「2000年問題の深刻さ」(※公文レター11月号より抜粋)公文俊平2000年バグと2000年問題
公文レターの読者の皆様に、いまさら2000年問題とは何かについてご説明する必要はないと思いますが、いちおう再確認するところから始めさせてください。 コンピュータもそのメモリも希少で高価だった1950〜60年代に、メモリの使用を少しでも節約すべく、西暦の年号を下二桁だけで示すコンベンションが、コンピュータ業界では広く採用されるようになりました。そのような慣行は一般の社会にも普通に見られたので、とくに奇異なことともみなされませんでした。もちろん、西暦2000年(Y2K)が来たときには、このやり方が通用しなくなる可能性は、当時といえども気づかれていました。つまり、コンピュータに1900年と2000年の区別がつかなくなる、あるいは2000年を1900年と誤認してしまう可能性がそれです。あるいは、「00」という入力を日付ではないとしてエラーにしてしまったり、割り込み信号だと解釈して、次のコマンド入力を待つ態勢にはいったりするために、コンピュータが停止してしまう可能性も考えられました。これが「2000年バグ」(1000年紀バグともいいます)に他なりません。 しかし、当時のプログラマーたちは、西暦2000年までにはまだ何十年も時間があり、次世代のコンピュータやソフトウエアでは、当然必要な修正が行われるだろうと想定していました。いやそもそも2000年までには人類社会が絶滅しているかもしれないという見方さえ、決して少なくありませんでした。当時は、米ソ全面核戦争の勃発の方が、はるかに差し迫った脅威だったのです。 ところが、結果的には核戦争は今日まで何とか回避されてきました。消滅したのは、米ソの冷戦の方でした。(そして、いまあらためて、核拡散や局所的核兵器使用の可能性が危惧され始めていますが、それはまた別の話です。)他方、コンピュータ・プログラムの方は、既存のものを全面的に書きかえる代わりに、それらをベースとして部分的に修正したり、新しいプログラムを追加したりする形で、増殖が続きました。あるいは2000年に対応していないままのマイクロチップスが大量に生産されて、多種多様な機械器具やシステムのなかに埋めこまれていくことになりました。このため今日では、2000年バグは全世界では数百億行にものぼると見られるコンピュータ・プログラムの中に、あるいは合計すると200億とも500億ともいわれる埋めこみチップないし埋めこみシステムの中に、散在するようになりました。いわゆる「2000年問題」とは、この2000年バグへの対応がなされないままに残る結果として発生するさまざまな不具合ないし災害の総称です。 適切な対応が行われない場合には2000年問題が深刻な社会問題になりうるという指摘は、すでに1980年代の終わりから一部の人々によって行われていたそうです。そして1990年代の半ばまでには、この問題の存在は、少なくともコンピュータ業界の中では広く意識されるようになり、対応の努力も進められ始めました。(ただし、埋めこみシステムが問題を引き起こす可能性が意識されるようになったのは、それよりもずっと遅く、1990年代の後半に入ってからだったように思われます。) しかし、その時までにはコンピュータあるいは埋めこみシステムは、世界中に広がっていました。政府や企業の運営だけでなく、私たちの日常生活のほとんどすべてがそれに依存するようになっていました。にもかかわらず、あるいはまさにそのゆえに、「情報システム」部門に直接関係のない政府官僚や企業の経営者・管理職、コンピュータの一般ユーザー、あるいは一般市民たちは、ここまで普及したコンピュータに、そんな根本的な問題が未解決のまま残されているはずはない、当然誰かが対処しているはずだ、と考えたのでしょう。ほとんどの人々は、2000年問題が深刻な社会問題になりうる可能性には、まるで目を向けようとしませんでした。真剣な対応の試みも、広範には行われないままでした。 こうして1990年代の後半に入ると、「もはや時間切れではないか」という危惧を抱く人も現れるようになりました。2000年問題の発生は不可避とみて、それが引き起こす災害自体に対する対策(農村部への移住とか、物資やエネルギーの備蓄ないし自給自足態勢の構築などを含めた)を取る個人やコミュニティもでてきました。今年の初めに、一般の読者向けに『時限爆弾2000』(邦訳はプレンティス・ホール社)を出版した、ヨードン父子は、出版をすませた時点で、住みなれたニューヨークを引き払って、田舎に移住したそうです。日本で早くから2000年問題の深刻さを訴えてきた足立晋さんは、この出来事について次のようなコメントをご自分のホームページ(www.y2kjapan.com)に掲載しています。足立さんは、『コンピューター西暦2000年問題の衝撃』(実業之日本社、1996年)の著者でもあります。 今年、1998年2月、ひとりのベテラン・プログラマーが、ニューヨークはマンハッタンから逃げ出して、ニューメキシコ州のタオスという田舎町へ移り住んだ。2000年問題によって「ニューヨークやシカゴはベイルートになる」と言い放って早々と脱出したのは、だれあろう、アメリカのコンピュータ・プログラマーの旗手と目されているエド・ヨードン氏である。