1999年03月10日
公文 俊平
日本史の長波の議論を続けているうちに、いつのまにか春が来てしまいました。気がつくと、わが家の紅梅ももう盛りを過ぎています。ここらでそろそろ議論のテーマを変えましょう。今回は、情報通信革命の新しい動向について、気がついたことをとりまとめてご報告したいと思います。
米国での流れを見ていますと、1997年の後半から98年にかけて、情報通信革命は明らかに第三段階に入ったということができます。ちなみに、私のいう情報通信革命の第一段階は、1950年代から70年代にかけての大型コンピュータ(とTSS:Time Sharing Sistem)の流れです。現在でもそれは残ってはいますが、主流をはずれた「レガシー・システム」とみなされています。第二段階は1970年代から今日に至るマイクロチップス(そしてパソコン)の普及の流れです。通信の面では、それは専用線による私設のネットワークや、「パソコン通信」と結びついていました。これが現在の主流ですが、ここへきて第三段階への急激な移行が始まったようにみえます。この第三段階は、米国のデイリー商務長官の言葉を借りるならば「インターネット革命」あるいは「デジタル経済革命」といった特徴づけが可能でしょう。
インターネット革命
情報技術の領域では、これまでの大型コンピュータやパソコンに代わって、「ネットワーク・コンピュータ」あるいは、「コンピューティング・ネットワーク」と呼ばれる、コンピューティングの新しい流れが出現しています。パソコンは、ハードの能力の増大を上回るスピードでソフトが巨大化する一方、いたるところに残されたバグのために収拾がつかなくなりつつあります。「アプリケーションの動きがいかにも重い」とか、「何時間かに一度こまめに再起動してやらないと、すぐフリーズしてしまう」というのは、いまやあらゆるパソコン・ユーザーに共通する嘆きです。しかも、数ヶ月おきに新機種が出現したりソフトウエアのバージョン・アップが行われるために、とてもおちおち使ってはいられません。
これに対し、いま出現中のコンピューティング・ネットワークの中では、たとえばサン・マイクロ社のJiniを搭載したすべての情報機器は、ネットワークを通じて相互に常時接続されていて、そのユーザーにとってのエージェントとして、互いにさまざまなコミュニケーションやコラボレーション(たとえば、遊んでいるCPU資源を互いに融通しあうとか)を行うようになります。ソフト的にはそれは、サンマイクロ社のJavaに代表される、OSを選ばないアプリケーションの利用を可能にします。ユーザーは、その必要に応じて、それを満たしてくれる機能をもったアプリケーションを、ネットワークから入手することができるようになります。(とここまで書いたところで、私の毎日使っているワープロ・ソフトのWORD98からクレームが出て、“不正な操作につき終了します”とやられてしまいました。何だか、検閲でも受けているような不愉快な気分にさせられます。)コンテントについても同様です。やがては、使っただけの料金の支払いも、自動的に行われるようになるでしょう。
同時に通信ネットワークは、インターネット・プロトコル(IP)が共通の標準とされる「IPネットワーク」に変わっていきます。言い換えれば、これまでの電話専用あるいは放送専用のネットワークに代わって、データ通信専用のネットワークが出現し、その上で電話や放送も行われるようになっていくわけです。
このような流れの中で、米国の通信事業者は、新興の事業者だけでなく既存の事業者も含めて、いっせいに、三つのことを行おうとし始めています。
その第一は、通信事業者による新しいIPネットワークの構築です。(これは、米国連邦通信委員会のリード・ハント前委員長が1997年夏、辞任直前に行った演説で情報通信業界に対して行った呼び掛けに応える動きだということもできます。)この流れは最近日本にも及んで、日本の通信事業者たちも一斉にIPネットワークの構築に踏み切り始めました。2月19日の日本経済新聞によれば、日本でも(そしてもちろんヨーロッパでもそうですが)、クロスウェーブ、NTT、電力系10社、日本テレコム、DDI、KDDなどの「通信大手」による「次世代データ通信網」の構築構想が、すべてでそろったということです。
その第二はインターネット接続サービスの提供です。とりわけ既存の大手の通信事業者たちが、あるいは自前で、あるいは既存の事業者を吸収合併して、自らインターネット接続サービスを提供する(ISPになる)方向に走り始めています。
