「危機感が欠如した日本の2000年問題対策」
〜 危機感を持って準備をして、楽観的に乗り越えよう 〜

国際大学グローコム教授
青柳 武彦

驚くべき危機感の欠如

コンピュータの2000年(以下、Y2Kすなわち Year 2 Kiloと称する)問題は今世紀最大の文明危機として、現在世界中がその対策にやっきとなっている。日本でも一部の人間がようやく真剣に対応策を考え始めたが、産業界、官界、政界の大部分にはいまだに驚くほどの無関心と楽観論がはびこっている。もちろん立派に対応をしている産業や企業もあるが、残念ながら例外的でしかない。

研究と対策作業が進んでいる諸国では、対応を完全に行う事は既に時間的に無理である事が認識されている。そして今や対策の重点が、災害を避けるための防止策から、避けられない災害を最小にとどめるためのプラン(以下、コンティンジェンシー・プランと称する)の策定に移行しつつある。

カナダでは32,000人の軍隊を、国内で掠奪や暴動などが起きた時にこれを鎮圧するために国内各所に分散配置することに決定し、これにアバカス(算盤)作戦と言う名をつけた。コンピュータが駄目なら算盤を使えというしゃれであるが、内容はしゃれどころではなく深刻な話である。軍隊に警察権限を与える法律改正がおこなわれた。海軍は、大型艦は全てドックに係留して臨時の発電所、緊急病院、炊き出し設備に転用する事を決めた。さらに今後はY2K問題に関連するもの以外の調達が禁止となった。コンピュータを更新するとか、ソフトのY2K問題対応を行うとか、軍艦を病院に転用するためのベッドを購入する等の用途以外のものはすべて中止または先送りである。

米国でも、ロシアの核ミサイルによる誤爆の危険性、掠奪・暴動、及び経済不安から逃れるために田舎に逃げ出したり、大きな備蓄を始める人たちが出てきている。どんなことでも起り得るのであるから、夫々が自分の哲学と信念に基づいた対応をすれば良いことであり、誰もそれを揶揄したり、いわんや非難したりすることはできない筈である。

日本では、いくら物資が不足しても直ぐに掠奪や暴動と言うことにはならないだろうから、多分そういう対策は不要だろう。しかし、それにしても日本における危機感の欠如は目にあまる。本当は関係省庁、地方自治体、NPO、住民、が連携を取り合って、もっと現実に立脚したコンティンジェンシー・プランを緊急に策定する必要がある。

日米の違い

この様な危機感が欠如した状態はなぜ生じたのであろうか。日米における対応姿勢を対比することにより考察してみよう。

「Y2K問題対応姿勢の日米比較表」
Y2K対応 日本 米国
一般的環境 無関心、楽観論 危機意識、悲観論
対応の姿勢 恥、反省、責任追及、秘匿、希望的観測の発表 人類の負の遺産、自己責任原則による現実的対応
対応の原理 精神論的完全主義 確率論的現実主義
行政の対応 注意喚起、統計的分析 増加を続ける予算、厳しい監査
法律制度的対応 なし。時間切れ 情報開示法、責任制限法(審議中)、その他、多くの法案あり

(作成:青柳武彦)

観論と楽観論

最近は米国の政府、マスコミ、および関連企業の姿勢もパニックを避ける論調に微妙に変化しつつある。しかし冒頭に述べた通り日本では殆どの人が無関心だからパニックなどは全くない。それが大問題であるのに、政界や官庁においてはパニックを避けるために危機感をあおるような言説は控えるべきであるという珍妙な言説がまかり通っている。日本は米国に比べると周回遅れどころか何周も遅れているのであるから、米国政府と一緒になってパニック防止などといっているば場合ではない。この段階におけるパニック回避は、無為無策と情報秘匿を意味する。それは問題が発生した時にかえってパニックを増幅させる結果となるのだ

日本がこのようなノーテンキな事態に立ち至っている原因は、一にも二にも正確で詳細な情報が開示されていないことにあると考えられる。そこに到る事情はいろいろと考えられるが、筆者にはY2K問題についての日米における理解の程度の差、組織のあり方、及び両国民の精神風土の差に関係があるように思われる。

誰が悪いのか

米国においては早くから問題意識があり、実際に対応作業が行なわれていた。その中で問題の本質は、コンピュータにおける年号は二桁対応が常識であった時代に仕込まれた種であること、したがってこの問題は今世紀における人類の負の資産であり、誰が悪い訳でもないことが良く理解されてきた。もちろん問題を直接担当する部門も自分達が悪かったなどとはさらさら思わないから上層部に実情を正確に報告し、対外的にもこれを発表する。社会もこれを歓迎して、それぞれが自己責任原則による現実的対応を行なってきたものである。

