メディア産業基本法検討委員会 1999/8/27

地上波テレビのデジタル化は、伝達方法の多様化を前提に

提言: 地上波テレビのデジタル化は、伝達方法の多様化を前提に、放送事業者は番組の提供者(ソフト)に徹し、伝送路(ハード)は無料で電波の割り当てを受ける以上、無線を主体とするものの、補助的にはどのような手段を使っても良いこととすべきである。これは衛星放送における委託・受託関係、ケーブル・テレビにおける「再送信」、電気通信事業者の「映像伝送サービス」という法制度等を活用すれば可能であり、大幅な法改正を要しないものと考える。

1. 放送のデジタル化

今世紀の中葉以降、コンピュータのデジタル化から始まった「デジタル革命」は、80年代以降電気通信の全分野に及び、わが国では既にNTTの固定系ネットワーク全体が、デジタル化されるに至った。また近年急速な伸びを示している移動通信の分野でも、アナログからデジタルへの転換が予想以上に早かった。今後は固定式か移動式かを問わず、従来の回線交換型の仕組みに代わって、インターネット型の網構成により、音声・データ・映像信号を統合して伝送するネットワークが、主流になる日も近いと思われる。

一方、マスコミ型・片方向通信の代表ともいうべきテレビの分野においては、大容量・高速の処理が必要であることに加えて、ヒューマン・インターフェイスの部分は常にアナログであるため、近年まで「デジタル革命」の波に洗われることがなかった。しかし90年代に入って、新しい放送形態である衛星放送がデジタル化されたことを契機として、旧来の地上波テレビもデジタル化しようという動きが、国際的に顕著になっている。

このような時代の変化に対応すべく、郵政省は相次いでデジタル化への政策転換を行なってきた。すなわち、放送衛星(BS)のデジタル放送を2000年を目途に開始するための法整備を決定し(984月)、地上波についても「新デジタル地上波放送」として、これを導入することとした(9810月)。

これらの政策は「デジタル革命」の動きを先取りし、その成果を最大限に活かそうとするもので、高く評価されなければならない。しかし、こと地上波テレビのデジタル化に限って言えば、次項以下に述べるような隘路があり、現在の案をそのまま実行することには問題がある。

2. 地上波テレビのデジタル化の問題点

テレビといえば、誰もが真っ先に思い浮かべるのは地上波のテレビのことであり、この分野をデジタル化することなくして、「デジタル革命」の恩恵を最大限に活用することはできない。

しかし、地上波テレビは現在アナログ方式で送信されているため、現在の放送を中断することなく、スムーズにデジタル化するためには、それなりの工夫が必要である。しかも、わが国では地上波テレビは、その「基幹放送」とも呼ばれる性格から、全国にあまねく視聴できるようにしなければならない「あまねく義務」(電気通信における「ユニバーサル・サービス」と近似)が実効上期待されている(NHKについては放送法第7条により直接的に、民放については同第2条の2などにより間接的に)。 地上波デジタル・テレビについても、これを維持するとすれば、その費用も膨大である。

信頼すべき試算によれば、地上波テレビをすべてデジタル化するためには、電波を発信するための鉄塔だけでも、1兆円以上の新規投資が必要とされる。加えて、地上波テレビの一部はUHF帯を使っているため、デジタル化のためにアンテナの取り替えやチャンネルの再設定が必要になり、この費用も1千億円以上とされる(これ以外に、局内設備すなわちカメラや編集装置を、デジタル化する費用が発生する)。

これらの費用は、少くとも導入当初は新たな収益を生むものではなく、技術的な方式変換に伴うものに過ぎないので、事業者は負担を渋るのが当然である。しかも、東京一極集中に代表される人口や産業の偏在を加味すれば、地方局ほど「費用対効果」が悪く、前述の試算によれば、ほとんどの地方局は経営難に陥ることが懸念されている。

