてみて、まず、「なんで、こんなことに今まできちんと対処してこなかったんだ」という怒りですね。それから、取り引きです。田舎に家でも建てて、いざとなったら逃げ出そうと。しかし、これもそう簡単にはできないということで落ち込みまして、何カ月かが経って、やっと事態を正面から受け止めて、他の人々と一緒に話しあい協力しあってていく以外にないんだ、とはらをくくる段階にきたわけです。
●「誓約2000」に学ぼう
イギリスでは、イギリス通産省の下に作られた「アクション2000」というグループがあります。その人たちは、特にイギリスの企業に対して、「誓約2000」ということでお互いに約束を交わし合おうと、五つの項目を呼びかけています。一つは、自分の会社の製品には、2000年対応との関係でどんな問題があるかを隠さずにちゃんと言うこと。「うちの製品のこことここがこのように問題です」ということを言いましょうというわけです。二番目は、自分のところは2000年に備えてどういうことをやっているか、ちゃんと供給責任が果たせるように、どれだけの対応をし、テストをしているかを隠さずに言うことです。それから、次は相互信頼と協力ですけれど、取り引き先や自分の製品を売った先、あるいは、大企業からすれば、中小企業とか下請企業にきちんとできる限りの支援をしようではないか。そして、四番目はなるべく訴訟は避けようということ。最後に、自分の事業は、どんなことがあっても閉じないこと。特にソフトウエアやシステムエンジニアなど、「もうできません」と逃げ出されたらたまったものではありませんから、「最後まで頑張ります」という約束をお互いにしようと言っています。私たちもこれに学ぶ必要があると思います。
ただ、日本の場合は、訴訟に訴えるということはそんなに多くはない。外国から訴えられるということはいくらでも考えられますけど、お互いに訴訟を起こす可能性は比較的少ないと思います。日本の場合の問題は、むしろ甘えてしまって、自治体からすれば、それは中央政府がやってくれるだろうとか、政府のいうとおりにした方がいいとか思ってしまうこと。子会社は、親会社が何かしろと言ってくればそれでやればいいとか、お金も出してくれるだろう、人も出してくれるだろうといって自分から積極的な努力をしないこと。こういう甘えはいけないといえます。
こういう話をしていてつくづく思うのは、日本の、私たちのほとんど「文化」といいたいんですが、ものの考え方のなかに、“大丈夫症候群”と“忍びない症候群”があるということです。ほとんどの会社は皆そうですが、「2000年問題をどうしますか?」と聞くと、「いや、大丈夫です。対応しています、間違いありません。安心してください」という返事がかえってくる。ところがよく聞いてみると、そういう報告を下から受けているというだけで、ご当人は実状をご存じない場合も非常に多いわけです。また、報告する側も、「大丈夫です」と報告します。そうじゃなくて、どういう問題を発見して、その対応のために何をしたのか、そしてどうなったかという情報の方が大事です。それで大丈夫かどうかは、聞く方が判断すればいい。それを、ただ主観的に「大丈夫」と言ってしまう。また、言われた方は、それでもって、もうそれ以上の追求はしない。それが“忍びない症候群”です。相手を追いつめるに忍びないから、「大丈夫」と言われたら、そこで止めておこうということです。ある日本研究者が、「日本語は珍しい言葉で、非常に顕著な特徴がある」と言っています。それは、主観的な誠実さと客観的な真実を同じ「まこと」という言葉で表現することです。「まこと」というのは、誠意、誠実の「誠」であり、真実の「真」なんです。つまり、私たちは主観的な誠実と客観的な真実の間の境をつけられない、あるいはあえてつけない。相手の誠実は認めるけれども、「誠実だから必ずしも真実ということはないよ。だから、きちんとデータを出してね、悪いけど」となかなか言えない。そんなことを言って相手を困らせるに忍びない。こういう文化は、物事がどんどん先に進んでいく時にはいいかもしれません。でも、物事がうまくいかなくなった時には、一種の病気になる。
