1999年04月10日
公文 俊平
今年の桜は例年よりも早く満開になり、4月1日の夜は暖かい天候にも恵まれて、「上野公園は花見客でごったがえした」と新聞が報道していました。私も、今年こそは花見を楽しみたいと思っていましたが、やや体調を崩して自宅にこもらなければならない羽目になり、様子を見ながら少しずつこの原稿を書いています。
1月から2月にかけて最優先の仕事として取り組んでいた、2000年問題に関する解説書の執筆がようやく完了して、先月の中旬にNTT出版から『緊急提言コンピューター2000年問題』という表題で出版されました。しかし2000年問題をめぐる状況はその後もどんどん新しい展開を見せています。そこで今月の公文レターは、この本のフォローアップということにしたいと思います。
米国上院のレポート
まず米国ですが、3月の初めに、上院の「2000年技術問題に関する特別委員会」(委員長:ロバート・ベネット、副委員長:クリストファー・ドッド)から、『2000年問題の影響調査』という表題の160ページにのぼる大冊のレポートが発表され、これが米国における議論の大きな流れを決めたと思われます。i
上院のレポートが最初に問題にしているのは、こと2000年問題に関しては、事実と虚構を区別することが極めて困難だということです。2000年問題をめぐる情報はあまりにも分極化されすぎていて、一方の極には世の終わりがくるという予言があるかと思えば、他方の極には何もたいしたことは起こらないという断定があるのです。最も評価の高いニュースソースでさえ、しばしばその両極端の情報に汚染されがちです。とりわけインターネットは、2000年問題のテストが実は失敗に終わったとか、世評を気にする大企業が現実の問題を過小評価しているといったたぐいの、誇大な噂に満ち満ちています。
にもかかわらず、この特別委員会の調査によれば、2000年問題は極めて現実的な問題であって、深刻な混乱を回避するためには、危機管理の努力が必要不可欠であるということです。2000年問題は、決して個々のコンピュータの故障や不正確なデータの発生にあるのではなく、むしろ技術の相互依存性の結果、さまざまな問題が相互に因となり果となって拡大していくところに発生するのです。しかし、まさにそのために、起こり得るべき混乱の程度の予測を極めて困難なものとしているのです。
そう断った上で、このレポートには大略、次のようなことが書かれています。
全面的な経済崩壊はないにしても、全米のあらゆる経済部門が危険にさらされる。その具体的な予測は困難だが、それでもかなりの被害の発生は確実だ。
社会的インフラについていえば、全面的停電はなさそうだが、1,000にのぼる農村部の小規模電力会社が心配。局地的な停電はありうる。電話は、95%がすでに対応済みではあるが、ほとんどすべての電話システムのテストはまだ行われていない。飛行機の墜落はないだろうが、地域や国によっては飛行の制限がありうる。ボーイング社の製造している機体にはほとんど問題はないが、航空管制システムと飛行場の周辺システムの対応が遅れている。船やタンカーにも問題は少ない。鉄道の転轍機(ポイント)もコンピュータ化されてはいるが、いざとなれば手動に切りかえられる。陸運の配送システムは、そのままでは2000年不対応だ。銀行やATMは他の産業よりはずっと早くから対応努力を進めており、まだまだ多くの作業が残っているものの、まず大きな問題にはならない。しかし、通貨の発行高は3分の1増やして2,000億ドルとする。社会保障小切手も大丈夫だろう。しかし医療保健の対応は遅れている。
ビジネス部門では、大企業はともかく中小企業の危険は大きい。中小企業は、その50 上が未対応のままだ。保健産業も危ない。病院の64%はテストの計画をもっていないし、医者のオフィスの90 上は2000年問題の自覚がないままだ。薬品工業や化学工業も、事態の深刻さをどこまで自覚しているか疑問が残る。
自己申告による産業別評価の信頼度は低い。とくに保健、石油、農業、加工食品、教育産業等に問題がありそうだ。政府部門では、国際開発庁と厚生省と運輸省、それに国防省の対応がとくに遅れている。地域の911救急サービスも心配だ。
重要インフラの機能を確保するための全国的戦略計画がない。広範囲にわたる機能停止にそなえた全国的非常事態対応計画もない。今後は、各部門でのテストの結果を注意して見守る必要がある。
これからは2000年問題をめぐる訴訟の激増が心配。賠償予想は1兆ドル程度か。