その第三は、IPネットワークで電話や放送サービスを提供しようとする動きです。いわゆるIP電話はその一例ですが、そのためのさまざまなプロトコルやアプリケーションが登場して激しい競争が始まろうとしています。おそらく既存の公衆電話回線サービス(PSTN)およびそのための設備としての交換機や銅の電話線の生命は、しばらく前に予想されていたよりもかなり短いものになることでしょう。さらにそれに続いて、まだごく萌芽的なものにすぎないとはいえ、IPネットワークに放送番組を載せて送る試みも始まろうとしています。米国のクエスト社は、放送事業者間での番組の配信を電子メールの形で行うことによって、放送への既存の規制からは自由な番組流通の仕組みをつくろうとしています。日本でも、たとえば私どもGLOCOMは、ワールドワイド・ウェブのHTMLの拡張版ともいうべき「ワールドワイド・ビジョン」を提唱していますが、これは動画像の送信や検索・編集のための、オープンな国際標準となることをめざすものです。
デジタル経済革命
次にデジタル経済化の流れについて見てみましょう。昨年夏の米国商務省のレポート「デジタル経済の出現」で確認された米国の電子商取引の本格化傾向は、明らかに永続的なものであることがわかりました。最近発表された大統領経済諮問会議のレポートiによれば、1997年に年率30億ドルだった電子商取引の規模は、1年間で一気に3倍となり、1998年には年率90億ドルの水準に到達しました。恐らく次の2年間で、さらにもう3倍となって、2000年には年率300億ドルの規模に達するだろうと予想されています。小売店によるホームページの保有割合も、1997年の12%から、1998年には39%にのぼりました。電子商取引に対する消費者の関心も盛り上がっています。そんな中で、小売りを表す「リテール」という言葉に代わって、電子的な小売りを意味する「イーテール」という言葉が普及しだしたそうです。
しかし日本の場合、データ通信ネットワークを基盤とする通信や商取引などの新しいネットワークサービスへの需要は、どこまで喚起できるのでしょうか。米国の場合は、住宅電話の定額制が初期のインターネット普及を刺激したのに加えて、情報通信技術のビジネス利用に対して、多くの努力が向けられてきました。企業間のEDIや個人をも含めた財務会計ソフトの開発などがそれです。しかし、日本での情報通信技術の利用は、狭い意味でのビジネス利用というよりはむしろ、第二次産業革命の成熟段階に見られた大衆消費向けの財・サービスの提供面での利用に、まず向かいました。すなわち、カラオケやゲーム、あるいはパチンコに対して、厖大な研究開発資金や人的・知的資源が投入されたのです。他方、情報技術の純粋なビジネス利用としての「ロボット」の開発は、通信ネットワークへの関心の低さとあいまって、おそらく進化の方向を誤り反省を余儀なくされたように思われます。また放送産業は、アナログ技術に立脚した高品位テレビの開発に、これまた厖大な時間と資源を投入しました。また、通信産業は、電話ならばともかく、広帯域のデータ通信のためには能力の低すぎるISDN(それも日本独自の規格の)の開発と普及に、あまりにも多くの努力を払ってきました。その結果、日本の情報通信技術の利用は、製品やサービスの選択肢の幅という面でも、通信料金の高さによる利用可能性の制約という面でも、依然として不十分なものにとどまっています。
1998年の米国にみられたもうひとつの新しい事態は、IP幹線網の構築に加えて、幹線への広帯域のアクセス、あるいは地域内での広帯域の通信を可能にする各種の技術が、ようやく実用化、商用化の方向に向かって動き出したことです。
第一に、CATV用の同軸ケーブルを利用した広帯域アクセスの手段としてのケーブルモデムの普及にようやくはずみがつき、1998年末には100万の大台を突破したと見られています。ただし、この面では、米国よりもむしろカナダが先行しているといわれます。米国の場合、ケーブル・プロバイダの対応の遅れ(ケーブルの品質が低いままだとか、双方向通信機能が追加されないままだといった)が、依然として目立っているそうです。しかしその中でも、今年はたとえばビデオトロン社によるCATV電話の実験が行われようとしています。
