【Σ(゚д゚lll)ガーン】
タカラ「ギコ猫」商標登録問題と 2ちゃんねる
【(゚Д゚#)ゴルァ】

澁川修一

GLOCOMリサーチアソシエイト

独立行政法人経済産業研究所研究スタッフ

東京大学情報学環・学際情報学府修士課程

1.問題の所在

 インターネットでのコミュニケーションは、電子メールにしても、掲示板への書き込みにしても基本的に文字で行われているのが通例である。それゆえに、微妙なニュアンスを補うために、絵文字が使われることが多い。国際的に通用している物としては :-) (横に見るとスマイルマークに見える)や、国内では、(^^; 等がよく使われている。これは、メールなどの場合、単純な文字の交換によるとげとげしさ(殺伐さ)を少しでも薄める、あるいは行間に込められた気持ちを表現するために用いられている。

 一方、電子掲示板においては、それらの絵文字は、さらに豊かな発展を見せており、中には絵文字の範囲を超え、ある種の芸術作品的な完成度を示す物すらある。それらの顔文字・絵文字等を、“AA”(Ascii文字で制作されたArtの意)と呼ぶが*1、その発信源となってきたのが、特にここ数年で勢力を拡大した、「2ちゃんねる」(以下2chと略)等の巨大(匿名)掲示板群である。しかし、そのAAの著作権の帰属については、これまで深く顧みられることがなかった。その点を衝く形で、株式会社タカラ(以下、タカラと略)がネット上の掲示板で広く用いられているAAキャラクターである「ギコ猫」(図1参照)の商標登録(平成14年3月12日付で特許庁へ商標出願の手続を行った、商願2002-19166「ギコ猫」)を行ったのである。この事件は、特に2ch上で、きわめて興味深い展開を見せた。本稿では、この事件を題材に、AAに代表される掲示板文化の資産はどう扱われるべきなのか、さらに、企業は2ch(帥lットユーザ)に対してどのような態度を取るべきかについて、手短に考察していくことにしてみたい。

2.タカラ「ギコ猫」商標登録をめぐる騒動

 タカラの商標登録の企みは6月2日の夕刻、2chのニュース速報+板のスレッド(スレ:"thread" 、糸、筋道、話題の意)「【商標】『ギコ猫』はタカラの猫?【申請中】」が立てられたことで明らかになった。これは2chの住人(2ちゃんねらー)の間に、瞬く間に激烈な反応を呼び起こした。つまり、ネット上でユーザ自身の手によって育てられてきたキャラクターを自社の商売にしようとする、まったくもって「盗人猛々しい」動きであるというものだ。かくして怒りはリヒター・スケールを突き破り、タカラへの抗議運動は燎原の火のごとく、ニュース速報+板から、果ては鉄道路線・車両板にまで広がり、1時間に3スレを消費する(=平均して1分間に50書き込み)という、過去最大級の祭り*2となった。

 さらにタカラ批判のflashアニメ*3やAAが大量生産されるとともに、ニュース速報+板のdefault表示が「ギコ猫( ゚Д゚)さん」、ニュース実況★板のdefault表示を「朝までギコ猫( ゚Д゚)さん」へと変更され、2ch全体での抗議の意志が示された*4。

 実は、このタカラの動きは、2日深夜まで2ch運営陣の知るところではなかった。2chの「管直人」であるひろゆき氏の第一反応も「いやぁ、寝耳にミミズクで、、、」であった*5のだが、即座にひろゆき氏は、正式に抗議を行う姿勢を明確にし、タカラに対しての公開質問状(前述「タカラ逝って良し」にて公開されている)を作成開始する(送信は3日早朝5時)とともに、2chのトップページの画像をギコ猫に変更した。

 翌3日も、当初の勢いこそ弱まったものの、抗議の顛末を伝えたひろゆき氏個人のメールマガジン経由で、広く事件が知れ渡るようになり、この祭りは新規参入者を巻き込みながらも続き、メディアも速報で伝えた*6。その間2chでは、タカラの大株主が「パトレイバー」等、キャラクターアニメに関しての商標登録を行ってきた経緯があるコナミであること等から、コナミへの批判が高まるとともに、同様のAAを商標登録するビジネスに対しての危機感が高まった。