貿易相手国の対応状況もよくない。とくにベネズエラとサウジアラビア。イギリス、オランダ、北欧を除くヨーロッパ大陸諸国の多くや日本も、事態を過小評価しているようだ。
2000年問題をめぐる議論が両極端に分裂していることを考慮すれば、国民に対して正確な情報を提供し、危機への備えを呼びかける必要がある。各人は、若干の食料や水の備蓄をしておくことが望まれる。
米国上院の厳しい日本評価と日本の実状
日本では、この上院レポートの中で、日本の対応状況に関して憂慮の念が表明されていることが注目をひきました。しかし、上院レポートの中身をよく見てみると、必ずしも日本をとくに低く評価しているわけではありません。レポートが利用しているデータは、今やよく知られるところとなった昨年秋のガートナー・グループのレポートと、ハンター・グループの調査結果(およびヨーロッパ諸国についてはキャップ・ジェミニ社のデータ)です。このうち、ハンター・グループの示している「ロビンズ=ルービン2000年スケジュール指標」では、日本は米国とスウェーデンに次ぐ第3位を(イギリスおよびカナダとならんで)占めているとして高く評価しています。これは2000年対応がどの程度予定通りに進んでいるかを計測しようとした指標で、1位のアメリカが0.87、つまり13%の遅れであるのに対し、日本は0.85、つまり15%の遅れで後につけているのです。問題はガートナー・グループのレポートで、日本は第3グループ(半分の企業に少なくとも一つの必須業務に影響する故障が発生する)に入れられていました。上院のレポートは、カナダに次いで2番目に大きい貿易相手国としての日本のこの状況を憂慮したわけです。とりわけ日本の銀行業界の対応が遅れているように見えることに不安の念を表明しています。しかし、すでにご承知と思いますが、3月に発表されたガートナー・グループの最新レポートでは、日本は、前回の第3グループから1ランク昇格して、第2グループに入れられています。また銀行業界については、足りなかったのは何よりも、海外向けの情報開示だったように思われます。
ともあれ、レポートの文脈から判断すれば、レポートがより深刻な懸念を抱いているのは、途上国を別にすれば、日本よりはむしろヨーロッパ大陸諸国(とくに独、仏、伊、スペイン等)であることは明らかです。レポートは、「2000年問題なるものは、ヨーロッパ単一通貨制への移行準備に煙幕をはって注意をそらせるべく、アメリカとイギリスがでっち上げた陰謀だ」と述べたフランスの大銀行の重役の言葉を引用しています。またヨーロッパ委員会が1998年の12月に発表したレポートの中で、加盟国の2000年問題対応努力や情報開示の遅れを警告したことも、併せて指摘しています。
確かに日本の対応は、GLOCOMで行っている2000年問題研究会でのヒアリング結果から判断しても、基本的な社会的インフラに関する限りは、対応の開始は米国に比べても遅れてはおらず、対応の現状も、(なお一抹の疑念と不安は残るのですが)ことによると米国よりも進んでさえいるかもしれないという印象を受けます。
その主たる理由として二つのことがあげられます。第一に、日本のインフラ関連産業は米国に比べて寡占化の度合いがはるかに強いということがあります。規制緩和や競争の導入も、相対的に遅れています。そのため、2000年問題に関する限り、少数の企業による中央集権的な対応が行いやすいばかりか、相互接続の複雑さもはるかに少ないという状況が、日本にはあります。第二に、どうやら日本のコンピュータ利用の現状は、アメリカよりも大分遅れていて、つまり率直に言って「ローテク」であって、コンピュータを利用した自動フィードバック制御(それも日付けデータを利用する形のもの)は、生産の現場ではほとんど行われていないように思われます。
たとえば電力業界が、「電力の生産にさいしては日付による制御は行われておらず、2000年問題は監視系にしか見いだせない。そこでの誤情報が制御系に自動的にフィードバックされることはないから停電の心配はないのだ」と言うのは、まさにそれを端的に示していると思われます。また、手動による制御の場合は、電話による通信が必要不可欠となりますが、これも日本の場合は心配ないということのようです。アメリカの電力業界が、「最新型のDCS(デジタル・コントロール・システム)を導入している発電所の制御系については、自分たちには何がどうなっているのかよくわからない」と言ったり、「電話が切れると電力生産は不可能になる」と言ったりしていることとの歴然たる違いがここに見られます。率直にいって私は、ほんとうにそこまでローテクだったのかと信じがたい思いもするのですが、ともかくテストの結果に注目していきたいと思います。