第二に、ケーブルモデムに対抗する形で、銅の電話線を利用したDSLの技術、とりわけADSLモデムを利用した広帯域アクセス・サービスの提供にも、地域電話会社が本腰を入れ始めました。もともと米国の場合、1996年の新電気通信法によって、電話会社は、この種のサービス用の施設の局舎内への併設(コロケーション)や電話の芯線の利用および相互接続を、妥当な料金で他の通信事業者に対して認めるべきことが定められました。それでも、地域電話会社はいろいろな理由をつけて、実施に抵抗し引き伸ばしをはかろうとしてきていたのです。しかし昨年は、データ通信(とりわけインターネット利用)への需要が爆発する一方で新型の幹線の構築も急速に進み始めたのに、アクセス網だけが取り残されているという不満が高まる中で、ようやく地域電話会社もDSLサービスの提供を本気で考えるようになりました。しかしそこで地域電話会社が言い出したのは、サービスの提供は自分たちがやるから、施設の開放はしないでもいいようにしてもらいたいということでした。連邦通信委員会の内部でも、この要望をめぐって激しい議論のやり取り(たとえばケーブルモデムとの競争が始まったのだから、電話業界の内部でのDSL間の競争は必ずしも必要ではないのではないかといった)があった模様ですが、結局この要望は容れられず、地域電話会社がDSLサービスを提供する場合には、子会社でおこなわなければならないというしばりがかかる形で決着をみています。そしてサンフランシスコのコーバッド社に代表されるようなDSLサービスを専門とするDCLEC(データ通信競争市内網キャリア)の台頭が、急激に進みつつあります。
この二つ以外に、電力網を利用した広帯域アクセス技術も、実用化の域に近づきつつあるそうです。また、農村部では、スペクトラム拡散技術を利用した安上がりの高速(1.5メガbps程度)双方向無線インターネット・アクセス技術(SST)が、シリコン・バレーやコロラド州で実用化しています。(日本でも、類似の技術を利用した「無線による広域TCP/IPネットワーク」の構築実験が、ルート株式会社と郵政省四国電気通信監理局によって、徳島県のをモデル地区としてスタートしようとしています。)このシステムの特徴は、費用の安さにあります。敷設費用は有線の場合にくらべて2桁小さく、運用費用はほとんどゼロに近いといわれます。また、都市部を対象とした、成層圏航空機による広帯域高速(1.5〜10メガbps程度)双方向無線通信システムも、2000年のロサンゼルスでの商用展開を皮切りに、世界各地で商用提供がされようとしていますが、これについては昨年10月号の公文レターでご紹介ずみなので、ここでは省略します。
光と無線の広帯域地域通信サービスの登場
1998年の情報通信革命の中心テーマが幹線レベルでのIPネットワークの構築にあったとすれば、1999年の中心テーマがアクセス網というか、より正確には地域網(私たちの言葉でいえばCAN)のレベルでのIPネットワークの構築になることは疑問の余地がありません。それも、前節で述べたような、いってみれば広帯域というよりは中帯域クラス(数百キロbpsから10bpsで)の同軸ケーブルや電話線あるいは電力線を利用したアクセス網ではなくて、光ファイバおよび広帯域無線の技術を利用した「地域網(およびアクセス網)」の構築が、いよいよ始まろうとしています。
まず、地域の光ファイバ通信網についてみてみましょう。注目に値する最近の動きとしては、パロアルト市と協力して、同市の企業や家庭を対象に、10〜100メガbpsの広帯域地域通信網を構築しつつあるナノスペース社の試みがあります。同社は、パロアルト市の敷設した地域光ファイバ網(280芯)を「ダークファイバ」として借り入れ、これに多数(40数カ所)のスプライス・ポイント(分岐点)を設置し、そこから各ユーザーのオフィスや家庭に対して光のドロップ・ケーブルをスター型に引き、それを宅内の10〜100メガのイーサーネットLANにつなごうとしています。設置費用は1戸あたり約4,000ドルで、それをユーザーとナノスペース社と市が3:3:4の比率で分担負担します(それを認めるかどうかの住民投票が近く行われる予定だそうです)。インターネットへの接続料金は従量制で、1ヶ月あたり最初の1ギガバイトは無料、その後は1ギガあたり20ドルを課金するそうです。ナノスペース社は、これによって市の財政健全化に貢献する(市は自らの投資によって建設したダークファイバの利用料を永続的に手に入れることができる)と同時に、情報通信技術の最先端地域としてのパロアルト市の住民たちに、最先進の通信ネットワーク・サービスを提供することをその経営理念としています。そのさいナノスペース社がもっとも重視しているのは市および市民との広範な協働関係の展開であって、そのためにもできるかぎり多種多様な市民運動グループに対して、さまざまな形の資金的支援を惜しまない方針をとっているのだそうです。(私どもは最近、同社の2人の若い共同経営者、フランク・ロブレスとピーター・カミンスキーを大分のハイパーネットワーク社会研究所とGLOCOMにそれぞれ招いて、直接詳しい説明を聞く機会を得て、強い感銘を受けました。)