この問題を解決するための方法としては、次のような両極端の案が考えられる。

1)一時的な費用で、かつデジタル化への完全移行が終わったら不要になる部分は、公共投資として国または地方公共団体が支出する。

2)「費用対効果」により、デジタル化しても収益の上がる地域しか実行せず、他の地域はアナログのままとする。

前者の案は、「基幹放送」的性格の強い地上波テレビの「あまねく義務」を最大限に主張するもので、考え方としては理解できる面がある。 しかし、都市対農村の税負担の在り方が問われている現状で、都市部の住民の理解が得られるとは考えられないし、国も地方も財政難にあえいでいる現状では、全面的にこの方式に依存することは実行上も不可能であろう。 加えて、共同アンテナなど一見合理的に見える施策も、創設費に関する費用対効果と同時に、その後の運営費に関する部分も厳しくチェックし、安易な公共事業に頼った結果、後日経営危機に陥る放送局が出ることのないようにすべきである。 また、そもそも「言論の自由」を倫理とするメディアが、国家の資金援助を受けることの是非も問題になろう。

一方、後者の案は徹底的に市場原理を重視するもので、自己責任に基づく経済運営を迫られている、わが国の状況を反映したものと言えなくもない。 しかし、「放送におけるユニバーサル・サービス」ともいうべき「あまねく義務」を、先進国の間でもユニークな考えとして維持してきた、わが国の伝統からすれば、方針の大転換である。したがって、大方の賛同を得られるとは思えないし、とりわけ地方からの反論は厳しいものがあろう。 また、相当長期にわたってアナログとデジタル方式が併存すれば、利用者も不便を被るかも知れない。

このように、極端な案はいずれも採用できないとすれば、妥協案として考えられるのは、

3)衛星放送で一般化した「ハードとソフトの分離」に代表される「番組伝達方法の多様化」をより広汎に認め、テレビ局は無線によって直接視聴者に番組を届けることを主体としつつも、補助的にはケーブル・テレビや通信ネットワークを経由することも自由とする。

という方法だけではなかろうか。

3. 「ハードとソフトの分離」から、より広義の「伝達方法の多様化」へ

従来、放送情報の伝達手段はアナログ波に限られていたが、技術進歩に伴って、デジタル波をはじめとする複数の伝達手段の利用可能性が生まれ、かつ多数・多様なサービスの恩恵を受ける可能性も出てきた。 しかし、国内すべての地域について、地上波テレビのデジタル化を短期間で実現することは、そのスケールから見て物理的・経済的に不可能である。 通信網のデジタル化に長い期間を要した理由も、これと同じである。 衛星放送が一挙にデジタル化できたのは、同サービスが広い地域を同時にカバーできるという技術的特性によるものであり、「デジタル化」のプロセスとしてはむしろ例外ケースである。

そこで地上波テレビのデジタル化については、必要性と可能性に応じて、少しづつ、しかしなるべく早く進める方策を採る他はない。デジタル化の「ボトルネック」は、(通信網の場合と同じく)視聴者に直近するアクセス経路の部分である。したがって、デジタル化をなるべく早く進めるためには、アクセス経路における「伝達方法の多様化」を推進すること、すなわち、デジタル地上波にかぎらず、ケーブル・衛星・インターネットなど機能的・経済的に利用できる、すべてのデジタル伝達手段を活用することが望まれる。

 しかも、上記の目標をなるべく早期にかつ円滑に実現するためには、従来のようなハード・ソフト一体型の事業形態では制約が大きすぎると考えられる。一体型の場合、自然な経営行動として、自社製作の番組は自社所有の伝送路を使って視聴者に届けるインセンティブが働き、また他社番組を自社の伝送路に入れることには各種の摩擦を伴うからである。複数の利用可能な伝達手段の中から最も効率的な手段がスムーズに選択・活用されるためには、番組の作成・供給者(ソフト事業者)と、伝達経路の供給者(ハード事業者)が、少なくとも会計的に分離されている必要がある。また、両者が別々になっていれば、ソフト・ハードの両事業分野においてそれぞれ新規参入が容易になり、放送事業の成長・発展につながるであろう。