戦争中に、私も子供でしたから、そんなに大きなことをいう資格はないんですけれど、日本は−−どこの国も多少ともそうなんですしょうが−−とりわけ戦争の末期には、戦果を過大に国民に知らせて、損害については過小にしかいわないということをやりました。なぜ戦果が過大になるのか。決して嘘をついているつもりではない。ただ、戦争の末期になると、飛行機の乗組員の熟練度が落ちます。優秀なパイロットは皆、死んでしまった。促成の教育を受けてきた人が飛行機に乗ります。特攻隊で突っ込んでいきます。これを監視の飛行機が見ているわけですが、ちっちゃな巡洋艦を見ても大きく見えるから、「戦艦発見せり」というわけです。爆弾を落とす、当たらない。でも、慣れていないと、すごい水柱が上がったのを見て、「撃沈せり」と報告します。受けた方は、確認しようと思っている間に味方の飛行機は全部落とされてしまいますから、それ以上の情報はきません。彼らが必死になって戦って、死ぬ間際に送ってきた報告を疑うには忍びない、だから、そのまま発表する。仕方がないじゃないか、という話です。
損害については、真実を言って、国民を悲しませるに忍びない。だから、ほどほどにやるというやり方をしていて、最後には、戦争を指導している大本営自体が、自分の国にいったい何隻の軍艦が残っているのか、どれだけの兵力があるのかさえ分からなくなってしまった。存在しないものを元にして作戦を立てている結果に陥っていったということが、戦後の研究で指摘されていますが、そういったある種の病気から、私たちは本当に完全に自由になっているかというと、必ずしもそうではない。やはり同じような精神構造を引きずっていると思います。
そういう精神構造の罠に落ちないで、残っている時間もそう多くはないわけですけれども、私たちは2000年問題に改めて立ち向かう必要があるし、これまで遅れてきた情報通信革命への対処を、こういう努力をするなかで、今度こそ本格的にやっていかなければいけない。その先には、一番初めに申し上げましたような、地域の情報化によって活性化をしていく方向は明らかに見えてきているし、そのための材料もどんどん出現しているわけですから、ここで2000年問題なんかに足を引っ張られて落ち込んでしまうのは、悲しい限りです。ですから私たちは、情報通信革命の性格について正しい理解をもち、同時に2000年問題を軽視しないで、きちんと力を合わせて対応していく必要があります。
日本は遅れていたといわれていましたけれども、幸い、去年の9月11日に政府は政府としての行動計画を発表しました。2000年問題関連の顧問会議も作って、調査をしたり、対応策を講じたりするようになっています。政府のお墨付きがあると、民間企業も、ほかのところに対して「問題があるんじゃないですか? 大丈夫ですか?」と問い合わせたり、対応のための支援をしたり、そのための支出を計画することも非常にやりやすくなってきています。いい意味での好循環が始まっていることは確かだろうと思います。これを拡大・強化して、これからどんどん問題が出てくると思いますけれども、特にテストの結果に注目していて、対応したのが事実であるのかどうか、見落としや新しい問題が起こっていないかを絶えず見ていなければなりませんが、好循環の拡大・強化を図っていくという方向で、お互いに協力していく必要があるということを改めてお願いして、私のお話にしたいと思います。
【司会者】どうもありがとうございました。せっかくの機会ですので、質問がございましたら、皆様の方から投げかけていただきたいと思います。何かございますか?