 そうしているうちに、午後3時になって、突然タカラのHPに「商標出願取下のお知らせ」が現れ、一連の行動を「軽率だった」として、ギコ猫の商標登録出願の撤回を願い出たことを明らかにした*7。この素早い、かつ真摯な対応に2ちゃんねらーの怒りも急速に収まっていった。

 おそらく、上記の「タカラ逝って良し」ページや各スレなどで、タカラに対しての組織的抗議メール送信が呼びかけられていたことからして、相当程度の抗議メールが殺到したことは想像に難くない。また、タカラ側も、キャラクターに関する商標登録自体は、毎年1,000件あまり行っている日常的な業務であることから、事態をやや軽く見ていたのではないか。その結果、本来ギコ猫グッズの購買層である2ちゃんねらーを怒らせてしまい、当初方針を撤回し、謝罪する羽目になってしまったのだ。

3.考察

■問題1: AA等の掲示板文化の資産はどのような扱いをされるべきなのか。

 この問題の根源は、ひろゆき氏が質問状(前述「タカラ逝って良し」で読むことができる)の中で述べたように、「ギコ猫」がインターネット・コミュニティから誕生し普及した、ある種のコモンズ(公共財)として認知されていることに尽きる。特にギコ猫は、2chよりも遙か以前、ぁゃιぃわーるど掲示板(1996年ごろ〜1998年夏ごろ)にその起源があるほど古くから掲示板コミュニティの中では親しまれ、さらに2chのモナー板・顔文字板(Ascii Art職人の板)上等で多種多様な亜種が育まれてきた経緯がある。

 そのような現状から考えると、ひろゆき氏が述べるように、キャラクタービジネスの本道が、それを生み出し、育て、普及させていった人々すべてに利益が還元されていくものだとするならば*8、独占的にタカラがギコ猫の商標権を有するという事態は2ちゃんねらーに限らず、ネットユーザ全体にとって、きわめて憂慮せざるを得ないものとなっていく*9。もちろん、AAが商標なのかについては議論の余地があり、特許庁が認めるかどうかもわからない。しかし、商標になれば、一義的にはギコ猫は半永久的に「タカラの所有物」となってしまうのである。

 もともと、このようなAAのみならず、ある種の著作的な性質を持つまとまった量の書き込み、さらにはFlashムービー作品や自作mp3音楽ファイル等、2ちゃんねらーによって生み出された文化的な生成物について、2chとしてもっと権利を主張すべきという意見は以前から存在した。しかしその一方で、2chの、サラダボウル的なカオス状況こそが魅力であるという立場から、権利的な縛りがかかる際の危うさを指摘し、自由なコンテンツ利用を主張、すなわちAA等に著作権を主張すべきではない、という意見も存在していた。

 2chの運営側としても、その種の文化的生成物に対しての権利保護・著作権の確保などについては組織的に動いてこなかった。その理由は、前述のように意見が割れていたことに加え、ひろゆき氏が批判要望版のスレ「タカラのギコ猫商標出願について連絡は無かった…4」にて語ったところによると、以下の4点であったらしい。

(1)商標の登録・更新作業には費用がかかる。

(2)種類が膨大なため(一見同じ様なAAでもバリエーションは無数にある)、個人で行うには限界がある。毎回更新する手間は面倒。

(3)何らかの管理団体を作るにしても、誰が、どのような形で行うか。

(4)申請しようという話は前からあったが、結局、申請しない事での明確なデメリットがなかったので、放置していた。

 以上のような状況があり、「ギコ猫」らAAが誰のものかという議論は、事実上宙ぶらりんの状態になっていた。AAの著作権に関しても、現行の著作権法では著作権者は明確に一個人(法人)になるため、原著作権者が不明、あるいは不特定多数となるAAに関して、権利の主張は非常に困難であるという判断である。

 しかし、今回のタカラによる商標登録申請は、この問題に関する「パンドラの箱」を開けてしまったのではないか。今回の騒動はタカラという、有名企業が行ったので抗議行動も大規模になった。しかし、ひろゆき氏が前述スレで述べたように、「もし栃木県のなんとか興業とかが申請していたとしたら」抗議行動は実を結ばず、登録商標は取得されてしまう可能性もある。また、一個人が申請をしてしまうかもしれない。結果的に今回はタカラが引き下がることで解決をしたが、このような事態を防ぐために、これを契機にAAに対して確固とした権利保護の仕組みを入れることを検討すべきではないか。