これに反して日本では、一部を除いて対応が遅かったために実際の作業にも着手しておらず問題の本質が良くわかっていなかった。更にソフトウエアの問題にばかり目がいっていて、本当はもっと深刻な埋め込みチップの問題点が看過されていたという事情がある。問題の報告を受けたトップも「今まで情報システム部門は何をしてきたのか」と怒る。本当は、これが一番悪いのだ。

叱られた情報システム部門も、前任者がやった仕事などといういいわけは決していわない。この様な事態に立ち至ったのは自分達の重大な責任であり、大きな恥であると反省してお詫びをする。そして、どの企業も恥はひた隠しにして外部に漏らさない様にしてきた。秘匿するという意識はなかったかもしれないが、少なくとも作業中の対応については完了してから対外発表すれば良いと考えてきた。

精神的完全主義と確率論的現実主義

 対応の原理も日米では大きく異なる。日本においては、担当部門は間違った責任感から必ず期日までに完全な対応を済ませると決心して、そのように上司に報告する。いわば「精神的完全主義」である。この様な報告が組織のハイアラキーの各層を通じてトップにまで上がってくると「我が社は順調に対応を進めているので何の問題もない」、あるいは「×月×日までに対応が完全に終了する」という報告になる。かくしてインターネットの各企業のY2K問題関連サイトは楽観的な報告ばかりになる。もしかすると日本企業のトップの多くは本気で何も起らないと思いこんでいるのではないだろうか。

米国では確率論的現実主義に基づいて対応が行なわれている。これだけの問題であるから、どんなに準備をしても何も起らないはずはない、完全対応は不可能であるとの認識から出発する。更には対応が極めて費用、時間、及び労力を要する困難な作業であることも、作業を進める中で良く知られてきた。そうなると個人も企業も自己保全の立場もあって、どんどん問題点が存在することを企業内及び社会に対してアッピールするようになる。社会もそれを歓迎する

1998年10月19日にクリントン大統領がサインして発効した「情報開示法」(1)善きサマリヤ人立法(2)と呼ばれており、開示された情報を根拠に訴訟を起されることを防ぐことにより、企業の勇気ある情報開示を促進しようとするものである。機器の利用者も開示された情報を基にして対応を行なわないと怠慢とみなされて、後日に損害賠償請求が成立した場合でも大幅に過失相殺されてしまう。これだけの問題なのだから必ず何か起るだろう、それには現実的に対応しなければならないと言う「確率的現実主義」なのである。

行政の対応

日本政府も遅まきながら小渕首相直々の管轄で顧問会議を組織し、高度情報通信社会推進本部の1998年9月11日にの決定に基づき「コンピュータ西暦Y2K問題に関する行動計画」を作成して対応を開始した。しかし率直に言って、やっていることは各方面の注意を喚起することと、集まってくる報告を集計しているだけで、対策推進という観点からは何の実効もないといっても過言ではない。集計作業は必要ではあるが、本当の対策はそこから先である。報告された数字の信憑性のチェックや対応スケジュールの進捗のチェックこそが肝要である。

行動計画の推進状況が1999年4月に発表されているが、それは各方面からの「今までに何%対応を完了し、何時までに100%完了する予定である」というばら色の報告で充ちている。それに対する何の裏付け調査も行なわれておらず、全部を鵜呑みにして集計しているだけである。これを読むと誰も何の心配もする必要はないと言っているのと同じだ。行政府がやらなければならないのは、進捗率の数字は真実であるか、対応の方法は間違っていないかを厳重に検査・監査を行なうことである。

繰り返していうがY2K問題については対応が完璧に完了すると言うことは有り得ない。完璧な対応が出来たと自負している日本メーカのソフトウェア約2百万ステップを、最近米国のCCD Online Systems社が検認ソフトで調べたところ約6百ステップ(約0.03%)のエラーが発見された。日本大企業の平均はもっと悪いので大変好成績なのだが、関係者は完璧対応が有り得ると思っていたから大ショックを受けたそうである。

いわんや埋め込みチップ問題は、世界に250〜500億個あるといわれる全てのチップを調査して、焼付けてあるプログラムのレベルで問題チップ発見して代替するのは既に時間切れであるから完全な解決は不可能なのである。ユーザ企業にしてみるとチップは機器や施設に埋め込まれてしまっているから調査は困難であり、納入メーカに問い合わせるしかない。