【質問者】国際大学のグロコムの宮尾と申します。CANとかCANフォーラムという話が出ましたが、公文先生の結論のところで、新情報通信システムの構築ということで、CAN型のものを作ろうということで、CANについてのことと2000年問題の二つについてCANフォーラムがやっていることをご紹介します。配布資料で、「翻訳がついに完成」というのがありますが、これは先程公文先生がいわれた最新のパローアルトとか、カナダの例が出てくる前の、いわばプロトタイプ、原型の、まさに地域の産・官・学のベースをした構成員が自分たちで、自分たちが使う自前の情報通信システムを使ってコミュニティーを活性化したモデルになったブラックスバーグがどのような経緯で作られ、どのようなプロセスを経てどうなったかということを非常に分かりやすく書いた、『コミュニティーネットワークス』という本が出まして、1年前に公文先生をはじめ我々が読みまして、これをぜひ日本で伝えたいということで、このたび翻訳がようやく完成しました。ちょうど、数日前から本屋に出始めていますので、ご紹介したいと思いました。
一番簡単なのは、インターネットのウェブの紀伊國屋を見ていただくなり、CANフォーラムに連絡をいただければと思います。CANフォーラムがやっている西暦2000年問題、公文先生からも説明がありましたが、なぜCAN的なものと2000年問題が結びつくのかということですが、我々の生活の観点からみて、2000年問題は、コミュニティーの役割が非常に大きくクローズアップされてくるわけです。CANとしては、この問題がCANの構築とコミュニティーの危機管理という問題と密接に関係するということで、やってきた活動がリストされています。特に各地域に出かけていって、2000年問題がどのようにコミュニティーに関係があるかということを説明してまいりました。
それから、自治体の危機管理計画づくりが自治省のプロジェクトで進んでおりますが、その関連で、地域コミュニティーの危機管理計画づくりのガイドラインに取りかかっておりまして、二つのレベルの危機管理を考える必要があると。地域自治体のシステムに直接関係する危機管理の問題と、一番重要なのは、地域コミュニティーの生活に影響が及んだ場合の危機管理。これは単に自治体=公の部門だけに任せておくのではなく、地域の情報ネットワークを進めて、産・官・学・民の知恵をしぼって、この危機を乗り切っていく。さらに前向きには、新しいシステムを構築することによって、これを克服しようという方向だと思います。ここにお集まりの皆様の目的と、2000年問題、地域全体の新しい情報システムづくりは非常に密接に関連しているということを付け加えさせていただきたいと思います。
詳しくは、CANフォーラムのホームページを見ていただければと思います。これは基本的には、地域の産・官・学・民の構成員が、地域の、地域による、地域のためのネットワークで、しかも、それがグローバルにつながっていくということを、実際にやっている個人や団体の方が構成しているフォーラムで、富山県の総合情報センターにも団体で入っていただいていますし、山田村の代表的な顔であります倉田さんにも入っていただいています。そういう方々によって成り立っているフォーラムだということを、ご参考までにご紹介した次第です。
【司会者】どうもありがとうございました。ほかに何かございませんか?
【質問者】倉田です。前回のCANフォーラムの時にも質問させていただいたんですが、車社会の2000年問題、食糧問題の2000年問題、コンピュータ社会・ネットワーク社会の2000年問題がありますが、車社会の2000年問題が非常に大きいんじゃないかと思いますので、車関係の2000年問題はその後、どうなっているのでしょうか。
【公文氏】私も気にしているんですけれども、自動車そのものについて新しい情報は入っていません。
【質問者】交通渋滞の問題から、食糧確保の問題、人の移動の問題に真っ先に大きく影響すると思いますので、できれば早い時期に車関係の2000年問題の情報をいただきたいと思います。その他は、そんなに大きく影響しないような感じがするんです。通信が止まったとしても、そんなに大きな影響はないんだけど、車を乗り捨てされたり、ブレーキだとかエンジンのトラブルが出てくると、あらゆるところにゴミの山のように渋滞つなぎになりますので、それがかえって恐ろしいんじゃないかという気がします。
【公文氏】そうなんです。アメリカでは、車をテストしてみたら問題が発見されたという報告はあるんです。しかし、日本ではそれはないということになっているんです。
【質問者】しつこいようですが、山田村では食糧を手に入れるにしても、病気にしても、パソコンよりも車なんで、その辺はひとつよろしくお願いします。
【公文氏】分かり次第、それはいろんなかたちでお伝えします。
【司会者】ありがとうございました。
【質問者】非常にばかげた質問になるかと思いますが、2000年問題というのは2桁を4桁にするという問題をいかに解決するかというふうに私は受け止めているんですけど、そうすると、9999年、つまり1万年になった時もこのまま放置すると、同じ問題が起きるということですか?
【公文氏】はい。もちろん4桁にしただけなら、同じ問題は当然起きます。
【質問者】そこは先の話だからということで、引き延ばすことはできると思うんですが、恒久的にそれを考えている人はいるんでしょうか。
【公文氏】聞いたことはありません。そればかりか、2桁を4桁にするというかたちで対応しているところは少ないです。今はそうじゃなくて、圧倒的多数は、2桁のままで読み方を変えようと。「00」から、「39」まであれば上に「20」を足して「2000」と、21世紀の数字と読みなさいと。それ以外は「19」を足して、20世紀の数字と読みなさいというようなことで対応しようとしていますから、何十年か先送りしたということです。
【司会者】どうもありがとうございました。それでは、この辺で終わらせていただきたいと思います。