なお、銀行業界は昭和から平成へと年号が変わった1980年代の終わりから、電話(NTT)は交換機のデジタル化を始めた1990年代の初めから、西暦年号の4桁への転換を開始していて、アメリカに比べるとむしろ対応が早かったといえるでしょう。問題は、その事実が広く知られていないところにあったのではないでしょうか。ii
米国での議論の収束
アメリカの話に戻りましょう。上記の上院レポートの発表や、対応のデッドラインとされている1999年3月31日の到来(に向けた政府の世論指導?)を契機として、アメリカでは、極端に分裂していた議論がある程度収束に向かう見通しや、対処の必要や程度をめぐる大まかな合意の形成がみられるようになりつつあります。
ロサンゼルス・タイムズのアシュリー・ダン記者は、この間の事情を次のように要約しています。iii
2年かかって、専門家の意見はようやく収束に向いつつある。いまや「この世の終わり」は避けられたという見方が大勢を占めるようになった。ほとんどの人が問題の存在に気づき、対応にも真剣さと進展が見られるようになったためだ。少なくとも米国では警鐘乱打の段階は終わった。今や国内には、対応度の進展状況の報告や完了度の統計があふれている。人々は情報不足ゆえの恐怖からは解放されたのだ。
6年前に『最後の審判の日2000年』という表題の論文を発表して、2000年問題に関する警鐘をいちはやく乱打していたピーター・ド・ジェーガーは、最近『最後の審判の日は避けられた』を発表して、われわれは2000年問題の背骨を折ることに成功したと述べた。曰く、「いまや、すべてではないにせよほとんどの企業がこの問題に取り組んでいる。彼らは自分のシステムを修復し終えたか、あるいは修復しつつある。埋めこみシステムの問題も検討を終えたか、あるいは終えつつある。ほとんどの者が2000年問題をもはや無視はしていないのだ」ドイツ銀行のエド・ヤルデニも、世界長期不況の可能性を70 ゥら 45 引き下げた。しかし海外と中小企業については、依然心配だとしている。他方、『時限爆弾2000』の著者であるエド・ヨードンは、むしろより悲観論になり、「1年の混乱と10年の不況」を予想している。
しかし、深刻な問題の影が残っていることも間違いない。また対応のための費用推計額も急増し、2兆ドルの規模に達した(もとは3,000〜6,000億ドルとしていたガートナー・グループが、最近推計額を訂正したのだ)。海外の状況はむしろ当初の予想より悪いとみられ始めている。厄介な訴訟問題も残っている。
米国内での議論が沈静した理由の一部は、企業や政府がパニックの惹起や不十分な対応状況報告がもたらす悪評を恐れて「スピン・コントロール」 を始めたためだ。その結果、悪い報せと良い報せが混在する情報混乱も起こっている。
たとえば、カリフォルニア州の情報技術局はその重要システムの75 ノついて2000年問題をクリアしたと発表した。ところがその3日後に監査総局は、システムの3分の2がまだ不対応というレポートを出した。コスキネン(大統領2000年問題会議議長)が政府の対応の進展を確認する一方で、議会は連邦航空局と国務省の対応に落第点をつけた。
ともあれ、多くの人々が問題に気づいて対応の努力が進んでいること自体は疑いない。また埋め込みチップの問題も、当初言われたほどには広汎なものではないこともわかってきた。たとえば、かつてこの問題について警鐘を鳴らしていたギガ情報グループは、この1月に発表した新しいレポート("It May Rain, but the Sky Won't Fall")の中では、埋め込みマイクロプロセッサは「当初考えられたような麻痺効果はもたないだろう」と述べている。リセットすればすむものがほとんどで、深刻な問題を起こすものは統計的には無視していい程度にすぎない。だから問題は局所的なものにとどまるだろう。家電製品もまず心配ない。電話のテストも成功したし、原子力や社会保障にも大進展がみられる。
米国に残る二つの懸念
こうして、大統領2000年問題会議のコスキネン議長は、「電力、交通、電話、銀行、保健は大丈夫(しかし、病院は問題)と分ってきた今、むしろ人々のパニック行動が心配だ」