しかし殆どの納入メーカの技術者は情報が不足しており危機感が欠如している場合が多いから機能設計や設計仕様のレベルで時系列対応をしている危険な部分が有るかどうかを判断してしまうことが多い。実際の下請け企業が担当した製造仕様は設計仕様とは全く異なるから問題チップがあったかもしれないのに、発見されないことになる。テストの方法も良い加減なものが多いことに驚かされる(3)

米国では97年2月より行政管理予算局(OMB)が四半期ごと各省庁の対応状況を厳重に検査を行なって、AからDまでの評価を行い議会に報告している。進捗度を中央機関が独自に評定して評点を行なっている点が重要である。完了と申告していたものが、エラーだらけであることが発覚してランクを下げられてしまった例が続出している。国防総省は関係者の必死の努力にもかかわらず現状では最低の成績である。連邦航空局(FAA)も、次から次へと監察官( Inspector )によって失策が指摘されておりすっかり面目を失墜してしまった。

ここでは、米国の行政府の対応がお粗末であることをいおうとしているのではない。日本もその他の国もすべて例外ではない。人間がすることは所詮はこういうことであり、したがって厳重な監査やチェックが必要であるということである。

日本の行政府による対応の例外は金融監督庁である。ここでは98年10月から、わずかに4名ではあるが民間から採用した専門知識を有するものによる検査を実施している。他省庁と考え方と姿勢が全く異なるといって良いだろう。欲をいえばもっと早くから、人数も400人くらいで実施すればもっと良かった。

米国の議会に直属している会計検査院GAO(General Accounting Office)がY2K問題対応経費の総見積もりについて99年4月28日に下院に対して報告(4)を行なっている。各行政府の組織が締め切りまでに報告を怠ったとか、報告がないから下部の組織に直接聞いた等と言う表現が随所に出てくる。役所同士の面子や和を重んじる日本の正式報告書ではとても考えられない。

次のグラフは24の主要な連邦機関による総コストの見積り額が過去2年の間に23億ドルから75億ドルへと3倍に跳ね上っていることを示している。今後も増えつづけるであろうし、Y2K以降も発生しつづけるだろう。行政管理予算局(OMB)は98年2月の段階で既に最終的には100億ドル(約1兆2千億円)を越えることになるだろうと言明していた。なお、このうちの三分の一近くが軍事間連である。

主要24連邦機関によるY2K問題対策総コスト見積り

対応作業をやればやるほど事態の深刻さが増して作業量が増大し、検査・監査の量も膨大になり、したがって総コストの見積り額も増加しつづけている実態が浮かび上がってくるではないか。それにしても日本政府のY2K問題間連予算は平成10年度予算でたったの98億円、平成11年度予算で248億円、合計でも346億円で、米国の殆ど三十分の一である。あまりにも違いすぎるが、一体この差は何なのか?

日本は防衛関連組織が小さいとか、システムの数が少ない等、理由は色々とあると思われるが最大の差は、日本における対策が危機感が欠如したままで行なわれていること、したがって作業に厳密さと緻密さが不足していること、及び対応の中味について第三者による検査と検証が全く行なわれていないことに尽きると思われる。

Y2K問題に関しては総ての関連組織体と個人が危機感を持って準備を行ない、しかし楽観論を失わないで乗り切るようにもっともっと準備を進める必要がある。

付表

準備の姿勢 楽観論で準備 危機感を持って準備
チェックの仕方 伝聞で済ませる。(メーカーが大丈夫といっています等。)依頼する。 自分で調べる。根拠を確認する。証明書を取得する。チップはコーディングレベルで調査
進捗管理 完璧な対応可能性を確信。進捗率が高ければ安心。 完璧は不可能の前提で何が出来ていないかにポイントをおく。
統括責任者の姿勢 当事者の申告を信頼して任せる。組織の面子を尊重。 常に疑問をもつ。検査・監査を厳重にかつ継続的に行い評価。
コンティンジェンシー・プラン 策定しない。又は軽微な影響を前提として策定する。 長期的かつ重大な影響を前提として策定する。

(1)Year 2000 Information & Readiness Disclosure Act <本文に戻る>

(2)聖書の故事から来た法理で、善意の救済者の過失は免責すべきであるという考え方 <本文に戻る>

(3)国際大学グローコムY2K研究会(公文俊平会長、舛添要一議長)では毎週、多くの企業によるY2K問題対応の実態を半導体専門家や電子工学専門家などの委員と検討している。 <本文に戻る>

(4)"Year 2000 Computing Crisis = Cost and Planned Use of Emergency Funds" United States General Accounting Office  http://www.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=gao&docid=f:ai99154.txt.pdf <本文に戻る>

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