なお放送業界では「ハードとソフトの分離」とは、番組(ソフト)の提供者と伝送路(ハード)の提供者が異なることをいう。 この用法は業界特有とされるが、その実「上下分離」(鉄道)、「発・送・配電分離」(電力)、「設備とサービスの分離」(電気通信)など、公益事業一般に見られる現象である。また昨今のハイテク産業においては、従来の垂直統合に代わって、「水平展開」が重視されることから、産業組織の一般形態とも見なされるようになっている。

4. 多様化の具体例

放送事業には周波数の稀少性と社会的影響力などを根拠に、「番組編集準則」などの規律を課されているが、「言論の自由」を守るため規制を最小限にとどめる必要があった。 このような要請から、規制は主としてハードを対象にし、ソフトは緩やかにするという政策的見地からも、ハードとソフトを同一事業体が併せて提供することが、常態と考えられてきた。

しかし通信衛星を介して番組を配信し、それをケーブル・テレビ局が受信するのみならず、一般家庭でもアンテナで受信できるようになって、「ハードとソフトの分離」が現実の課題になった。わが国では、1989年の放送法の改正によって「委託放送事業者」(ソフト)と「受託放送事業者」(ハード)という機能分担によって、「ハードとソフトの分離」の道が開かれた。

この分類は、地上波よりも先にデジタル化される放送衛星にも引き継がれ、NHKと衛星放送を行なう民放各社(委託放送事業者)が共同出資して、別法人としての「受託放送事業者」を設立している。ところが、地上波テレビのデジタル化に当たっては、なぜか同じ方式は導入されなかった。推測するに地上波テレビの場合には、既に免許を得ているアナログ用の電波に加え、デジタル用の電波を無償で手にする(しかも6MHzという広帯域をもらう)わけだから、この特別待遇(?)に応えるべく、放送法の主旨である「無線通信(による放送番組)の送信」を遵守しようとしたのであろう。

しかし、そのことによって却って事業化の困難を招来しているとすれば、本末転倒と言わざるを得ない。 貴重な電波を無償で割り当ててもらうことには、応えてもらわなければならないが、それは良質な番組の提供と、一定率以上のカバレッジ(無線方式によるデジタル放送が見られる視聴者の全体に対する率)を設定することで、十分であろう。

「デジタル革命」の恩恵もあって、現在では以下に述べるような各種の伝達方法が利用可能になっている。

A)同一地域の放送事業者が、共同でアンテナを立てる。

B)当該地域での衛星(BSCS)の利用者が多ければ、番組を衛星経由で届ける。

C)衛星経由で送出した電波を中継局で受け、そこから再度無線波で送出する。

D)当該地域にケーブル・テレビがあれば、番組をケーブル・テレビ経由で配信する。

E)わが国では利用例は少ないが、固定式の無線を使って、ケーブル・テレビと同じ機能を実現できる場合もある。

F)当該地域に電気通信事業者の光ファイバーや同軸ケーブルがあれば、それらを経由して番組を配信する。 旧式の電話用の対ケーブルしかないケースでも、映像信号を送るような工夫をして、番組を届けることが可能な場合がある。

G)現在キー局からネット局への番組の送信を、電気通信事業者に頼んでいるのと同じように、伝送の一部を任せることも考えられる。

H)電気事業者の電力ケーブルを使った伝送についても、可能性が検討されている。

ソフト事業者である放送事業者は、これらの手段を最大限に活用してカバレッジを100%に近づける努力をすべきである。 しかし、地上波テレビのデジタル化を提言した「地上デジタル放送懇談会」の報告が、地域のカバレッジが100%であり、かつ当該地域のデジタル受信機の普及率が85%を超えると想定される2010年を目途に、アナログ放送を終了するとしているのが暗示的である。

この点においての弾力化が可能であれば、カバレッジそのものも85%にすることも認められるのではなかろうか。 ただし、このことは残された地域に何ら手を差し延べないという意味ではなく、全く逆に現在の「放送」という概念にとらわれない、提供の道を開こうという主旨である。