 では、どのような権利保護が考えられるかであるが、ひろゆき氏の四つの理由を考えると、特にコミュニティ間でのコンセンサス形成がかなり難しいことがわかる。しかし、ユーザ自身による権利保護により、コミュニティに利益を還元するという考え方を取れば、コミュニティの理解は相当程度得られるのではないだろうか。たとえば、2chを襲った2001年8月のいわゆるUNIX危機*10後、収益源の確保に迫られた2chは、運営陣の設立した会社を窓口に、AAキャラクター商品のグッズ販売を企画していた。これは、商品の収益が2chの運営費の一部に充当されるという計画であった。タカラもこのような形で、2chのコミュニティに収益が還元されると宣言したならば、2ちゃんねらー側もそこまで怒ることはなかったのではないか。

 ただし、そのためには、2chのコミュニティが、それらAA等の文化的生成物の所有者である必要がある。すでに、2chでは前述のような2chユーザによる権利保護の仕組みを模索する動きが始まっている。モナー板に6月3日の夕刻に設置されたスレ「【権利擁護】AA協会(仮称)を発足しよう!」*11では、そのような権利保護を行う団体を設立しようという提案が行われている(下記( ´∀`)さんの発言(引用)を参照)。

【権利擁護】AA協会(仮称)を発足しよう!

1名前:( ´∀`)さん 投稿日:02/06/03 18:20 ID:mf4LII/6

 今回の騒動で危うく我々はギコを失うところですた。タカラ側の良識ある対応のおかげで事なきをえますたが、第二第三の「ギコ危機」が起きないとも限りません。

 そこで、AA(モナギコ式のヤシ)の企業独占を防ぐために、著作権協会のようなものを拵えてはどうかというご提案。そういう活動実績のある団体があれば著作権トラブル時に強く出やすいだろうし。

 とりあへず2ちゃんに立てますたが、話が進んだらメガビその他のAA系の板にも広めていく方針でどうかと。

例:

1.AA協会参加掲示板に於いて初出されたAAは、企業による無届の商用利用を禁ずる。

2.AA協会参加掲示板に於いて初出されたAAの著作権は特定の個人に属さない。

3.フラッシュ等個人制作のものや、掲示板貼り付け等は無届で構わない。

 この提案によると、2ちゃんねらーで作るAA協会(仮称)がAA等の所有者として位置づけられ、商用利用の際の窓口となる。確かにAA協会=2chがAA等の著作権を宣言すれば、企業倫理的に商標権は無断では取りにくくなるだろう。ただし、この協会の財源がどこから捻出されるのか、団体代表者はひろゆき氏になるのか、それとも2chの中から選ぶのか等、まだまだ問題は山積している。

 私見だが、AA等の掲示板上で生成された文化的著作物に関しては、GPL(GNU Public License)、いわゆるオープンソースライセンスを導入してはどうだろうか。つまり、ある種の「ソフトウェア」であると位置づけて、AA協会(前述提案のようなユーザ主導の(非営利)団体であるが、ここでは便宜上AA協会と呼称する)が著作権に加えて、AA各種をオープンソースソフトウェアであると宣言するのだ。オープンソースソフトウェアがどういうものなのかについては、ここでは深く立ち入らない*12が、GPLでは、オープンソースの根幹をなす複製、頒布、改変についての条件と制約として八つの項目が上げられており、その中で注目すべきは以下の項目である。

(1)再頒布の自由(第一項)

(2)派生ソフトウェアのGPL下での配布(第三項)

(3)利用する分野に対する差別の禁止(第六項)

 これは、(1)フリーで配布を行い、使用することができ、(2)さらにそれを改良した物も(配布する際には)同じ条件で再配布しなくてはならず、(3)それが商用利用であってもかまわないということを意味する。つまり、AA協会がGPLに則りAA等の再配布を認めれば、掲示板での利用されるのもかまわないし、タカラが商売に使って、グッズの販売をしてもそれはかまわないのだ。