と言い始めるようになりました。確かに人々が銀行の取り付けを始めたりしようものなら、それだけで金融システムはいっぺんに崩壊してしまいます。大々的な買占め・退蔵も、経済に大きな悪影響を及ぼします。FEMA(アメリカ連邦緊急事態管理庁)などが言い出したとされる、いわゆる「3日間の雪嵐」論――だから各人は3日分の備えをしておけば十分――は、このような観点から出てきているように思われます。FEMAはこれまで、ハリケーンや停電のような災害に備えて2週間分の食糧や水を備蓄しておくようにと国民によびかけていたのだそうですが、そうだとすれば、FEMAは2000年問題の深刻さを随分軽く見ている、あるいは通常の災害とは異質のものだと考えていることになります。
もうひとつ残る問題は、海外です。3月10日に上院で証言したCIAのガーシュウィンは、米国の利害にかかわる分野として、外国の核反応炉と発電所、軍事早期警戒システム、貿易、海運、石油・ガス、および運輸部門をあげた上で、他の国もそれぞれ問題を抱えている中で、とくにユーロ転換にばかり注意を払っていたヨーロッパや、経済危機対応で手一杯のアジア、それからロシアの核攻撃早期警戒システムと原発、およびベネズエラ、サウジアラビア、ナイジェリア、メキシコなどの産油国が危ないと述べました。
また、国務省のウィリアムズ・ブリジャーズも、74 カ国について分析したが、事態は楽観を許さないと証言しました。産業国にも問題はあり、たとえば、ヨーロッパのある国は、昨年夏に2000年問題委員会を作ったが、実際に集まったのはこの1月にすぎなかったそうです。中東の石油や淡水化プラントも心配です。もちろん、途上国の状況はさらに厳しいものがありますが、コンピュータ化の程度は低いので、危機は長期化はしないだろうとも述べました。
エド・ヨードンの反発
「収束」に向う論議の流れに対して楽観的に過ぎるとして強く反発しているのは、あのエド・ヨードンです。自分のホームページに掲載されている『2000年問題に対する私の見方』と題する最新の評論の中で、ヨードンは概略、こんなことを述べています。iv
今後何が起こるかわからないことは確かだが、だからといって「分からない」という歌を歌うばかりで何もしないわけにはいかない。どこかの時点で情勢判断を行い、自分の責任で行動に踏み切ることが必要だ。(行動しないということは、何も起こらないと判断しているに等しい)
自分はこれまで、自分自身の将来見通しについては何も語ってこなかったが、今こそそれを皆さんの前に示すべき時だろう。私の予想は、「1年間の技術的混乱 (disruption)と10年間の不況(depression)」が来るというものだ。ここで「混乱」とは、自分のライフスタイルとはいわないまでも、これまでの計画や行動を変更せざるを得なくするに十分な、大きくて深刻な問題を意味する。
キャップ・ジェミニ社の調査では、すでに米国企業のおよそ半分が1998年中になんらかの2000年問題を経験している。そして、98%が1999年中に問題に直面すると予想している。しかし、市民はまだそうでもない。すでに起こったクレジットカード問題などが、2000年問題にかかわりのあることに気づかなかったかもしれない。しかし、遅くともこの夏からは、目に見える形でその影響に気づかざるを得なくなる。新会計年度への移行は米国の46州では7月から、連邦政府は10月からだ(ニューヨーク州は4月から)。GPS(Global Positioning System:現在位置測位システム)が狂うのは8月22日だ。税金、福祉、年金、社会保障プログラムなどに影響がでるだろう。埋め込みシステムの問題が表面化するのは12月になってからだろう。そして1月1日に頂点に達し、それからさらに数ヶ月続くだろう。もちろん、電力、電話、銀行サービスなどが半年もの間止まってしまうということではない。むしろ、ものごとが思い通りに進まない途上国のような状況に、日常的に置かれるようになるということだ。生活や業務の信頼性や効率性が下がるのだ。いろんな不便や遅れが日常化するということだ。そして大不況になるだろう。なぜならば、2000年問題とは、世界経済のエンジンに100万のモンキー・レンチが投げ込まれるようなものだからだ。10〜20%の大企業、半分以上の中小企業や地方政府、途上国などに不対応が残るだろう。対応の時間切れ、見落し、新バグの混入などがあるからだ。バグの効果自体、何ヶ月か遅れて表面化するケースもあるだろう。
ヨードンはまた、もう一つの最新の評論『Y2Kと、危険の中で暮らす1年』v のなかでは、2000年問題は「3日間の雪嵐」のようなものだというメタファーを批判して、次のように論じています。