主としてプログラミング技法に関する20冊を超える書物を著し、2000年問題についてもいち早くその危険性を説き、エコノミストでもある娘のジェニファーとの共著でTIMEBOMB2000という本を出した直後であった。同氏の著書は何冊も邦訳され、日本にも読者は多い。レバノンの首都ベイルートは、いうまでもなく、うち続く内戦によってがれきの山と化した。まさかマンハッタンのビル群がそのように崩壊するという意味ではなかろうが、2000年が近づくにつれて多くのビルの機能が失われ、都市としての体をなさなくなることを心配したのであろう。他にも目的はあったにしろ、都市と2000年問題を考えさせる事件ではあった。 時間切れとなった2000年バグ対応1998年末の現在、多くの分野で2000年バグへの対応はすでに時間切れになったと判断せざるをえません。2000年問題を比較的早くから意識し、世界に先駆けて対策を講じてきた米国政府さえ、それを公式に認めています。クリントン大統領は、今年の10月19日からの1週間を「2000年問題行動週間」として、広く全米に対して問題の所在と対応の必要を訴えました。対応状況や予想される危険に対する情報の開示を要求する新しい法律も制定されました。 こうした動きの背景にある米国政府の対応の遅れについて、今年の5月に米国の管理予算局が発表した進捗状況説明の一部を次にご紹介してみましょう。
連邦政府の対応がこの状況ですから、地方政府、あるいは各地の中小企業の対応の遅れは想像に余りあります。(日本ではこのような情報の開示さえ、まだほとんど行われていません。) 埋めこみシステムの問題とりわけ問題なのは、そのプログラムが物理的なチップの中にあらかじめ書きこまれてしまっているために変更が困難な「埋めこみシステム」(埋めこみチップ、ファームウエア、マイクロコントローラーなどとも呼ばれる)です。私たちの日々の「生活の姿なき守護者」とも呼ばれる埋めこみシステムは、たとえば次のようなところに埋めこまれています(マイケル・ハイアット『世紀末の時限爆弾』文藝春秋、1998年)。
全世界に存在する埋めこみシステムの数は200億とも500億ともいわれています。控えめに見てかりに200億としましょう。そのうち、日付に関連する部分(RTC=リアルタイム・クロック等)をもっているものの数をその3%(6億)としましょう。そして2000年バグ未対応のものの比率を、そのさらに1%(600万)としましょう。そして、その中で重大な損害ないし災害に結びつきうるもの(たとえば発電所や鉄道の制御系に、あるいはツンドラ地帯のパイプラインや海底電線や人工衛星に、埋めこまれているシステムの機能不全)が、そのまた1%(6万)だとしましょう。それでも、2000年初頭に重大な不具合の発生する件数は、全世界で6万件ということになります。そのうち10%が日本にあるとすれば、6000件ということになります。そんな規模での災害の同時多発に対応することは、困難を極めるでしょう。ちなみに、ガートナー・グループの推計によれば、すでに「1999年には、世界中で5000万個以上の埋めこみシステム装置が、2000年の日付の異常を示すだろう」ということです。 埋めこみシステムの問題は、膨大な数の問題と同時に、質の問題でもあります。それがどこにあり、どんな機能不全を起こす可能性があり、その結果全体システムにどんな障害が起こり、それに対応するにはどうすればよいかを事前に知ることがきわめて困難なところにあります。海底や空中、あるいは地下の施設に埋めこまれているチップの個別的な修理や取替えは、事実上不可能でしょう。「時間切れ」を覚悟せざるをえないゆえんです。 2000年問題の深刻さ時間切れで2000年に突入するとすれば、どんな問題が起こるでしょうか。ここでは、米国商務省の国際貿易担当アーロン次官がこの10月16日にロンドンで行われた2000年サミットで行った演説の一部をまずご紹介してみましょう。 アーロン次官によれば、米国の沿岸警備隊が最近海運関係の製造業を対象に行った調査の結果、そこでの埋めこみチップのなんと20%以上が2000年バグ未対応であることが発見されたそうです。また別の推計によれば世界の海運会社の25%が、2000年バグの結果大きな被害をこうむる可能性があるそうです。また、世界貿易を構成している生産者、販売者、顧客、運輸システムの複雑な相互連関リンク、とりわけそれを支えている税関、港湾ターミナル、荷揚げ配送システム、あるいはそのインフラとなっている電力、石油・ガス、通信、運輸、金融システムのどこか一部でも崩れると、それは世界貿易に重大な影響をおよぼし、近年の不況からようやく立ち直りかけている世界経済を直撃するおそれがあります。米国の場合、国際貨物の90%は中小企業によって取り扱われていることを考えれば、2000年バグ未対応の危険はとりわけ深刻です。2000年対応をすませていると称する大企業(全体の96%がそういっています)でも、コンティンジェンシー・プランをもっているのはその半分にも足りません。さらに貿易相手の途上国となると、ガートナー・グループの予想では少なくとも一つのミッション・クリティカルな被害をだすと思われる国が、全体の3分の2にのぼるそうです。それなのに、事態のそうした深刻さの自覚があまりにも欠如していることが、アーロン次官の最大の懸念です。