 ただし、完全なGPL準拠ということにはしない方がよいかもしれない。2chの運営には、月額4万ドルといわれるコスト(サーバ代・回線使用料)がかかっており、現状ではそれをひろゆき氏他数人(の持ち出し)で賄っているのが現状である。そのほかにも削除人等、ボランティアも多数もおり、実は莫大なコストがかかっている。そのことを考えると、文化的生成物の商用利用に関しては、一定額がコミュニティに還元されることが望ましい。それによって、AA協会や、2chの運営費の一部が賄われることになれば、一番理想的な解決方法とは言えまいか。

 このアイデアは、一種のコミュニティ資源管理団体としてAA協会を位置づけるものであり、さらなる発展として、たとえばコミュニティ通貨(地域通貨)のようなものを導入してコミュニティへの貢献を貨幣化し、2chグッズや、2ch内での取引に使えるようにして、コミュニティ運営に対してのボランタリーな参加に対してのインセンティブを与えるというアイデアも考えられる。いずれにせよ、このようなボランタリーな参加を促すメカニズムの設計は、2chの運営が危機に瀕した昨年夏からその必要性が叫ばれてきたところであり、このアイデアが完璧ではないが、解決策の一案として、検討されてみてもよいアイデアではないかと考える。

 この種のソフトウェア配布に関するライセンスでは、GPL以外にもMac OS Xの基盤となっている FreeBSD<http://www.freebsd.org/ja/> のライセンスや、著作物に関してのオープンソースライセンスである、Open Publication License<http://www.opensource.jp/openpub/> 等があり、最近ではスタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授らを中心に、ネット上でのデジタル著作物に関して、他者と成果を共有したい人に対して、それをオープンなコモンズとするライセンスを提供する Creative Commons*13という非営利団体が結成された。これらも参考にしつつ、掲示板上の文化的生成物の公正かつ円滑な利用、さらにはその基盤となるネットワークコミュニティの安定的な運営を実現するライセンスの策定を進めていくべきであろう。

■問題2:2chを敵に回すことがどうしてその企業にとって割に合わないことなのか。

 さて、もうひとつの論点は2ch(ネット)と企業との関係をどうするかという問題である。今回はタカラの迅速な対応により、反感はそれほど高まらずに済んだ(むしろ、真摯な反省と対応を評価する声もある)。しかし、そのまま押し切ろうとしたら、組織的な不買運動に発展した可能性は十分ある(事実、今回もそのような動きがあり、抗議のバナー画像が作成された)。

 確かに商標登録は魅力的である。商標法では、商標登録者の権利は厳格に守られており、また実用新案権や意匠権の権利期間が有限であるのに対し、更新すれば半永久的に権利が行使できる。それゆえ、タカラは商標登録に励んでいるのだろう。また、ギコ猫グッズもある程度売れる算段もあったのだろう。しかし2ちゃんねらーにとってのギコ猫の価値を、タカラは正直見誤ったと言わざるを得ない。井上トシユキ氏が「2ちゃんねる宣言」で語っているように、AAは匿名発言者が言葉で語りきれない自分自身を投入している姿でもある。商標登録申請のニュースを聞いたときに、(私も含め)2ちゃんねらーは2chそのもの、あるいは自分の身が切り裂かれて持ち去られるような気がしたのではないだろうか。たかが文字列の組み合わせと侮るなかれ。AAの価値とは、2chのコミュニケーション全体とほぼ同じ意味を持っているのだ。

 次に、対象を今回の事件以外に広げて、企業(または政府機関・非営利組織等)にとって、2chはどのような位置に立っているのかについて考えてみることにしたい。

 2ch「管直人」のひろゆき氏の職業は「メディア・アーティスト」となっているが、「実際に何をしているの?」という質問に対しての答えは「裁判所に行くこと」と述べている。実際、ひろゆき氏のメールマガジン<http://www.2ch.net/mag.html>は、事実上「ひろゆき氏裁判日記」となっている。2002年6月5日配信版は、株式会社DHCからなんと6億円の損害賠償を請求されたという話であった。DHCに限らず、2chを快く思わない企業は多く存在することは確かだ。広報会社の共同ピーアールなどは、そのような企業をターゲットに、2ch等ネット上の掲示板を監視し、問題のある書き込みがあれば即座に通報するサービスを開始した*14。

