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FTMフォーラム議長
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授
村上憲郎
日本の産業、社会を復活させるイノベーションを起こせるのはどの領域か。
インターネットの急進展に追いつけず、米国企業の底力を見せつけられ、一方で、安く大量の製品を作る新興国の攻勢に押されて、得意芸だった製造業も空洞化する――。この現状を打破するには従来の常識を覆すイノベーションに希望をつなぐほかない。
情報技術、通信技術分野をベースに活動してきた経営者らで構成するFTM(Future Technology Management=未来技術経営)フォーラムは、東京・六本木の国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)を拠点に、「日本の技術の在り方」を議論し続けてきた。メンバーの多くは、日本の国際的地位の低下については、自分たちの責任も大きい、と厳しい自己批判の念を抱いてきた。その深い反省から、議論が時として激しいやり取りになった。
2011年春から、テーマを「電力」に移した。地域独占が続いてきた日本の電力分野はイノベーションの波が十分に届いていない。電力・エネルギー分野にイノベーションを起こすことで日本の経済、産業、社会の復活が望めるのではないか、と我々は考えたからだ。経済産業省のエネルギー担当者の間にもかねて同様の考えから「電力システム改革」を着々と進めているグループがあって、その意見交換からも、我々はその方向性を追求すべきだとの方針を固めた。一方で、我々の目には、経済産業省の電力システム改革の歩みが計画通りのペースで進んでいるとは見えなかった。電力システム改革のプロセスには、どこかに問題を抱えていると感じた。FTMフォーラムは、その政策推進に期待を抱き、積極的に後押しをすべきだと考えるに至った。
電力・エネルギー分野に知見を持つ有識者に加えて、地域で自然エネルギーを利用しながら新しい共同体の在り方を模索する経営者らに呼びかけて、フォーラムのメンバーを拡充した。現場で実践している中で得た知見やビジョンを聞きながら、さらに激しい議論を繰り返してきた。フォーラムは確信をもって次の提言を行う。
大規模なダムによる水力の利用、あるいは石油や石炭などの化石燃料を利用する発電技術は早くから発達し、必要とする電力をつくり出してきた。そののち、石油危機やCO2 削減に対応すべく原子力を加え、大規模な発電所から電気を供給する膨大な体系が確立した。この電力体系なくして、先進国、新興国の現代社会は成立しなかっただろう。
一方で、大発電所に目を奪われて、日本社会は再エネの価値を見逃してきた。確かに大規模な発電所に比べれば、再エネから獲得できる電気は小さい。大きな期待が集まらなかったのは当然である。時折、話題にはなるが、主役にまで躍り出ることはなく、補助的役回りしか与えられてこなかった。
しかし、太陽光、風力、地熱、バイオマス、潮流、地中熱、小型水力――など、地球上にはまだ十分に利用しきれていないエネルギー源が膨大に眠っている。特に、日本は未利用の再エネの宝庫である。適切な技術の開発、制度的な支援、ITの活用を通じて、国内に眠る再エネの可能性を現実のものにすることによって、日本はエネルギー大国になれる。
独占的でイノベーションが起こりにくい現状の電力市場は、かつての独占時代の通信分野の構造とよく似ている。通信市場が競争市場に転換した後、目を見張るイノベーションが次々と起きたのと同様に、電力を競争市場に転換することでイノベーションが一挙に出現するのではないか。電力分野に健全な競争環境を作るべきである。
そのため、現在進行中の電力システム改革を強力に推し進めるべきである。発・送電分離、電力小売りの完全自由化を達成するとともに、再エネの固定価格買取制度(FIT)を通じて電力事業に参入する企業を増やし、適正な競争の中で活力ある新しい電力市場が誕生することを期待する。インターネットの上に新サービス、新ビジネスが生まれたように、新次元の電力市場の上に新しい社会、産業が出現するだろう。
パラダイムを変える新技術が日本国内で発展しつつある。電力を効率よく利用する「直流」や「蓄電池」、さらに関連技術を組み合わせるさまざまなアイデアが生まれてきた。「デジタルグリッド」「直流型マイクログリッド」「水素利用社会」「浮体式洋上風力発電」など枚挙にいとまがない。かつてはアイデア倒れに終わったものも、半導体技術の発展やITによる管理技術に支えられて実用化に向けて大きく前進しつつある。
一方で、地域や建築物、居住施設などで、ITを基盤にした「エネルギー・マネジメント・システム(EMS)」によって最適に管理する「スマート社会」も多彩に発展しつつある。すでに海外で発展した成果なども取り込みながら、日本国内でさらに磨き上げて、イノベーションを起こす萌芽が各地に見られる。こうした新たな技術領域で、日本は世界をリードできる。日本社会、産業界にパラダイムシフトを起こすとともに、新興国、途上国向けの有力な輸出商品に育て上げるべきである。
大規模な発電所を軸に形成された現状の電力体系の特色は「供給者主導」である。
これに対し、ITと融合した新しい電力体系は、需要者側に設置したスマートメーターによってきめ細かく利用の実態を把握し(見える化)、需要者が主導権をもつ仕組みに転換する。これまで需要者は供給者に従属して、料金設定にも、サービス内容にも注文をつける余地がなかった。限られたエネルギー資源を配分する供給者の立場は絶対的だったが、多数のプレーヤーによって競争環境が生まれると、需要者は電力供給の実態・状況を理解して電力会社を選び、サービスを選び、主導権を握るようになる。生活者はゆとりや楽しみを確保しつつ需給バランスの調整に貢献することができるようになる。
「スマート社会」は地域やオフィスビル、各種施設を単位にしてITとエネルギーが融合する新次元の共同体の可能性を提示する。再エネを利用する小さな発電所が各所に生まれて、小規模な局所電力網であるマイクログリッドが基本単位になる。「地産地消」「自産自消」というべきエネルギー自給共同体が各所に出現する。このマイクログリッドを次々と連携させることによって、広域の電力網に発展させる。ボトムアップの新しい電力網である。地方の山間部や農業地域、都会のマンション、オフィスビル、商業施設、住宅街など、マイクログリッドはどこでも形成できる。
再エネを軸にした新しいエネルギー体系は供給主導から需要主導への転換を促進し、社会の構造もトップダウン型からボトムアップ型へと根本から変えることになるだろう。再エネを軸にしたエネルギー改革は地方を再生させ、日本社会の再生を促すことになるだろう。
エネルギー改革は日本を救う。技術、政策、地域の再生で、日本は変えられる。
2014年6月2日
●本提言に関するお問い合わせ
国際大学GLOCOM FTMフォーラム担当
砂田 薫 sunada[at]glocom.ac.jp ,小島 安紀子 akiko[at]glocom.ac.jp / 03-5411-6675
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