しかし、それよりもさらに驚くべきは、カナダのCANARIE ii による、2005年までに各家庭に10ギガbps広帯域通信網を、現在のケーブルモデムやDSLサービス並の価格で提供することで、一気に情報通信革命の最先端に踊り出ようという試みですiii。デービッド・アイゼンバーグによれば、こんなことは既存の通信業者には考えられない。需要もなければアプリケーションもない。あったとしても、そんなものを提供した日には、自社のこれまで建設してきた通信ネットワークは完全に身を食われてしまうだろうから、というのです。だから現在のアメリカの通信事業者の主流は(先に紹介したナノスペース社のような変り種を別にすれば)DSLやケーブルモデムに走っていて、FTTH(ファイバ・トゥー・ザ・ホーム)の話は忘れているわけです。これに対し、カナダの「CA*net 3」計画では、SONETもATMもはずした全光通信幹線をまず構築した上で、これを各家庭の10ギガビットLANにまでそのまま延長し、1軒あたり1,000ドルの敷設費(これはDSLの敷設費とほぼおなじです)で家庭につなげようというのです。「ギガビットをマイクロセントで」というのがそのスローガンだそうです。これは、既存の電話や放送ネットワークとIPネットワークとの「コンバージェンス(収束)」という既存通信・放送事業者好みの考え方とは無縁です。なにしろ、最初からアクセス線まで含めて、全光ネットワークを別だてで引こうというわけですから。だから、これはむしろ「ダイバージェンス」を指向するものだといっているのだそうです。カナダにはすでに多くの自治体のレベルで光ファイバが地域に敷設されているために、この種の全光ネットワークを全国的に展開するのも相対的に容易であって、これによって来るべきインターネット経済ブームをカナダがリードできるようにしようというのが、カナダの野心だそうです。
次に無線の広帯域ネットワークですが、これについては『ギルダー技術報告』の2月号 ivに、興味深い紹介があります。ギルダーが8年前から主張しつづけ、多くの専門家がそんなことはありえないといって無視してきたマイクロ波周波数帯(24〜38ギガヘルツ)で広帯域低出力の双方向通信を行う可能性が、ついに現実化してきたのです。いまでは多数の大企業が、さまざまな新たな提携関係を構築して、この分野に参入しつつあります。ギルダーはこれを「エレクトロニクスからスペクトロニクス」への動きと名付けています。
この超高周波帯でのデータ通信サービスがにわかに有望視されているのは、それが大都市部のビルディングを光ファイバ幹線に接続するための高速(200メガbps)でしかも安価な手段だ(これまで光ファイバの敷設だと30万ドルの費用と数ヶ月の期間を要したものが5,000ドルで、そして数日もあれば、繋がるようになる)とわかったためです。電波を飛ばす距離がごく短いということは、同じ周波数帯を同時にいろいろな場所で利用できることを意味します。それだけでも費用は少なくて済むわけですが、さらに1点ずつを結ぶのではなく、1対多点間(point-multipoint)を結ぶ(LMDS Local Multipoint Distribution Systemとも言う)ことによって、接続に必要な費用は、2.5万トドルから5,000ドルにまで下がるというのです。現在LMDSの商用展開に向けて先頭を走っているのは、あのクレイグ・マッコーの率いるネクストリンク社(とその子会社で実際にサービスを提供するネクストバンド社)です。ネクストリンク社は、この1月に強力なライバルだったWNPコミュニケーションズ社を買収しました。こうしてネクストリンク社は、既存の市内電話会社には依存しない自前の長距離網と市内網をもつCLEC(競争的市内網キャリア)として、広帯域のインターネット接続やデータ通信サービスを提供することが可能になりました。無線による接続部分の実験は今年の初めから開始され、来年の終わりまでには商用展開が行われます。同社のLMDSサービスは、いまや全米の上位30の市場の95%をカバーし得ているそうです。
ギルダーが、企業ビル用広帯域無線接続サービスの分野で、このネクストリンク社の今後の強力な競争相手になると考えているのが、テリジェント社とウィンスター社です。テリジェント社の見るところでは、12以下のラインのビルならば銅線の方がよく、450ライン以上のビルならば直接光ファイバを引くほうが安くなります。この両極端の中間にあるビルの数は約74万と見積もられていますが、そのうち現在まで契約が完了しているものは、ネクストリンク社が1万400、ウィンスター社が4,200、テリジェント社が約2,000で、結局残り72万4,000が未開拓の市場だということになります。この分野での競争が今後どのような形をとって展開していくのか、日本はどうなるのか、興味の持たれるところです。