自分は「2000年=世界の終わり」論に与するものではないが、だからといって2000年問題の厳しさを「道路のでこぼこ(バンプ)」や「3日間の雪嵐」になぞらえる仕方には承服できない。それらは、単に誤りという以上にナイーブで物事を単純化しすぎているからだ。
第一に、問題が2000年の1月1日だけにおこるという考え方はまったくの誤りだ。2000年問題は、その発生自体がかなりの期間にわたっている。曜日を処理しているプログラムの中には、2000年に入って数日たってから問題を起こすものがあるだろう。2000年不対応の月締めの経理ソフトが問題を起こすのは月末だし、年度締めの場合は年度末になる。閏年不対応のプログラムの問題が発生するのは2月末だろう、等々。そのほかにも「ダイナミック・メモリ」のメモリ・リークがコンピュータのシャットダウンを引き起こすのは、かなり時間がたってからのことになる。データベースの汚染が問題を引き起こすのは、そのデータへのアクセスが実際に行われる時になるが、それがいつのことになるかは、使い方しだいだ。
第二に、「3日間の雪嵐」論には、次の二つの基本前提があると考えざるを得ない。すなわち、
という前提がそれだが、もちろんどちらも誤っている。連邦政府でいえば「業務上必須」ではないシステム、企業でいえば中小企業の多くのシステムは、そもそも対応さえなされてないものが多いだろう。州やその他の地方政府のシステムにも、未対応のものが多く残されているだろう。さらに海外にも多くの未対応のシステムが残る。これらすべてが「3日」でなおせると考えるのは、ばかげている。
第三に、「今はなるほど未対応かもしれないが、今年の年末までには超人的な努力が発揮されて、ほとんどのシステムの対応が完了する」と期待している向きもあるようだが、それはハリウッド映画の見過ぎというものだ。プログラミングの分野には、「ブルックの法則」として知られる法則があるが、それによれば「遅れのでたソフトのプロジェクトにもっと人をつぎ込めば、遅れはますますひどくなる」のだ。一般にこの種のプロジェクトでは、後になるほど能率が上がることはあり得ないのだ。
したがって実際には、2000年初頭までに対応の終わっていないプログラムを修復するには、何週間も、何ヶ月も、場合によっては何年もかかるだろう。
結論。FEMAのような機関が2000年問題への対処は3日の備蓄で十分としている理由は、次の三つのうちの一つとしか考えられない。
すなわち、
以上がヨードンの所論の要旨ですが、まことにもっともと考えざるを得ません。
管理予算局の第八次報告書
こういう状況の中で、3月中旬になって、米国政府の2000年問題対応努力の進捗状況について、米国の管理予算局(OMB: Office of Management and Budget)が四半期毎に議会に提出している報告書の第八次のものが発表されました。そこには、1999年2月12日時点での対応状況がまとめられています。vi この報告書には、前年11月以降の3ヶ月間で連邦政府の対応に相当の進捗がみられたとして、次のような事項が記載されています。(なお、以下で下線を付した表現は、今回初めて用いられたものです)
なお、今回のレポート要約では、これまで対応のデッドラインとされていた1999年3月末という時点への言及は消えています。それに伴い、デッドラインを守れない省庁が危機管理計画を策定するという話もなくなりました。しかし、本文では、どの省庁のどのシステムが遅れているかについて、かなり詳細な言及がみられます。
たとえば、国際開発局の対応済みとされていた業務必須システムのうちの一つが、テストに不合格でした。予想外の日付依存部分の存在が発見されたのです。厚生省では医療保険がらみの部分に遅れが残っています。とくに外部のコントラクターの遅れが目立ちます。運輸省では連邦航空局と沿岸警備局の遅れが目立っています。国防省は、遅れたシステムの数が前回の報告以上に多くなりました。