仮に現行の放送法と同程度の「ユニバーサル・サービス」性を担保することが、政策目標として妥当であるなら、すべての視聴者に(伝送路の如何にかかわらず)番組を送達すべきことを義務づけることもできよう。

5. いわゆる地方局の経営について

ところで、デジタル技術による放送手段の多様化にともなって、大都市以外を営業区域とする放送局(以下「地方局」)による従来型経営の継続は困難になるものと予測される。 たとえば衛星放送は、地上放送より格段に低コストで番組を視聴者に届けることができるので、全国規模のスポンサーがサポートする全国一律番組の配信・放送業務(つまりキー局番組のネット中継の大部分)は、衛星放送と競争できない。

 しかしながらこのことは、地方局に未来が無いことを意味するものではない。 というのは、各地域ごとに、地域の放送コンテンツに対する巨大な潜在需要が存在するからである。 各地域の人々の仕事や生活は、世界全体・日本全体の事柄だけでなく、その地域に生ずる事柄にも強く依存している。 地域の放送コンテンツに対する需要は、従来においては、放送情報の伝送路容量が限られていたため発現されなかった。 地域の自然・社会・政治・生活環境に関する情報は多種・多様であり、人々はそれぞれの仕事や生活のためにこれらの情報を手軽に入手することを望んでいるのではないだろうか。 たとえばすでに、地域ごとのミニ天気予報が利用されている。地域の健康・医療情報、たとえば冬季のインフルエンザの伝染状況、春の花粉状況などが供給される日も近いのではないか。 各自治体の議会・委員会をテレビで傍聴したい人も多いだろう。地域の大学の講義を有料あるいは無料で公開・放送することは、地域の人々に新たな学習機会をもたらすだけでなく、大学の活性化にも有用だろう。

 また、デジタル化がもたらす「双方向化、サービスの豊富化」という利点は、地域の放送においてより強く発揮され、多数のニッチ・ビジネスが出てくることも予想される。 地域の放送情報供給というビジネスは、これまで充分に開拓されてきた全国放送にくらべ、まだ「原野」状態にあると言ってもよい。 時が熟し、機会が開かれれば、多数の事業者が新規参入を試みるだろう。

 このような時に当たって、地方局がなすべきことは、デジタル化の波をかぶるに先立って、新しい時代のビジネスを見出し、方向転換と発展のための準備を進めることである。 新しいビジネスの第一は、各地域で需要される番組・コンテンツの作成・供給であろう。 それぞれの地域で、どのような情報が必要とされているのか、スポンサーはどこにいるのか、誰が発信者になれるのか、探求と実験を開始するべき時であろう。 この種のビジネスにおいて、地方局は、すでに多くの人材と経験を持ち、先発者の位置にある。 これらを生かし、さらに強化することが望まれる。そのためには、近接する他の放送局や、関連分野(たとえば、教育・広告・エンタテイメント)の事業者との提携・協力も必要になるだろう。

 新しいビジネスの第二は、デジタル化時代における各地方の「放送情報伝送路サービス」の供給である。 従来のように、地方局がアナログ波を擁して、地域の伝送路を独占することはもはやできない。 アナログ波をデジタル波に置き換えても同じである。 したがって、地方の伝送路ビジネスについては、新しい発想を含めた計画が必要である。ケーブル事業者との提携、同事業への進出、電力事業者との提携、インターネット接続事業・伝送事業への進出、あるいは逆に伝送路ビジネスからの撤退など、多数の選択肢が考えられる。

 なお上記のように、地方局のために新しいビジネスの可能性を開くためにも、ハード・ソフト両事業の分離と、ソフト事業の規制撤廃、ハード事業の規制緩和が求められる。 また、地方局の立場からしても、これらの両ビジネスは全く異なった性格のものであり、それぞれ別個に準備を進めるべきものであることを強調したい。 自社製作のコンテンツを特定の自社伝送路(たとえばデジタル地上波)だけに依存して供給することは、将来何らかの技術的理由によってその伝送路が競争力を失ったとき、コンテンツ製作部門まで共倒れになることを意味するからである。