クック・レポートから
インターネットの現状や問題点を独自の視角から分析論評する The Cook Report on Internet の著者として知られるゴードン・クックが、今年の1月に情報通信革命の最近の進展とインターネットに関する、三百数十ページにものぼる大冊の特別レポート v を発表しました。そこで彼が述べている情報通信革命およびインターネットの新段階の到来という視点は、私どもがこれまで折にふれて報告してきたものとほとんど同一です。そこで、ここでは、彼が既存の情報通信企業の行動様式の問題点としてあげている論点のいくつかをご紹介しておきましょう。クックの意見には、当然賛否両論があると思われます。とりわけ最後にとりあげるICANNの評価については、意見が分かれ得るところでしょう。しかし、彼のような見方にも、とりあえず耳を傾けてみる価値はあると思います。
従来のネットワークからATMやSONETのギアを取り去ってIP over WDM over fiberを実現し、これをギガビット・イーサーネットに直結して、全体はウェブ基盤の情報システムとネットワーク管理で統合する(そして、データ通信のコストを現在の100分の1にする)というMCIのビジョンは、ワールドコムによるMCIの乗っ取りの結果つぶれるかもしれない。しかしその場合には、MCIからレベル3やクエストに流出した技術者たちが、このビジョンを実現することになるだろう。
このようにして商用インターネット技術が確立していけば、プライベート・ネットワークにもそれが広がっていくだろう。そして電話からの転換が起こる。そうなると既存の電話のネットワークもそのままではいられなくなる。つまり、新しいネットワークをエミュレートするか、さもなければ死滅するのである。こうして、新たに台頭してきたIPネットワークと既存の公衆回線網(PSTN)との正面からの競争が始まる。この競争においては、既存電話会社に直接の勝ち目はない。既存の電話会社は、生き残ろうとすれば自分自身の身を食うしかないのである。
しかし、ICANNに結集した人々(とりわけエスター・ダイソンやマイク・ロバーツ)は、それ以上の野心をもっている。すなわち、かれらはこの組織を電子商取引やプライバシーの管理・規制など、インターネット全般にわたる国際管理・規制機関にしようとしている。そして参加機関の範囲も広げて、ICANNの権威をさらに大きくしようとしている。これは、一部の大企業によるインターネットの新しい独占的集中管理の試みではないのか。ICANN はいま、インターネット本来の組織であるIETF(インターネット技術者タスクフォース)やIAB(インターネット・アーキテクチャー・ボード)とも(その法人化を前提として)個別に契約を結んで、それらをICANNの中にとりこもうとしている。つまり、ジョン・ポステルの亡き後、ICANNの性格は一変したのだ。いまやICANNは、口先だけで開かれた、その実は閉鎖的な機関になり下った。
だが、IETFやIABは法人ではないし、法人になる気もない。またなるべきでもない。法人になっているのはISOC(インターネット協会)だけだ。法律家に技術者を支配させてはならないvii。
電話がインターネットに敗退しつつあることが明らかになった現在、電話会社主導の国際機関であるITU(国際電気通信連合)が、こんどはICANNを支配しようとするのではないか。しかしかれらはインターネットが「ステューピッド・ネットワーク」であることの意味を十分には理解していない。だから、昔と同じ独占的集中管理の手法をそこに持ちこもうとするだろう。技術で負けたのなら法務で勝とうとするだろう。つまりICANNは独占資本の最後の砦となろうとしている。しかし今や少なくとも米国政府(そして他の多くの国の政府も)はかれらの味方ではない。もちろんまだ決着はついていない。ICANNは完全に法人化されたわけでも、NTIAの最終的な承認を得たわけでもないからだ。
クックの論評の紹介は以上です。インターネットのガバナンスをめぐる問題点については、アジアインターネット協会の事務局長になった会津泉さん(GLOCOM主任研究員)も大きな関心をもって、発言したり行動したりしていますので、いずれ機会を得て会津さんの見方もご紹介したいと思います。
公文レター No.38