なお、その他のレポートや声明についても、ここで簡単に触れておきましょう。米国の連邦通信委員会(FCC)は、3月末に発表されたレポートの中で、電話、放送、CATV、衛星、無線などの対応状況に著しい進展がみられたと述べているそうです。(私は現物は入手したのですが、まだ読んでいません)このレポートに関する記者会見を行ったFCCのパウエル委員の話では、20の大地域電話会社が全米ユーザーの97%強をカバーしている電話は、2000年になってもまず間違いなく機能すると思われます。ただし、「すべての国民が受話器を取り上げてそれを確認しようとしないかぎりでの話」だそうです。また、各人が、電力なしに使える携帯電話のような電話機を1台は持っているのも有益でしょう。救急電話(911)サービスも、人員派遣センターを管理している地方政府が設備をきちんと修復してさえいれば、心配はなかろうということです。もちろん、専門知識も資金もない一部の中小電話会社や、海外との通話には問題が残っています。また、FCCからの問い合わせに答えた無線通信会社がごく少ない(30%)のも心配です。それにここでも対応計画を実施しているのは、顧客数が50万人以下の小規模企業の場合は約半分にすぎず、大規模企業でも対応の進捗度は60%程度にとどまっているそうです。なお、FCCとしては、2000年問題のこともあって、規制緩和をめざす改革を一時中断することを考えていますが、改革を完全にやめてしまうつもりはないということです。vii
上述した技術レポートを3月初めに発表した上院の特別委員会は、FCCレポートが発表されたのと同じ3月30日に声明を出して、連邦政府機関の10% (連邦航空局、厚生省、国防省等)は明日(3月31日)の期限までに全面的な対応を完了できないだろうと述べました。viii 特別委員会としては、4月以降さらに積極的にヒアリングを続け、とくに相互依存性をもつシステムの「エンド・ツー・エンド・テスト」に注目するそうです。同委員会によれば、システムの構成要素についてだけテストして事が終わったと考えるのは、パラシュートの紐を引かずにテストをすませるようなものだそうです。これに対して、コスキネン議長は、「期限に間に合わない連邦航空局のような機関は、もともとこの3月31日を期限とする枠組みにはしばられていなかったのだ」と弁明しています。
ちなみに、3月31日の政府発表 ix では、期限までに、連邦政府の24機関のうちの13機関が完全対応を達成したばかりか、業務上必須のシステムの92%が2000年対応を成し遂げたとされました。ただし、いくつかの機関は遅れが目立ち、中でもいちばん不出来だった国際開発局では、業務上必須のシステムのうちの一つもクリアできなかったそうです。x
第八次報告書への批判
今回の報告書をめぐって、さっそくいろいろな批判がでていますが、それらの批判は、米国政府が「業務上必須のシステム」の数の引き下げを行っている点に集中しています。批判の一例として、オンライン雑誌のFOX Marketwire のものをご紹介しておきましょう。xi
同誌によれば、3月31日までに対応を完了することというクリントン政権の設定した期限になんとか間に合わせるために、各省庁がこれまでとってきた代表的な手口がこれでした。「業務上必須のシステム」の数自体を少なくすることで、対応度を上げようとしているのです。
すなわち、1997年8月時点では9,100(うち1,756が当時すでに対応済み)もあるとされていた「業務上必須のシステム」の数は、今や6,399に減ってしまったのです。(この数は第六次報告書では7,343に、第七次報告書では6,696にと、減らされつづけています。確かにこれは対応済みのシステムを業務上必須のシステムから外すというのでない限り、見かけの対応度を引き上げるには、なかなか有効な方法です)
議会のGAOによれば、農務省は、この数をもとの1,239から886も減らして353にしまいました。だから対応率も、何もしないでも10%から65%に上がったのです。住宅・都市開発省も231から62に減らしました。国防省は3,695から2,581にしました。もっとも、たとえば農務省は、システムの数が減ったのは、いくつかのシステムを一つにまとめたためだとも言っています。(しかし、対応済みのいくつかのシステムの数を一つにまとめることはまずしないでしょう)またもちろん、いくつかは本当に重要性が低いことが分ったという可能性もある。たとえば、ある元連邦政府職員は、減らされた3,323のうちの500くらいはそのケースかもしれないと述べています。
また、当然のことですが、先にふれた3月31日の政府発表、すなわち、