演説の終わりに、次官はこう述べています。 過去に製造や供給チェーンの崩壊を引き起こした出来事としては、労働者のストライキや通信システムの故障や停電、あるいは地震や洪水のような自然災害などがあります。これらの事例が引き起こした影響を数千倍してみてください。そうすれば、2000年問題への真剣な対応の欠如がもたらす地球的な規模での被害のありうべき大きさについて、多少の感じがつかめるというものです。 もちろん、もっともっと深刻な災害の発生の可能性について述べている文献やインターネット・サイトはほとんど枚挙にいとまがありません。その一例だけを以下に紹介しておきましょう。国際危機管理センターがこのほど出版した書物、What Will Become of Us? Counting Down To y2kの一節です。 われわれの文明が2000年バグの修復にとりかかるのがあまりに遅すぎたために、発展した諸国は、7年から8年にわたる経済崩壊に見舞われるばかりか、その後の回復も緩やかで、遅すぎて、ぎこちないものになるだろう。もちろんコンピュータの専門家たちは、2000年がくるまで、ハードウエアとソフトウエアを対応させるべく英雄的な努力を続けるだろう。しかし、1999年の第3四半期までには電力や鉄道や行政サービスなどの多くのプロジェクトのリーダーたちは、敗北を認め、最悪の事態に備えるだろう。2000年問題に影響されないと思われる唯一の人々は、地理的に隔絶した場所に住むメノー派やアーミッシュの農家の人々か、都市から田舎に移住してコンピュータ技術とは独立した生活を営む準備を整えた家族たちであろう。その他のすべての家族は、収入を失ったり、各種の社会サービスやライフライン、あるいは経済の局地的な混乱に見舞われたりするだろう。用意のない家族は、飢餓や病気あるいは長く続く困苦に耐えなければならなくなるだろう。未来への危惧は年々増大し続け、ようやく2006年の終わりごろになって、トンネルの出口を示す多少の明かりが見えてくるだろう。 2000年問題への個別の対策すでに見たように、埋めこみシステムの問題まで考慮に入れると2000年バグへの対応は困難を極めます。単調極まる調査や修正、テストの努力を延々と続けなければなりません。かかる時間も費用も巨大です。しかも、自分のところだけ直せばそれですむというものでもなく、他の人が対策を怠っていれば、その被害は自分にも及んできます。しかし、それにも増して困難なのは、時間切れになった結果生ずる被害への対策です。 なぜならば、いつ、どこで、どんな被害が、どれだけの期間にわたって続くかの推定自体が、的確に行うことはほとんど不可能と見られるからです。いいかえれば、予想しなければならない被害のありうべき範囲ははなはだ大きく、どこに焦点を合わせるべきかがはっきりしません。その中にはライフラインの機能停止も当然含まれますが、電気が切れると考えるか、電気だけは大丈夫と考えるかで、とくに都市部での対応の仕方はまったく変わってくるでしょう。通信や交通の途絶の可能性についても、同じことがいえます。生産や貿易活動の低下が、いつごろどのくらいの規模で始まるかによっても、対策は大きく違ってくるでしょう。何が起こるかわからないといわざるをえない2000年問題に対しては、最悪の事態に備えようとすることは事実上不可能です。 しかもこうした事態を予想し対策を講ずることは、これまでの日常生活とは余りにも異なった生活を送るようになることでもありえます。多くの人々は、「そんな荒唐無稽な話があろうはずがない」といって無視したり、腹をたてたりするでしょう。あるいは、信ずる理由があると思った瞬間に、パニックを起こしてしまうかもしれません。その意味では、適切な情報の開示の仕方も困難を極めるというべきでしょう。 結局、ジョージ・ギルダーもいうように、2000年バグや2000年問題の最終的な対応は、既存の情報通信システムが新しい情報通信システムに全面的に置きかえられることによって始めて可能になるのでしょう。 それにしても、この種の事態への対処にあたっては、中央政府の果たすべき役割には大きなものがあるはずです。何をおいても、政府機能を崩壊させてはなりません。歴史的に政府不信感の強いアメリカにさえ、こういう時こそ政府にはしっかりしてもらわなければならないという発言が見られます。中央政府は、不急の計画や業務はすべて棚上げにして、2000年バグへの対応と、2000年問題への対処に全力を投入すべきです。 直接住民の福祉に責任をもつ地方自治体の役割は、さらに重要です。私は、2000年問題を調べていて、21世紀が「地方の時代」になるという見通しを、ようやく実感を持って理解することができるようになりました。これからの数年間、地方自治体、とりわけその首長は、中央政府や他の自治体、あるいは一部住民の意思に反するような、厳しい決断とその断固たる実行を迫られる機会が増えることでしょう。 しかし、なんといっても、2000年問題に直接かつ最終的に対処しなければならないのは、私たち自身です。私たち一人一人が、また個々の家族や企業、また地域コミュニティが、自分の判断と責任のもとに、自分の生命や安全の保持をはかる以外にないのです。
|
1999 GLOCOM Y2K Project. All Right Researved.