 しかし、素朴な疑問として感じるのは、「そのようなサービスを利用して2chを訴えたところで、その企業は得をするのだろうか?」という問題である。

 ここでの焦点は、2chという「もの」(あえて「組織」とは呼ばない)が、いったい誰のものか、ということだ。公式にはひろゆき氏の個人所有物となっている。しかし、前述のギコ猫に対してのある種自己愛的な抗議行動に象徴されるように、2chはAA等と同様、ネットユーザにとってのある種の公共財(コモンズ)になりつつあるのではないだろうか。きわめて多数のユーザの参加により、掲示板、およびそこで交わされるコミュニケーション行為はコモンズになり得るのである。

 2ちゃんねらーは二つの顔を持っている。匿名掲示板での発言者としての顔と、社会での顔、すなわちビジネスマン、学生、農家、官僚、政治家、自衛隊員、新聞記者、定年後の悠々自適の老人といったような、ありとあらゆる職業・ポジションの顔とが存在する。それゆえにもたらされる情報も多様かつ詳細であり、その情報の価値によって、さらに多数のユーザが集まってくる。このような「情報の集まるところに人も集まる」という、ある種アフォーダンス的なインターネットの特性を体現しているのが2chなのだ。

 先ほど「2chを快く思わない企業はたくさん存在する」と書いた。しかし、その企業も2chを利用して情報収集が可能だし、事実活用している企業も数多い(2chをライバル視する(?)新聞社でも、少なからず多くの記者が2ちゃんねらーである)。つまり、企業がひろゆき氏=2chを敵に回すことは、(多くの)ネットユーザ(企業内部の者も少なからず含まれる)を敵に回していることを意味する。このアメーバのような柔軟性は、2chの危うさでもあり、逆に強みでもある。

 もちろん、問題があることも事実で、「2ちゃんねる研究」でfaru氏が指摘するように「路上強盗的説教のような、2ちゃんねらー側からの一方的な問い詰めであり、2ちゃんねらーが(2ちゃんねらーとして)問い詰められることはほとんど無い」という性質を持ち合わせていることも事実である*15。行き過ぎた書き込みへの対処等、2chの仕組み自体も改良されていくべきであろう*16。

 しかし、ここで注目すべきは、すでに2chは存在し、日々多数のアクセス(1日1,600万ページビューといわれる)と書き込みを集め続けている事実である。要するに、パンドラの箱はもう開いたのだ。多くのネットユーザが、匿名掲示板のもたらすカオスという、魔性的かつ危険な魅力にすでに取り付かれてしまっている。たとえ2chが潰れたとしても、第二、第三の2chができるだけであろう(ただし2chが築いた巧妙な運営の仕組みは取り込まなければならない)。

 となると、2chに喧嘩を売るというのは、(ある種の売名行為にはなるが)本質的にはあまり実のある結果が帰ってくるとは考えられない。有名な日本生命判決*17にしても、2chにしてみれば、書き込みを削除することを命じられただけで、原訴状にあった掲示板自体の削除などの措置は結局執られなかった。企業にとっての対策は非常に難しいが、敢えてヒントを挙げるならば、「ネットで売られた喧嘩にはネットの流儀で応戦すべき」ということであろうか。

 これは決して、企業に2chに媚びを売ることを勧めているわけではない。ネット上で正々堂々と議論する、情報を開示していくことこそが、ネットの流儀の上での応戦なのである。日ごろ、物事を罵倒することが多い2ちゃんねらーも、毅然とした対応や情報開示には好意的な場合が多い(逆に外務省の瀋陽総領事館事件への対応のように、情報を隠す、あるいは小出しにするのは最悪)。スチュワート・ブランドの有名な言葉のとおり、「情報は自由(無料)を求めている(The information wants to be free)」。隠していても、いつか情報は流出してしまう。

 2chを評して先ほど、インターネットの性質を体現している、と述べたが、実は2chに対応するということは、インターネットに対応する、ということと同義である。この問題に取り組むことは、情報時代の企業、政府、その他組織にとって必須の事項である。これは、組織全体を大きく改革する必要を迫ることを意味しており、それこそが、実は最大の「パンドラの箱が開いた」ことなのかもしれない。

(※本稿掲載のURLは2002年6月22日現在のものです。)