という趣旨の発表に対しても、早速疑問がなげかけられています。たとえば、オンライン・ニューズレターのY2K NEWSWIRE.COMは、今年の2月のデータに基づいて出されたばかりのOMBの報告書で79%とされていた達成率が、ほんの数週間で13%もあがったのはどういうことかとした上で、政府発表に対する52の質問を列挙しています。xii それを見ると、これからの政府は単に情報を開示するというだけでなく、市民・智民からのさまざまな疑問や質問にも、きちんと答えていく義務を負わされるようになるのだなと感じざるを得ません。同紙によれば、これら52の質問をコピーして配布するのは自由だということなので、今月の公文レターの付録としてつけておきましょう。
埋めこみチップ対応のカーギル方式
他方、先にもふれたように、埋めこみチップ問題の深刻さは当初恐れられたほどではないという見方が勢いを得つつあります。たしかに、一部の極端な議論にみられたように、日付の入っていないチップにまで問題があるかのようにいうのは論外です。また、一度リセットするだけで元通りに動き出すものが多いことも事実でしょう。
それはそれとして、製造工場で埋めこみチップ問題に対応するためのかなり有力な方式が、ジョン・ハントレスによって大分以前から紹介されていたことを最近知ったので、お知らせしておきます。xiiiそれは穀物販売会社としてしられる、米国のカーギル社のフィリップ・ハネーたちが採用している対応方式で、問題はそんなに深刻ではないという前提に立っています。同社はもともと分権性の強い会社組織を持っているのですが、その特徴を生かして工夫されたといいます。各工場レベルで、すばやく、そして安上がりに対応することをめざした中小企業向けのやり方だといえるでしょう。
もちろん2000年問題は現実に存在しています。工場の設備の1割は2000年問題を抱えているでしょう。工場内の各システムの半分は、そうした設備の一つか二つを含んでいると思われます。だから、何もしなければ工場は確実に止まってしまうのです。
しかし、事前に問題が分かっていれば、容易に対処が可能です。たとえば、日付の繰り下げをすることで問題を迂回(work-arounds)するとか、重要度の低いものについては問題が起こるまで待ってから対応するとかすればよいのです。自分たちで現場の状況を調べ上げるまでは、大きなコンサルティング会社は呼ばないのが賢明です。結局、いちばんよく事情がわかっているのは現場なのですから。
具体的には、
まわるのは3、4人の組。電気屋と技師、それに工場の事をよく知っている人。
サーベイには1工場当たり8時間かければ十分。第一次評価は40時間まで。
そのレポートをすぐにウェブにあげる。
それをすぐにもう一度繰り返す。さらに半年おきくらいに繰り返す。
書式不問。ともかくレポートする。
アップグレードする。新品に取りかえる。日付を8年か28年繰り下げる。 等々。ものによっては、日付の繰り下げを2000年になってからやればよい。
ハントレスによれば、これで問題の9割は対処可能だと考えられます。しかし、事務系のいわゆる「情報技術者」は、こんなルースなやり方は嫌うそうで、この現場主義ともいえるやりかたの対極にあるのがTAVA社のアプローチです。ハントレスは、それぞれもっともなところがあると考えています。
このハネー方式は、日本の中小企業の生産現場にもよく適した方式といえるのではないでしょうか。今となってはそれも遅すぎるかもしれませんが、対応の遅れているところは試して見る価値がありそうに思われます。
といった具合で、論議が収束しつつあるとはいっても、アメリカではまだまだ侃侃諤諤の論議が続いています。その傍ら、ロシア国防省はNATOのコソボ空爆への抗議として核兵器に関する2000年問題関連での対米協力の中断を表明しました。たしかロシア国防省が米国との協力に賛成したのは、偶発核戦争の勃発を防ぐというよりは、自国の早期警戒システムが2000年問題のためにダウンしてしまって、核攻撃への即時対応ができなくなるのを恐れたからだったはずなのですが、米国への抗議の意思表明として協力を中断するというのは、いったいどういうことなのでしょうか。しかし、現実の動きはもっと激しくて、ロシア政府が17万人の兵士を新たに徴募することを決めた一方、ロシアの民衆は米国軍事基地の爆撃を要求して気勢を上げているというニュースが流れていますね。ゴルバチョフさんは、「冷戦時代への回帰」の可能性を指摘したそうです。国際情勢は2000年問題どころではないということかもしれません。
付録:y2knewswire.comの提出した52の質問
(All the questions journalists should be asking, but aren't.)
公文レター No.39