6. 「情報ハイウエイ」の完成を目指して

以上に述べた提言は、90年代当初から世界的な話題になってきた「情報ハイウエイ」構築の面からも、意義深いものである。 なぜなら、当初から予想されていたように、幹線部分の高速・広帯域化はまたたく間に進んだが、「最後の1マイル」と呼ばれている加入者に一番近い部分のデジタル化が遅々として進んでいない。 したがって仮に、地上波テレビのデジタル化を契機として、各種の伝達方法が競い合うことによって、「最後の1マイル」の問題解決が促進されれば、それこそ大きな副次的効果となるからである。

通信技術の分野では、これまでも有線と無線の技術が競い合うことによって、様々な革新が実現されてきた。 光ファイバーの実用化から現在までは、有線技術の優位が目立った。 しかし、移動通信や衛星の進展につれて、無線技術の革新と特定のアプリケーションについての比較優位が再認識されつつある。 この両者の競争の成果を、地上波テレビのデジタル化にどう活かすことができるかは、ひとり放送業界だけの問題ではなく、今後の技術動向全体に影響を与えることになろう。

加えて、地上波テレビのデジタル化は、「デジタル革命」の第3段階(おそらくは最終段階)という性格を帯びている。 1段階では、コンピュータ処理に向いた符号情報がデジタル化され、業務処理の効率があがった。 2段階では、音声情報がデジタル化され、通信とコンピュータが完全に融合した。第3段階では、これまで技術的あるいはコスト的に手付かずであった、画像信号までデジタル化され、放送産業が既に融合済みの「通信とコンピュータ」と融合していくことになる。

この新しい分野(かって「マルチメディア」としてもてはやされた分野)では、わが国はそれなりの比較優位を保っている。 国産のコンピュータ・メーカーを複数持っている国は、アメリカ以外では日本だけである。通信の自由化・規制緩和を他に先駆けて行なったことにより、わが国の通信事業者は国際分野での競争に参加しようとしている。 また放送がこれだけ普及し、国民に愛されている国も少ないし、何よりもわが国のアニメやゲームソフト、放送機器メーカーは、世界の市場を席巻している。

折しもわが国経済は、バブル崩壊以降の不況に悩み構造改革が急務となるなど、暗い話題ばかりである。 ここで地上波放送のデジタル化を契機として、旧来の産業を活性化するとともに、マルチメディアという舞台で新しい産業を起こすことができれば、その波及効果は何倍にもなることだろう。 地上波テレビのデジタル化は、このような鳥瞰図のもとで見るべきであり、その成功のためには、「ハードとソフトの分離」を発展させた「テレビ番組伝達方法の多様化」が不可欠と信ずる。

7. 残された課題

本検討委員会はもともと1996年秋にNTTの再編成の合意が成立し、いよいよ新時代の法体系の見直しが必要になるであろうことを予見して、設置されたものである。 「メディア産業基本法検討委員会」というネーミングが、その意図を示している。

今回たまたま「地上波テレビのデジタル化」という懸案を解決するため、緊急の提言を行なうこととしたが、これは委員会の問題意識のごく一部に過ぎない。 放送分野だけに限っても、

などは、避けて通れない課題である。

また、広くメディア産業全体を見渡せば、検討に値する項目は山積している。 われわれは今後もこれらの課題に対して有効な提言を行なっていきたいと考えている。

 

(参考1 イギリスとアメリカにおける地上波テレビのデジタル化

経済の相互依存と、技術の普遍化が急速に進みつつある現状では、一国内の意思決定も一人よがりでは危うく、常に他を参照しつつ決断する方が賢明であろう。 その意味で、地上波テレビのデジタル化の先例である、イギリスとアメリカのケース・スタディを行なっておこう。

イギリスでは、鉄道の上下分離に見られるような「機能分離」を公益事業の一般原則化していたため、デジタル化論議より早く、90年代早々にテレビの送信設備を別法人にする仕組みが導入されていた。すなわち民放テレビ局の番組の提供(ソフト)と伝送(ハード)の分離が先行し、97年にはBBCの送信部門を切り離し、別の事業主体に委ねることが当然の如く実施された。 これは一方で、放送業界におけるBBCの独占的地位を薄めることを狙った面も否定できないが、産業組織論的発想がより強かったものと推測される。

19989月に世界に先駆けて、地上波テレビのデジタル化を実施した際には、併せて、チャンネルの多重化とともにスクランブルをかけたり外したりする機能を分担する「マルチプレックス事業者」を独立させ、ハードとソフトの仲介業と位置付けた。 これによって、BBCBSkyB(マードックの衛星チャンネル)は、純粋な番組提供者(ソフト)になり、地上波でも衛星でも、同じ番組(例えば人気のあるBBC1)が見られることが多い。 また消費者へのコマーシャルでは、地上波でも衛星でも、専ら番組の良さと豊富さを訴え、技術的な方式の差には言及していない。 もっともこれは地上波と衛星の問で、STBSetTopBox)の規格が統一されていないためかも知れないが。

一方、やや遅れて9811月から地上波テレビのデジタル化を開始したアメリカにおいては、もともと全世帯の3分の2がケーブル・テレビを介して番組を見ており、その率は大都市ほど高いことから、ケーブルのデジタル化が進まなければ、本当の効果は出てこない。 また、徹底した資本主義と自己責任の国であるので、過疎地なども含め全国隅々までデジタル化しようとは考えていない。 過疎地ではむしろ衛星を介したデジタル化が進んでいる。

したがって国土の広いアメリカでは、大都市中心のケーブル・テレビによるデジタル化、過疎地中心の衛星によるデジタル化、中都市を中心にした地上波テレビのデジタル化、の3者が棲み分ける結果になるとの予測もある。

以上先進二国の状況は、政策意図を持って「機能分離」を進めるイギリス、国土や経済風土の影響から地上波・衛星・ケーブルの棲み分けになりそうなアメリカの、いずれのケースをとっても、本提言の「伝達方法の多様化」の方向と平仄は合っていると言えよう。

 

(参考2) 伝達方式多様化のための法制度的考察

本提言は、できるだけ現行法の枠内で対応することを前提としたものである。 また、できるだけ多くのメンバーが提言に参加していただくため、法技術的な細部の検討には触れていない。 しかし提言がいかに常識に合致しても、現行法に限界があれば、直ちに実行に移すことができない事態も想定される。 そこで以下には、やや法技術論になる嫌いはあるが、若干の制度的考察を加えておこう。

1。 問題の核心は、放送法(第2条第1号)および電波法(第5条第4項)において、放送の定義が「公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」とされている点にある。

(1)この結果まず「公衆」の定義が問題になり、ペイ・テレビのようなナロー・キャスティング(対象者が少数で特定的な放送)をどう扱ったらよいか、という議論が生じている。 これを放送に当たらないとする政策もあり得るが、現在は「限定性のある放送」という概念を用い、一応放送の規律に服することとされている。

(2)また、「公衆によって直接」受信されるのでなければ「放送」に当たらないから、キー局から地方局への番組の送信(あるいは、その逆方向)は、「ハードとソフトの一体化」原則の下でも、テレビの創業当初から電気通信事業者の「専用サービス」を利用してきたし、現在でも他の手段に移行する気配はない。

もちろん、マイクロ波で伝送している現在の方法を、見直すことはあり得よう。 しかし仮に、光ファイバーによる有線系の伝送に変更したところで、もともと放送ではないのだから、何の問題もない。

(3)放送が「無線通信の送信」であることから、視聴者から見れば同じ番組を送っても、有線系を用いれば「放送」とはならない。 たとえば、地上波と同じ番組をいわゆる「インターネット放送」で流しても、法律上は「通信」とならざるを得ない(もちろん著作権の処理などが、適正になされなければならないことは、言うまでもないが)。 これを「公然性のある通信」と呼び、前述の「限定性のある放送」との間で、通信と放送の線引きをしようというのが、現在の政策であるが、いつまで維持可能か否かは分からない。

(4)1989年の放送法改正で追加された、通信衛星を利用した「委託放送事業者」と「受託放送事業者」の関係は、郵政大臣から「認定」を受けた前者の業務を、認定証記載事項に従って委託をうけた後者が実施するという、特別の法形式をとっている。 無線局の免許を受けた者同士の「自由契約」を認めた訳ではないし、ましてや無線と有線の「相互乗り入れ」は視野に入れていない。

(5)地上波とBSは、各放送事業者の番組ソフトをケーブル・テレビ視聴者に直接渡し、ただし、その ハード(正確には、送信という機能)はケーブル・テレビ施設者が担当という整理である。 これに対し、CS放送やその他の番組供給事業者は、ケーブル・テレビ事業者に番組ソフトを販売し(通信衛星から「通信」として送る)、ケーブル・テレビ事業者がケーブル・テレビ視聴者に「自主放送」として供給する、という整理であった。 しかし、委託・受託制度の成立と、CSから受信するパラボナアンテナが小さなもので十分で個人でも直接受信が可能になったという実態をふまえ、CS放送もBS放送と同じ整理に変えた、と言われている。

2。以上の解釈は、常識的に見て、いかにも「杓子定規」だとの印象があろう。 マルチメディアによる「通信と放送の融合」が着々と進んでいる現状に照らせば、より弾力的な法の解釈と運用があってしかるべきだろう。そのような弾力化に役立ちそうな、幾つかの示唆を以下に与えておこう。

(1)まず「公衆によって」の解釈を厳密にし、「公衆によらない」の概念範囲を拡大すれば、伝達方式を選択する可能性が高まる。

(2)「直接」受信についても同様で、「間接」の範囲が広まれば、選択肢は増大する。 「間接」受信の代表格は、ケーブル・テレビによる「再送信」(視聴者から見れば「間接受信」)である。 したがって、地上波デジタル化の効果を高めようとすれば、アメリカのケーブル・テレビで一般化している「再送信義務」( must-carry )を課すか否かが問題になろう。

しかし再送信をするためには、それにふさわしい大容量の伝送路がなければならない。 わが国のケーブル・テレビの現状では、地方の局ほど設備容量が乏しいところが多いので、実現性の点で限界がある。 加えて、アメリカの「憲法修正第1条」のような議論が、さほど強くないわが国といえども、「再送信義務」を課すとすれば、ケーブル・テレビの営業と言論に制限を加えることには違いないので、慎重な配慮(たとえば、当該地域の視聴者の大多数の要望を要件とするなど)が必要であろう。

(3)「無線通信」の部分を弾力的に解釈するのは、解釈権の濫用あるいは、そもそも放送法の無視と言われかねない。 しかし、送信から受信までの全過程の一部に、有線部分が入ることは、ある程度までは容認されると考える。 なぜなら、全国ネットの番組を例にとってみれば、東京のキー局から地方の発信局の間の距離が、地方局から視聴者までの距離より圧倒的に長いはずである。 前者が通信、後者が放送と別概念になっているし、経営主体は別法人であるけれども、地方の視聴者の意識は、「キー局の番組を見ている」ということであろう。 このような実態論に基づいて、「無線による」という部分を弾力的に解釈することにより、伝達方式の選択の幅はかなり広がるであろう。

3。以上を要するに、現行法には種々の制約があり、単一の手段や単一の解釈によって、地上波のデジタル化の目標を達成することはできない。 しかし、一つ一つは小さくとも、各種の方法を組み合わせることによって、達成率を高めることはかなりな程度に可能ではないかと思われる。 通信と放送の融合は、仮定の話しではなく現実の課題であり、現在の法体系が現実に則していないことは疑いない。 近い将来において、メディアに関する法体系を、抜本的に見直すことは不可避と思われる。 このような方向性が合意されるのであれば、当座は現行法の枠内で、解釈を弾力化し地上波のデジタル化を促進することも、一定限度までは容認されるのではないかと考える。

 

 

参照

http://www.glocom.ac.jp/proj/medialaw/teigen.html